第22話 国の建つ日

 この国はどうやら山脈の鉱山資源を中心に発展し、広がった城塞都市らしい。

 円状に広がった町の端は壁で囲われており、その中の多くはない土地を有効活用すべく建物同士がどんどん高くなっていったのだと言う。


「見事に荒れ果てておる」


 資源を殆ど取り尽くしてしまった周辺の土地は痩せ果て、壁の外は見渡す限りの荒野が広がっていた。

 草木も生えぬ大地とはよく言ったものだが、これほどまで痩せ果てた大地を見るのは心が傷む。一体どこまでそれが広がっているのかーー、見える限りではそれも分からない。灰色の空と、くすんだ大地が何処までも続いているように見えた。

 そして、


「こんなところで何をしておる。警護に当たらなくて良いのか」

「……貴様が逃げないか監視しに来たんだ」


 バカ騎士改め、王国騎士長を名乗り始めた大馬鹿だった。


「ふっ……、誰が逃げよう」


 多くの騎士たちがその外壁の周辺へと集結し、一定の距離を置いて野営地を敷く敵国を睨んでいた。

 隣国・シークランスが進軍してきたとの伝令が入って丸2日。

 国王の死を嘆く声を聞く間もなく、混乱が町の中を渦巻いていた。最も、あの国王の死を嘆くものがいたとは思えんが。

 外に逃げても道はない、ならば開場し“先王の言い付け通り”忘れ形見である娘との婚姻の儀を行うべきだと。属国となり、吸収される方が良いという声があちこちから聞こえて来る。

 無論それは“王都から移住させられた者たちによる工作”でしかない。

 しかし既に空気は流れ始め、今でこそ固く門を閉ざしてはいるが内側からそれが開かれるかも分からなかった。


「意外だった」

「何がじゃ」

「貴様はなんというか……この国に現れた災いの種みたいなものだと思ったんだ」

「ほう?」


 あながち間違っていない例えに目を丸くする。


「城の中を騒がせ、国王を殺した。国を乱し、私たちを嘲笑って消えてしまう魔物なんじゃないかとさえ思った」


 深い意味はないのだろう。ただ直感で話しているのだがなかなか確信をついておる。意外なのは私もだ、とでも言いたくなる。

 じゃがあまりにも真剣に話しているので茶化すのも趣味が悪いかとただ黙って耳を傾ける。

 あれこれ思われているとも知らず……まったく、素直でバカな男だ。


「……どうして共に戦うつもりになった。これは一人二人殺せば済むものじゃない、戦争だぞ。わかっているのか」


 私の力を知ってもなお、子供扱いしているようなのでやんわり「知っているさ」と釘を刺しておく。


「知っている。嫌という程な。こんなところで油を売っている場合でもなんじゃよ、実のところ」

「だったら何故」


 話をはぐらかすような私に自然と口調がキツくなったらしい。

 目の端を僅かに釣り上げ、騎士は私を睨む。


「……王となる瞬間を見届けようと思った」

「は……?」

「そうして初めて、私は再び歩き出せると思ったんじゃよ」


 わからなくていい。

 これは私個人の問題だ。

 私は一度戦いに敗れた。そして自分の無力さを思い知った。

 あの娘もそうだ。今はまだただの女子おなごに過ぎぬ。

 しかし、“王となろうとしておる”。

 何の力も持たぬ子供が、だ。

 仮にもし、もし仮にあの娘がそれを全うできたのであればーー、……きっと私もまた立ち上がれる。

 立ち上がらなければならなくなる。負けるわけにはいかないのだ、私は。

 そのためにも、この国を今は守ってやろう。

 歪んだ動機だと自分でも思う。

 メンドクサイ性格をしているとルシエにもよく言われた。

 じゃが仕方がないのだ。私が、私が再び魔王として立ち上がるにはキッカケが必要だった。

 自分の背中を押してくれるであろう、キッカケが。


「それに……他人事ひとごとだとは思えんでな」

「……?」


 周りに支えられ、戦おうとしている娘を見捨てることは理屈抜きにできない。


「それは?」


 バカ騎士は私が取り出したそれを見ると首をかしげる。


「ああ、お守りだそうだ」


 娘から預かり受けた懐中時計だった。


「自分の心配さえしておれば良いものを……」


 遠くで進軍の号令が聞こえる。

 地を踏み鳴らし、壁を打ち破らんとする兵隊が迫る。

 娘は、いま、国民の前に姿を見せようとしている頃だろうーー。

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