第24話 魔王の力

 蒸気歯車スチーム・ギアという発明が魔法に代わり普及している理由をいま目の当たりにしているといえば大げさだろうか。

 一面に広がる荒野。そこに群がる兵士たちは皆その手に鉄を打っただけの武器ではなく、鉄を組み合わせて作った武器を携えている。

 そして何よりも“巨大な鉄の塊”が少しずつ近づいてくるのが見える。


「なんなんじゃあれは?」


 相変わらず隣で呆けているバカ騎士に尋ねると眉を寄せて「知らないのか」と少しバカにしてきた。


「知らぬから聞いておる。いいから教えよ」


 というよりこのバカ騎士。私が国王を討ってからというもの態度を変えおってからに。

 出会った当初はもっとこう、“貴婦人方は私がお守りしますッ”とでも言わんばかりの清潔感あふれる青年だったのになぁ……?

 いまでは酒に溺れた中年のような目つきをしておる。


「バリ・バリエスタ。巨大な槍を打ち出して飛ばす兵器だ。……街に届けば甚大な被害が出る」

「ああ、城の上で兵士どもが使った奴の巨大なバージョンじゃな? 槍を飛ばす兵器なら見たことあるわい」


 バリスタと言ったはずだ。名前もよく似ているからその構造に蒸気歯車スチーム・ギアを組み込んだのだろう。


「こっちにはないのか?」

「ある、……と言いたいところだがシークランスは海に面していて我が国とは違い貿易が盛んだ。物量では歯が立たない」

「情けないのぅ……」

「……白兵戦なら負けん」

「白兵戦にまで持ち込めんから困っとるんじゃろう?」


 巨大な長距離兵器である程度戦力を削られ、体勢を崩されればそれを立て直すのは容易なことではない。

 守るほうが有利とよく言われるが、あれほどの兵器があるのだとすれば五分と五分。兵の数でこちらのほうが圧倒的に不利だろう。


「あの荒野一体に罠が仕掛けられている、とか言わん限りな」

「…………」

「良い、何も期待しておらん」


 そもそも戦って勝てるのならあの娘を取引に使うという話は出てこなかったはずだ。

 先代国王の忘れ形見という存在は、魔法を使ったとはいえ、今回あの娘がその地位につけるほどにデリケートなものだった。

 それを引っ張り出してきたのだ。結果的に完全に裏目に出たとはいえ、切羽詰まっていたのだろう。

 後ろの方から民衆のざわめきが聞こえた。

 どうやら街の中心部、あの縦に長い城から噂の姫君、現国王が姿を現したらしい。


「“ 私は、アイネ・クルス・シュタインーー、アルガス第22代国王 ヨハン・ウルク・シュタインの娘であります ”」


 街中に設置されているという“声を拡散させる鉄のカラクリ”からその声が鳴り響く。

 国中、何処にいてもあの娘の声は響き、この壁の上に立っていてもそれは届いていた。


「“ ……私は……、この国が好きです。この生まれ育った大地が好きです。そこに生きる、皆さんのことが好きですーー。”」


 視界の先では進軍を続ける敵兵たちが展開し始めている。


「各地! 持ち場につけ!!」


 こちらもそれに負けじとバカ騎士長が指示を飛ばし始めた。


「“ いつかこの国は滅びるかもしれません。いつか、この地から火が消えてなくなる日が来るやもしれませんーー、 ”」

「なぁ、騎士どの? あの娘、化けると思うか?」


 敵兵たちの動きを眺めつつ、耳は娘の言葉に傾けて尋ねた。

 騎士はなにも答えない。

 ただ自分の持ち場に立ち、じっと己の討つ敵を見据えていた。


「愚問じゃったか」

「“ ーーしかしッ……、それは今日ではありませんっ……!! 私たちがこの地で生きる限り、火が途絶えることはありません!! 守り抜きます。守りきってみせます! この、私の大好きなこの国を……!! だからお願いです、力を貸してください。だからお願いします。私を信じてくださいーー。私は……この国を守りたいッ……。”」


