第10話 堕天使と悪魔は踊る

 スレイは同族さえ殺し、堕天使に身をやつした。サラを追っていた人間たちも、全て殺した。脳漿のうしょう臓物ぞうもつをぶちまけた死体が、そこら中に散乱していた。スレイは敵に対する嗜虐しぎゃく趣味などなかったのが、せめてもの救いだったのかもしれない。苦しみながら死ぬ余地の方がないほど、原型を留めていない死体だらけだった。

 サラが魂を狩ることを望んでいなかったことなど、スレイはもちろん承知していたが、同時にその気持ちを尊重する気は皆無だった。スレイにとっては、サラを生かすことが全てだった。



 相変わらずスレイはサラに笑いかけてくる。その笑顔がむしろ恐ろしいのは、狂気をはらんだ眼光がサラを見据えているように見えるのは、気のせいなのだろうか?

「実は、ヴァルハラに私の館をそのまま持って来ているんだ。慣れ親しんだ場所の方がよく休めると思ってね。結界も貼ってあるから、君は中に居るだけでいいんだ」

「なんで……ワタシはこんなこと望んでなかった!」

 こんな……これほどの殺戮。天使も殺したということは、同族からも追われる立場になったということだ。スレイには、サラがいなくとも天界で幸せに暮らせる環境があったはずだ。こんなことをする理由なんて、何処にあるというのか。

「そうだね。君は望んでなかっただろうね……でもね、私は君といることだけが望みだったんだ。だから……君のいうことだろうと、一切従う気はないし、天界さえもはやどうだっていい。君以外は、私は必要としていない」

 サラは愕然とした。彼女はもう、サラ以外は一切省かえりみるつもりがないと宣言した。一体いつから、彼女はそこまでサラに執着し始めたのだろう。

「ともかく、ここは危険だから私の館にいこう。話の続きはそれから聞いてあげるよ。そこで大人しくしてくれさえすれば、手荒なことはしないから」

「ワタシが何を言っても、従う気はないって聞こえたけど」

「何も、とは一言もいってないさ。話の内容次第では、ちゃんと言うとおりにしてあげる。あんまり聞き分けがないと、お仕置きしちゃうよ?」

 ダメだ。スレイの言うことを聞いてはいけない。サラが生きている限り、彼女はきっとサラを生かすためならなんでもする。眉一つ動かすことなく、殺戮を繰り返すだろう。

 サラはスレイから逃れるため、走りだろうとした。スレイは周囲を見回している。おそらく、自身がヴァルハラに持ってきた館へと、サラと一緒に飛行するつもりでいる。そのとき、出来るだけ進行方向を見られたくないのだろう。

 逃げるなら、いましかない。はずだった。

「お仕置きされたいみたいだね。別に大した問題にはならないだろうけど、面倒事になりかねない。どうしよう……いっそ腕や脚を潰そうかな? そうしたら、しばらくは動けないよね」

 動こうとした瞬間に、スレイはサラの腕を掴んでいた。その状態で、微笑んだまま告げられた内容に、怖気おぞけがはしる。

「冗談だよ。それは、君がどうしてもいうことを聞かなかったときにする。だって私は治癒も出来るけど、万が一君の綺麗な身体が完全に元に戻らなかったら、悲しいし」

 嘘だと言って欲しい。スレイにここまでの狂気が潜んでいたなんて。だが、残念ながら彼女の言葉には、嘘はなかった。

「まあ、お仕置きも私の館でしよう。私以外には誰にも君のみだらな姿を見せたくないし、君も誰にも裸身なんて見られたくないだろう?」

 その言葉で、サラは自分が何をされるのか、察してしまった。察してしまったけれど、それでも逃げようがなかった。



 館の中は、悔しいけれど懐かしさもあって、非常に快適だった。スレイは、もう外に出るために服を着ていたが、サラは純潔を奪われたショックと破瓜の痛みで朧朦もうろうとしていて、いまだベッドで裸のままだった。

「ごめんね。でも、痛くないとお仕置きにならないし」

 その言葉に、サラは羞恥しゅうちと背徳感で震える。天界で禁止されていた女の子同士での性行為だったのに、スレイは意に介した様子がない。だがサラも、スレイとの行為には嫌悪感が皆無だった。むしろ、スレイに求められることは嬉しかったし、心地よかった。そのことが、余計に背徳感を煽る。

 このままだと、スレイに抱かれる快楽に流されてしまう。むしろ、そのことが怖かった。淫らな行為に溺れる自分をスレイに見せたくなくて、スレイに逆らうことをこのときからサラは諦めてしまった。

「行ってくるよ、君のために魂を狩りに……こんな私、嫌いになった……?」

 スレイは珍しく、恐れるような口調だった。サラに嫌われることは、今のスレイにとってはひどく恐ろしいことなのかもしれない。

 サラとしては、スレイを突き放すべきなのだ。そうすれば、もしかしたらスレイの執着を少しでも削げるかもしれない。

「……そんなわけ、ないじゃない……」

 嗚咽おえつ混じりで、サラは応えた。無理だった。サラにとってもスレイは一番大切な人だった。それを、心にもない言葉で突き放すなんてこと。

 涙がこぼれる。結局サラには、スレイを止めることが出来なかった。

「……安心した。それじゃあ、いってくるね」

 スレイは心底安堵した表情で、魂を狩りに出かけていく。サラは、黙って見送るしかなかった。



 こうして、彼女たちの血染めの舞台は、終わりが見えないまま始まりを告げた。愛と狂気のまま、堕天使と悪魔は踊り続けていく……

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貴女のための魂狩り・堕天使と悪魔のワルツ シムーンだぶるおー @simoun00

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