7月13日 2
安達楓、佐瀬穂乃果、惣田博之、戸川拓郎、西村安須美、藤波大介、3年B組の生活委員だ。昨日の放課後、3年B組に入って掲示物で名前だけ調べてきた。2年B組は白石先輩がいるので勝手にしゃべってくれた。1年B組は怪しむ澄香を何とか説得して教えてもらった。
「どうして3年B組の生活委員が怪しいと思った?」
体育館を1周し終えたところで、篤志が聞いてきた。
「生活委員や先生方、それに教室の窓から駐輪場を見ている人がいるのになぜ誰にも見られていないのか。可能性は2つ。本当に目撃されていない、もしくは気付かれていない。もう1つは目撃者に口止めしている」
「なるほどな。で、どっちなんだ?」
「口止めはなんだかんだで難しいと思う。先生もいるし、その規模で口止めをしようと思ったら、いつも同じ人が見張りをしていなければできないと思う」
「そうなのか?」
「一昨日、白石先輩に俺たちのこと見られてた。だからこういうことができる」
篤志は「まあ、そうだろうな」と肩をすくめた。
「同じ見張りをつければさすがに怪しいと思うよ。ましてや駐輪場に多くの人間がいれば目に付く可能性は高くなるしな。だから目撃されない方法をとった、と?」
「というか見回りが始まるまでは誰かに見られないようにしていたけれど、見回りが始まってからはそれを利用した。まさか見回りの最中にイタズラが起きているなんて考えないから」
見回りが終わって駐輪場に近づく人はほとんどいない。それもあって白石先輩は昨日俺たちのことが目に付いたのだろう。そうなれば次に駐輪場に人が近づくのは部活をやらずに帰る生徒。しかし久葉中は全員が部活に入っていることになっているので、自転車のイタズラを発見するのは必然的に放課後に見回りをしている研究部になる。
「なるほど、それで生活委員の見回りが怪しいと考えたわけだ。B組の時だけなのはB組の人がやったから。でも3年生と特定するのは乱暴じゃないか?」
「1・2年生の自転車しか被害に遭っていない。1年生がやったのなら3年生だけ狙われないのはちょっとおかしい。2年生はマイフェアキティにわざわざイタズラしない。白石先輩に恨みがあるならマイフェアキティだけ狙えばいい」
「確たる証拠ではないってことか」
「これから確かめる」
ちょうど白石先輩が「へい、お待た!」と合流してきた。
「ナイス、いやチョベリグな反応だったよ」
白石先輩は息を切らしている。何を言っているかは分からないが、成功したんだろう。
「本当に元気も一か八かでよく動けるよ。白石先輩も危ない橋を渡れるし」
篤志は呆れたようでため息をついた。
「でも乗ってくれたじゃないか」
「あの剣幕じゃ仕方ないよ」
俺は篤志には知らせると言ったら、白石先輩は自分も説得に加えさせろと聞かないので、2人で説得したのだ。
白石先輩が嘘の目撃者の情報を流し、人目につかないところまで口封じに来た犯人を待つ。
本当に来るかは分からない。でも、他の方法は持ち物検査くらいしかなく、それもうまくいくかは分からない。澄香、牧羽さん、冬樹先輩には悪いけれど、試させてもらう。
「では白石先輩、どこかに隠れるか、あるいは人の多い場所へ逃げてください」
「ワーイ? 犯人の面を拝まなきゃ」
「噂を流した張本人が目撃者と一緒にいたら狂言だとばれますよ」
「あ、そっか。じゃあ私は陰から覗いていることにするよ」と言って白石先輩は体育館の角を曲がった。
「白石先輩大丈夫かな?」
「平気だと思うが、あれ?」
篤志が白石先輩の行く方向を見る。彼女の足は止まっていた。
「どうしたんですか?」
俺たちは白石先輩に駆け寄った。
「あれ、生活委員の集団にいた……」
白石先輩は口走る。目の前には目つきの悪い高身長の男子とそばかすの浮いた腰パン気味の男子の2人。目つきの悪い方は左手をポケットに入れ、そばかすの方は両手をポケットに突っ込んで猫背になっている。彼らは俺たちが駆け寄ると何やらひそひそ話をしている。
「先輩、知ってますか?」
「ううん。名前までは知らない」
図体から考えておそらく3年生。生活委員の見回りにいて、今ここにいる。犯人としか考えられない。
「あなたたち、自転車のイタズラをした人ですよね?」
目つきの悪い方が舌打ちをした。
「証拠は?」
「さっき昇降口付近で自転車のイタズラをした人を見た人がいると吹聴している人がいました。その人によれば体育館裏で聞いたと」
「だったら何でお前ラはここにいる?」
腰パンの方が聞く。
「僕たちが目撃者だからです」
篤志が答えた。