 そうだ、それでいい。尊大な演説など意味を持たない。

 ただ自分の想いを素直に伝え、勝手に守れば良い。

 守る力は、仲間がくれる。

 そんなお主を支える者たちが、力を貸してくれる。


「“ 第24代国王 アイネ・クルス・シュタインの名においてここに宣言します。誇りあるアルガス王国騎士達よ、我が領土を蹂躙せんとする敵兵を打ち破ってください! お願いします!!! ”」


 静寂の後、答えたのは怒声だった。

 お世辞にも名演説とは程遠い。私が用意した原稿からも逸脱した、唯一無二の彼女の想いそのものだった。

 だからこそ届いたのか、忘れ形見である彼女だからこそ届いたのかは不明だ。しかしその想いは熱となり伝染し、国中からその声は聞こえて来る。


「いくぞッ!!」


 バカ騎士も律儀に答え、それに答えた兵たちが一斉に設置型の“バリ・バリエスタ”から巨大な槍を宙に放つ。


 ーー戦いが、始まった。


 同時に向こう側からもそれは空に舞い上がり、放射線を描いて落ちてくるその槍は空中で分離する。

 一つの巨大な槍が無数の槍となってこちらに向かってくる。


「ふむ」


 一本一本が大の大人ほどの大きさがあり、とてつもない速度でそれは突き刺さる。

 私の目の前に落ちてきたそれを空中で掴み、勢いを殺すために一回転ーー、そのまま周囲の物を薙ぎ払うとバカ騎士が呟いた。


「化け物め……」

「今更じゃの」


 ズドドドドドと突然降り注いだ雨のようにそれは城壁へと突き刺さり、幾つかが壁を超えて内側へと落ちている。

 場所によっては足場をえぐられ、そこに立っていた兵が地面に転がっている。

 直撃を受けた者はもはや戦線復帰は叶わぬだろう。手足なら幸いこの国には義手義足があるだろうが、体を吹き飛ばされた者はもはやただのミンチだ。


「撃ちかえせ!!」


 バカ騎士は声を荒げ兵士たちもそれに答えようと声を上げるが「無理じゃな……」私は手に持っていた巨大な槍を投げ捨て、城壁の先へと立つ。

 遥か彼方に見える軍勢はまさに虫のようだった。

 ウジャウジャと、憎たらしいほどに溢れかえり、次の槍を放とうとしている。

 戦力差は歴然。正面から戦って敵う相手じゃない。


「危ないぞ」


 自分の持ち場だけ気にしておれば良いものを、余計な気遣いをしよる。


「もし、お主が過去を捨てられるかと迫られた時、快くそれを受け入れられるか?」

「ああ?」


 手の中には娘から預かった懐中時計。

 それは静かに手のひらに収まっている。


「己が何者かも分からぬようになっても、“過去のことなんて興味無い”と言い切れるか?」


 これは……、迷っているのだろうか。


 不思議と指先に馴染むそれは握っているだけで心が落ち着く。

 あながち御守り代わりというのも間違いでは無いのかもしれぬ。

 この懐中時計に使われている魔法石には間違いなくあの娘の記憶が封印されている。取り出そうとすれば彼女にそれを返すこともできるだろう。しかし、娘はそれを拒んだ。必要ないと。自分にはこれからの事の方が大事なのだと。でもそれは強がりではないのか? 本当は自分の過去ルーツを知りたいと思うものではないのか……?

 そこまで気にかけてやる必要があるわけではない。いや……だが、……?

