第23話 決戦前夜
「……貴様、本当に何者なんだ……?」
王座に娘を
「あー……後にしろ、もう夜も遅い」
国王の首が床に転がってから数刻。
元々先王の忘れ形見ということで兵達からの信頼は厚かったようだが、それでも白髪を始め“元国王派”という輩はうじゃうじゃといて片っ端から精神支配をかけて回ったので疲労困憊。指一本動かすのも億劫だった。
娘から吸い取った魔力も底をつき、今にも眠ってしまいそうになる。
「お主は王国騎士として変わらずこの国に仕え続ける。それでよいではないか」
王座にもたれ掛かり欠伸をすると騎士は不機嫌そうに顔を歪める。
「良くはない……私はこの手で……、国王を殺めてしまったのだぞ……」
「それは私がさせたこと。違うか?」
「違うっ!」
下手に頑固だなぁ
「俺の心が弱かったからだ……だから俺はーー……」
「……でも、ステイン様が決断して下さらなければ私は隣国へと下ることとなっていました」
「……!」
それまで成り行きを見守っていた娘改めアルガス第24代国王の座についたアイネが笑う。
「起きてしまったことは仕方ありません。為すべきことを為しましょう?」
「っ……、ハッ……」
言って私に一瞥くれてから深々と頭を下げて王の間を後にした。
他の者たちには休むようにと知らせを出しておいたので騒がしかったここにも私と娘の二人だけだ。
吹き抜けのように高い部屋に王座が一つ、赤い絨毯に金色の装飾が施され分厚い装飾の向こう側には相変わらず鉄の管と歯車が隠されているのだが、何処の時代でも「王の間」とはある種の神聖さを保てるらしく、重苦しいーー、それでいて悪くはない空気が辺りを包み込んでいた。
「とんでもないことになっちゃったね、マオ? ほんとあなたって何者?」
「魔王じゃな」
「なにそれ、私に対する当てつけ?」
「ふん……」
クスクスと笑う娘を適当にあしらう。どうして魔王である私がここまでお膳立てしてやらねばならんのだという気持ちも無いわけではない。だが、乗り掛かった船だ。ここまでやったのなら最後まで見届ける必要があるだろう。
「ほんと不思議……あなたに会ってから急に世界が変わった」
「私のせいではあるまい。元々知らぬところで事は動いておって、主が気づかなかっただけじゃ」
「気づかないふりしてただけかもね。……まだ自分がここから逃げ出してきたって事思い出せないし、前の国王さまの事も……覚えてないんだ」
「……そうか」
「どんな方だったのかな?」
「……さあな」
見た目の歳は私とそう差ほど変わらない。
先王、自分の父親の顔すら思い出せないと笑う姿は国の座におさまっていても子供でしかなかった。
「ろくでもない王だったに決まっている」
脳裏に浮かぶのはこの娘が国王を襲名すると宣言した時の兵士たちの表情だ。
「でなければ、幼いお主を一人、外の世界に放り出すわけないだろう……」
「……だよねっ」
姫君への忠誠心。
それはこの国への忠誠と供に、亡き先代の国王に対するものだったのだろう。
誰一人異論を唱えることなく、兵士、騎士たちは膝をつき、その声に従った。
まだ、子供でしかないこの娘のーーだ。
「お前はそんな王になるでないぞ」
これは無茶振りなのかもしれない。
捨て、拾われ、連れてこられただけの小娘に国を動かす力があるとは到底思えん。
なんの教育も受けていなければ、何の才能もない。
慕ってくれている兵士たちの忠義もいつまで続くかは分からぬし、精神干渉の魔法も時間が経てば徐々に解けていく。全てのものに掛け直してやる程の筋合いはない。
つまり、ここからが勝負なのだ。この娘にとって。
国王にならねばならぬのだ、この国を守るためにも。
「まずは明日の演説だっ」
「じゃな」
国王襲名の報告、そして己こそが先代の血を受け継ぐ唯一の王族なのだと宣言する。
国民の前で。
自分を隣国に売り飛ばそうとしていた民衆の前で。
「……怖くないか……って聞いてくれないんだ」
「聞いたところで変わらんからな」
