妄想の産物

とが きみえ

あなたを挟みたい

 なぜこんなことになっているのだろうか。


 いつものように図書室で読みかけの本はいないかと見回りをしていた所、突然机の上で文庫本に挟まれ、栞は身動きがとれなくなってしまっていた。


「――あの、突然何なんですか」


 見た感じ少女向けのライトノベルのような可愛らしい顔をしているが、男だけあってなかなか力が強い。

 文庫本から抜け出ようと、身を捩ってみるがびくともしない。

 栞が文庫本の間でもがいていると、耳許で少し掠れた若い男の声が聞こえた。


「いきなりすみません。実はさっきまで読んでもらっていたんですが、鈴木くんとかいう人が佐藤くんとかいう人を校舎裏へ連れて行く所を見たという友達からのメールで、僕は読みかけのまま置いていかれてしまったんです」

「はぁ……」

「ページを開いたまま伏せて置かれるのは嫌だし、どうしようかと思っていた所、ちょうどあなたを見かけたもので……つい、我慢できなくて」


 気持ちはわからないでもないが、突然挟み込むのではなくて、せめて一声かけてほしかった。


 文庫本のいきなりの行動に言いたいことも多々あるが、これまで色々な本と付き合ってきた栞だって本が粗末に扱われるのは何となく嫌だ。

 栞はすみませんと申し訳なさそうにしている文庫本に付き合うことにした。


「あの、栞さん」

「はい」

「実は僕、少し前からあなたのこと知っていたんです」


 聞くと、文庫本は三日ほど前からこの図書室を訪れるようになったそうだ。


「いつも図書室の中で見回りをしている栞さんのピンと張りのあるその角の所とか、素敵だなあって思ってました」

「はあ」

「僕、今まで栞を挟んだことがなくて……あなたのことを挟んだらどんな感じなのかなっていつも想像してたんです」


 照れ臭そうに告白する文庫本の頬が僅かに赤くなる。


「栞を挟んだことがないって、それじゃあ今までどうしていたんだ?」

「はい。買ったときに最初から挟み込んである新刊案内の広告で代用されていました」

「――そうなのか」


 読みかけの所をマークする重要な役割が新刊案内の広告で代用されていたなんて。栞は文庫本のことを同情すると同時に、自分が彼の最初の栞になることに嬉しさも感じていた。


「文庫本くん、俺でよければ初めての栞の感触を存分に堪能してくれ」


 栞の言葉に感激した文庫本が、ありがとうございますと言って、きゅっと栞を挟むページに力を入れた。


「――っふ、ん」

「栞さん? どうかしましたか?」


 栞が文庫本の間で吐息混じりの声をあげた。


「い、いや、何でもない。気にしないで……それより君はいったいどんな物語の本なんだ?」

「ああ、えっと……恋愛、かな?」

「恋愛か。恋愛ものは割りと一気に読まれてしまうことが多くて、実は俺もあまり挟まった経験がないんだ」

「そうなんですね」

「うん。最近は推理ものとかミステリーが多かったかな」


 栞が実は恋愛ものの経験が少ないのだと知った文庫本が嬉しそうな顔を見せた。


「どんなストーリーなのか教えてくれるか?」

「はい。えっと、主人公の二人は幼馴染みなんです」

「幼馴染みものか」

「攻の方がずっと受のことが好きだったんですが、告白することで友情関係が壊れてしまうのが怖くて告白できなくて……」


 攻とか受とかよくわからない単語が出てきたが、一生懸命な文庫本の話の腰を折るのもどうかと思い、とりあえず攻とか受というのは登場人物のことだと栞は理解することにした。


「……でも、別の所から受のことを狙っている存在に気づいた攻が思いきって受に自分の気持ちを伝えるんです」

「なるほど。ハッピーエンドな話なんだな」

「はい。僕的にはやっとお互いの気持ちが通いあって初めての絡みの部分が凄く好きなんです」


 絡み? 少女向けのライトノベルで絡み?

 この文庫本は表紙こそ少女向けだが、実は少し年齢層が高めの女性向けなのかもしれないと栞は思った。


「――ん?」


 気のせいか、栞を挟むページがさっきより固く閉じられているような気がする。それに、何となく熱を持っているようだ。


「文庫本くん?」

「す、すみません……栞さん、話の内容を思い出していたら……あの、僕、我慢できなくなってしまいました」


 真っ赤な顔をした文庫本が、栞を挟んだページを擦り合わせるようにして栞のつるりとした体を揉み込んでくる。


「あ……っ、ちょ、まって」

「栞さん、栞さん」


 栞を挟んだページがちょうど挿し絵の所だったらしく、ふわりとたちのぼるインクの匂いに、栞の頭の中がクラリと酩酊した。


「栞さん、お願いです! もう僕以外の本になんて挟まれないでください」

「文庫本くん?」

「ダメだ、ダメなんです。あなたのそのつるりとした表面が他の本のページに触れると思うと我慢できない」


 あまりにも真剣な文庫本からの告白に、栞はつい首を縦に振ってしまった。


「栞さん! ありがとう! 見回りをするあなたを初めて見た時は、まさかこんな……あなたを挟めるなんて……嬉しいです、大切にします」

「……うん、こちらこそよろしく」


 何だかよくわからないうちに、栞は文庫本の専属になってしまった。

 まだ文庫本がどんな内容の本なのかよく知らないが、いいやつみたいだし、自分のことを大切にしてくれると言ってくれている。


 お互いのことはこれから知っていけばいいかと、栞は思いの外心地のよい文庫本の間に身を任せた。

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