黒棺のお掃除
M.M.M
部屋を掃除する魔法ほしいよね
「ぜ・っ・た・い・に・ダ・メ!!」
大音量の声が廊下まで響き渡り、たまたま通りかかったナーベラルは部屋を覗かずにはいられなかった。
「どうしたの?」
ドアを開けて目の前に立っていたユリに彼女は声をかける。そのむこうでは涼しい顔のシャルティアと眉を逆立てたアウラが対峙していた。
「ええ、それがね……」
「第6階層は絶対に駄目!」
アウラが再び大声で言った。
「ちび、体だけでなく心も小さいでありんすか?少しの間だけ第6階層の一角を借りるだけだというのに」
やれやれと首を振るシャルティア。
「ええと、少し前に人間たちがここへ忍び込んできたでしょう?」
ユリはひそひそと説明を続ける。
「あの時にシャルティア様の階層がいろいろと汚れたからついでに第1から第3階層まで掃除をしようとアインズ様からご提案があったの」
「へえ……」
メイド達にそのような仕事が回ってきたとは聞いていない。第1から3階層まではシャルティア・ブラッドフォールンの管理下なので彼女はメイドの力を借りず部下達に掃除させたのだろうとナーベラルは想像した。
「それで、なぜアウラ様があんな風に?」
「
「あの部屋を掃除……」
ナーベラルの顔に怪訝なものが浮かんだ。
「それは……意味があるの?だってすぐに……ほら、彼らで部屋が埋まるのでしょう?」
「まあ、アインズ様のご提案だから」
ユリもそれ以上はうまく言えないようだ。
「自分の階層を使えばいいでしょ!」
アウラの叫びが再び部屋を満たす。
「すでに他の区域は掃除が終わっていんす。そこに移したらまた掃除しないといかんでありんしょう?」
シャルティアがしれっと答える。
「じゃ、じゃあ他の階層は?第4階層に……」
「あそこは地底湖だからスペースが足りんせん」
「じゃあ第5階層に……」
「氷河地帯で”彼ら”が生きられると思うでありんすか?」
「第7階層……」
「あの溶岩地帯に?」
「第8階層……」
「ちび、知ってて言ってるでありんしょう?あそこは立ち入り禁止だと」
「ぐ……」
「まさか第9階層以下に移せとは言わないでありんしょうね?」
これは当然だとナーベラルも思う。至高の四十一人の住むこの世で最も尊い場所に立ち入ってよいのは品位ある限られた者のみ。恐怖公は良いとしてもその眷属全員を一時的にせよあの場所に移すなどとても許されない。
「一応言っておくと、移していいかアルベドにちらっと聞いてみたらニューロニストも泣いて逃げ出すような顔で『コロスゾ』と言われたでありんす」
(一応聞いたのね、シャルティア様……)
ナーベラルはそこに驚く。シャルティアも彼女なりにアウラに迷惑がかからないよう努力はしたらしい。黒棺に住む”彼ら”が苦手なのはシャルティアも同じらしいからだ。(ではなぜ同じ第2階層に住んでいられるのかという疑問はあるが)
「この大掃除はアインズ様のご提案。積極的に協力するのが奴隷の務めであり誉れだと思いんすが?」
もうあきらめなさいとシャルティアが詰め寄った。
「ぐうう……」
アウラはもうすぐ来るであろう悪夢の時間に体を震わせている。
「掃除は……どのくらいかかるの?10分くらい?」
「うーん、汚れの程度次第だけど、たぶん3時間くらい?」
「いやああああああ」
アウラが膝をついて叫んだ。
「そこまで嫌なのかしら?彼らの外見はコキュートス様とそこまで変わらないと思うけど……」
ナーベラルはひそひそとユリに言う。
「覚えておいて、ナーベラル。あなたとエントマはとても特殊よ……」
ユリが怪奇現象を見るような目でナーベラルを見た。他の姉妹達からも言われたことがあるが、未だによくわからない。
懊悩するアウラを見てなんとかできないかと彼女は考える。
(掃除……そういえば人間の魔法に……)
彼女は一つの救済策が閃いた。
「少しよろしいでしょうか、シャルティア様」
「ん?ああ、ナーベラル、どうしたの?」
「人間達の使っている低位の魔法の中に部屋を掃除するものが存在し、その巻物をナザリックにも置いていたと思います。それを使えば数分で終わるのではないでしょうか?」
「ほんと!?」
アウラがその提案に食いついた。自分の階層に”彼ら”が来ることに変わりはないが、数時間と数分では天と地ほどの違いがあるのだろう。
「魔法で掃除、でありんすか?なんかズルしてるみたいで嫌な感じが……」
その気持ちはナーベラルもわかる。ナザリックでもその巻物はサンプルとして所有されているだけで使われていない。アインズがそれでメイド達の負担を軽くしてはどうかと提案したのだが、仕事をなくさないでほしいと一般メイド達が懇願したため撤回したのだ。
「それを使おう!今回だけは緊急事態ってことでアインズ様にお願いしてみよう!ねえ!」
「うーん……」
アウラが必死の形相で詰め寄り、シャルティアが悩む。
「シャルティア様、私も今回は特殊なケースだと思います」
ユリがアウラの援護をした。
「魔法をかけた上で効果を確認し、綺麗でないと思われる部分は改めて配下の者たちに掃除させる、というのは如何でしょう?」
「……まあ、ユリがそう言うならいいでありんしょう」
お気に入りの戦闘メイドに言われ、シャルティアは納得した。
「ふう……ありがとね、ユリ、ナーベラル!」
アウラの安堵した顔を見てユリもナーベラルも顔がほころんだ。
「うーむ、さすがはアウラ様とマーレ様のおられる第6階層。緑豊かな素晴らしい所ですな」
恐怖公は木陰でぽつりと言った。
「これで日差しさえなければ完璧なのですが……」
黒棺の暗闇に慣れている彼らにとって第6階層の人工太陽はなかなか辛い。
「眷属たちよ、今しばらくの辛抱です。む?そういえばこの地に足を踏み入れながらお二人にご挨拶もしていませんぞ……。我輩としたことが何たる無礼極まりないことを!急いでお二人のお住まいに向かいましょう!」
数万の眷属が首肯した。
恐怖公が動き出すと周囲の濃い木陰がざわざわと動いた。いや、木陰に見えたのは全て彼の眷属たち。それぞれが思い思いの場所で陽光から身を隠していたのだ。深緑の森林に黒い川が形成され、それはアウラとマーレの住む巨木に向かって濁流の如く流れ出した。
その頃、第2階層で部下を指揮して黒棺の掃除に励むシャルティアはふと思った。
(あっ、他の階層でなくても地上に移せばよかったような……まあ、いっか)
彼女はピカピカになりつつある黒棺に満足しつつ、数分後には元の汚部屋になることを心から惜しんだ。
黒棺のお掃除 M.M.M @MHK
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