滅びの始まり

湖城マコト

アンドロイド社会

「随分と増えたものだ」


 休日にオープンテラスでコーヒーを啜っていた眼鏡の男性は、行き交う人の流れを見てある危機感を感じていた。

 週末ということもあり、老若男女を問わず多くの人が街へとくり出しているが、その半数近くがアンドロイドである。

 ロボット工学の発展によりアンドロイドの存在が当たり前になって久しいが、年々その精巧さは増しており、一見しただけでは人とアンドロイドとの区別はつかない。

 

「おきゃくさま、おかわりはいかがでしょうか?」

「では、一杯貰おうかな」

「かしこまりました」


 眼鏡の男性にコーヒーを注いでくれている女給もどうやらアンドロイドのようだ。どれだけ見た目が人間に近づこうとも、微かな駆動音や重心のかけ方などで違いは分かる。

 アンドロイドの存在は広く社会に浸透し、工場、介護現場、医療機関、教育機関、一般家庭に至るまで、アンドロイドは世界中のあらゆる場所で活躍している。

 ほんの20年前までは人型では無いロボットの方が一般的だった。作業の種類にもよるが、人の形をしていない方が利便性が高かったためだ。


 だが、15年前に起こったあの災厄をきっかけとして、人類はあらゆるロボットを人型であるアンドロイドへと置き換えていった。

 仕事の効率が悪くなろうとも、どんなにコストがかかろうとも。人型であるアンドロイドの数を増やすことに人類は拘り続けた。

 

 今から15年前『デストラクションウイルス』と呼ばれる致死性のウイルスの蔓延により、人類の70パーセントが命を落とした。

 その後も追い打ちをかけるかのように、散発的に新種のウイルスが発生し、死者の数は年々増加。ただでさえ少ない人口は減少の一歩を辿っている。


 ある科学者は地球の浄化作用が人類に牙を向き、環境をリセットするために攻撃しているのだと言った。

 ある宗教家はこれは人類に与えられた神罰であり、人類はそれを受け入れなければいけないと言った。


 希望など無い。人類は滅びの道を辿るしかないのだと世界は絶望していた。


 アンドロイドの数が激増したのは、そんな絶望感が世界を包み込んだ時期のことだった。

 世界人口が70パーセント減少。文字通り、人の数は一気に減った。

 街はゴーストタウンと化し、一つの自治体につき生き残ったのが数名というのもザラ。その喪失感はとてつもないものであった。

 アンドロイドの量産は、そんな喪失感を埋めるための苦肉の策だったのである。

 たとえ機械であったとしても、人の形をした存在が身近にいるだけで人々は大きな安心感を得た。

 さらなる安心感を得るため人類は、アンドロイドの数をどんどん増やしていった。今となっては、あらやる場所においてアンドロイドを見ない日は無い。


 これにより人類は前向きになることが出来た。アンドロイドの量産という仮初めの人口増加によって、人々の内に宿る人類滅亡の恐怖は薄れていった。

 5年後には、アンドロイドの個体数が世界人口を超すとも言われている。


 ――だが、それこそが真の滅びの始まりではないだろうか。


 眼鏡の男性は現状をそう分析していた。確かにアンドロイドの増加により世界には活気が満ち人々には笑顔が戻った。

 しかし、根本的な問題は何も解決していない。増えたのはアンドロイドの個体数だけであり、むしろ人口は減少しつづけている。にも関わらず人々は現状にあまり危機感を抱いてはいない。アンドロイドの数が増えたことで、あたかも人類そのものが繁栄しているのかのように錯覚しているのだ。

 もう一度大規模なパンデミックが起きれば、今度こそ人類は滅亡するだろう。仮初の安寧など求めるべきではない。本来ならば全人類が緊張感を持ち、これからのことに備えなければならないのだ。


 眼鏡の男性はウイルスの研究者で、新たなるパンデミックに備えて日夜研究を続けている。そんなウイルス対策の最前線に立つ男性にとって、人々の意識の低さは実に嘆かわしいものであった。


 もしも本当に人類が滅びてしまった時、この世界はどうなってしまうのだろうか?


 そんな未来を眼鏡の男性は想像する。

 機械であるアンドロイドはウイルスによって死ぬことはない。人類が滅んだ後も活動を続け、これまで通りの日常を続けていくことだろう。

 弱い者は淘汰され、生き残った者こそが勝者。そういった観点から見たら、人類滅亡後に人の姿で活動し続けるアンドロイド達は、ある意味では新人類と呼べる存在なのかもしれない。

 

「……帰ろうか」


 滅びた後のことなんて考えても仕方がない。そうさせないための研究を男性はしているのだから。


 人込みの観察に疲れた男性は、妻の待つ家へと帰ることにした。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 帰宅した眼鏡の男性を、妻が笑顔で出迎えた。いつも笑顔でいてくれる妻の存在が、男性にとっては何よりも癒しだった。


「これお土産」

「ありがとう」


 お土産に買ってきたケーキ差し出すと、妻は笑顔でそれを受け取った。

 型が少し古いせいか、妻の身体の駆動音はカフェテリアの女給よりも少し大きかった。




 了

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