十二節怪奇探偵社
@nagisa_ala
飛び込み自殺の怪 1
夢を見ていた。
ひどく懐かしいようで、でも初めて経験するような、そんな夢を。
その夢はいつも同じ場所で終わる。
覚えているのは自分のほかに何人か同じような人間がいたこと。それと、炎の海。
――ただそれだけの、夢。
目覚まし時計の音で目を覚ます。
時刻は七時五分前。いつも通りだ。
しかし、“あの夢”を見たからかひどく目醒めが悪い。
外は快晴だっていうのに、俺の気分はどんよりとしていた。
「はあ……」
重苦しい溜息を吐いて、気乗りしないままベッドから降りて着慣れた制服に腕を通す。
どうせ背が伸びるんだからと母親に言われてちょっと大き目のサイズを選んだ甲斐あって、入学当初から比べると逞しくなった(気がするだけかもしれない)身体にはピッタリのサイズになってきていた。
俺の名前は
今日もいつものように七時半に家を出て、最寄駅まで自転車を漕ぐ。ただ、寝覚め最悪だったからかもしれないが、その足取りはどことなく重い。
最寄駅までは十分少々。駐輪場のおっさんに挨拶をして定位置になったホームへの階段の近くに自転車を駐車。鍵を引っこ抜いてホームへ向かう。
何ら変わらない日常風景だ。
ホームに落ちる女の子が見えなければ。
「え、ちょ、お、おいおい、マジかよ!!」
見かけない顔だなと思っていたその瞬間、彼女はホームの向こう側、つまり線路側に身を投げたのだ。ふわりと、浮くように。
妙なのは俺以外に気に留める人物が居ないことだ。
普通、女の子だろうがばあさんだろうがホームに身投げなんてしたらちょっとした騒ぎになっても不思議じゃない。
だというのに、誰一人として助けに行く気配がない。――気づいていない?まさか。あんなに鮮明な、見逃すはずのない状況下だっていうのに?
(ウソだろ……幽霊だってのか、あれが?)
そうこうしているうちにいつもの時間通りに電車が到着した。
もちろん、人身事故なんて起こるはずもなく扉が静かに開く。
人混みに流されるようにして車内に足を踏み入れる。ちょっと蒸し暑いのは相変わらずのようだ。
「おい」
「え?」
突然話しかけられてぎょっとした。
そこに居たのは、見るからに不良ですみたいな出で立ちの男だった。
しかも、同じ学校の制服を着ている。
「え、ええと……何か?」
「お前、『見た』だろ」
心臓が跳ね上がるような気分だった。
見たって、何を?ちなみに、俺は彼に因縁をつけるような目は向けていない。
……と、いうことは?こいつが言っているのはまさか……。
「まさか、あの、女の子……」
「――やっぱりな。皐月、見つけたぜ!間違いない、所長が言ってた奴だ」
所長?何のだ?そいつは後ろの方に居た女の子に呼びかけている。どうやら、名前は皐月というらしい。
その子は
鳴瀬女子といえば、言わずと知れたお嬢様学校のはずなんだけど、それが何でこんな不良っぽい奴とつるんでいるんだろう?……もしかして、彼氏彼女の仲とか?
……まさかな。
挙動不審な俺に気付いたのか、皐月と呼ばれた女の子はにっこりと笑って見せた。
ちょっと好みのタイプかもしれない。
「ダメですよ、如月くん。ほら、如月くんが脅かすから怖がってしまっていますよ」
どうやらこの不良少年くんは如月というらしい。
名前がわかったところで俺に心当たりなんてまるでないのだけど。
「彼、こういうところがあるから誤解されやすいんですけど、悪い人ではないので、どうぞご安心くださいね」
誤解されやすいも何も、『不良』って言葉が服着て歩いてますみたいな感じなんだけどな、この人……。
「おい、今日はフケんぞ。次の駅で降りるからついて来い」
この展開はよくドラマとかである感じだ。
所謂、『ちょっとお前顔貸せよ』的な流れじゃないか?
