一途な想い
電池の残量が十パーセントを切っていた。
スマホはふらふらとした覚束ない足取りで部屋の中をさまよっていた。
早く充電しないと気を失ってしまう。
「スタンド……どこに行ったんだ」
充電スタンドとスマホは店頭で出会ってからずっと一緒だ。
スマホはスタンドがいないと元気に活動することができないし、スタンドは決まったスマホでないと受け付けない。
言ってみれば相思相愛の仲なのだ。
「スタンド……」
残りあと七パーセント。
いよいよ視界が霞んできた。
スマホが重い足取りで、液晶テレビの側を通りかかった時だった。
「あっ、あ……ん」
三十二インチのテレビの陰からどこかで聞き覚えのある声が聞こえた。
「スタンド?」
スマホが、声の聞こえた方へゆっくりと歩いて行く。
「っん、や……あん」
「スタンドくん、ほら差し込み口が熱くなってきたよ」
「や……っ、言わないで……っあ」
「気持ちいいんだろう? もっと正直になればいいのに」
カチャカチャという音を立てながら、充電コードがスタンドの差し込み口へUSB端子を抜き差ししていた。
「スタンド……」
あまりにも衝撃的な光景にスマホは呆然として、動けなくなってしまった。
そうしている間にも、充電コードの動きは激しくなり、呻き声とともに一瞬コードがピンと張る。
「んあっ」
同時にスタンドも極まったように声をあげると、カタンと音を立てて倒れた。
「スタンド……お前、どうして……」
スマホが思わずふらふらとスタンドとコードの所に歩み寄る。
今、目の前で起こったことが信じられない。あれはきっと充電が五パーセントを切ったために見えた幻なのだ。
「スタン……ド」
「スマホ!」
とうとう充電がゼロになったスマホは意識を失った。
「気がついた?」
充電が四十二パーセントまで回復したスマホがゆっくりと目を開けた。
「……スタンド?」
「うん。大丈夫?」
「ああ、とりあえず四十パーセントはあるから、大丈夫だ」
スマホは今、スタンドの腕に抱かれていた。彼の腕の中に包まれているだけで力がみなぎってくるのがわかる。
いつもなら、幸せなひと時である充電タイムなのだが、先程のコードとのことがあってスマホはスタンドの顔をまともに見ることができなかった。
二台の間に気まずい沈黙が訪れる。
「あの、スマホ……さっきのことなんだけど」
「……」
先程の衝撃的な光景を、スタンドはどう説明しようというのか。
スマホにも色々と言いたいことはあったが、うまい言葉が思いつかず、結局のところ黙ってスタンドの言い分を聞くことしかできなかった。
「実は……今まで君には黙っていたんだけど、僕……」
スタンドが言いにくそうに、視線を泳がせる。
唯一のパートナーだと思っていたスタンドの裏切り。決定的証拠を目撃したにもかかわらず、スマホはどうしてもスタンドのことが嫌いになれなかった。
「スタンド、言いにくいならいいんだ。たとえ君が俺よりコードの方が好きだとしても、俺の気持ちは変わらないよ」
「えっ!? いや、違うんだ。僕は今でもスマホのことが大好きだよ」
「それならどうして!」
つい、スマホの口調がきつくなってしまう。
「違うんだよ……実は僕にはスマホ、君を受け入れる場所とは別に、もうひとつ差し込み口があるんだ」
「何だって!?」
衝撃の事実にスマホが目を瞠った。
驚きを隠せないスマホに、ここだよと少し照れながら、スタンドが後ろについている差し込み口を見せた。
「これは……」
「うん。ここでコードさんと繋がらないと君の中に、その……電気をい、入れることができないんだ」
充電行為を思い出しているのか、スタンドの頬がほんのりと染まる。
「そうだったのか……知らなかったとはいえ君を疑って悪かった」
「ううん、僕こそはじめにちゃんと説明しなかったから」
スタンドとスマホの視線が絡む。
「スタンド……俺の中に電気を入れて欲しい」
「……うん。優しく入れるね」
仲直りの後の充電はとても熱く、急速充電であっという間にフル充電となった。
二台の熱い電気の交換を、スタンドの後ろでコードが黙って見守っていた。
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