第三十二話『Through the night』(3)

AD三二七五年七月二一日午後二時二一分


 これ程憂鬱になる会議は、いつ以来だろうか。

 会議は割といつだって憂鬱ではあったが、出席している幹部からは口を開けば自分に向けた説教が聞こえてくる。その説教と現状報告をセットで聞かされる物だから、普段の自分なら聞き流すであろう説教まで聞かざるを得ない。


 ザウアー・カーティスは、ガーゼを貼った頬の痛みに耐えながら、この会議をやっていた。

 華狼本社ビル二十七階の大会議室で行われている幹部級に緊急招集を掛けた会議だった。状況の確認と、今後どうしていくかを考える、重要な会議である。

 大理石が敷き詰められた床に広いテーブルが置かれた、このビルの中では比較的シンプルな会議室だ。実際、ここは頻繁に使っている。

 しかし、考えてみれば、この会議室に入る人数を超過して、立って聞いている幹部まで出るような状況になったのは、自分がこの国の会長になってすぐさまベクトーアとの講和会談を開こうと提言したとき以来だった。


 しかしあの時と決定的に違うのは、幹部から自分に対する説教が積極的に聞こえることだ。

 原因は昨日、盟友であったスパーテイン・ニードレストと、数十年ぶりに殴り合いの喧嘩をやったからだ。


 スパーテインが、大敗した責任を取って自害すると言い出した。それを止めることや、スパーテインへの奮起も兼ねて、殴り合いをやった。

 敗戦の責任は、ただ一人に負わせるべきではないし、死は挽回への道を閉ざすだけでしかない。それで自分としては珍しく、そして大人げなく互いに死力を尽くして殴り合いをやったのだ。


 しかし、どう殴り合ったのか、半分覚えていない。

 互いにイーグ同士であるため、喧嘩は壮絶を極めたと、後に他の兵士から聞いた。実際、喧嘩をやった場所である、帝釈天級陸上空母『ケツアルカトル』の甲板が一部めり込んでいたし、今自分のあばら骨にはヒビが入っているから確かに相当だったのだろう。

 それに頬は腫れているし、右目にもたんこぶが出来ている。歯が割れなかったのは奇跡だと医者から皮肉気味に言われた挙げ句、そんな醜い顔を晒すのはどうなのだと、妻にもこっぴどく怒られ、今他の会社への指示は全部秘匿回線を使った電話かメールだ。


 後のことや自分の今の立場も考えておくべきだったと、今になって後悔している自分がいた。

 会議には、ケツアルカトルに所属している劉リュウ・楼巴ロウハがケツアルカトルをかっ飛ばしてくれたおかげで間に合った。

 怪我の度合いもあってか、会議自体がドクターストップものだったが、スパーテインと共に「知るか」とだけ言って、そのままこうして会議に臨んでいる。


 そんなスパーテインもまた、こっぴどく怒られたと聞いたときは笑い転げた。なんとなく昔を思い出す。よく四天王ともセットで怒られた物だ。もっとも、一番怒られたのは殴り合いを仕込んだディアル・カーティスだったというから、なおのこと思い出したのかもしれない。

 そんなスパーテインは相変わらずの鉄面皮と隻眼で、ディアルは隻腕と異常に長い髭を携え、この会議室の奥の方で立ちながら状況を見ている。


 ただ、戦場に常にいるからか、スパーテインは自分より傷の治りは早いようだった。それでも、頬に青あざが出来ている。

 ざまあみろと少し思っている自分がいるが、そう思う度に頬が痛んだ。

 どうやら戦の神や喧嘩の神とやらは、スパーテインの味方らしいなと、ザウアーはため息を吐いた。


「会長、ため息はいておられるような状況下にあるとお思いですか」


 左列の二番目に、椅子の上で正座しながら、ヴィーゲン・ギルバードが言った。

 この男は、何故かいつも正座だ。椅子の上でもこうして正座をしている。

 それを見て、たまに面白い奴だと思う時もあるが、堅物過ぎるところが、少し難点ではあった。

 それが時々妙にいらつくときもあるが、今は苛ついているだけの体力も時間もない。


「おう、すまんな」


 それだけ言ってから、ヴィーゲンの作った資料を見る。

 軍代表のルクス・フォン・ドルーキンと共に組んだ今後の部隊編成案だった。


「では、俺達の状況をもう一度整理する。まず、現在ベクトーアとは停戦中だ。二週間という限定区間ではある。同時に、戦力としてプロトタイプエイジス一機は消え、一機は左腕損傷、一機は武器損失だ。更には陸上空母一隻が轟沈、艦隊一個がなくなった。それ以外にディアルの旗下二小隊とスパーテインの旗下一小隊も食われた」


 狭霧は、イーグであったエミリオ・ハッセス共々アイオーンの如き変貌を遂げた上でフェンリルに降り、その狭霧との戦闘で、東雲は左腕破損、夜叉は武器損失だ。これだけでレヴィナスが数十tは失われた計算になる。

 プロトタイプエイジスは、あるだけでも士気を高揚させる。その象徴が無くなったというのは、国威の点から見てもあまり喜ばしいことではない。


 それに、プロトタイプエイジスの導入は、こちらも国威発揚のため、国家の宣伝も兼ねて散々やってきたのだ。

 どうやって狭霧がいなくなったことを国民に説明するのかも考えなくてはならない。

『撃破されました』、『裏切りました』と言える訳もない。この対応も、頭が痛くなる。フェンリルの連中も『プロトタイプエイジスが新たに来た』という放送がなされているため、この放送を国民に知らせるわけにはいかないし、ネットのアングラ網で流されでもしたら余計困るから、必死になってネットの監視をさせているのが、今の華狼だ。