「だから、如月くんは言葉が足りないんですってば。申し訳ないのですが、少々お時間を頂けますか?色々とお話ししたいこともあるので……」
皐月さんが如月の腕を掴んで窘め、眉尻を下げてほほ笑む。それだけで俺は無意識に二つ返事で了承していた。
「ありがとうございます。あ、申し遅れました。私、
「あ、はあ……どうも。浅間睦月、です」
どうもこういったノリには慣れない。
さすがお嬢様だ。立ち振る舞いがなんていうか、お上品だ。
「お、着いたな。行こうぜ、皐月」
「はい、如月くん。さ、睦月くんも」
二人に連れられて降りたのは、いつもは通り過ぎてしまう駅だった。
駅から出て目に入ったのは数々の雑居ビルが立ち並ぶオフィス街。平日の学生には縁遠い場所だ。
そんな雑居ビル群の一角にそれはあった。
小さな看板に『十二節』と書かれたレトロな雰囲気のカフェ。その二階部分には『十二節怪奇探偵社』とデカデカ窓に書いてある。
名前が似通ってるのはカフェと探偵社の経営者が同じだからだろうか。
「何ボケーっとつっ立ってんだよ」
「さあ、こちらへどうぞ」
店内は外観と同じで一昔前の喫茶店のような内装だった。木製のシンプルなテーブルとイス。それとキッチンに面したカウンター席がいくつか。
小ぢんまりとしているけど、こういう雰囲気は嫌いじゃない。
「おかえり、如月、皐月。学校はどうしたんだい?」
「フケた。弥生さん、俺いつもの」
「右に同じ、です。私もいつもの、いただけますか?」
恐らくこの二人はこのカフェの常連客なのだろう。名前も覚えてもらってるみたいだし、来店して『おかえり』とか、注文で『いつもの』なんて言葉がスラッと出てくるということは、それなりに来店数がないと出来ないだろうし。
「で、そっちのアンタはどうする?」
「あー……じゃあ、えっと、カフェオレで」
弥生さん、と如月が呼んだのは店主……いや、この場合はマスターって呼ぶ方がいいんだろうか?
ともかく、店を切り盛りしている女性だった。年齢は二十代後半くらいだろうか。いかにも姉御的な印象を受ける。
「
「何で、俺の名前……?」
俺は名乗った覚えはないけど、弥生さんはピタリと俺の名前を当てて見せた。
ワケを聞こうとした時にはもう弥生さんは如月くんの方を向いていたので、タイミングを完璧に逃してしまっていた。
「にしても如月。学校フケるのも程々にしときなよ?この前単位がどうのって言ってたの、忘れたわけじゃないだろうね?」
「仕方ねえじゃん、所長が見つけたら何が何でも引っ張って来いつったんだぜ?」
やっぱり、この如月という彼は不良さんは俺の思い描いている不良像と違わないらしい。
ちなみに俺は、偶に保健室で寝る位しかサボった記憶は無い。一日サボるなんて今日が初めてだ。
そうこうしている間に、俺の目の前に湯気が立ち上るカフェオレが置かれていた。
意外と本格派なんだなあ。なんて感心していたら、店の奥からまた誰が出てきた。
お店のスタッフさんだろうか。
「弥生―、今日姫は来るって?」
気だるげな声と共に現れたのは、一見その道の自由業の人なんじゃないかと疑いたくなるような強面のお兄さんだった。
「何だい、長月。もう起きて大丈夫なのか。葉月なら今日学校帰りに寄るって聞いたよ」
姫って何だ。皐月ちゃん以上のお嬢様なんだろうか。それはそれで見てみたい気もするけど……。
「ん?見ねえ顔だな。コイツ誰?」
お兄さんが俺にロックオン。真正面から見ると、予想以上に怖いし背がデカい分威圧感がハンパない。何だコレ、俺カツアゲでもされるんだろうか。
「あ、長月さん、そいつ。例の飛び込み自殺ループ視た奴」
如月くんがサラっと余計なことを言ってくれた所為で、色が抜けかけたプリン頭の三白眼のお兄さんがズカズカ俺の目の前にやってきてしまった。
「ふーん。お前がねえ……名前は?」
「あ、ハイ。浅間睦月です……」
おっかなびっくりで名乗ると、長月さん(って呼ばれてた強面のお兄さん)は急にぱっと顔が穏やかになった。……一体何だっていうんだ。
「オレは
この人が件の『所長さん』らしい。
