夏祭り―2

 あの時、公一郎は嘘をついていた。初めからそのつもりだったのだ。思えば公一郎の後悔はもう始まっていたのかもしれない。

「広樹…残念だったね。」

公一郎は隣に居る浴衣姿の時雨をチラリと見る。本当はその横顔をずっと見詰めていたいのだが、なぜだろうか、見ることが出来なかった。いつも見ているはずなのに。

「公ちゃん、どうしたの?お祭り好きだったのになんかおとなしくない?」

時雨は公一郎の顔を覗き込むように見てきた。その瞬間だった。公一郎はまるで鳩尾を殴られたかのような衝撃が一瞬身体を通り抜ける。

「へ!?あ…いや…そんなことないよ。」

公一郎は自分がぎこちないことには気が付いていた。

「広樹が来れなかったから寂しいんでしょ?私と二人じゃ不満?」

「いやいやいや!そんなことないよ!」

公一郎はこの時罪悪感にも襲われていた。

「親戚の初盆じゃね…仕方ないよね。あーあ、三人で来たかったね。」

嘘だった。公一郎は時雨に嘘をついていたのだ。公一郎は時雨に、夏祭りに広樹を誘ったが親戚の初盆で出掛けなければならないから来ることができないと言ったが嘘だった。連絡をしなかったのだ。初めはいつも通り誘う気だった。しかし、なぜだろう、もしこのまま連絡しなければ時雨と二人きりで夏祭りへ行ける。そう思ったのだ。すると電話の受話器を取る手が動かなくなったのだ。誘わなければならない。広樹を誘わなければならないと思いながらも公一郎はついに受話器を取ることはなかった。その罪悪感が、夏祭りに来てから襲ってきたのだ。

「公ちゃん、仕方ないから二人で楽しもうよ!」

時雨は無邪気だった。金魚すくいをしたり、たこ焼きを食べたり、輪投げをしたり。その時公一郎はずっと時雨の横顔を見つめていたのだ。罪悪感もあったが、それ以上に今こうして時雨を一人占めしている。その幸福感が勝っていたのだ。しかし三人でいる時よりも会話が続かず、いつも一緒に居るはずなのにどこか緊張している自分がいることに公一郎は気付いていた。

 そんな時だった。公一郎はポケットに突こんでいた手に別の感触を感じたのだ。

「公ちゃん…。」

その感触は忘れられない。決して初めてではなかった。あの温かさ、柔らかさ、優しさ。まるで世界一おいしい果物をじっくりと味わうように、その一つ一つを忘れないように感じていた。その先には時雨がいる。いつの間にか公一郎の手はポケットではなく、時雨の手のひらを掴んでいた。

「わたあめ食べたい!」

そう言ってみせる無邪気な笑顔がとてもスローに見えた。さっきまで感じていた罪悪感も全て消え去ってしまうほど時雨という空気に包まれていたのだ。このまま時間が止まってしまえばいい。そうすれば時雨と二人きりでいつまでもいつまでもいられる。そう感じていた。

「はい。」

公一郎は時雨に大きな綿あめを渡した。それを嬉しそうに受け取る時雨は、一生そのまま自分のものにしたいという公一郎の心を強くしてしまった。公一郎は時雨を見つめれば見つめるほど胸が張り裂けそうになる。

「公ちゃん、はい。」

時雨はそう言ってわたあめを少しちぎり、公一郎の方へ持ってくる。公一郎はその時雨の顔を正面から見てしまい胸が高鳴り声さえ出ず、黙ってそのわたあめを口に含む。わたあめは口の中で溶けてしまうが、公一郎はずっとずっとそのわたあめが溶けないで欲しいと願った。口に広がるその甘さが、時雨のその指先から伝わって来たものではないのだろうかとさえ感じていたのだ。

 その帰りだった。あれは時雨の家の前まで来た時。

「公ちゃん、お休み。」

そう言って時雨と別れようとした時だった。

「ああ…時雨!」

公一郎は気が付いたら時雨を抱きしめていた。

「公ちゃん?」

時雨は驚いたのか、手に持っていた金魚の袋を落としてしまう。公一郎はどうしようもなく時雨を抱きしめることしかできなかったのだ。それ以外今の自分に何が出来るだろうかと考えたが思い付かなかった。ただ公一郎の思いは今まで以上のものだった。その全てを時雨にぶつけるように、公一郎の中から解き放つように時雨を抱いた。

「時雨…時雨…俺………ごめん…ごめんな…時雨…。」

そして公一郎はそう言った。あれは広樹に対する謝罪だったのだろうか。しかしそれ以外にも何か伝えたかったような気がするが、今ではもう思い出せない。ただ覚えているのは、その時公一郎は初めてあんなに力強く時雨を抱きしめたのだということと、長い間時雨と抱き合っていたということだった。しかし、やはりあの時にはもう広樹とは少し距離が開き始めていたのではないかと公一郎は思っていたのだった。

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七日命 鶴田昇吾 @0420tkmoon

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