終の世界
第3話 見知らぬ天井と見覚えのある奴ら
ピポン ピポン ピポン ピポン
何の音だろう。少なくとも、あちらの世界では聞くことのないだろう電子的な音。そう、例えば――心電図のような。
「はい、点滴を変えますよ~
自分の名前を呼ばれふと目を開ける。
「……知らない天井だ」
思わずあのセリフを口にしてしまった。
「あら! 鬼怒川さん、やっと起きたのかい! 今、親御さん呼んでくるからね!」
点滴を付け替えるとそう言って、そそくさと部屋を出て行ってしまった。おそらくあのおばちゃんは看護師さんだろう。
周りを見渡す。清潔なベッドに見覚えのある心電図のモニター。左手には注射針が刺さっておりその先には点滴が掛けてある。あの世界には絶対ないものばかりだ。
――戻ってきたんだ、日本へ!
「……終! 終!!」
シュウの名を呼ぶ声がだんだんと近くなってくる。十何年聞きなれた声だ。
「母さん、父さん……」
「終!! 本当に大丈夫なんだな! 良かった……良かった!!」
父さんに強く抱きしめられた。父さんの体の温もりが心にじんわりと広がっていく。
「終……もう本当に大丈夫なのよね?」
「なんだか体の感覚があんまりないや。寝すぎたからかな、母さん。ありが――ひっぐ、えぐっ」
目の前に広がる当り前の光景に突然涙が止まらなくなる。
「あらあら、
おばちゃん看護師さんが茶々を入れる。だが父さんも母さんも俺につられて目尻に涙を浮かべていた。
「母さん、父さん……!! 俺、怖かった……!! 良かったよ。また戻ってこれて……!!」
今までの一年間が全てフラッシュバックされていく。
「事故に遭われてそのショックで意識を失っていましたからね。軽いPTSDの様な症状が出たのでしょう」
おばちゃん看護師の横に立つおじちゃん医者が優しそうな笑顔で終の親に言った。
「そうですか。……終、怖い思いをしてたんだな。もう大丈夫だぞ!」
「そうよ! お母さんたちはここにいるからね!」
「うわあああああああん!!!!!」
終たち親子は三人で抱きしめあいながら泣き喚いていた。
「微笑ましいことですが、ここは病院なので」
苦笑いするおじちゃん医者の顔が時々父さんの体の隙間から見えた。
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「夢を見ていたんでしょうな」
「夢……ですか」
終は自分の眠っていた中での話をした。
突然、神様に魔王を倒してくれと言われ異世界に転移させられたこと、ファリシアという貴族の女性に助けられかなりいい関係にまでなったこと、エルフの森を助けたり神様関係で天使にも気に入られたり。とにかく自分の中の一年間で起こったことを出来るだけ細かく話した。
「あれが全部、夢……?」
確かに起きたときにはこの病院にいた。一週間というのも本当だろう。ならやはりおかしいのは自分の方なのか? しかし終には夢にしてはリアルすぎる感覚がある。
「あらあら、一週間の昏睡状態明けでも高校生って若いもんね~」
おばちゃん看護師がにやにや終のことを見てくる。
「す、すみません!
自分に起こっていることを考えるあたり、今は朝か。なんとも恥ずかしい。
「仕方ありませんからね~。ウフフフフ」
おばちゃん看護師からの視線が痛い。
「あらあら、お布団越しでも分かるのが……
「え!?」
おばちゃん看護師の言葉に慌てて自分の布団を見る。……確かに膨らみが何故か五つある。一つは
終と看護師が一斉に布団を剥がしてみた。するとそこには――
「う~ん。シュウ~、朝ご飯はまだか~……むにゃむにゃ」
「シュウさん……私はずっとあなたに付いていきま……」
「シュウのパンツとったぞ~……」
「わしは、ずっと起きておったのじゃ」
俺が一年間、異世界にいた証。あの世界での俺の家族がそこにいた。
ファリシア・アン・ジークフリート
フレイ・アル・アルフヘイム
ロキ・ニーベルング・アースガルズ
時紡 黒猫
「ええええええええええええええええええええええええええええ!?」
終とおばちゃん看護師はそろって絶叫し、またおじちゃん医者のツッコミが入る。
「ですからここは病院ですので」
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「ふむふむ、つまり俺が魔王のゲートをくぐる瞬間みんな俺の服を掴んでいたと」
「ああ。その、なんだ……やっぱりお前と離れたくなくて……」
うつむきながらそんなことを言ってくれるファルが言うにはそういうことらしい。
「でも、シュウちゃんなら付いてきたこと知ったら怒ると思って、隠れてたの」
「まあ、帰れって言ってただろうな」