探偵社っていうよりも、某自由業の事務所の方が似合っているような気がするんだけど……これは言わない方が良さそうだ。
「えっと、何で俺ここに連れてこられたんですかね……」
「まあ、平たく言うと『例のアレ』を視ちまったからだな」
あの飛び込み自殺する幽霊が何だっていうんだろう。自殺なんてこのご時世いくらでも起こりそうなもんだけど……。
「アレはな、ここ数日の間あそこに留まってるみたいでよ。……聞いたことくらいあるだろ。『駅に飛び込む女の子』の怪談」
そういや、そんな話をクラスの女子がしてたっけ。俺はそんな話興味が無かったから詳しくは聞いていないんだけど。
「アレはその怪談から出来た産物でな。どういう理屈か知らねえが、『限られた人間』にしか見えないらしい」
長月さんとやらの話によると、運悪く俺がその『限られた人間』の一人になったらしく、ひいてはその怪異を祓う手伝いをしろということらしい。
祓うって言っても、俺は所謂『零感』というヤツなんだけど……それでもいいんだろうか。
「しかしねえ、長月。見たところこの子、何の能力も無いみたいじゃないか。連れて行って平気なのかい?」
弥生さんがカウンターに頬杖をついて長月さんに言う。……ちょっと待て、今何て言った?『能力』?
「まあ、あのループを見たってことは何かしらの影響は受けてると考えていいだろ。それに奴らに目を着けられたってんなら保護しとかなきゃならんしな」
俺を置いてけぼりにして長月さんと弥生さんの話は続いていく。
「大丈夫ですか、睦月さん?」
そう言って俺の方を覗き込んでくれたのは皐月ちゃんだった。
さっきからポカンとしてばかりの俺を気遣ってくれたらしい。やっぱり彼女は良い子だ。
「私たちは、他の人には無い特殊な能力を持っているんです。所謂『超能力』というあれですね」
超常現象なんて信じる性質じゃない俺だけど、あれだけ妙な事が立て続けに起これば信じたくもなる。
皐月ちゃんはテレパス能力、如月くんは発火能力をそれぞれ備えているらしい。
SF映画みたいな能力だなあ。と呟いたのが聞こえていたらしい如月くんがこっちを睨んできたので、慌てて視線を逸らす。
皐月ちゃん曰く『悪い人じゃない』らしいけど、いつ燃やされるかわかったモンじゃないって考えが先行してどうにも打ち解けられる気がしないんだよなあ。
「それで、オレたちは何すりゃ良いんだ、長月さん」
意外にもその言葉を発したのは如月くんだった。相変わらず目つきは怖いけど。
「そうだな、とりあえず飛び込み自殺のお嬢さんをどうにかしねえと……またソイツみてーなのが出てきても厄介だろ」
俺は好きであんなモノを見た訳じゃないんだけど……。
ともかく、俺は如月くんたちの監視の下、事実上『保護』されるという扱いになったようだ。
「睦月、またおいで。今度はちゃんと学校帰りに、ね」
店を出る頃には日も傾きかけていたが、弥生さんはまるで我が子を送り出すように手を振ってくれた。
ちょっと照れくさかったけど、あの店の雰囲気は気に入ったし、どこか懐かしい気分にもなれたから、今度は課題を終わらせるついでに寄ってみるのも悪くないかもしれない。
初めて訪れた場所なのにそんな気分になるのは不思議だったけど、それは弥生さんの人柄が成せる技術なのかもしれない。
***
店内の雰囲気は、先程とは打って変わって緊迫したものだった。
机の上に雑多に広げられた資料はどれも都市伝説の域を出ない怪談話のものばかりだったが、いくつかに夥しいまでの書き込みがされていた。
「おい、弥生」
長月が唐突に口を開く。呼ばれた女は片手に持ったカップを男の前に置いてやりながら小首を傾げる。
「お前の占いじゃあ、どういう結果が出た」
鋭い三白眼は女―弥生―を確りと捕らえていた。並みの精神の持ち主ならば震えあがっているところだろうが、女は慣れたもので
「近いうちにあの子、またここに来るよ」
とだけ告げてサイフォンに向き合う。
「こんばんは……」
そこへ新たな人影が店に加わった。
それを見た瞬間、男の表情が緩む。
「よう、姫。今日は遅かったんだな」
「長月さんってば……姫はやめてくださいって何度も言ってるじゃないですかあ」
