かつて彼女は、仮面を愛していた。

三ノ月

プロローグ 仮面を愛する人


 ――私に好かれたいのであれば、仮面のひとつでも被ってこい。


 人は普通、誰かに好かれるために仮面など被らない。誠心誠意、誠実さを示すためにスッピンで向かうだろう。いや、スッピンなのだろうか? 女性であれば、少々の化粧を施すのかもしれない。もしやそれこそが、彼女の言う仮面なのか。

 しかし、男である僕に化粧をしろと言うのもおかしな話。そういった意味でないのは明白だ。。


 ……いくら考えても答えは出なかった。ああ、お手上げだ。

 彼女に好かれるためには、仮面を被ればいい。それはわかっているのに、肝心の仮面がわからない。

 祭りの屋台などで売っていそうな仮面――というよりお面を被って、再度告白したりもした。しかし結果は変わらず、むしろ、


 ――ふざけてんの?


 と、反感を買ってしまった。いやいや、ふざけているのはきみだろう。

 もしかしたらこれは、かぐや姫のような無理難題なのかもしれない。だとすれば、彼女は僕と付き合う気がないということになる。

 ん? ああ、そもそも、僕の告白を断った時点でそれは自明であった。


 しかし、しかししかし。それでも僕は期待してしまうのである。都合良く解釈してしまうのである。

『私に好かれたいのであれば』――そう前置くということは、すなわち、好きになってやりたいと思っているのではないか、と。

 だが僕には、彼女に好かれるためには足りないものがある。あと一押しなのだ。彼女はそれを伝えたかったのではないだろうか。


 そうやって好意的に受け止めて、無理やりにでも前を向かねば立ち直れず。

 結果僕は、妙な恋慕を抱いたまま、あるいは抱ききれぬまま、今日も隣人の横顔に見惚れるのである。


 その隣人の名は鉄輪かんなわ。僕の人生において、たぶんおそらく初めて好きになって、告白した人。

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かつて彼女は、仮面を愛していた。 三ノ月 @Romanc_e_ier

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