「マオは厳しいなぁ……」
「事実だろう」
国王を襲名し、そして“属国には降らない”。
つまり隣国であるシーランスと“戦争をする”。
それを何の力も持たない娘が宣言し、民衆が納得するとは思えない。
思えないが、させるしかない。
無謀としか言えぬ挑戦だった。しかし
「いつまで傍にいてくれる?」
「んー……」
もはや立っている事すら億劫に感じ、床に座り込み王座の肘置きにもたれ掛かって考える。
いつまで、か……。
「私はお主の配下になったつもりはないんじゃが?」
「友達として聞いてるのー」
友となったつもりもないといえばこの娘は膨れるだろうな。
会って数日と立っていないがその程度の事はわかる。……分かるようになってしまった、というべきか。
ふと、娘の首にかけてあるチェーンが目に入った。
「その懐中時計を……もう一度見せてもらっても構わんか」
「んっ……? 良いけど、なんで?」
「良いから」
差し出され、開くとガチガチと歯車がかみ合い大きく展開されるそれはこの街そのものだった。
中央の魔法石を通して映し出され、私たちがいる王の間も描かれている。
「主の記憶はここに封じ込められておるのかもしれん」
「え……?」
ただの懐中時計を、いやこんな手の込んだカラクリ一つを大事にしていたのは理由があったのではないか?
なんの“意味もなく”使われている魔法石は本当に“ただの部品の一つ”なのか?
触れると魔法石は冷たく指先の体温を奪ってゆく。
緩やかな魔力の流れを感じはするが、それをこの
ならば、この魔法石には「アイネ・クルス・シュタインの記憶」が封じ込められている可能性がある。
「取り戻したくはないか? 記憶を」
恐らく知りたくはない過去を知ることになる。
偉大であった先王の記憶と共に、何故己が城を追われ、幼い身で彷徨うことになったのかを思い出すハメになるだろう。
そうなった時、恐らく娘はもう元の娘ではいられない。知ることは死ぬことだ。
過去を知ることで今の自分を殺すことになるやもしれん。
じっと娘を見つめ返答を待っていると、目を丸くしていた娘は急に吹き出して笑った。
思わず私は首を伸ばす。
「な……なんだ急に……」
「それはこっちのセリフだよー、なんだかマオらしくないなーって思っちゃって」
何がそんなにおかしいのか目の端に涙まで浮かべて笑う娘に思わず言葉を失った。
「必要ない」
そして彼女は断言する。
「過去に何があったにせよ、私は私だもん。いまのまま、前に進むことにする! 昔のこと、振り返ってる暇なんてないしねっ?」
あっけらかんと、笑顔で。
あまりにも清々しく宣言するものだから思わず私も吹き出し「そりゃそーじゃ」と笑ってしまった。
振り返っている暇などない。
前に進む他ない。
私とて、敗走の身であったとしても進む他ないのだ。
「見ててね、マオっ。立派なおーさまになるから!」
「そうじゃな……」
ただの小娘が、国王としての道を歩み始めた瞬間だった。
足のつかぬ王座に腰掛け、誰もいない王の間を眺める。
ここから始まるのか、道は。
その光景は、かつての自分の記憶と重なって見えた。
数え切れない程のものを抱えることになり、そして歩みを進める度に何かを失っていくであろう未来。
赤い絨毯はここに至るまでの者たちの流した血で、きっと私たちの血もこの中に沈んでいく。
「精々美しく散ってみせるがいい」
それがせめてもの抵抗となろう。
そんな柄にもないことを口走る私を、娘は不思議そうに見つめていた。
「なんだかマオって私たちと違うものを見てるみたい」
「同じものを見えていると思うか?」
「見たいなーっとは思うかな?」
見えないほうがいい。
私と同じ場所に立つということ、それは即ち“負ける”という事なのだから。
この娘にはどうか、……いや、やはり私らしくない。
苦笑し、夜は更けていった。
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