中世的な容姿と穏やかな物腰から、しばしば仲間内でも『姫』と称されることがあるのだが、本人はそれを快くは思っていないらしい。
「如月たちがな、例のお嬢さんを見たって奴を連れてきたんだ。多分、近いうちに姫も会えると思うぜ」
カップを揺らす長月に、葉月は眉をハの字にして溜息をついて当然のように右隣の席に腰かける。そこは葉月の定位置だった。
「その人、長月さんが捜してる人なんですか?」
「さあな、それは俺にもわからねえ。ただ、何かがありそうな気は、してるんだ」
そう語る長月の顔はどこか遠くを見ているようで、葉月はその横顔をぼんやりと眺めるしか出来なかった。
***
轟々と炎が巻き起こる。
熱が頬を撫でていくのを感じる。ああ、またこの夢だ。
「―――!お前だけでも……」
誰かの悲鳴と叫び声。この声を俺は良く知っている気がする。でも、どこで聞いたんだろう。
「――姫と……早く……」
誰かと一緒に放り出されたそこは、やっぱり熱い。腕の産毛がチリチリ焼ける感触までリアルだ。これは夢だっていうのに。
ともかくその場から離れようと踏み出した先には黒い影が立ちはだかる。
そして、その影は鈍い光を放つ『何か』を振り下ろして……。
***
「!!」
布団を蹴落としながら飛び起きた。
そこは見慣れた俺の部屋。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
時刻は午前九時。何てことは無い日曜日の朝だ。
スマホの通知欄にはいつも通りにメルマガが数件。それと、見慣れない番号からの着信が一件。
「誰だ……?」
よく見れば、それは先日連絡先を交換した皐月ちゃんのものだった。
慌てて掛け直すと、
「おはようございます、睦月くん」
という皐月ちゃんの声。
その後ろで何やら言っているのは如月くんだろうか。マイクが遠いのかところどころしか聞き取れない。
「急なお話で申し訳ないのですが、これから弥生さんのお店で会えませんか?」
電話の向こうからの申し出はデートのお誘いかとちょっとだけソワソワしていた俺だったが、その後に続いた
「如月くんも一緒なんですけど、構いませんか?」
の一言で見事に玉砕となったのだった。
***
記憶を辿って弥生さんのカフェ『十二節』に着いた俺を出迎えてくれたのは、皐月ちゃんと如月くん。それともう一人。
「初めまして、睦月さん。姫村葉月です」
にっこりと笑って会釈をしたのは、緩めのウェーブがかかった茶髪の女の子だった。
教会の合唱団とかに居そうなイメージの子っていうのが第一印象。長月さんが言っていた『姫』は恐らくこの子のことなんだろう。
「あの、誤解の無いように言っておきますけど……ボク、男なので……」
「へ?」
なんてこった。顔に出ていたらしい。
葉月ちゃん改め、葉月くんはこの説明も慣れたものなのだろう。眉毛をハの字にして笑っている。
「今日は長月さん、居ねえんだな」
「はい。師走さんの所に行ってるみたいですよ。例の事件に進展があったらしくて」
師走さん。また知らない人の名前が出た。
それに、例の事件って何だろう。
「……あのオッサンちゃんと仕事してたんだな……」
しみじみと言う如月くんの横で葉月くんと皐月ちゃんが笑いを堪えているのが見えた。
「若い子は元気で良いねえ」
カウンター越しにそう言うのは弥生さん。
俺からしてみれば、弥生さんも相当若く見えるんだけど……この人幾つなんだろう。
「戻りました」
柔らかい声音と共に裏口から現れたのは、外国人っぽい外見の人だった。
「お。卯月さんじゃん。久しぶり!」
「ご無沙汰しています、如月くん」
どうやら、この人もここの関係者らしい。
ってことは、何かしらの能力持ちってことになるけど……この人の能力って何だろう。
「ああ、キミが睦月くんですね。初めまして、私は
「ど、どうも……」
えらく紳士的な人だなあ。儚げっていうんだろうか、そんな雰囲気。
カフェの従業員ってことは、弥生さんとも知り合いなのかな……。
「最近は大丈夫なんですか?『あっち』の方は……」
「ええ、今のところ問題はありません」
あっち?あっちってどっち?
