僕はかわいい女の子になりたいって思っていたんだ
@maron_novel
第1話
「お疲れ様でしたー」
有明の大規模同人誌即売会が終わり僕、井上翔太は一緒に参加した友人の大東京平と一緒にビッグサイト近くの激安イタリアンレストランチェーン店で打ち上げをしていた。ピザやサラダ、フライドポテトなどを注文してドリンクバーで乾杯する、よくある学生同士の食事会だ。
「いやぁ見苦しいところを見せてしまってすいません」
「井上くんと合わせできてよかったです」
「大東くんも似合ってましたよ」
そう、僕たちはコミケでコスプレをしていたのだった。題材は数年前にリリースされ一大ジャンルと化したブラウザゲーム。僕はその中の上着が和装でミニスカートをはいているキャラを、大東はブレザーを着たキャラ。ジャンルが萌えミリ擬人化ということで両者とも女性のキャラである。つまるところ女装だ。
* * *
さて、自分自身コスプレというものに抵抗がないわけではなかったのは確かだ。というのも、自分みたいな男がコスプレをしたところで見苦しいと思われるんじゃないか、コスプレイヤーの自意識過剰により周囲をドン引きさせる、挙句の果てにコスプレイヤーとカメラマンが性的関係を持ってしまうといった闇が多く情報として流れて来ていた。
ただ、ツイッターなどでフォロワーさんがコスプレをしているのを見ていると、そういう抵抗感というものがだんだん薄れていた。これって僕もやってもいいんじゃないか? そんな気持ちになっていた。まぁ皆が楽しそうにやってるみたいだから自分もやってみたいなというよくある流れだ。
「コスプレをやってみようと思う」とツイッターでつぶやくと意外にも「楽しみです」なるリプライが帰ってきたりと、何やら好印象でますますやってもいいんじゃないか? という思いを強くした。後から知ったのだが「似合うよ」と持ち上げることで勘違いさせるというのは女装させるためによくあるパターンのようで、自分は典型的な嵌り方をしていたようだ。
某通販サイトでやりたいキャラのコスプレ衣装を検索していると、割と安価な衣装が見つかった。小物もついて1万円程度と大学生の自分でも買える値段設定で悩んだ末に会計ボタンをクリックしていた。ただ、そのキャラの立ち絵には本来ないペンダントがついていたのが気になったが、ゲームには「絆を強化する」という名目のリングのイラストがあるので、そういうものなんだろうとあまり気にも留めなかった。
その販売業者は衣装をオーダーメイドで作ってくれるということだったので、身長やウェスト、靴のサイズなどのメールをやりとりをしたのち、衣装が家に送られてきた。試しに衣装を着てみた。コスプレ衣装特有のナイロンだかポリエステル特有のにおいが気になったが、オーダーしたので自分の身体にフィットしていた。
衣装はいいとして、スカートの丈が短くすね毛が露わになっていた。さすがに足を露出させる女の子のキャラのコスプレをするのにすね毛があるとなれば気持ち悪がられるだろう。それにストッキングでカバーするとしても伝線する可能性もある。
「剃るか……」
とりあえず家にあった髭剃り用のシェーバーで剃ってみた。毛が濃いため剃ったところがなくなることで何だか清々しい気持ちになった。一部分だけ剃るというのも変なので全部剃ることにした。さすがに全部剃るとなると髭剃り用のシェーバーでは毛が詰まりすぎてしまいいちいち取るというのも鬱陶しいので、女性用の石鹸のついたシェーバーを借りて剃ることにした。男性用のそれよりも処理範囲が格段に上昇するとともに、気持ち深く剃れた気がした。すまん母親よ、それは君の息子がすね毛を剃ったものなんだ。許してくれ。
剃った部分を触ってみるとつるつるしていてなかなか気持ちがいい。さすがにすね毛がなくなっていることを見つかると面倒なので長ズボンを履くことにした。これならバレまい。ただ、毛穴がやはり目立ってしまうのでストッキングは必要かもしれない。
