(悩)殺されたから組織抜けてその娘と逃避行する。

ベームズ

殺っちゃう二人。出会っちゃった。

余賀重臣は、戸惑っていた。



(なんだ?これは……)


「胸がドキドキする……」


余賀にとって、それは今まで感じたことのない感覚だった。


「なんなんだ、この感覚は……」


それはまるで胸が締め付けられるような、苦しいようなそうでないような、鼓動が早くなり、息が荒くなる、なんとも言えない不思議な感覚だった。


全力疾走をした時や、長距離潜水をしたときのような、激しい運動をした後にくるものとはまた違う、


病気からくる動悸……は、まだ経験したことがないからなんとも言えないが、このドキドキが始まってからも体調が悪いという感じもしないから違うだろう。


とにかく、一言ではなかなか形容しがたい未知の感覚だった。


一番近しい例を挙げるなら、そう、初めて組織のボスと顔合わせした時の、あの背筋も凍るような緊張感、感情的なところからくるドキドキだが、


そんなストレスを感じさせるほど"それ"に魅力があるようには感じないと、第一に切り捨てた余賀。


余賀がそんな状況に陥ってしまった原因の"それ"というのは、彼の視線の先、


本気の殺気を放つ余賀を前に、一切動じた様子もなく、それどころか真っ直ぐ見つめ返してきた黒い瞳。


このドキドキの原因は、


そんな瞳を持つ一人の少女と目を合わせてしまったことだろう。



「……私を殺さないの?」


余賀の目を淀みなく見据える、光のない瞳。


声に感情はなく、淡々と話す事務的な口。


まるでこの世に一縷の望みも持たないような、冷えきった声音をした女。



女、坂巻樹里は、とある組織に所属する、余賀を殺しに未来からやってきた刺客だ。


刺客といっても、まだ17歳、現役の女子高生だが、


樹里が通うのは未来の高校、『未来高校』だ。


『未来高校』は、世界中から優秀な人材を集め、将来脅威になりうる危険な出来事を未然、または最小限の被害で済ませるために結成された機関『未来評議会』の直下の組織。


そこに通う生徒たちは、議会の命令に従う実働隊の側面も持つ。


暗殺工作なんでもありの、いわば何でも屋だ。


樹里は、その組織でもトップクラスの能力の持ち主だ。


この度、樹里はその能力を買われ、近い将来、世界を脅かす『災厄』と呼ばれる存在、『歴代最恐の組織のボス』になるという未来が出た余賀を、"そうなる前に消せ"という結論を出した評議会からの指令を受け、余賀が今の『組織のボス』菊池総一郎を殺害する前に暗殺する任務を遂行するべく、現代"にタイムリープしてきたのだ。


「……お前こそ、どうした?こんなに隙だらけの俺は後にも先にも今だけかもしれないぞ?」



余賀も、挑発するかのように樹里に語りかける。


「………わからない」


樹里は、不意に動揺を見せる。



ここは、とある解体すらされなかった廃ビル。


その中の一室だ。



忘れらされたそのビルは、今にも崩れ出しそうなほどにボロボロだし、この部屋も、埃だらけだが、電気は通っているらしく、スタンドライトが煌々と光を放って狭い一室を明るく照らし出している。


場違いなほどに綺麗に手入れされた、派手な赤いソファーに余賀は座っていて、その首元にナイフを突きつけて固まる樹里のこめかみに片手銃の銃口を向けて話し合っている状態だ。


互いに、あと少し力を加えるだけで簡単に相手を殺せる状況。


余賀には樹里を殺す理由はないが、自分の身を守るためなら躊躇はない。

樹里の方は未来を守るため、任務として余賀を殺してしまわなければならない。


だが、


(わからない。なんで……)


「なんで、あなたの目を見た瞬間、手を止めてしまったの?」


首を傾げて余賀に問いかけだした樹里。


「……俺に聞くなよ」


重臣も戸惑っている。


重臣も、同じ理由で引き金を引けずにいる人間なのだから。


「……とりあえず武器をしまって話し合おうか」


「……わかった」


とりあえず一度、武器をおろして気持ちを整理することにした二人。



そして、



重臣の隣に座る樹里。



「――――ッ!?な、なんだ?なんで急に隣に座った!?」


(なんだ?何が目的だ?油断させてバッサリいく気か?)


しかし、

(殺すならさっき、殺せてたよな、あんな急に現れるなんて反則技使うくらいだし……)


さっき、不覚にも自分の隠れ家だと、完全に油断していた余賀は、まんまと隙を突かれ、こんな近距離武器しか持っていない少女一人に遅れをとってしまった。


普通なら、今頃喉元を搔き切られ、覚めない眠りにつくところだった。


「……?いや、座れるとこここしかなかったし……ぃ!!?」


当たり前のことをしたのになんで?と不思議そうに重臣に答える樹里。


だが、


「――――ッ!?!?」


隣に座る余賀の目を見た瞬間、その冷たい表情が一変した。


(何!?何なの?ホントどうしちゃったの私は!?)


顔を真っ赤にして俯いてしまう樹里。


普段、学校でほかの男子生徒と話すときは何ともないのに、余賀が相手だと、目を合わせただけで全身が痺れ、血流が異常によくなるのを感じる。


対して余賀は、



普段、女の子とは一切関わらない余賀、


その様子を見ていても、どう対処したらいいのか分かるわけもなく、気まずくなって目がよそへ行ってしまった。


「…………」


「…………」


沈黙が続く。


カチャッ、


キュッ、


互いの利き手に力が入る。


そして、


バン!!


