第25話 終焉
「な……なんだこれは……」
呆然とそれを見ていたバカ騎士がアホズラで城壁から乗り出す。
「なんなんだ!!」
荒れた荒野の先、舞い上がる煙を掻き消すように最後の一撃を放つ。
「
踏み台にしていた足場と撃つし鏡になるように遥か上空に出現したそれは、神々の国・アースガルドを消し去る
訪れたのは静寂と無。
風が視界を再び運んでくる頃にはそこには何も残されていなかった。
ただ荒れ果てた荒野が広がり、様子を見ていた鳥たちが羽を休めに降りてくる。
餌となるものすら見つからぬ。
「しまいじゃな」
手の中で魔法石が砕けてサラサラと風に運ばれていく。
もはやそこに魔力的な力はなく、ただの結晶としての砂だ。
物言わぬ記憶を私は黙って見送った。
「もう平気じゃろう。怪我人の手当てに移ればよい」
「あ……ああ……」
「ほれ」
「ああっ……」
ようやく自分の役割を思い出したのかバカ騎士は周りの者に指示を飛ばし、再び敵兵の消えた荒野を眺める。
どれだけ見たところで再びそれが現れることはない。
「本当に……終わったんだな……?」
「なんじゃ不満か?」
「いや……信じられん……」
「自ら敵兵と剣を交え、命を散らしたかったとでも言いた気じゃな」
「そうではないッ……そうではないが……」
まぁ、分からんでもない。
満身創痍で戦うつもりだったのだ。被害は最小限におさまったと言え、やるせなさは残るだろう。
「そう死に急がなくとも主らの役目はこれからじゃよ。数えきれぬ死線を越えることになろうて」
「……ああ……そうだな……」
あれだけの兵を失えば当分の間は再び攻めてくることもなかろう。いくら国力のある国だといても多少国は傾く。そうなれば国内のことで手一杯になるはずだ。あとは画策しておった王都の方だがーー、
「本当にアンタなにもの?」
そこは私が出向くまでもなく、
「魔王じゃと言っておろう」
ここまでくればもはや偽る必要もない。あれだけの高火力を打てば勇者どもにも感づかれる。もはや長居するつもりはなかった。
牢から抜け出してきた二人は神妙な面持ちで辺りを見ていた。
他の兵に気付かれぬようにかローブを纏い、目元だけを覗かせている。
バカ騎士が慌てて取り押さえようとするが「無駄じゃ」と先を制す。
「魔王……ねぇ……」
女が遠い目で空を見る。
精霊魔法級のおかげで一瞬あたりを覆っていた灰色は消え、青空が顔を覗かせていたがもうそれも戻りかけていた。
荒れた大地に灰色の空。
魔法石を使わぬ手はないかと精霊に呼びかけてはみたが、返事はなかった。つくづくこの地は穢れているらしい。そのような地を守るために力を貸したと思うと反吐がでるが、成り行き上仕方あるまい。
「魔王様ってそんなに生易しいもんなのかい?」
「この惨状を前によくもまぁそんなことが言えたものだ」
「生憎、人間共を好いているワケではないからね」
「嘘をつけ」
鼻で笑ってやる。
「嘘じゃないさ、ただ“嫌いじゃない人間もいる”ってだけの話だ。あんただってそうだろう?」
「戯言を」
「ふんっ」
女の目元が緩んだ。それ以上の言葉は不要と思ったらしい。私もまたこれ以上何かを語るつもりはなかった。
「一つ……聞いていいか……」
しかし空気を読めぬ馬鹿はそこに踏み込んでくる。
「こんなことを騎士である私が言うのもなんなんだが……、姫君をーー……我らが国王を拉致し、敵国へ連れて行けばコトは容易に済んだハズ……。どうしてこのような回りくどい手を?」
「はぁ……」
「な、なんだっ」
「いいや、すまぬ。哀れじゃと思ってな」
「なっ……」
この男の言っていることは確かに間違っていない。
わざわざ外交上の問題を起こし、それを“政略結婚”と言う和平で片付けさせる。
その後、国王を暗殺し、唯一の王家血筋である“姫君”を理由に属国として支配、吸収。
当初の目的はそうだったのだろう。それが私の出現によって“和平が決裂したのであれば、力づくで”となったのだ。
それでも牢屋から抜け出せるのであれば姫君の、新国王の拉致は容易であり、それを人質に開門させることはそう難しくなかったハズだ。少なくとも一方的な戦争はもっと単純にカタが付く。
私という存在を無視できれば、だが。
しかしそれも時間が経てば解決する。力づくで押しつぶせなくとも、相手国の国王を自国に引きずり込み、それこそ“婚姻を進めれば”自然と二つの国は結びつくであろう。
つまりこの二人は“戦争を起こしておいて勝つ手引きをしていなかった”のだ。
そんなこと考えなくとも理由はただ一つだ。察しの悪さにこの先が思いやられそうだ。こんな男が騎士長で良いものだろうか……?