次の休みの日、ストッキングを買いに最寄りの路線で一番大きい私鉄の駅から程近い衣料品店にやってきた。一口にストッキングとは言ってもパンストという脚を全て覆い股のところまであるものから、膝下のところまでのものというように様々な種類のものが取り揃えてあった。なるほどストッキングひとつとっても奥が深い。他のコーナーを覗いてみると、スパッツが売られていた。そういえば大東もなんかコスプレやるとか言ってたな。確かスパッツキャラだったからこういうの履いてるのかね、などと思いながら見ていると、こちらもスパッツの他にペチパンツなどが置かれており、女性用衣類の幅広さを思い知らされた。
ストッキングについては自分がやろうとしているキャラは足袋を履くキャラなのだが、足袋用のものがないので膝下までのストッキングと白い靴下を購入した。まぁ洋装ということで大目に見てもらう。他には女性用のタンクトップを買っておいた。さすがにパンツまでは女性用を選ぶ勇気はないのでボクサーブリーフを買ってみた。
家に帰ると大東からメールが来ていた。「ウィッグは買いましたか?」という内容だ。ウィッグというのはカツラのことで、キャラの髪型にするためのものだ。まだだという趣旨のメールを送った後に当該キャラのウィッグを購入した。髪の毛をネットに入れるのに若干手間取ったが、大体はできるだろう。
そして迎えた有明の同人誌即売会の日がやってきた。コスプレ登録を済ませると更衣室で応援しているプロ野球チームのロゴの入ったバッグからコスプレ衣装を取り出して着替える。メイクをする勇気はなくすっぴんではあったが、一応洗顔フォームで顔を洗うなどできるだけのことはやっていたつもりだ。衣装に着替えるとコスプレをしているキャラの同人誌が頒布されているところを回り何冊か買った。さすがにR-18の同人誌を買うのは躊躇したが、それはそれ。外で大東と待ち合わせをして一緒に回ることにした。終わったのが冒頭の話だ。
「またやりたいっすね」
「本当はかわいい女の子だったらもっとよかったんだけど」
「それを言ったらおしまいだ」
「圧倒的せやな感」
「そういや今度蒲田でオンリーあるらしいですよ」
「また合わせするか」
「あぁいいっすねぇ」
そう言いながら大東と別れた。
* * *
さて、明日は有明の後に話していた大東との合わせの日である。何か忘れると大変なので、持っていく衣装のチェックをすることにした。すると、ずっと使っていなかったペンダントが目に付いた。透明の袋に入っているだけで説明も何もなかったのだが、小物としてつけてくれたんだろうと納得していた。ただ、これを着ける機会がなく放置しており、明日は大きくないイベントだしつけてみるかと思い立った。
とりあえず練習の気持ちで付けてみることにした。カチッと音がした後、頭がクラッとした感じがした。
「ん……? 何だ今の。地震か?」
そう思っていたがそのような状態ではないらしい。単にバイトで疲れているんだろう。現に今日も夜10時までバイトをしていて帰ってきたのだ。明日に疲れを残さないために早めに寝ることにした。
翌日、朝食の後に歯を磨き洗顔をする。髪の毛が少し伸びてきちゃったから切らないとな思いながら髪留めで誤魔化し化粧を始める。その後、いつものように部屋でのろのろと着替え家を出た。コスプレ衣装の入った袋とスクールバッグとを間違えて持っていかないように注意しなくちゃ。
今回のイベントはいつものビッグサイトとは違い蒲田でのオンリーイベントということで蒲田駅で大東くんと待ち合わせをすることにした。すぐに大東くんが見つかった。
「おはようございます」
「おはよう、井上さん。……って、井上さん今日はえらい気の入れようなんですね」
……ん? 私はいつもと同じだし服も白のブラウスにショートパンツっていう地味な格好だし、メイクもそんなに濃いわけじゃない。一体どうしたんだろう?
