最終話 アイネ・クルス・シュタイン

 数日後、街は平和を取り戻していた。

 相変わらず路地の奥深くでは怪しげな商売が横行し、喧嘩も絶えぬ。

 バカ騎士をはじめとした王国騎士が見回りを行っているという話だが、早々簡単に国は変わる物ではない。

 時間をかけてゆっくりと娘による“国造り”は行われていくのだろう。


「結局あいつらはなんだったんだ……」


 王国騎士長は窓に額を押し当て首を傾げていた。


「まったく私にはわからんっ!」


 バカはどこまでいってもバカらしい。


「わからんのであれば考えることをやめろ。主の脳は筋肉で出来ておるのだろうよ」

「なっ……」


 ぽいっと王国図書館から持ち出してきた本を中に投げると乱雑に読み捨ててあった山の中へそれは消える。

 何冊読んだところで有益な情報は得られそうにもない。しかし諦めるわけにもいかず、次の一冊を手に取った。


「……お前の事もよくわからん……」

「……ぁー……?」


 ベットに横たわりながら私は本を読みふけっていた。この国の成り立ちに関する書物と古代魔術に関するものが中心だ。

 とは言ってもここ百数年の間、まともに研究しようとしたものがいなかったらしく適当なものが多くて辟易する。まるで子供の落書きと変わらん。


「魔王だとか意味のわからんことを言うし……あの力もだ。一体何者なんだ」

「アイネ・クルス・シュタイン。それがこの国の国王の名じゃな」

「様をつけろ! 様を!」

「主は色々ズレとるぞぃ……」


 体を起こすと本を傍に退ける。これは完全にハズレだった。一度読んだものの表紙違いだ。そんなことにも気付かぬとは……はァ


……相当疲れておるな……。


「私があの戦いで使った一つ目の魔法は“召喚魔法”、遠く離れた契約した者を一時的に呼び出す転移魔法の一種じゃ」

「お……おお……?」


 頷いてはいるがわかっていない顔だった。

 まぁ良い。あれこれ聞かれるよりも先に説明しておいて受け流す方が楽だ。ただでさえ退屈な読書を邪魔されては気が滅入る。


「あのとき、爆炎の覇者・ヴァルフリードは私の召喚に応じなかった。……つまり、私とヴァルたんの間には契約が結ばれていない」

「ヴァル……?」

「二つ目、……っと別に順序立ててはいなかったか……これは簡単な話なのだが主らの主人あるじ人種ひとしゅではない」

「バカを言え!! 無礼にも程があるぞ!」

「この国には亜人は存在するのか?」

「亜人……?」

「こう耳の生えた連中や石みたいな体をしておる奴らじゃ」

「ああ……エルフやドワーフならたまに旅の者がやってくる……」

「若干違うのだが……まぁ良いだろう。簡単い言えば、あの娘はその末裔じゃ。ーーそして、恐らくはその父、亡き国王もだな。人であったのは母親の方だろう」

「何を言っている……」

「昔話じゃよ」


 国王は人種ひとしゅではなく魔族で、長い間姿を変え国王といて君臨してきた。

 娘のいうこの地を治める“マキナ”と呼ばれる存在がそれだったのだろう。時に人の姿で政治を行い、時に神として力を振るってきて来たのかもしれん。

 しかしそれは終わりを告げた。長い生涯を一人で過ごすことには耐えられなかったのだろう。もしくは国王として即位する以上、妻を娶り子孫を生むことは必要だったのかもしれん。

 理由はどうであれ、自分の用意した息子、立場的には弟でもあるのだろうがあの豚蛙によって王は打たれ、最期を迎える事になった。娘を逃したのはその身に危険が迫っていると感づいたからだろう。記憶を封じ、魔力に蓋をして“ただの人種ひとしゅの少女”として城の外へ追いやった。