ヒュン!!


ナイフと弾丸が飛んだ。



「グハッ!!」


弾丸はドアを打ち抜き、外にいた男に命中した。


「キャッ!?」



ナイフは天井に突き刺さり、脆い天井を崩す。


上からは、樹里と同い年くらいの女の子が一人落ちてきた。


「……さすがだな、余賀」


苦しそうに横腹を抑えて入り口から入ってきたのは、一人の中年の男。


「ボス!?」


静かに余賀が、自らが所属する組織のボスを視界にとらえる。



「アンナ?」


樹里も、知り合いらしく、相手の女の子の名前を呼ぶ。


「余賀、まさかお前に撃たれる日がくるとはな……」


苦しそうにしかし、表情は嬉しそうに語る余賀の組織のボス、菊池総一郎。



「イッタイナ〜ひどいよ樹里〜」


派手に尻餅をついたらしい女の子も、尻を撫でながら樹里に訴えかける。


「あなた、何故?」


驚く樹里。


「えー?だって〜、いくら樹里が優秀でも、相手はあの"災厄"だし〜?きちゃった」


「余賀、今すぐその女を殺せ!!そいつは危険だ‼︎これは命令だ!!」


ついに立つ力もなくなり、膝から崩れる菊池。


菊池が指差すのは余賀の横に立つ女、樹里だ。


「……できないんだ‼︎」


チラッと樹里の方へ視線を向けた余賀は、悔しそうにつぶやく


「なんだと!?お前……」


余賀の発言に驚愕を隠せない菊池。



「俺にも分からない。殺されかけたのに、なぜか引き金を引けなかった……」


「余賀、お前、それは……」


菊池が、余賀の異変を感じ取り、何かを言おうとする。


「えー?それって一目惚れってやつ?」


が、アンナと呼ばれた女に遮られてしまう。



アンナは、腰に携えた日本刀を抜刀し、菊池へ向ける。


「あんたはもう用済みよ、邪魔だから災厄の前にまずあんたぶっ殺してやる!!」



ためらいなく切りつけた。



「グハッ‼︎」


系動脈を切られ、派手に出血する菊池。


「ボス‼︎」


余賀が助けに入ろうとする。


「来るな!!」


それを一言で止める菊池。


「いいから!その子と一緒に逃げろ‼︎お前は俺のようになっちゃいけない‼︎」


息も絶え絶えに余賀を止める菊池。


「好きなんだろ⁇大切なものができたなら死ぬ気でそれを守れ‼︎」


腹から絞り出した、菊池の最後の言葉。


「……いつものとこで待っててくれるか?」


その言葉を最後に、菊池は床に崩れ落ちた。



「はい、ボス‼︎」


震える声で何とか返事をした余賀。


「お別れ終わった?」


刀を構え直したアンナが今度は余賀に……


ではなく、


樹里の方へ向ける



「ほんと災厄は期待はずれだったよ、まさか樹里に惚れて殺し損ねるなんて」


「アンナ?」


驚きを隠せない様子の樹里。


「あはは‼︎まさかあんたホントに私の話を信じるなんて思わなかったわ、ホントバカ‼︎」


歪みきった笑みを浮かべ、アンナは樹里へと間合いを詰める。


「……だましたの?」


ショックを隠せない様子の樹里。


「そうよ‼︎確かに災厄の力はヤバイ、でも未来評議会は排除命令なんて出してないの、全部私が勝手に言ったデタラメ。あんたが勝手に挑んで死ねばって思ってね‼︎」



心底嬉しそうに自らの計画を語るアンナ。



「なんでそんなことしたのって顔ね?」


樹里の表情に気がついたアンナが、いらだたしげに舌打ちする。


「そんなの決まってるでしょう!?あんたがいつも私の先を行くからよ‼︎能力に恵まれただけのくせに‼︎私は今も昔も何をやってもあなたの次‼︎あんたがいる限り私は一生ナンバー2だからよ‼︎」


そこにはもう、最初の余裕はない。


「私は何もかもを持って生まれた‼︎お金持も‼︎見た目も‼︎あなたとは違うの‼︎ただ能力に恵まれただけのあなたに負けていい人間じゃないのよ‼︎なのに‼︎」


斬りかかるアンナ。


「わたしから全てを返せ‼︎」


バンッ‼︎


乾いた破裂音。




「……あんた、そんなもの隠してたの!?」


バタン‼︎


倒れるアンナ。


「……もういい」


静かに銃を下げた樹里。


その表情は、暗く、無だ。





「……帰るところがなくなった。身内を消したなんて、許されないわ」


「奇遇だな。俺もだ。」


ビルを出た二人は、お通夜状態だ。


自分の所属する組織のボスを殺したナンバー2殺し屋と、未来から来た同じ組織に所属する仲間を殺した組織の能力ナンバー1女子高生。


「……俺はとりあえずボスからの最後の命令を遂行する気だが」


余賀が口を開く。


「うん……」


何かを察した様子の樹里。


「多分、これから先、待っているのはとても辛く厳しい道だと思う。」


静かに語る余賀。


静かに聞く樹里。


「だが、きっと君のことは守る。だから」


意を決して想いを伝えようとする余賀。


「一緒にこないか?」





「うん……」


こうして、


行き場をなくした二人が、二番目の人生を歩み始めた。

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(悩)殺されたから組織抜けてその娘と逃避行する。 ベームズ @kanntory

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