「ほう、だったら何でそこの女子と一緒にいる。そのおかしな話を吹聴して回っていたのはそいつじゃないのか?」
白石先輩は指をさされておどおどしている。
「要するにでたらめだったってことカ」
「でもあんたたちが自転車にイタズラをしたんでしょう! 右の方のポケットに入れているものが何よりの証拠です!」
高身長の方がバツの悪そうな顔を見せる。だがすぐにニヤリと笑ってポケットから細長いものを取りだした。
「カカカカカッターナイフ!」
白石先輩がずるずる俺たちの後ろに下がっていく。
「やめろ!」
「そんなことしたって事実は変わりませんよ!」
俺たちの言うことを無視するように彼は刃をスライドさせる。ここでひるんではいけない。
「自転車を傷つけられた人に謝れ!」
「ヘッ! やるかバーカ」
「相当舐められたもんだな」
そういうとカッターナイフを持った男は刃をこちらに向けた。彼はそのまま1歩1歩、右足を引きずるように歩み寄ってくる。俺たちが後ずさりするともう1人の男に逆側に回られた。
「さあ、どうする? このままにらめっこを続けるか、それとも」
カッターナイフを持った男はもう1人の男をちらりと見た。
「オ! 悪いね! 自転車をやったのはお前ラだ」
「ふざけるな!」
俺がそう言うと腰パンの男は両手をポケットから出して俺の口を塞いだ。その勢いで俺は体育館の外壁に押さえつけられてしまった。
「元気!」
「蓬莱君!」
「ンン……」
俺は大丈夫。しかし篤志と白石先輩に先生を呼んで来い、と言おうとしてもこの状態ではできない。今、カッターナイフの刃は篤志に向いている。この男を押さえつけても刃がどの方向を向くか。
「分かっているよナ? お前ラがそう言わなきゃならないってことに」
「泣きつくったって本当に見ていたのは清水くらいのものだからな。
――分かっているよな?」
カッターナイフを少し引っ込めて男は2人に問う。白石先輩は篤志の肩に捕まったままガタガタ震えるばかりで何も答えられそうにない。
犯人は分かったのに。謝罪させるだけなのに。迂闊だった。悔しい。
篤志は口を開いた。
「嫌です」
「は?」
「自転車を壊したり落書きしたりしたのはあなたたちでしょう!」
篤志が声を張り上げる。カッターナイフを持つ手は震えている。
「てめえ、そんなことが言ってられブッ――」
男の手が篤志の言葉で緩んだ。そのすきに俺を押し付けていた男を突き飛ばす。そのまま今度は男の体を地面に押さえつけた。篤志は続ける。
「どんな理由があったってこんなことをするのは間違っています! 自転車にイタズラされてつらい思いをしている人がいる、何でそんな当たり前のことが分からないんですか!
やってしまったことは無かったことにはなりませんが、やり直しはできるはずです。自分の罪を認めて反省してください」
「こんの――」
カッターナイフを持つ男が前に動く。その瞬間、横やりがナイフを持つ右手を叩いた。カッターナイフは地面に着地し、男は右手をかばうように膝から崩れ落ちて行った。すかさず篤志がカッターナイフを踏みつける。
俺たちの左側には横やり、その正体竹ぼうきを手にしていた冬樹先輩の姿があった。
「あ、危なかった……」
白石先輩は安堵したように手を胸の前にやる。
「白石、先生を呼んで!」
冬樹先輩が指示する。パニック状態のまま白石先輩は右方向へと駆けて行った。
「篤志君、カッターの刃しまって!」
篤志は急いでカッターナイフを拾い上げて刃を引っ込める。俺は腕で男を押さえつけたまま起き上がった。ふとジャージの胸元に目をやる。『戸川』と書いてあった。一方もう1人の男は左手で右手を握ったままうずくまっている。一瞬だけ『藤波』と書かれているのが見えた。
「先輩……」
「まあ君たち3人は後で職員室で話してもらうとしよう。実際、学校生活においてカッターナイフを身に着ける必要はないし、刃を向けていたところを俺もちゃんと見ている。この2人は間違いなく自転車をイタズラした犯人だ。ただ、元気君、篤志君、1つだけ勘違いしていることがある。見て」
冬樹先輩は白石先輩の行った方を示す。そこにはまだ白石先輩がいた。
「佐瀬先輩……ですよね?」
白石先輩がそう聞くと女子生徒が柱の陰から出てきた。そのまま彼女は向こうに逃げようとする。しかし彼女は足を止めた。
「逃げるの趣味なの?」
反対側から清水先輩が現れる。そして後ろから澄香と牧羽さんがついてきた。
俺たちは状況を呑み込めずにいた。
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