「なんだよ、もう! せっかくうち達が付いてきてあげたのに!!」
「ロキは天界の仕事いいのかよ!?」
それぞれ自分の意思で俺についてきてくれたらしい。
「わしだけはお主に連れてこられたのじゃ!!」
「そんなに怒るなよ、黒猫」
「シュウ。この方が神様なのか?」
「ああ。黒猫が俺をあの世界に呼んだんだ。黒猫がいなければお前たちとも会えなかったな」
「なるほど。黒猫殿に感謝せねばな」
「ああ。黒猫はいいやつだぞ」
「そ、そんなに名前で呼ぶなああ!!」
顔を真っ赤にして起こり散らす黒猫。どうも神様に慣れて名前を呼ばれるのはあまり経験がないらしい。
それにしてもみんなあっちの世界のままの服装だ。
つまり、剣とか弓とか杖とか持っちゃってる……。
「えーと……終? この綺麗な子たちは誰なんだい?」
「そ、そうよ終? あなた、いつこんなに可愛い子とお友達になってたの?」
「ああ、俺が眠っているときに出会ったんだよ。向こうの世界で」
「む、向こうの世界……。そ、そうか終。まあ、終と仲良くしてるみたいだし心配はいらないみたいだね、母さん」
「え、ええそうねお父さん。それにみんな外国人さんなの?すごい肌が白くてきれい……。髪の色も綺麗な金色ね~」
そう言って母さんはそっとファルの頭を撫でた。
「ひゃっ、お、お母様……」
あの魔王を倒したファリシアがうちの母さんに頭を撫でられただけでなすがままになっている。
「あらあら甘えん坊さんみたいね、ふふふっ」
「あ、あの、あうう……」
終いには後ろからずっと頭を撫でられている。
「あの怒りん坊のファルさんのお顔があんなに緩んでいます……!」
「シュウのお母さん、何者なんだよ~!」
「昔から人の頭撫でるのが好きな人なんだよ。そのおかげで俺も頭を撫でる癖までついちまってな」
「ああ、よく私が頑張ったときとかに頭ぽんぽんしてくれましたもんね!」
アルが嬉しそうに話す。
「でも、お前たち家はどうするんだ?」
「うっ……」
それもつかの間。俺の問いかけに異世界から来た彼女たちから言葉が消えた。
「だから駄目だと言ったのじゃ! 住むところもないしゲートもあと数年は開けないし!!」
「えええ!?」
まさかの神様のカミングアウトに動揺を隠せない。
「終、そのことなら心配ないよ」
しかし父さんの一言にその問題は解決することとなった。
「お前と椛を事故に遭わせた人がすごい責任を感じられてね。手術台やこの入院費はもちろん、なぜか身の回りのことまで世話してくれるみたいでね」
「なんか、Vシネマの世界みたいだな」
「はっはっは。でも大体そんな感じの人だよ」
「そんな感じの人なのかよ!!」
「なぜか家まで随分と大きくリフォームしてくれてね。この子たちがホームステイするくらい部屋が余っているよ」
「俺の家、どんだけ大きくなったんだ……!?」
俺の知っている家は家族四人がゆとりをもって暮らせる決して大きくはない家だったはずだ。屋敷みたいになってるのか?
「そうだ、椛はどこだ!?」
「終の隣にいるじゃないか」
そう言われて終は振り返る。
「椛……」
そこには
栗色のまっすぐな髪、おでこの辺りで綺麗にぱっつん前髪になっているいつも通りの妹。その姿に終は安心した。
「ごめんな、椛。俺のせいで……」
すっと椛の足に触れる。
「なあ、黒猫。本当に治るんだよな」
俺は黒猫に尋ねる。そのために俺は実質一週間とはいえ一年間分を捧げたのだから。
「神様は嘘をつかぬ。お主の思う気持ちを椛に吹き込むのじゃ」
黒猫は優しい笑顔を向けられ終は椛の方へと向き直る。
「椛。兄ちゃん、お前のために頑張ったよ。お前が必死に守ってくれたこの命でお前を助けるために……。もし足が治ったなら一緒にどこか出掛けような。兄ちゃん、なんでも奢ってやる。だから……どうか良くなってくれ」
そう言って椛の足をさすってやる。俺を守ってくれた椛の事を思いながら。ただ良くなることだけを祈って。
すると突然、淡い光が椛の方へ集まっていく。その光は椛を包み、やがて頭と足の辺りに集まっていく。
「これは“潤沢の愛”! とても古い魔法ですね……!」
フレイも興味深そうに見つめている。
「いかにも。古来、魔力は何回も使うものではないとされていたのじゃ。一生に一度、相手への愛を捧げることでどんな穢れも払うと言われる“潤沢の愛”。効き目は保証するのじゃ!」
フレイと黒猫の話に父さんや母さん、おじちゃん医者まで目を丸くして椛を見ている。
「治れ。……治ってくれ!」
異世界勇者、これより帰還せり 五十嵐鷹翔 @Taiyo
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