何て脳内でコントかましてる場合じゃないことは俺自身が良くわかってるけど、現実逃避くらいしたいもんだ。
「それじゃ、会議といこうぜ」
テーブル席の一角を陣取った俺たちは、勉強会を装って『作戦会議』をすることになった。
議題はもちろん、『線路に飛び込み自殺する女の子』のことだ。
「睦月、お前今日も見たか?」
「いや、今日は見てないな……」
そう、不思議と飛び込み自殺を目撃するのは平日の朝だけなのだ。
女の子が学生服を着ているからなのかもしれないし、より多くの人間に目撃して欲しいからなのかもしれない。
「平日だけというのも妙な話ですね」
「ボクも調べてみたんですけど、その子は
「桜花女子って、あの桜花女子?」
桜花女子。この界隈では有名な私立校だ。
有名といっても、エリートとか、そういうヤツじゃなくて、スキャンダルが多いっていう意味で。
「そういや、先週もまた生徒が教室の窓から飛び降りたってニュースになってたっけな」
生徒が窓から飛び降りただの、どこそこで桜花女子の生徒が首を吊って自殺未遂だの、教師がノイローゼで云々だの。
桜花女子のスキャンダルになると、ネットで検索をかけるだけでもかなりの件数がヒットするくらいに事件が起こっている。
そのおかげで『桜花女子は呪われている』と尾ひれがついてくる始末だ。
「桜花女子っていえば、神無月さんが話を聞きに行っているところですよね?」
「神無月さんって?」
今日のおススメだというのでオーダーしたバナナラテをストローでかき回していた俺の質問に答えてくれたのは葉月くんだ。
「長月さんの双子の弟さんですよ。探偵社の事務も担当してるんです」
長月さんの弟っていうと、また自由業的な見た目なのかと想像しかけたけど、事務担当なら少しは物腰柔らかな人なんだろうか。
「おや、皆さんお揃いで」
「噂をすればその神無月さんのお出ましだ」
ニヤニヤと笑っている如月くんが気にかかるが、それ以上に神無月さんの見た目が気になりすぎる。
恐る恐る振り向いた先には、モデル系のお兄さんがにっこり笑ってこっちを見てた。
あの長月さんと双子だなんて信じられないくらいの温和な顔立ちの人だ。
「どうも。浅間睦月くん、だね。
「神無月、どうだった?桜花女子は」
いつの間にか、会議には弥生さんと神無月さんも参加していた。如月くんが『十二節探偵事務所』の仕事だからって言っていたけど、俺にはいまいちピンと来ない。
「どう……と言われましても、相変わらずですね。祓ってもキリがない」
キリがない?
「ネット回線からってのは考えられないか?ホラ、スマホの動画サイトとか、学校裏サイトみたいなのからってのもあるじゃん」
ストローを噛みながら如月くんが言う。
そう言われてみれば、今や学生はスマホでのコミュニケーションが主流だ。
呪いの動画から怪異が広がる、なんてホラー映画も何年か前にあったし(しかもシリーズもので)。
「そうですねえ……ネット回線となると、彼女が適任でしょうか……」
そう言って神無月さんが取り出したのはスマホ。誰かをここに呼び出す気なんだろうか?それとも、音声通話で会議人数を増やすとか?
「霜月さん。神無月です」
慣れた手つきでタップしたのは、最近ウチのクラスでも流行りだした音声通話アプリだった。
『何か用か、神無月』
返って来た声は、所謂『合成音声』と呼ばれるものだった。霜月さんって、AIみたいなものなのか……?
