飛び込み自殺の怪 2
神無月さんの運転するワンボックスカーで俺たちが連れてこられたのは、俺にとっては見慣れた通学路にある踏切だった。
休日の昼過ぎということもあってか、人通りはかなり多い。
「……それで、これで何がわかるんですか?神無月さん」
辺りを見回してみたところで例の彼女は出てこないし、何かが起こる気配もない。
本来なら、この時間に“彼女”は出てこないハズなんだけど……それを知っていて神無月さんは俺たちをここに連れて来たんだろうか?
「神無月さん、先程休日には“彼女”は現れないと結論が出たはずですが……?」
俺と同じことを考えていたらしい皐月ちゃんが踏切を覗き込むようにして問う。
「ええ。ですが、“物が記憶していること”は読み取れるはずですよ」
物にも何かを記憶するなんて芸当出来るんだろうか?メモリーカードみたいなものがついてるワケじゃなさそうだけど。
「まさか、あのオッサン呼んだのかよ」
苦虫を噛み潰したような複雑な顔で言うのは如月くんだ。隣で葉月くんも何やら複雑な表情になっている。
「まあ、偶にはあの人にも働いていただかないと困りますからねえ」
どこか棘のある物言いな気がするのは俺だけだろうか。ともかく、神無月さんはこの状況を進展させる“誰か”に助っ人を要請したらしいことだけは理解できた。
そして、その人もまたこの人たちみたいに一癖も二癖もある人なんだってことも。
「暫くすれば現れると思いますよ」
そう神無月さんが言ってから数十分が経過した頃、通りの向こうから誰かがこっちに向かってくるのが見えた。
ヨレヨレのトレンチコートにくたびれたスーツを着た無精ヒゲをはやしたオッサンだ。
わかりやすく例えるなら、二時間サスペンスに出てくる在り来たりな刑事みたいな出で立ちだろうか。
「よーぉ、ガキ共。元気してたかァ?」
語り口も何だかそれっぽい。この前観たサスペンスものの主人公も、確かこんな感じの冴えない中年刑事だった気がする。
「どうも、師走さん。突然お呼び立てして申し訳ありません」
顔はニッコリしたままだったけど、神無月さんの言葉にはどこか威圧感があった。
師走さん。と呼ばれたオッサンもそれに気づいているらしく、ワザとらしく頬を掻いたりしていた。
「そりゃあな、オッサンはオッサンなりのお仕事しなきゃだなあって……アハハ」
どうやら見た目通りの性格らしい。
俺が気になるのは師走さんのポケットの中身だ。色んな銘柄の煙草がポケットにこれでもかと捻じ込まれてパンパンになっている。
酒は聞いたことあるけど、煙草のちゃんぽんってアリなのか?
「師走のオッサンはな、アレがルーティーンなんだとさ」
多分、疑問がそのまま顔に出ていたんだと思う。こっそり如月くんが教えてくれた。
「長月が言ってた坊主ってのはお前さん?」
ジョリジョリと音がしそうな無精ヒゲを摩りながら問いかけられ、俺は条件反射で頷いた。
「おーおー、そりゃあ災難だったなあ。オレの名前、迫間師走(はざましわす)っつーんだわ。ヨロシクなァ、坊主」
無遠慮に頭を撫でられ、髪の毛がぐしゃぐしゃになったけど、不思議と嫌悪感は無かった。初対面だったのに何でそんな風に思ったのかはわからないけど。
「早速ですが、お願いできますか?」
「オーウ、オジサンに任せなさいって」
そういって、師走さんが手を触れたのは遮断機だった。咥え煙草のまま遮断機に触れいる姿はどことなく異様な感じがする。
「あの、師走さんは何やってんですか?」
「師走さんの能力は“サイコメトリー”と呼ばれるものなんです。ああやって物や人に触れることでそれが記憶している記憶を読み取る、そういう力です」
サイコメトリーまで出てくるとは、ますますオカルトじみてきている気がする。
ともかく。師走さんは暫く遮断機に触れたまま微動だにしない。ひょっとして立ったまま寝てるんじゃないかくらいの不動っぷりだ。
「こりゃあ……とんでもねえな」
漸く言葉を発した師走さんの声音はさっきとは雲泥の差だった。
「とんでもないって……どういうことですか……?」
新しい煙草に火を着けて虚空を見つめていた師走さんだったが、やがてため息のように煙を吐き出しつつ事のあらましを説明してくれた。
「ありゃあ、ほとんど“向こう”に混ざっちまってる。余程あの嬢ちゃんの念が強かったんだろうな。それに、だ」
