第2話 久しぶり ただいま

「シュウ。……シュウよ」


「んん……ここは?」


まだまどろむ意識を何とか起こしながら自分の名を呼ぶ相手に反応をかえす。


「どうやら、本当に魔王を倒したようじゃな」


その一言でシュウは相手が誰なのか理解した。全てはここから始まったのだから。


「ああ。随分時間かかっちゃったけどな、神様・・


「むっふふ~。さっすがわしが見込んだ勇者なのじゃ!」


屈託のない笑顔を見せる彼女の髪や服は全て黒だ。少し着崩れした黒の着物と赤のリボンが神様の白い肌とのコントラストを表現している。


「最初に会ったのはもう一年ほど前かの」


あの事故・・・・の後に急にお前に呼び出されたっけ」


「これこれ、ニッポンの神様に対してお前などと言うでない」


「一年たっても身長は変わんねーのな」


「うううるさい!!」


神様と言えばおじいちゃんだったり筋骨隆々のナイスガイだったり。はたまた美しい女神だったりするはずだ。しかしこの神様はなにぶん身長が低い。ぶっちゃけ神様と言われなければただの幼女にしか見えないのだ。


「して、お主。やはり元の世界に戻るのか?」


「……あぁ。こっちの世界も名残惜しいけど、やっぱり俺は日本に帰りたい。親に、妹に、学校のやつらに会いたい。――例え、向こうで一年以上が過ぎていても」


仕方のない事だ。こちらに来てから魔王を倒すのに約一年ほどかかった。友達もみんな上級生になるのかな。少し変な感じもする。


――でもやっぱり悲しい事なんだろうな。


「シュウよ。心配ないぞ」


「え?」


そんな俺に思いがけない言葉を神様は投げかける。


「こちらの世界とお主たちの世界とでは時の流れが違う。同じであったら何かのきっかけで時空を飛び越してしまうからな」


「ということは――」


「まぁ、多少の時間差はあると思うのじゃが……。転移させた日とほぼ変わらないはずじゃ!」


「そっか……。そうなんだ。良かった……」


ホッとしたらまた涙が出てきた。今度も中々止まってくれそうにない。


「良かった……!! ひっぐ、ひぐっ」


「お主はとてもよく頑張ったのじゃ。ここにはわしとお主以外誰もおらぬ故、気が安らぐまでわしの胸で泣くがよい」


そう言ってシュウの頭は神様の腕の中に包まれた。優しく、温かい感情が心に満たされていく。まるで母親の胸の中のように気分が安らいでゆく。


「ニッポンの者は全てわしの子じゃが……。お主は特別可愛い。わしはお主をとても好いておるぞ。」


優しく耳に囁くその声に思わず神様を抱きしめる腕の力が強くなってしまう。


「おぉおぉ。お主は困った甘えん坊じゃのぉ。ほれ、よしよし」


「ありがとう。……俺、頑張ったよ」


しばらくは彼女の安らぎに身を委ねさせてもらった。


┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄


「なんか……ありがとな」


「うむ! お主の功績に値するいい褒美であったと自分でも思う!」


「ははっ、自分で言ってたら世話ねーよ」


あれから数分の間、彼女のことを抱きしめていた。


「……今、思い返すと何だか恥ずかしいな」


「う、うむ。……わしも初めてこんなことをした」


互いに照れあっても仕方のない事だが。


「それで、これからはどうすればいいんだ?」


「そうそう、無事わしの出す条件をクリアしたのだからそちらの方の褒美もやらないといかぬな」


そもそも俺がこの理不尽な条件を飲んだ理由。


「お主の――鬼怒川椛きぬがわ もみじの穢れの払いであったな」


「あぁ。頼む」


それは俺がこの神様に初めて会う少し前のこと。あの事故・・・・の話だ。シュウの妹である椛は去年、突然突っ込んできたトラックに轢かれそうになったシュウを庇って事故に遭った際、脳へのショックで下半身不随となってしまった。俺も外傷よりも妹を傷つけてしたまった事への自責の念で精神的に大きなダメージを受けていた。