 それに、その部隊編成案には、ヴィーゲンが事細かに計算し尽くした被害実績、それこそ損失機体数から遺族年金や傷痍軍人手当の費用から弾薬費に至るまで頭が痛くなる数字が羅列されていた。

 ここまで負けたのはいつ以来だと思う程の数値だった。余計に頭痛がしてくる。


「プロトタイプエイジスの損失は、正直軍としては痛手です。それに、狭霧の変貌と同時に夜叉に出てきた『ガーディアンシステム』なる物も気に掛かります」


 ルクス・フォン・ドルーキンが手を上げた後に言った。なんか、この男はまた白髪が増えた。というより、会う毎に老けてきている気がする。


「というと?」

「文来殿に調査させましたが、かいつまんで説明させていただきます。まず、狭霧の変貌ですが、これにガーディアンシステムという装置が関わっているのは間違いありません。夜叉殿、いえ、スパーテイン中佐の夜叉のAIが、狭霧のその装置が暴走したと言っていたことからも裏付けられます。文来殿はその『暴走』というものに、何か疑念を持たれた。結果、文来殿なりの予測ですが、この装置はプロトタイプエイジスのリミッター解除装置なのではないか、ということです」


 文来と言えば、チョウ文来ブンライのことだ。自分が引き抜いた、華狼の兵器開発総責任者で、称号保持者の一人だが、既に調査を 独自にやっているあたりは、大して驚かなかった。

 あの男ならすぐにやるだろうというのは、目に見えて明らかだからだ。大方の予想通り、といったところでもある。


「リミッター解除装置か。発動条件は何か分かるか?」

「現在、文来殿が調査中ですが、芳しくないとのことです。レヴィナスが某か関与している可能性が高いとは言っていましたが、正確にはまだ不明です」

「それについては、ワシの方からも報告がありますぞ」


 ソン江淋コウリンがゆっくりと手を上げた。

 そういえば、この人からだけ、何故か説教をもらっていない。


 一番説教好きで、開口一番に説教が来るかと思えば、特に何も言ってこないのだ。

 何というか、江淋らしくないと、ザウアーは何とはなしに思っていた。


「実は、ワシの私兵が、アフリカで奇妙な現象を発見致しましてのぅ」


 そう言うと、江淋が写真を数枚配った。

 見た瞬間に、心臓が一つ唸った。

 映っている機体は、XA-022空破、つまり、ベクトーアのプロトタイプエイジスである。

 確か、フレーズヴェルグことルナ・ホーヒュニングの愛機だったはずだ。スパーテインも、一瞬ほぅと、唸っている。


 その反応も当然だ。空破の拳に付けられたナックルから伸びる気の刃が、尋常ではないほど巨大なのだ。

 相手にしているのはケテルと呼ばれる、中下級アイオーンの中では、もっとも上位とされるアイオーンだ。

 だが、そのケテルを、拳から出ている巨大な刃で突き、そのまま突っ込んで何体ものアイオーンを蹴散らしていく様が、連続写真で納められている。


 夜間の写真ではあったが。一瞬ハッとしてしまうほどに、その拳から伸びる気の光は、空のような青さを持っていた。


「先生、これはいったい」

「ワシの部下が戦闘模様を偶然撮ったのじゃよ、スパ坊。これより数分前に、中央アフリカの草原地帯で、大気圏外まで伸びる妙な光の柱が目撃されておるという情報がこの写真が来た後にドルーキン殿から寄せられた。これはワシなりの考えなのじゃが、これは恐らく、正規条件で稼動したガーディアンシステムなのではないか、と思っておる」


 ふむと、スパーテインが顎に手を置いた後、また食い入るように写真を見た。

 確かに、もしこれが江淋の言う通りだったとすれば、強力な力となり得る。暴走しないだけでもかなり大きい。


 まだプロトタイプエイジスは二体残っているのだ。この正規条件のままならば、こちらとしてはありがたい。

 暴走するのは正規条件ではないとすれば、その暴走させたトリガーが何か、早急に調査する必要があるだろう。


 だが、ここで言う正規条件であったとしても、不意に暴走するのだとすれば、それは諸刃の剣に過ぎない。

 それを使うのは最終手段だ。最終手段を普段から投入するような下策には走りたくない。


「だが、これいつの写真だ? 俺達が戦闘している最中、狭霧は暴走しっぱなしだったし、PMSCsが介入してきたが、その機体もこれ程の力は起こしてなかったぞ」

「そりゃそうじゃろう、ディアル。この写真を撮ったのは、会長とスパ坊が、おぬしが嗾けたために起こした喧嘩の真っ最中だったんじゃからのぅ」


 う、と、ディアルがばつの悪そうな顔をした。

 このバカと、完璧に地雷を踏んだディアルを呪った。案の定、江淋の顔がみるみる真っ赤になっている。

 あ、説教が始まるなと、すぐに分かった。


「このアホたれどもが! 会長と言いスパ坊と言いディアルと言い、三人とも十二億の国民の上に立っている人間が、一時の感情にまかせて後先考えずに殴り合いとかいい年した大人のやることではないだろうが! わかっておるのか、おぬしら!」


 あぁ、一番説教されたくない人間が、説教を始めたと、ザウアーはディアルを本当に呪ったが、同時にこの説教がないと、江淋らしくないと心底思った。

 流石に当事者であるディアルとスパーテインは、神妙な面持ちをしている。


 それ以外の他の幹部は、ため息を吐いているだけだった。この説教は長いなと、全員が呆れた面でいるのがよく分かる。

 実際これは長いなと、ザウアー自身が感じ取ることが出来た。

 この会議そのものが終わるの何時になるんだろうと、何となく思いながら、江淋の説教を聞くことにした。


 この人の説教は、一言一句でも逃すと後が怖いのを、よく知っているからだ。

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