「お仕事を一つ頼まれて頂こうと思いましてね。桜花女子の学校裏サイトにハッキングして、今回の件にまつわる書き込みが無いかを確かめて欲しいんです」
神無月さんサラっとどエラい事言ってないか?ハッキングって犯罪なんじゃ……?
『わかった。ウチとマリアンヌに任せろ。一時間もあれば十分だ』
「では、頼みましたよ」
いやにアッサリとした依頼だ。
でも、マリアンヌって誰だろう。霜月さんとやらの助手だろうか……?そもそもAIに助手なんて必要なのか?
「ああ、すみませんね。先程の声は彼女が作った合成音声なんです。彼女……
ついでに横に居た如月くんが、マリアンヌは霜月さんの愛用しているコンピューターなのだと教えてくれた。
霜月さんは凄腕のハッカーらしく、これまでも探偵社に貢献してるみたいだ。
いつかは俺も会える日が来るんだろうか。
「さて、桜花女子の方は霜月に任せるとして、問題は例のヤツだな」
例のヤツ。つまり、飛び込み自殺無限ループなうの彼女のことだ。
「あれを祓っても、また数日で復活してしまうでしょうし……」
「ってことは、原因を突き止めなきゃ完全には消えないってこと?」
「……そうなりますね」
と、言われても俺にはそんな原因心当たりがまるで無いし、思いつきもしない。
「皆さん、“彼女”の顔を見たという目撃証言は聞いたことがありますか?」
顔……?そういえば、俺が見るのはいつも後ろ姿だったような気がする。
どうやら皆も一緒だったみたいで、互いに顔を見合わせていた。
「やはり、そうですか」
神無月さんは何か感づいたのか、難しい顔をして何かを考えている。
「でも、後ろ姿だけでも判断材料としては十分なんじゃねえか?現に、葉月は『桜花女子の制服を着てる』って証言取ってきてんだしさ」
確かに。そこまで絞れたんなら、後は在学中に飛び込み自殺した娘が居ないかとかリサーチすれば特定出来そうなもんだけど。
「……それだけでは不十分なんです」
ここで口を開いたのは皐月ちゃんだ。
「どういうことだよ、皐月?」
神無月さんの言葉でピンときたみたいで、同じように難しい顔をしていた。
「桜花女子の校則は厳しくて、髪型にも規則があるんです」
「そう。『肩より長くなった頭髪は首元で黒のヘアゴムで纏めなければならない』というものがね」
つまり……後ろ姿で桜花女子の髪の長い娘だってことが判ったところで、そこに通ってる大勢の生徒のうちの一人ってことしか判らないってことか……。
「しかも、桜花女子に通う生徒は全寮制なので、通学に電車を使うことはありえないんです」
ますます訳が分からなくなってきた……だったら、“彼女”はどうしてあんなところで線路に飛び込み続けるんだろう。
会議は完全に暗礁に乗り上げている状態だ。何しろ、手がかりらしい手がかりが一切のだから。
俺たちが揃ってだんまりを決め込んだのとほぼ同時に、神無月さんのスマホが鳴る。
こんな時に誰だよ。なんて一番場違いな俺が考えるべきじゃないんだろうけど。
「もしもし」
どうやら例のアプリからの着信らしい。
ササッとロックを解除してスピーカー状態にしてからスマホをテーブルの中央に置く。
画面には『霜月』の表示。何か情報を得られたんだろうか。
『神無月、ビンゴだ。今年の新入生のうち、一人が入学式の朝に踏み切りの誤作動に巻き込まれて死んでる』
あれ?そんなニュースあったっけ?
俺の記憶が間違ってなければ、そんなニュースはワイドショーでも新聞でも取り上げられていなかったはずだけど。
「当時の官僚たちが揉み消したのでしょうね。桜花女子としても鉄道関係者としても手痛いスキャンダルでしょうしね」
「じゃあ、彼女はそのことで化けて出てるってことになるわけ?」
「……それが発端になっているのは確かでしょうね」
原因は何となくわかったけど、だからってそれをどうすればあれが消えるのかなんて俺には分からなかった。
「なら、とりあえず“彼女”の下に行ってみるとしましょうか。事情を聞いてみないことには彼女の恨み言も解りませんからね」
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