 自分の中で答えが出せずにいる。


「過去など所詮は過去だ。今の自分がここにいる。それが全てだろう」


 バカ騎士はムッとした顔で告げた。


「いまの私がここにいるということはそれまでの過去全てがここにあるのと同じだ。……違うか?」


 不服そうに、私の質問に答えることが不本意であるかのようにそう答え目を逸らす。


 記憶があるのと無いのとでは全然違うわ、バカ者め。


 騎士の言っていることは間違いではない。

 しかしそれは自分が自分の過去を認識しているからこそ言えることであって、あの娘のようにある日を境に自分の昔の暮らしが一切思い出せない場合とは少し違っている。何かを見て「懐かしい」と感じたとしても、どうしてそう思うのかを絶対に思い出すことができないのだ。好きな理由も、好きだったものも、何もかも。

 過去においてきた大切なものがあったとして、それと再会しても記憶がなければ素通りしてしまう。

 娘は“自分の父親のことが気になる”と言いながらも、“そんな過去は捨てる”と言っているのだ。前に進む自分には必要ないと。


「ふん……、どうせ他に手はないのじゃから悩むことなど無駄か」

「……?」


 懐中時計を開いた私にバカ騎士は怪訝そうな顔をする。遊んでいる場合じゃないだろうと言いたげでもあった。

 私はそのカラクリの中央。光を発生させている魔法石に触れると指先でそれを取り出した。それと同時に街の虚像は消え、ただの光が漏れるばかりだ。

 パタン、とそれを閉じると指の先に摘んだ小さな魔法石を眺める。

 光にかざせば透き通るような青色がキラキラと光っている。指先から確かに魔力の波動は伝わってきた。


「使わせて貰うぞ、お主の記憶ーー」


 ぐっとそれを握り、指先で空中に円を描く。


「幾千の時、流れようとも我らが絆に変わりはない」


 腕の中に流れ込んでくる清らかな魔力。

 それらを使って円の内側に文字を書き記していく、「我、求む、其方の力を。我、願う、再会の時を」魔法式をいくつも書き重ね、それらを線で結んで発動の順番を連ねていく。


「盟約に従い、我の前に姿を見せよ!! 炎龍が祖、爆炎の覇者ッ、ヴァルフリード!!」


 横一線に指先を祓い、魔法式を反転させると魔力が一気に駆け巡り“召喚魔法”が発動する。

 空中で大きく広がったそれは光を放ち、しばらくの間膨張を続けーー、「うおっ!?」パンッと音を立てて四散した。


「ふむ……」

「な、なんだ!? なにをしている!!」

「いまのはなんというか実験みたいなもんじゃな。我が体内の魔力では使えんかったからのう」


 言いつつ次の魔法式を中に描いた。

 ヒョイっとそれを足場に固定し、宙に立つと少し目線が高くなる。


「ここからが本番」


 使った所で意味のない魔法があることが分かった。

 無駄な魔力の消費はあの娘への不敬に当たると自粛しよう。

 ざらっと見回して10万……13万か。よくもまぁこれほどの大群を差し向けてきたものだと飽き飽きする。

 このような小国一つ落とすのに大層な話のようにも思えるが、余程魅力的なのだろう。この地は。

 もしくは王都の連中が画策しておる悪巧みに従っているだけかーー……、まぁ、無駄足でしかないんじゃがな。

 頭の中に浮かべたのは幾つかの魔法陣。

 手っ取り早く描写し、横に並べていく。

 展開、修正、補強。

 先ほどの召喚魔法とは違い、単純な威力の向上と射程の設定。

 それらを次々を行っているうちに第2波の槍の雨が降り注いでくる。


隔壁魔法アンチフィールド


 サッと片手間に発動させたそれは手のひらを中心に広がり、一瞬で城壁を全て包み込む。


「なっ……」


 空中で弾かれ、跳ね落ちていく槍にバカ騎士が口を開ける。


「そうそう、そのまま口は開けたままにしておくんじゃな」


 丁度、魔法陣への書き込みが終わったから。



「 散れ 」



 発動は同時に。

 そして乱雑に行った。

 一瞬のうちに大きく広がり展開される5つの魔法陣。

 それらは私が最も得意としているアウトレンジからの遠距離魔法で、これまでに幾つもの都市を焼き払ってきた古の呪術だ。


「ーーーー」


 爆音と共に閃光が走り、遥か彼方の敵兵に向かって一直線に伸びる。

 白と青、赤と黒、黄色と緑。

 五行に関する全ての属性を含み、そして相乗的に威力を上げたそれは直撃すると同時に爆発を起こし、



 次の瞬間には全てが煙の中に消えていた。


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