あっという間に短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けながら師走さんの言葉は続いていく。
「あの嬢ちゃん、ただの事故に巻き込まれて死んだわけじゃなさそうだぜ」
「……え?」
全員の動きが揃って止まる。俺も含めて。
ただの事故じゃない。そう言ったけど……だったら彼女は何故死ななきゃならなかったんだろうか。
「ここ、線路が出来る前は何があったか知ってるか?」
俺と葉月くん、それと如月くんと皐月ちゃんは揃って顔を見合わせた。
物心着く頃からここにあったのはこの線路だし、それは俺の母親の代も変わらなかったらしい。
それより前となると、ばあちゃんの代あたりになるんだろうけど、生憎ばあちゃんはこの辺りの生まれではないので検証しようがない。
「……なるほどね、そういうことかい」
手元のカードをいくつか捲っていた弥生さんが顔を顰めて呟く。
その手にあるカードはタロットの『死神』だった。確か、あまりいい意味のカードじゃなかったような記憶がある。
「昔、ここは合戦場だったらしいね。あちこちに怨念が渦巻いてるよ」
眉を寄せたままの弥生さんに、卯月さんがそっと寄り添っていた。まるで、落ち込んでいる主人を慰めようと傍に寄ってくる犬みたいな感じだ。
「そういうこった。あの嬢ちゃんはこの“念”に中てられたんだろうぜ」
そうして、事故に遭った。そういうことなんだろう。
「さぞや無念だろうねえ、自分の意志とは関係なく引き込まれたんだから」
「辛かったろうな……」
「は?」
どうしてそんな言葉がスルリと出てきたのかが解らなかったけど、何故か自然とそう言っていた。
「……睦月くんは優しい人ですね」
神無月さんが言う。
師走さんは相変わらず踏切をぼんやりと眺めたままで煙草を吹かしている。くしゃくしゃになったパッケージがポケットから僅かにはみ出しているのが辛うじて見えた。
「こういうことなら、あの人に頼ってみましょうか」
どうやら神無月さんには次の手があるようで、またどこかへ電話をかけている。
「ユーレイ絡みなら間違いなく水無月さんだろーぜ」
如月くんがまた俺の知らない名前を口にする。水無月さんとやらはどんな力を持ってるんだろうか。
「水無月さんは祀摩(まつま)神社の神主さんなんですよ」
電話が終わったらしい神無月さんが踏切の向こうにある雑木林を指す。
「ちょうどあの辺りにあるんです。近場ですし、直接お伺いしてみましょうか」
お参りするのにアポイントメントは要らないですしね?なんて笑う神無月さんを見ていると、ここにとんでもない怨霊が居るだなんて信じられない。
まあ、実際“見えてない”から実感も何もないんだけどさ。
祀摩神社はそれほど規模は大きくないものだったけど、細かいところまで整備が行き届いていた。
しかし、こんな大所帯で押しかけて迷惑じゃないだろうか。
「やあ、神無月くん。それに、師走さんまで居るとは珍しいね」
社務所(っていうんだったと思う)の前を掃いていた若い男の人が柔和に笑う。
恐らく彼が水無月さんだろう。
「見ない顔だね」
「あ、えっと……浅間睦月、です」
「よろしく、睦月くん」
この人の周りだけ、何だか空気が違う気がするのは気のせいだろうか。
「神無月くんが連れて来たということは、彼も?」
「ああいえ、彼は今回偶然巻き込まれてしまっただけなんですよ」
事のあらましを神無月さんが説明している間、俺は神社の中を歩いてみることにした。
小さいけれど手洗い場もお守り売場もあるし、さい銭箱まである。
向かい合うように置いてある狛犬もちょっと穏やかな顔に見える。
「なるほど。それは大変だったね。私で力になれるかはわからんが、やってみようか」
聞いた話によると、水無月さんは一種の祓い屋のようなものもしているとかで一時期有名になったらしい。俺はそういったニュースに全く興味を持たなかったので知る機会はなかったのだけど。
「さあ、行こうか。早い方が良いだろう?」
そう言って懐から長細い紙を幾つも取り出した水無月さんは、何かの映画で見たことのある陰陽師そのものだった。
十二節怪奇探偵社 @nagisa_ala
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