第7話
目の前で自分の顔にそっくりな少年がベッドで眠っている。窓越しに眺めていた廊下から、部屋の中に入り、今は牧田とベッドを挟んで対峙している。
「眠ってるんですか」
「ああ」
「僕はこの子のドナーなんですよね」
牧田は黙ったままうなずいた
「この子が普通の生活に戻れるなら、力になってあげたい、僕はそう思います」
「そうかい」
「僕の体で彼に提供できるものがあれば」
「そうじゃないんだよ」
首を振りながら少々呆れた様子で牧田は話を遮った。
「確かに君はドナーに選ばれた、でも君の体の一部を彼に移植するとかそういう話じゃないんだ」
「でも、ドナーだったら」
「逆なんだよ、君の体の一部を彼に移植するんじゃなくて、アキト君そのものを君に移植するんだ」
「どういうことですか」
「VRだよ、君も一度くらいは聞いたことがあるだろ、コンピューターが作り出す世界をヘッドセットなどの知覚装置を通じてまるで現実に起きているかのような錯覚をもたらしてくれる認知科学さ、我々はこの技術を医療分野で応用出来ないか考え試行錯誤の末ある革新的な技術を作りだした」
「何を作ったんですか」
「人間そのものをデバイス機器にしてしまうという技術さ」
「そんなこと」
「これによりデバイス化した人間が現実世界で体感した事を別の誰かにもまったく同じように体感させることができる」
「待ってください、何を言ってるのか僕には」
「このときデバイス化した人間の記憶媒体や全感覚器官のシステムをディスククリーンアップし一旦空にしてから、ユーザー側の個体情報をそこへ入植することによりその人間はユーザの意識を司る完全なる個体になることができるんだ」
「そんなの体を乗っ取っているのと一緒じゃないですか」
「これは魂の入れ替えなんだよ」
牧田はベッドで眠る少年の髪をつかみ乱暴に頭を持ち上げた。少年の後頭部から幾つものコードが伸びていてそれが機械へと繋がっている。
「それなのに、なぜ君は受け入れないんだ」
「何のことですか」
「君はドナーだと言ったろ」
一呼吸間をおいてからはっきりとした口調で牧田は言った。
「君の体こそアキトのデバイスそのものなんだ」
「なにを」
「もう二年にもなる、それなのに君は新たな個体に移った瞬間からアキトとして生きることを拒みいまだにユキトとして生きているなぜなんだ」
「何をいってるんですか」
「君は自分の肉体が元々ユキトという人間のものだと知った瞬間から記憶の復元を試みるようになった、そんなこと不可能なはずなのに君はユキトのなくなった記憶を見つけ出してしまったんだ、そこから少しずつユキトの情報のカケラを集め修復していきユキトをという人間を再構築していった」
これまで自分に起きていた不可思議な現象の謎が解けていく。見覚えのないことを言われたり、テストで信じられない点を取ったり、あり得ない絵を描けてしまったり、このすべてのズレは自分がアキトということを否定するため、ユキトになりきるための記憶の改編?
「なぜそんなことをする、ドナーに対する罪悪感からか、そんなの必要ない、元々何の生産性もない人間だったんだ、君は大越グループの息子だぞ、君がその殻に入った方がよっぽど意味があるんだ」
「僕は違います、僕は、僕の名前はユキトと言って」
「違う、君は大越アキト、大越グループ会長の大越大蔵の実の息子、一時は病気になり寝たきり状態となってしまったが、今はこうして新しい個体を手に入れ人生をやり直せることになった」
「やめてくれ」
そこから先のことは覚えていない。いつの間にか意識を失ってしまったらしい。目が覚めると自分のベッドにいた。起きあがって部屋を出ると、迷うことなくある場所へ向かう。僕はずっと夢を見ていた。その夢の中に現れた一人の女性。初めて見たはずなのにとても懐かしい、もしかすると、これまでも何度となく、自分の夢に出てきてはいたが、目覚めた瞬間に忘却の彼方に消えてしまっていたのかもしれない。彼女は僕に背を向けていて後ろ姿しか見えない。声をかけようとすると、自然とアキという言葉が口から出た。自分の声に気付いて振り返ると彼女はにっこり笑って僕の名前を呼んだ。
「ユキト」
その時の彼女の笑顔が、頭に焼きついて離れない。アキに会いたい。夢の中にいた時から引きずった一つの思い。それを実現させるには大越グループの力を使うしかない。僕はアキトに戻ることにした。それはもちろん僕にとってはフリに過ぎないが、大越グループが持つ膨大な人材データベースを使えば見つけることが出来るということを、知っていることは、自分がかつてアキトとであったことの証明にもなるのだった。もう自分が何者であるかなんかどうでもいい、とにかくアキに会いたいという思いだけで僕は、大越大蔵の元へ向かうのだった。
一枚の紙には住所が書かれてあった。駅からそう遠くはなく、少し歩いたところで目当てのものは見つかった。かすみ保育園の表札が見え始めた時から、子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。門の前に立ち、園内を覗くと子供たちと何人かの先生が一緒になって遊んでいた。その光景を眺めていると、その中にいるピンクのエプロンをした女の先生が、こちらに気付いた。最初は何か不審なものを見るような様子だったが、やがて何か察したように抱えていた子供を下ろすと、こちらに向かって歩いてきた。
「ユキト、ユキトなの」
夢の中で聞いた声とまったく同じ声で、自分の名が呼ばれた。
「アキ」
「信じられない、どうしてこんなところに」
「やっと会えた」
「さがしてくれてたの」
「うん」
「私もずっとあなたのこと探してた」
大越記念病院の地下施設。無数のベッドが規則正しく並び、そこで眠るユーザーからはVRに繋がるコードが伸びている。その中にはピンクが大好きでかつて元気だった頃ピンクの服ばかり着ていた少女も含まれていた。
やさしい器とかなしい魂 のぺり @nopperi
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