出来心

「ねえ、なんか甘い匂いがするんだけど」


 ベッドの中で艶やかに炊き上がった米を炊飯器が温めていると、炊飯器の胸元で米が怪訝な声を出した。


「えっ?」

「なんだろう……炊飯器、今日は朝に一度炊いたきりだよね」

「あ、ああ」


 実は昼過ぎ、炊飯器は米には内緒でホットケーキミックスを調理してしまった。

 米のことは本当に好きだ、愛している。だが、気の迷いというか、あのバニラエッセンスの甘い匂いと食欲をそそるバターの香りに、炊飯器はつい過ちを犯してしまったのだ。


「ほ、ほらっ、米? あんまりくっつくとお焦げかできてしまうよ」


 後ろめたいところがある炊飯器が、ぺったりと胸元にくっついて匂いを嗅ぐ米をやんわりと引き離す。


「あのさあ、もしかして……浮気、した?」

「ひえぁ? う、浮気って」

「この間、山田さんのところの炊飯器がヨーグルトケーキをつくったんだって」

「――――え」

「その時、甘い匂いがしてたって山田さん家の米が言っていたんだ」


 炊飯器でケーキを作るのはそんなにポピュラーなことだったのか。炊飯器というのは米を炊くためだけにあるものだと思い込んでいた炊飯器は、自分以外にケーキを作った者がいたことに驚きを隠せなかった。


「ねえ、正直に言いなよ。怒らないから」

「…………ごめん。実は今日、ホットケーキミックスと…………って、うぐっ、こ……米っ?」


 怒らないという言葉を素直に信じた炊飯器の上に米が馬乗りになった。


「酷い。僕だけだって言ってたのに!」

「すっ、すまない! 本当に俺には米だけだ! ホットケーキミックスとのことは魔が差したというか……俺が好きなのは米だからっ、な? ちょっと落ち着け……っ」

「何? 真っ白な僕より、茶色い焦げ色がついた方がいいの? それなら僕、毎日炊き込みご飯でもいいよ」


 炊飯器の上で米が涙ぐんでいる。


「米」


 炊き込みご飯は他の材料と一緒のため、二人きりになれないからと米はあまり炊き込みご飯が好きではない。

 なのに、それでも炊飯器といたいというけなげな米の気持ちに炊飯器は胸を打たれた。


「本当に悪かった。もう二度とケーキは作らない。だから、これからも俺と一緒にいてほしい」


 炊飯器の上に跨がったまま泣いている愛しい米の体を、炊飯器はぎゅっと抱きしめた。

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妄想の産物 とが きみえ @k-toga

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