「それがあの娘という訳だ」

「馬鹿げてる」

「魔法は時代遅れじゃと言われた」

「ぁ……?」

「しかしあの者たちは魔法を使役しておった」


 つまり魔法は使われていないだけで無い訳ではない。

 時間をかけて使われなくなっていったのだ。

 蒸気歯車スチーム・ギアという新たな武器の誕生によって。


「魔力を使う者は魔族と蔑まれ、迫害され続けてきた。しかし身を守るためにはそれを使う他なかった」

「……?」

「ならばと使わなくとも戦う術を考え出したのが初代国王マキナ・ベルク・シュタイン。……我が父だ」

「なっ……」


 確証があったわけではない。ただいまある事実を積み上げていった場合、そのような結論に辿り着いた。

 馬鹿げでいる。そんな話は聞いたことがない。しかし、すべてが偶然だとも思えない。そのようなこと、ありえないと判断するのはありえないーー。

 どうして誇り高く、魔族を率いて人種ひとしゅと戦っていた父上がそんな結論に至ったのかは分からぬが、これは事実だった。


「この国は比較的新しく、驚くべきことだがまだ数百年しか経っていないそうじゃないか。魔族の寿命を考えればありえない話ではない」

「しかしっ……しかしだな……そのような者たちを私は見たことないぞ!」

「身元を隠しておるのだろう。それに、見たことがないというのなら目の前にいる私が現にそうであるし、あの二人もそうであったろう」


 魔族であると名乗ってこそいなかったが、間違いなくあの二人は我が血縁のものだ。自在に影となる魔法を他の種族が容易に使えるとは思えない。


「っ……」


 騎士はどう受け止めて良いものか必死に考えを巡らせているようだった。

 まぁ、無理もない。

 恐らくこの者にとってはそれが当たり前なのだ。

 魔族は身分を隠し、異形の能力を使う人種ひとしゅとして暮らしている。戦うことを避け、溶け込むことにしたのだ。人の中に、……命豊かな自然を捨て、この穢れた大地で。

 一冊の本を手に取る。

 比較的新しい魔術の本だが、記されたのはやはり数百年前だ。

 それを境に“魔法そのもの”が存在しなくなっている。蒸気歯車スチーム・ギアの出現によって、魔法を使わなくとも良くなったのだろう。そして魔族は人としての暮らしを受け入れ、徐々に同化していった。


「父は戦う事を避け、いずれ生き詰まる未来があるとわかっていても“生き延びる”事を選んだ。……その結果がこの国というだけだ」

「そんな話……信じられるわけがないだろう」


 ショックを隠しえない表情で騎士は言う。無論、信じる必要など何処にもない。


「主が話せと言ったから話たまでだ。無い頭ではとどめておけることにも限度があろう? 気に入らぬなら戯言だと忘れろ」


 どうせ理解したところで何も変わらぬ。この国はそう言った土壌の上に存在し、成り立っている。もはや父の手を離れた所で、だ。


「じゃが、これだけはとどめておけ。国王暗殺の黒幕はまだ生きておるぞ」

「……なに?」


 意味をくみ取ったわけではないのだろう。ただ“国王”というキーワードに反応したようだった。実に馬鹿な男だ。じゃが、それでいい。国王を守る騎士に必要なのはその身を犠牲にしてでも盾になるという忠誠心だ。頭のキレに関しては他の者に一任すれば良いのだ。適材適所という言葉もある。


「単純な話、魔族の出の者がたかが人間に遅れを取るわけがないという話じゃよ。あの娘の父親であり、長い間この国を治めてきた国王を豚蛙がどうこうできるとは思えぬ」

「その呼び名は不敬に値するぞ」


 口が滑ったと思ったのだが思わず「おっ?」と眉を上げた。バカと素直は紙一重か。


「ちゃんと通じておるではないか」

「……」


 顔に出やすい奴だ。不覚にも“可愛らしい”と思ってしまった。不覚にもな。ーーまぁよい。


「これは推測じゃがーー……、勇者共イレギュラーが絡んでおる」

「イレギュラー……?」


 ま、それについて話した所でこのものには理解できまいよ。話を切り上げて髪を振る。


「これからはその者たちからあの姫君を守れということじゃな。国王に仕える騎士として」


 ちょうど扉をノックする音があった。応えるように私はベットから飛び降りると新たな一冊を手にとって扉へと向かう。

 バカ騎士への客などここ数日の間、全くと言って訪れなかった(私が居座るようになって来なくなった)から用があるのは私だろう。


「おいっ、何処へ行く。話はまだ「気分転換じゃよ。この部屋は息がつまる。掃除しておけよ?」

「……!!!!」


 着崩れた裾を直し、髪を払ってうるさくノックする音に「聞こえておる」と適当に返す。慌ただしい奴じゃ。そんなに急いだところで何が変わるというんじゃ。


「……だったら最後に一つだけ聞かせろ」


 止めるのは無理だと察したらしい。じゃがそれでも食い下がり声をかけてきた。


「しつこい男は嫌われるぞ?」

「知るか!」


 そんな態度では貴婦人共に笑われるというものだ。一人前の騎士にはまだほど遠いな、この若者バカものは。


「して、なんじゃ?」


 要件は手短に、且つ単純に。


「……お前の……名前は……」

「……はァ……?」


 思わず聞き返してしまった。いや、これまでずっと「お前お前」と言われてきたからだろうか、そんなことには興味がないと思っていたのだがーー、……なるほど、頬を赤く染めまるで好きな女子に声を掛けるのようじゃわい。


「少女趣味が有ったとは笑えんの?」

「違う!」


 最大の侮辱とでも取ったのか今にも湯気が噴き出しそうだった。そんな馬鹿をおちょくるのがどうにも止められん。だんだん私も趣味が悪くなってきたと自覚すべきか? いや、戦いが終わって気が弾んでおるんじゃろう。平和ボケという奴か。

 さて、どうしたものかと思案するが結局意地が悪いのを受け入れた。振り返り、笑って私は答える。


「アイネ・クルス・シュタイン。それが私の名じゃよ」


 私の言葉をどう受け取ったのか、それとも理解が追いつかなかったのかバカは言葉に詰まり、それを嘲笑いつつ扉を開ける。すると魔力の蓋を少し開けたせいで髪の色が少し黒くなったように思える娘が立っていた。


「なーに? 私の名前呼んだ? マオ?」

「いいや、気のせいじゃろう」



 私はどうやら、異世界とんでもないトコロに飛ばされてしまったらしい。



 元の世界に戻る方法が見つかるまではこの世界の“勇者共”を叩き潰してやろう。

 この世界の“無垢な私”を見てそう思った。


(終)

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敗残の魔王 葵依幸 @aoi_kou

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