大東くんがどこか落ち着かない様子だったけど何とか会場に到着した。受付で登録を済ませ大東くんと別れて更衣室に入った。早速、昨日何に使うか分からなかったペンダントを付ける。カチッという音とともにまたしても例の頭がクラっとする感覚に襲われた。地味に暑いからクラっとしちゃうのかも。落ち着かせるために麦茶を一口飲む。
ブラウスを脱ぎ上着を着る。これからするキャラが割と胸が大きいので、もう少し胸があればなぁ、とブラジャーで覆われている貧相な部位を見ながらため息をつく。やっぱり貧乳のキャラの方が似合ったかもしれないなぁ。そんなことを思っても始まらないので衣装の上着を着てしまう。あれ? こんな胸のところきつかったっけ。
ショートパンツを脱ぎスカートに履き替える。まぁ、さっきはそんなこと言ったけど、今日は気合を入れて新しいショーツを履いて来たんだった。と、ここで何かに気づいた。
「あれ……? 私、女の子になっちゃった……!?」
恐るおそるショーツの中を見てみると、男性にはあるはずの「モノ」がなくなっていた。まさかと思ってパスケースに入っている学生証を見るとオトコの時に通っていた大学のものではなく、女の子の顔写真の入った女子高の生徒証が出てきた。駅から遠い中高一貫の女子校で、小学校の頃塾通いしてたなぁ。……って、昔のことを思い出している場合じゃなかった。
名前欄には「井上翔子」と書かれており、住所は同じだ。姉は名前が違うしこの学校出身でもないのでこれはまさしく自分のことなんだろう。年齢は現在の年から逆算すると17歳、つまり高校2年生か。来年は大学受験だからといって家庭教師が来てくれてたっけ。あの先輩イケメンなんだよなぁ。先輩彼女いないのかな……?
そういえば、大東先輩が言ってた「えらい気の入れよう」ってまさか私が家から女装してきたんだと思ってたんだ。女の子なんだからそんなことないのにね。ってあれっ……? 大東先輩のことを思い出したらなんか心臓がどきどきしてきちゃった。
仕方ないのでスカートに履き替え、持ってきた足袋と草履に履き替えて更衣室から出て大東くんの元に向かう。大東先輩は既に着替えを済ませていた。
「ごめん、待った?」
「あー、大丈夫ですよ。じゃあ行こうか」
大東先輩は何事もなかったように振る舞っている。これは真実を伝えなければ。そう思い、意を決して尋ねてみる。
「あのね…… 私、女の子になっちゃったの……」
「ああ、さっきまでは僕もそう思ってたんだけどね」
大東先輩は何やら意味深なことを言っている。
「どういうことです?」
「いやね、ここに来るまでは翔子ちゃんが男の子だろうと漠然と思ってたんだ。だから女の子の格好で現れた翔子ちゃん見てビックリした。でも翔子ちゃんが更衣室に入っている時にスーッとした感じが頭の中を通り過ぎていったんだ。その後かな、翔子ちゃんが男の子だった記憶が思い出せなくなっちゃってね」
「でもさっきまで私を男の子だって思っていたって言ってたじゃない。もぅ、私は女の子なんだけどな。もしかして話しかけやすいから私を男の子だと思ったんでしょ?」
「ごめんごめん。まぁ翔子ちゃんとは話しやすいとは思うよ。オレが翔子ちゃんの家庭教師として派遣されたんだけど、確か休憩中に好きなゲームの話になったんだよね。で、コスプレやってみたいなみたいなことを言い出して。その時男がコスプレなんて見苦しいだけだよなみたいな話になった時、私もやってあげようかって言ってくれたんだ。あの時の翔子ちゃんの言葉、ものすごく励みになってる」
そうだった。いつも学生服だからどうせコスプレをするなら違う服がいいなと思っていて、家庭教師に来てた大東先輩が和服の娘なんかいいんじゃないかなって提案してくれたんだ。代わりに大東先輩が学生服っぽい娘のコスプレをすることになったんだった。
「でもこうやって翔子ちゃんと一緒に楽しくコスプレできるの、オレ嬉しいんすよ」
「私、元々男の子だったんですよ?」
「井上さんは男の子に戻りたいと思います?」
考えてみれば男の子になったとして大東先輩と会えなくなってしまうかもしれない。それに、なんだか大東先輩と話していると何だか心がぽかぽかしてくる。となると気持ちは一つだった。
「私はもっとかわいい女の子になりたい。もっと大東先輩とお話したい」
そう言って、私は大東先輩と一緒にコスプレ会場へと歩き出した。
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