子猫のヴァン=ブラン
ペイザンヌ
〈童話〉 子猫のヴァン=ブラン
チビのヴァン=ブランは銀色の猫。
野良猫だからいつもおなかペコペコなんだ。
今日もおばあさんのとこでつまみ食いしてやれ。
おばあさんはおじいさんと二人暮らし。
おばあさんがおじいさんの晩ごはんのために作った魚の煮物をヴァンは抜き足、差し足、こっそりペロリ。
ああ、おいしかった。
こら! またおまえかい。まったくしょうがない野良猫だね。
でも、ヴァンはすばしっこいから逃げるの得意なんだ。
へへーんだ、ここまでおいで。
いいよ、いいよ、おばあさん、わしらはふたりで半分こして食べようや。
まあ、おじいさんたら。あなたがそうやって甘やかすからうちには野良猫が居着くのよ。
おじいさんはいつもにこにこ。でも、おばあさんはいつもぷりぷりしてるから大嫌いさ。
そんなある日のクリスマス。
今日もつまみ食いしてやれ。きっとチキンやケーキがいっぱいあるぞ。それ、抜き足、差し足……。
でもおばあさんはひとりでしょんぼり。まちはこんなに賑わってるのにひとりでしょんぼり。
あれ、おじいさんは?
年が明け、〈1月〉だ。
通りや商店街には赤とか白とか緑色とかがいっぱい。大きな松とかおもちとか、藁に包まれた大きな酒樽、へんな顔したやっこさん。なんかいつもと違うから別の町にきたみたいでワクワクするね。
ヴァンは友達のトラ猫をおばあさんのとこにつれてきたよ。
また来た、それも今度は二匹も! しっしっ、あっちへいきな!
へへーんだ。なんだい、心配して損した。やっぱりおばあさんなんか大嫌いさ。
〈2月〉は寒いね。雪がいっぱい降って肉球がヒリヒリするけど、空気が澄んでてずっとずっと遠くまで見渡せそうだからおいら大好きさ。
ヴァンはトラ猫と一緒にお腹をすかせたメス猫をつれてきたよ。
しっしっ! これを食べたら二度とこないでおくれ。
へへーんだ、絶対また邪魔しにきてやる。
〈3月〉になってもまだ寒いや。でもやっとお花が咲いてきたね。
ヴァンとトラ猫とメス猫は行き場のないでぶっちょ猫をつれてきたよ。
まあまあ、あんたまだ食べるのかい? あんたなんかがいたらご飯の支度がたいへんだよ!
あははは、でぶっちょは底なしの胃袋だぞ。このうちの食べ物という食べ物を食いつくしてやれ。
〈4月〉だ。この春一番をこらえたら暖かくなるね。“風のこどもたち”もおいらと一緒でいたずらっこ。だから吹き飛ばされそうになったり、ほこりが目に入ったりで大変だけどそんなのには負けないぞ。
ヴァンとトラ猫とメス猫とでぶっちょ猫は、今度は仔猫を三匹も拾ってきたよ。
あらあら、まあまあ、ちょろちょろしないで! 床は泥だらけだし、柱は爪のあとだらけじゃない。ふすまもしょうじもこんなにしちゃって! まったくもう。
ああ忙しい忙しい!
いいぞいいぞ、チビども。もっと部屋中ボロボロにしちゃえ。
〈5月〉になったらおばあさんが風邪ひいちゃった。
ごほんごほん、あら、今日はみんなずいぶんおとなしいのね。こらこら、みんなして蒲団の中に潜り込んできちゃってどうしたの? 駄目でしょ。ごほんごほん、でもあったかいねえ。
おばあさんが弱ってたらつまんないや。しかたがない、休戦だ。でも今回だけだぞ。
なんてこったい!
〈6月〉になったら今度はおいらが風邪ひいちまった。雨ばっかだし、ムシムシするし最悪さ。
あらあら、いたずらっこのおまえでも風邪ひくのね。こういうのを何ていうか知ってる? 鬼のかくらんていうのよ。
けほんけほん、おばあさんの風邪が移ったに違いないや。やっぱりおばあさんなんて大嫌いだ。けほんけほん、看病してくれてるふりしたってダメだぞ。これでおあいこなんだからな、けほん。
〈7月〉は大好きさ、梅雨も明けたし風邪も治ったし気持ちいいね。チビだったおいらもちょっと大きくなったぞ。どんなもんだい、エヘン。
あんたは銀色だからギン? シルバー? みーちゃん? タマ?