「俺のせいで椛は……!! あんなに元気で可愛い椛が……!」


「椛の穢れはお主の愛で治る。あの子の穢れを払える力をわしはお主に託そう」


「これで、本当に椛が治るんだな?」


「命に代えて断言しよう。お主の椛への愛が強ければ強いほど彼女の穢れは良くなるだろう」


「ありがとう……!!」


何だかまた目頭が熱くなってきた。


「あぁ、そうそう。こちらの世界で得た力のことだが」


「あ、ああ。俺の呪印や基本的な魔法のことか?」


「いかにも。わしとしたことが、あちらからこの世界に転移させた際にすっかりチート能力・・・・・を授けるのを忘れておってな……」


「あの時は現実とラノベの世界は違うって思って自分なりに解釈していたが……。まさかそんなポンコツな裏話があったとは」


「うぅ。本当に面目ない……」


明るい赤の瞳がしょんぼりとした少し暗めの赤色になってしまった。


「まぁ、ここまでこれたからいいさ。それでこの力がなんなんだ?」


「う、うむ。今回は完全にわしが犯したミスだし……。お主にだけ別途に能力を与えないのは不公平なのじゃ」


「まぁ、そうかもな」


「そこで! 本来は逆なのじゃが……ニッポンに戻ってもその力が使えるようにしてやる!! もちろん、わしの権限で!」


「そんなん、日本で使い道あんのか!?」


「た、例えば地震でライフラインが止まったときに全部、自分の魔法で補うとか……」


「割と災害に詳しいんだなお前」


「お前って言うな!」


両手を上に突き上げて神様はぷんぷん怒ってるが全く威厳が感じられない。


まぁでも確かに何か困ったときには使えそうだ。……正直言って呪印の使い道はこれっぽっちも分からないが。


「でも、神様がやってやるって言ってんなら、ありがたく受け取らないとバチが当たるってもんだよな」


「お、おう! そうじゃそうじゃ! お主もわしのことを神様と認めてくれたか!」


「あぁ。――ありがとうございます、神様」


俺は神様に深々とお辞儀をした。


「うむうむ、それでこそわしの子じゃ――わぷっ」


ぎゅううう


それからシュウは神様を抱きしめたい衝動に素直に従った。今まで受けた恩は神様が一番大きいからだ。初めて召喚されたときはただ椛のためだけに死ぬ気で立ち向かって言っていたが、一年も過ぎるとこの世界にも愛着がわいてくるものだ。


「俺を選んでくれてありがとう。神様」


「…………!! …………!!!」


神様はシュウの胸の中で顔を真っ赤にして目を回している。


生まれて数十億年。神様にとってこれほどまでに衝撃的なことは宇宙誕生のビックバン以来だった。


「わしの心は、ビックバンじゃぁ~」


ぷしゅううううう


「はははっ。自分からは出来るのに耐性は無いんだな」


「う、うるひゃい!」


だが神様の中の心にもぽうっと温かくなる部分があったようだ。


「この感覚は……初めてなのじゃ」


「どうしたんだ?」


「お主に抱きしめられたらここの辺りが温かくなったのじゃ!」


「……!! そ、そうか」


「ん? なぜわしの方を見ようとしないのじゃ?」


「り、理由なんか、ねーよ!」


思わずそっぽを向いてしまったが、シュウの心内ではとても嬉しかった。


――良かった。神様の心の中にもどうやら俺の居場所はあったみたいだ。


その事実だけでまた気力が蘇ってくる。


「よし! そんじゃ、日本に帰るか!」


「そうじゃな。そろそろお開きにするのじゃ!」


パンッ!!


そう言って神様が手を叩くと地面から何かが盛りだしてきた。


「これがお主の世界へとつながっているゲートじゃ。後はくぐるだけでいい」


目の前に広がる光景。これをどれだけ待ち望んでいたか。


「なあ、神様。俺達、また会える?」


「うむ。お主のことをいつも愛おしく見守っておるぞ」


「……そっか。でも、俺まだ神様の名前聞いたことなかったな」


ふと、シュウはそのことに気が付いた。


「そうであったか? まあ、普段あまり自らの名は語らないことになっておるのだが……。お主ならばそれもよいか」


少しの思考の末、神様は自分の名を口にした。


「わしの名は黒猫。時紡 黒猫ときつむぎくろねこじゃ」


「時紡……黒猫か。いい名前だな」


「うむ! わしも気に入っとる!」


黒の髪に黒の着物。赤いリボンを身に纏う少女はまさに黒猫のようだ。


「なあ、黒猫。――ここから出たことはあるのか?」


「うん? ここから出なくとも外の世界は見渡せる故、外に出る必要などないのじゃぞ?」


「でも、それは自分が見た世界・・・・・・・じゃないだろ?」


「それも……そうじゃな」


「なら、こんな窮屈なところにいるのはやめてさ」


「お、おいお主。な、何をしようとしておるのじゃ……」


「一緒に、世界を見に行こうぜ! 黒猫!!」


「いやああああ!! それは駄目なのじゃあああ!!!」


後ずさりしながら首をぶんぶん横に振り叫び声を上げる黒猫の手をつかみ、俺はゲートをくぐった。これからまた始まる世界に胸を高鳴らせて。


「いやあああああ――って、その者たちは誰なのじゃ?」


「は?」

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