第245話 帰国

「うっひゃああ~!! さすがスイートルームだなあ! リビングが広い」

「ソファセットが二つもありますわ。バーカウンターまであります~」


 翌朝、私たちはペリーの車でスタッフのいるホテルまで送ってもらい、最後に社長に挨拶して帰国の途につくことになった。


 社長のいるスイートルームに入るなり、和希と佳澄は大はしゃぎしていた。


 私は不穏な空気を漂わせている社長に、一人だけ警戒している。


 なんだか嫌な予感がする。


 社長にこうして会う時は、いつもろくなことがない。

 たいてい、とんでもないことを言い渡されてえらい目に合う。


「無事撮影は済んだようだね。中々いいものが出来たとスタッフから報告は聞いている」


 社長はガウン姿でくつろいだままソファに座っていた。


「はい! ありがとうございます!」


 私たちは社長の前に三人並んで頭を下げた。


「うむ。君達には期待しているよ。帰国してからもスタジオでの撮影とレコーディングもある。地下ステージの出演もある。これからもっと忙しくなるから覚悟しておいてくれ」


「はい!」


 私たちは元気よく声をそろえて返事した。


「では、ルームサービスをとってあるから、そっちのダイニングで春本くんとこれからのことを打ち合わせしながら飛行機の時間までゆっくりしていくといい」


「はい!」


 十客ほど椅子が並ぶ長いテーブルのあるダイニングには、春本さんをはじめ、田崎マネや石田さんが軽食やケーキを用意して待っていた。


 和希は大喜びでとんでいった。

 佳澄と私もそれに続く。


 しかし「神田川くん」と呼び止められた。


 私はぎくりと社長に振り向いた。


 やっぱり?

 すんなり行かせてくれないよね。


 社長は裏のある顔つきで、にんまりと微笑んだ。


「君はここに座って少し話をしようじゃないか」


 ひいいいい。

 嫌な予感しかしない。


「い、いえ。私もみんなと一緒にルームサービスを……」


「神田川くん!」


 私の言葉を遮って名前を呼ばれ、がっくりと観念した。


「……はい。分かりました」


 仕方なく社長の前のソファにぽすりと腰かける。


「どうやら御子柴くんや志岐くんたちと会ったようだね」

「は……はい」


「御子柴くんとは週刊誌に写真を撮られてから会うのは禁止だと言っていたが……」


「あ、いえ! イザベルとして会っただけです。御子柴さんは私だと気付いてないはず……です。たぶん……」


「……」


 社長は目を細め、探るように私を見つめた。


「ふむ。まあ、いいだろう。君を信じよう」


 私はほっと息を吐いた。


 しかしほっとしたのもつかの間、社長はとんでもないことを言った。


「どちらにせよ、君には消えてもらうことにした」


「え?!」


 き、消えてもらう?


 ま、まさかそれはマフィアとかが使う隠語?


 御子柴さんの未来に害なす私をついに社長は始末することに……。


「わ、私を殺してハワイの土に埋めるつもりですか?」


 やっぱり芸能界ってこういう恐ろしい闇があったの?

 邪魔者はひそかに殺され山奥に埋められて……。


「ま、待ってください! もう御子柴さんには会いませんから。山に埋めるなら、せめて日本の山にしてください。こんな遠い異国の地で一人淋しく葬り去られるなんて……」


「なにを勘違いしているんだね。山に埋めるわけがないだろう!」


「え?」


 社長は呆れたように首を振って告げた。


「神田川真音くんに芸能界から消えてもらうということだ」


「芸能界引退ということですか?」


 ここで引退?

 じゃあ、堕天使3はどうなるの?


「これからはイザベルとして芸能界に残ってもらう」


「イザベルとして?」


 つまり真音として芸能活動をすることはないということ?


「もともとイザベル以外での仕事はほとんどしていない。唯一仮面ヒーローのゼグロス役が残っているが、それは次の撮影で殉職することにしてもらった」


 ひいいい。

 社長のひと声でゼグロスは殺されてしまうのですね。


「そして地下アイドルの真音は脱退する。しばらく地下ステージは休んでもらおう」


「じゃあ堕天使3は……」


「しばらく二人だけのユニットだ。そしてイザベルの加入を経て三人そろったところで大々的なデビューになる。デビューは君の映画の公開に合わせよう。イザベルを一気にスターダムにのし上げる」


「な!」


 スターダム?


 私が?


「もう今までのように素人感覚でいてもらっては困る。田崎マネは君の専属マネになり、サブマネージャーもつけることになるだろう。君が動くたびに莫大なお金も動くのだと思ってくれ」


「で、でも私は……」


 こんな才能もルックスもない私がスターになんて、なれるの?

 大ばくちじゃない?


「もちろん小早川くんも南ノ森くんも独自に売り出す。それぞれがピンでも仕事のできる最強ユニットを作る。手始めに君からということだ。君がつまずけば、続く二人の道も閉ざされる。そこのところをよく理解して覚悟を持ってやってくれ」


「そんな……」


 あまりに責任重大で恐ろしくなる。


「そして、さっそくイザベルに仕事の依頼がきている」


「仕事の依頼?」


「実際には神田川真音への依頼だったが、ちょうどいいからイザベルとして受けてもらおうと思っている。ドラマの脇役だ。台本は日本に帰ってから渡そう。地下ステージを休んでいる間にこれからの自分の身の振り方をよく考えてみることだ」


「身の振り方……」


「そうだ。これはあくまで夢見プロとしての方針であって、強制するわけにはいかない。決めるのは君だ」





「淋しくなりまーすねー。三日間楽しかったでーす。またいつでも来てくださーいねー」


 ペリーは空港まで送ってくれて、熱いハグで見送ってくれた。


 社長はあと一週間ほどバカンスを楽しんでから帰国するらしい。


 そして志岐くんたちは、すでに午前一番の便でホノルルに飛んだらしい。

 ワイキキビーチのホテルで一泊してから帰国するらしい。


 そして私は社長に言われたことを反芻はんすうしながら……。


 これからの波乱の日々におののきつつ、帰国の途についたのだった。




※ たくさん読んでくださり、コメント、フォロー、お星などありがとうございます。また、小説家になろうの方から移動して下さった皆様もお手数おかけしましたが、こちらまで来てくださってありがとうございます。


第八章はここで完結となります。次の第九章はまねちゃんには学園ドラマに挑戦してもらおうかと構想を練っております。


更新までしばらくお待ちくださいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

野球部のエースをアイドルスターにしてみせます 夢見るライオン @yumemiru1117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