「あぁ……うちの騎士長は
「何の話だ……」
バカは相変わらずアホヅラを浮かべている。なんとも情けない……。
「まお!」
そろそろやってくる頃だと思ったが思ったよりも早かった。
「最後に顔ぐらい見せていかんのか」
入れ替わりに去ろうとする二人を投げやりな言葉で止める。私も本当に甘いものだ。
「別れが辛くなるからな」
「そうか」
男が告げる。相変わらず目元は笑っていた。もはや“元の姿に”戻っているらしい。なびくローブを押さえ、顔を隠すようにして踵を返す。
「また再開すればいい」
これは言うかどうか悩んだのだが、思った時には口をついて出ていた。
「……?」
思わぬ言葉に女の足が止まる。
「諜報活動はどうせ必要になるじゃろう」
「しかし私たちは……、……良い……のかい……?」
「良いも何も、あの娘は何も気づいておらんでな」
もうすぐそこにまで娘は来ている。今にも泣き出しそうな顔で、しかしそれを必死にこらえてこちらへ。
そんな姿を女は目を細めて眺め、
「ーー……そうか。……あの子のこと、頼んだよ」
「知るか。自分たちで面倒見ろ」
私が娘の体を受け止める時には姿を消していた。
灰色の煙に混じって黒い影が、霧のように周囲を漂っては消えた。
「マオっ!! まおまおっまおっ!!」
「喚くな、兵が見ておるだろ」
「だってだって!」
目に浮かんだ涙を指でなぞってやる。
心配だったのだろう。緊張が取れて一気に気持ちが緩んだに違いなかった。
「大役、ご苦労だったな」
「うんっ」
こうしてみるとやはり小娘でしかない。私よりも少しだけ体が大きなただの娘だ。
しかしその指には王家に大大伝わるという指輪がはめられ、周囲の兵たちは膝をつき頭を下げている。それはバカ騎士であっても例外ではない。国王としての自覚は追々ついてくるものだろうか? 難しいかもしれないな、と私は思う。私自身、王であろうとするばかりで国王としての振る舞いには多々疑問が残る。案外そんなものなのかもしれないが。
「ほれ、務めは果たせ」
その小さな肩を掴み、くるりと反転させてやると彼女に従う兵たちに向き直らせる。
わっ、と驚いて周囲を見、「これがお主の守るべき者たちであり、お主を支えてくれる者たちだ」私の言葉に両手を握る。
傷つき、倒れた兵たちがいる。崩れた城壁の下敷きになった民衆も。
しかしその誰もが国王の言葉を待っていた。ただ静かに、忠誠を誓って望んでいた。
「……っ……」
その瞳が大きく揺らぐ。
透き通ったそれに映るのは荒れ果てた大地と灰色の空、煤と煙まみれの穢れた街に決して美しいとは呼べない人々の姿だ。
それでも、娘の心には輝いて見えたのかもしれぬ。キュッと唇を噛み締め、深く息を吸い込むと、
「ありがとうございましたッ……!!」
大きく、頭を下げた。
それはこの戦争の終結を告げる合図だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます