連鎖
喪失した記憶と交換した旅人の記憶ははっきり言って最悪だった。記憶の中身もくだらないし、少し人格がうつったし、何よりまっさらな状態への記憶の移転は拒絶反応が出やすいことを知らなかった。
そもそもこいつは故郷の世界で盗みを働いたのがばれて、仕方なく逃亡という形で世界横断を開始したのである。そしてこいつは元いた世界から遠ざかるためにいきなり100世界を通過し、金が尽きた先でまた盗みを繰り返す。この記憶もそのとき金になると踏んで大量にコピーしたようだが、そもそもあまり何も覚えていないようだった。多分ドラックの影響だろう。彼は日に三回以上、睡眠薬を過剰接収していた。
ぼくは当然この男に腹が立った。なぜなら記憶の中には感覚器官からのインプットだけでなくなく、思考の記憶も含まれるからである。こいつの浅はかな記憶にあてられて、ぼくは自己嫌悪に陥った。そののち鬱のようにやる気がなくなり、自己の確立もやめてしまった。
ぼくはただただ楽なほうへ流れていく。ほとんどの自意識を野放しにして理性と忍耐を放棄した。
くだらない精神同一コミューンに入って並列化を繰り返し、汚染された哲学にうつつをぬかす。そのうち立会人との契約期間も切れてぼくは孤立した。
幸い肉体が無くなっていたので精神的な存在としてぬるま湯につかっていたが、ある時自分のほつれに気づかず、疑似体験を繰り返し行ったことで個を特定できなくなった。
ぼくはバラバラになった自分を顧みたが、もはや何も感じなかった。感じることすら不可能なほど自己が薄まっていた。
ぼくのようになる精神は少なくない。長いこと肉体を持たずに精神のみで存在していると汚染が広がってくる。ましてやぼくは記憶がなく、己を己として満足に認識することもできなかったのだ。
神になるのだと自分に言い聞かせて、ぼくはこの表裏世界から消えた。
消えたはずだった。
消えたぼくは表裏世界から前後世界に移動する。
ただ僕はもはやぼくではない。
自分がなにものかもわからぬまま、何も感じず何も考えず、思考は永遠に凍結した状態で、ぼくはただただゆらゆらと漂う。
そう、漂うだけだ。
あかときいろとくろとしろ さささ 洋介 @shunsuk3
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