おばあさんはぼくらに名前をつけ始めたよ。だけどどれもこれもカッコ悪い名前ばかりだから返事をせず、ツーンと横を向いてやるのさ。
へへ~んだ、おいらの名前はヴァン=ブランさ。どうだい、カッコいいだろ。
にゃん吉? にゃん吉に決まりね。
にゃん吉だって?! ふざけんなよ! やっぱりおばあさんなんて大嫌いさ!
〈8月〉。たいへんだ! おばあさん、仔猫が道端で倒れてる。早くきて、こっちこっち。
あらあら、かわいそうに。暑さでやられちゃったのかしら。よしよし、もう大丈夫だからね。さあ、みんなで力を合わせて看病するのよ。
がんばれ、がんばれ。みんなでペロペロ。それでも良くならないからおばあさんが病院へつれてったんだ。ペロペロはしてやれないけど、がんばれ、がんばれ。
〈9月〉になると抜け毛の季節だ。夏の間に汗まみれ泥まみれになった毛よさらば。新しいふわふわの毛よこんにちは。おばあさんは掃除がたいへんだぞ、へへへ。
仔猫が病院から戻ってきてみんなの仲間入り。真っ白なかわいいメス猫さ。みんなも大好き、おいらも大好き。なんだか妹ができたみたいさ。
さあさあ、今日はみんなで写真を撮りましょうね。パシャリ、パシャリ。
白い仔猫はいつもおいらのあとにちょこちょこ着いてきてどの写真にも一緒に写りたがるんだ。かわいいね。
〈10月〉は夕焼けが綺麗だね。茜色に染まった空に浮かぶ雲はどれもこれも美味しそうだ。
おいらたち、屋根の上でみんな並んでそんな空を見上げるのが好きさ。焼きたてのソーセージの色、焼き芋の色、焼き栗の色、焼き餃子にべっこう飴にとろっとろのミネストローネの色。でぶっちょなんかは夕焼けの色だけでお腹がぐうって鳴るのさ。
ヴァンとトラ猫とメス猫とでぶっちょ猫と三匹の仔猫と真っ白な仔猫は今度は黒猫をつれてきたよ。額にひとつだけ白いとこがあんだ。へんなの。
あなたはとてもお行儀よくて面倒見がいいのね。ほほほ、誰かさんとは大違い。あなたがみんなのリーダーになってくれるとおばあさんも助かるんだけどね。
へ、へへーんだ…… 。おいらだってお行儀はよくないかもしんないけど、面倒見はいいもんね。たぶん、いいと思うんだけどな。やっぱりおばあさん、おいらのことなんてちっともわかってないや。いいよーだ、べえ。リーダーになんてなったら遊べないや。
〈11月〉。うわぁ、もう寒くなってきたぞ。つい、こないだあったかくなったばかりだってのに。
写真の中のおじいさんはやっぱりいつもにこにこ。おじいさん、大好きさ。でもね、おじいさん、おばあさんもね、最近おじいさんみたいににこにこする時があんだよ。そういう時だけはね、おいらね、おばあさんのことね…
こら、にゃん吉。こんなとこで横になってたらお掃除できないでしょ! しっしっ!
……やっぱり大嫌いさ!
〈12月〉は早い雪が降ったよ。庭に積もった真っ白な雪の上を真っ白な仔猫と一緒に歩いたら足跡だけがてんてんてん。もう白猫はすっかり元気さ。雪とおんなじ真っ白だから、まるで目だけが宙に浮かんでるみたい。
まあ、にゃん吉。今度は“透明の猫”を連れてきたの?
二匹そろってアハハハハハ。顔を見合わせてアハハハハハ。
でもおばあさん、おいらはにゃん吉なんてカッコ悪い名前、ぜったい許さないからな。
あれから一年、家の中にはずいぶんと仲間が増えた。
今年のクリスマスはチキンやケーキもたくさん!
でも、もう“つまみ食い”なんてする必用ないんだ。
おばあさんはとっても料理が上手でどれもこれも美味しいんだ。
でも、覚悟しろ。来年はおばあさんをもっともっと忙しくさせてやんだからな。
子猫のヴァン=ブラン ペイザンヌ @peizannu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます