7月13日 3
清水先輩は佐瀬先輩、と呼ばれていた女子生徒に近づく。その女子生徒は清水先輩が近づくたびに1歩ずつ下がっていった。その動きに合わせて白石先輩、澄香、牧羽さんもこちらに寄って来る。
「な、なにあんた」
「この前南門のところにいたよね? あ、同じ日にいた人たちだ」
清水先輩は佐瀬先輩と戸川、藤波を交互に見ながらそう言った。
「小倉さん、牧羽さん、どうしてここへ?」
冬樹先輩が2人に聞く。
「実は見つけることはすぐに見つけたんですけれど……」と澄香が口ごもる。
「その人、佐瀬って言うんですね、が同じく近づいてくるのを見て、私たちが手を取って逃げ出しました。ところが今度は清水先輩が勝手に歩いて行ってしまったので追いかけたら体育館裏に来てしまい、そのままぐんぐん進んでいったら佐瀬さんを見つけたので、怪しいと思ったんです。さっきの行動も相まってこんなところでこそこそ覗いているなんておかしな話ですから。そうしたら奥でこの3人が脅されているのが見えました」
牧羽さんがまとめた。
「あの2人は何を?」
冬樹先輩はため息をついた。
「白石が目撃者がいると宣伝していたのは当然知っている、というか君たちの仕業だな?」
俺たちは素直に頷くしかなかった。
「全く、君たちが危ないだけではなく、余計な混乱を招いた。さらに、誰が目撃したとは言っていない。本人が目撃者の目星をつけているとしたら、本人が直接狙われるかもしれない。その一番の候補は清水先輩。だから2人に彼女を人の目につきやすいところまで誘導してくれと頼んだ」
俺たちはそんなことまで考えていなかった。ただ犯人をあぶりだせればいいと考えていた。
「あの人は一体……」
「あの人も犯人だよ、自転車のイタズラの」
冬樹先輩はきっぱりと言った。
「じゃあ共犯者ですか?」
「違う! 知らねえ!」
「待て戸川、コイツそういえばおかしなこと言わなかったか?」
カッターを振りかざしていた男が今度は指で篤志を指す。
「おかしなことなんて一言も言ってません!」
篤志は憤慨している。冬樹先輩は「実はね」と切り出した。
「マイフェアキティに落書きしたのはこの2人ではない。その犯人こそ彼女、佐瀬さんだ」
「嘘! 嘘だよ! あり得ない!」
今度は白石先輩が顔を真っ赤にして怒っている。冬樹先輩は構わず続ける。
「それまでは部品を壊したり刃物で傷つけたりするもの。ここまではだんだんエスカレートしたものだと考えていい。ところがマイフェアキティにはサインペンで落書きした。刃物で傷つけられた跡はなかったんだろう? 今までカッターナイフを使っていた犯人がその時だけなぜサインペンを使ったか?」
「それが犯人が違う証拠……でも7日もB組の当番の日で、生活委員だから都合がよかったから――」
「オイ、佐瀬も生活委員だ」
「しかも俺ラのクラスのナ」
『藤波』と『戸川』が口を挟む。2人のクラス。
「つまり3年B組の生活委員ってこと……」
思い出した。3年B組の生活委員に戸川も、藤波も、それから佐瀬もいた。
「でたらめだよ、証拠がないよ!」
白石先輩が喚く。牧羽さんが口を開いた。
「もしかして佐瀬さんが清水先輩のことを見て逃げたのは、排水溝に鍵を入れているところを見られたと思ったからではないですか?」
「排水溝に、マイフェアキティの鍵を……?」
白石先輩が口走る。
「じゃあマイフェアキティの鍵を捨てたのは佐瀬先輩、ってこと?」
澄香が不安そうに白石先輩を見つめている。見かねたように冬樹先輩は息をついて話を始めた。
「おそらく佐瀬先輩は最初からマイフェアキティを狙っていた。見回りの時から目をつけていたんだろう。自転車を覗き込むようにして見てもチェックをしているようにしか見えないからな。ところが1つ問題が起こった。7日に限って白石の自転車、マイフェアキティに鍵が刺さっていた、あるいは付近に落ちていたんだろう。しかも白石が探し回っている。白石の部活の先輩ともなれば声をかけられるのは分かっていて、白石に『知らない』と答えたうえで鍵を隠すことにしたんだ」
「確かに、直接渡せば落書きした犯人だと真っ先に疑われますし、先生に渡しても顔を覚えられていれば同じです。でも鍵をわざわざ排水溝に落とすなんて」
篤志が批難するように言う。冬樹先輩はこくりと頷いた。
「誰かが見ているかもしれないし、見回りが終わった後の駐輪場に鍵が落ちているとなると生活委員の落ち度を咎められると思ったのかもしれない。自分が隠し持っていれば何かの拍子にばれるかもしれない。結局簡単に見つからない排水溝の中に捨てた。ところが清水先輩が付近にいて、今日の騒ぎだ。焦った佐瀬先輩は心当たりの清水先輩に問いただそうとしたがあと一歩のところでそこの2人に連れ去られてしまい、唯一の手がかりである体育館裏に来てみたら白石本人を含めた下級生がクラスメート、しかも同じ生活委員に脅されていた、そんなところですかね」
「で、でもそれは高瀬の憶測でしょ? 佐瀬先輩がマイフェアキティに手を出すなんて……」
白石先輩の声が震えている。
「ではなぜ佐瀬さんはここにいる?」
「――どうして?」
冬樹先輩の一言で、白石先輩の頬に涙が落ちていった。理由が分からないのだ。そもそも生活委員の仕事をサボってなぜここにいるのか。興味本位だとしてもなぜ抜け出してこられたのか。自分のことが心配で来たのならなぜ助けも呼ばず、かばおうともしなかったのか。もしかしたら先輩自身、隠れている佐瀬先輩を見つけた時に、既におかしいと感じていたのかもしれない。
白石先輩は佐瀬先輩に正対した。
「どうしてですか?」
「――いいよねー、あんたは」
佐瀬先輩が口を開いた。その第一声に、誰もが閉口する。
「さほど真剣にやってなくても2年生で総体に出られて。テニス以外のことも考えていられる余裕があって。ペアとしての自覚も責任もなくて結局怒られるのは私だけで!
こっちだって必死にやってんのに何で? 何であんたたちばっかりうまくなるの?」
「そ、それは――」
「バカにしてんでしょ! 3年と組ませてもらえない私のこと!」
「そんなこと――」
「あんたの言うことなんか信用できるわけないでしょ! 普段から口八丁のあんたの言うことなんか!
ええ、そうよ、私がやったのよ! あんたの自転車にグチャグチャ書いたのよ!」
「だからって白石先輩の自転車にイタズラしていいわけがないでしょう!」
頭に来た。最低だ、と付け足したかった。ただの嫉妬ではないか。
「悪いんだ? へえ、私、は悪いんだ!」
佐瀬先輩は戸川と藤波の方を見る。
「元はと言えば藤波と戸川が自転車にイタズラしたのが悪いんでしょ? あんたらがカッター持ち歩いて見回りしてんの見なきゃ、こんなことしなかったわよ! 知ってんだよ、こっちは。戸川は練習サボってたからベンチ入りすらできなくて1年からも笑われてんのも、藤波は疲労骨折のせいで大会にも出られないまま引退するしかないのも!」
佐瀬先輩の開き直り具合に、誰もが怒りを通り越して引いている。きっとこの人は自分の罪を認めることができない。戸川と藤波は唇を噛んでいた。
「あのさあ」
清水先輩が憐れむようなまなざしを向ける。
「凝り固まってるよね、君たち。自分が不幸なら人を不幸にすればいいと思ってる」
清水先輩はくるりと後ろを向いた。
「ま、そうやって新しいこと探せばいいんじゃない? 今度は自分もみんなも傷つかないこと」
そう言い残して彼女はそのまま歩いて行ってしまう。
「おーい、調べ終わったぞー!」
田村先生の声だ。田村先生を筆頭に右からも左からも先生方が押し寄せてくる。
「全員職員室に来るように!」
川崎先生がかなり不機嫌そうな声で叱り飛ばす。
「どうでしたか?」
冬樹先輩は田村先生に問う。
「刃物の類を所持する生徒はいなかった。姿が見えなかったのは3年B組の佐瀬穂乃果、戸川拓郎、藤波大介。3人ともここにいるか?」
「ええ」
その3人は他の先生たちに引っ張られていった。
「ったく。蓬莱、城崎、そして白石っていったか? 後で嫌というほど話は聞かせてもらうからな」
田村先生は俺たちの方を見る。
「えー」
「えー、じゃない。大変だったんだぞ、あの騒ぎを収めて持ち物検査をするのは」
俺たちは体育館の陰から日向に出る。夏の日差しが焼け付くように暑い。
頭上には雲1つない青空が広がっている。
プレスト・サイクル 平野真咲 @HiranoShinnsaku
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