5.ダンジョンでドラゴンと戦うのは云々

 いよいよ十階層まで登ってきた。

 二十階層まで落ちたのだから、これで半分だ。妙な達成感がある。


 しかし、ここまで来て少し困ったことになった。


 今までは天井がぼんやりと発光していて、あかりの代わりになっていたのだが。

 十階層では、それが無くなっていた。


「ダークゾーン、ってことかしら?」


 クラナスが木片を松明たいまつにして掲げてみたが、あまり効果は無かった。

 光がさえぎられている。

 意図的な暗闇、ということか。


照明コンティニュアルライトの呪文は・・・」


 クラナスの問いに、ルミリアはふるふると首を横に振った。

 ルミリアの手持ちの魔法は、攻撃か、攻撃補助かの二択だ。

 そういう実用的な呪文は一切覚えていない。


 その攻撃魔法の方も、そろそろ魔力が尽きかけようとしていた。

 一刻も早くジャスティンと合流するなり、出口に辿り着くなりしないといけない。


「じゃあ、アーシュが頼りかな」


 ハーフリングのアーシュなら、暗闇でも夜目が効く。

 ダークゾーンにどの程度対抗できるかは判らない。

 それでも、今はアーシュに頼ってみるしかなかった。



「なんか、広い部屋だね」


 夜目が効く程度では、ダークゾーンには意味が無かった。

 やはりダメか、とルミリアはあきらめかけたが。


 ハーフリングには空間把握能力という特性があった。

 どうやら、そちらの方は効果があったようだ。

 アーシュがいれば、とりあえず探索は進められそうだった。


 アーシュを先頭にして、すぐ後ろにルミリアとクラナスが続く。

 目で見えるのはせいぜい一ブロック先というところだ。

 天井のからの光を、ルミリアは頼りないあかりだと思っていたが。

 いざ無くなってみると、実に心細いものだった。


 壁が無い広間になっているので、余計に位置が把握しづらい。

 ゆっくりと進んでいくと、アーシュが奥の方に何かを見つけた。


「なんかキラキラしてるよ?お宝かな?」

「うーん、お宝は今はパスかなぁ」


 アーシュには悪いが、今は上の階層への道を見つける方が最優先だ。


 それでも、目印になるようなものが存在するというのなら助かる。

 慎重に近付いていくと。


 暗闇の中に金色の光が二つ、不意にともった。


「ナニコレ?」


 二つ並んだ光が、ぐぅーっと上に持ちあがる。

 アーシュの背を越えて、ルミリアの背を越えて。

 クラナスの背を越えて。


 一行を見下ろすような高さにまで昇って。



 そして、猛烈な咆哮が辺りに響き渡った。



 アーシュが慌てて後ろに引っ込んだ。

 ダークゾーンの闇の中から、ぬぅっと顔を出したのは。


「ド、ドラゴンだ!」


 背の高いクラナスよりも、更に大きい。

 緑色の艶々つやつやとしたうろこ、長い首、鋭い鉤爪。被膜の翼。

 金色のギラギラと輝く瞳が、一行を睨みつける。


 小型レッサードラゴンだった。


 小型、とは言ってもドラゴンはドラゴン。

 強力なモンスターであることには間違いない。

 万全でない現在の状態で戦うには、あまりにも危険な相手だった。


「クラナス、無理だ、下がろう」


 ルミリアが声をかけたが。

 クラナスは剣を構えて突撃していた。


「クラナス!」

「ルミリアはアーシュを連れて下がれ。簡単に逃がしてくれる相手じゃない」


 そう言って、ドラゴンに大剣で切りかかる。

 鋭い一撃はドラゴンの首に当たったが。


 鈍い音がして、クラナスの剣は弾き返されてしまった。


 ドラゴンが怒りの唸り声をあげて。


 クラナスに向かって、口を全開にした。


「ブレスだ!」


 クラナスの警告を受けて、ルミリアもアーシュも左右に分かれて跳んだ。

 そこを、灼熱の炎が掠める。

 ヘルハウンドのブレスなど、比ではない。

 すんでのところでかわしたが、一歩間違えばあっという間に消し炭だ。


「ルミリア、何か呪文残ってないの?」

「ドラゴンに効くような強い魔法なんて、もう残ってないよ」


 ドラゴンは上位の魔法生物だ。

 弱い呪文では傷一つ付けることができない。

 虎の子のエクスプロージョンは、アーシュを助けるときに使ってしまった。

 ルミリアの魔力はまだ回復しきっていない。


 絶体絶命だった。



 アーシュは周囲を見回した。

 ダークゾーンのせいで、目には何も見えない。

 しかし、ハーフリング特有の空間把握能力のお陰で、ある程度のことは知覚できた。


 何かないか。


 今まで、何の役にも立ってこれなかったアーシュが。

 ここでなら、何かができるかもしれない。


 どんな些細なことでも良い。

 ルミリアを。

 クラナスを。


 助けたい。二人の役に立ちたい。


 逃げるだけなのは、もう絶対に嫌だった。

 セイバークォーツを握らせてきたルミリアの顔を思い出す。


『しっかりと働きなさい』


 言われなくたって、アーシュは斥候スカウトとして雇われたのだ。

 今このときは、ボルモロスの迷宮調査団の一員として。

 必ず役に立ってみせる。


 アーシュは、広間の床に何かがあるのに気が付いた。

 ところどころに、大きなものが転がっている。


 死体だ。

 ドラゴンと戦って敗れた冒険者が、ダークゾーンの中に残されている。

 ダンジョンの掃除屋であるモンスターたちも、このドラゴンの近くまでは寄って来れないのだろう。


 何か、堅いものがある。

 装備だ。

 死体と一緒に、冒険者の装備が残されている。

 アーシュはそちらに向かって走り出した。



 クラナスとドラゴンは、一進一退の攻防を繰り返していた。

 クラナスは何とか善戦していたが。

 ドラゴンの攻撃を防ぐ盾も鎧も無い状態では、かなり不利だった。


 更に、ドラゴンには必殺のブレス攻撃がある。

 このまま体力を削られ、ブレスをまともに喰らってしまうようなことがあれば。


 その時点でクラナスはおしまいだ。


氷の刃アイスブレイド!」


 ルミリアも残った攻撃呪文で支援していたが。

 やはりドラゴンには、大したダメージは与えられていないようだった。


 もうここで、全ての魔力を使い果たすつもりで打ち込んでいる。

 しかし、ドラゴンの動きは全く鈍らない。


(どうすれば・・・!)


 ルミリアは胸元のペンダントを握りしめた。

 セイバークォーツの力は、エクスプロージョンのときに使ってしまった。

 あれだけの力をもう一度使うには、まだチャージ時間が足りない。


 何か、他に手は無いか。


 そう考えたところで。



「クラナース!」



 アーシュの声がした。

 ルミリアもクラナスも、思わずそちらの方に顔を向けた。


 ダークゾーンの暗闇を切り裂いて。

 銀色に輝く板状のものが、くるくると回転しながらクラナス目がけて飛んできた。


 クラナスは右手一本で大剣を握ると。

 高くジャンプして、左手でその物体を受け取った。


 ドラゴンが咆哮する。

 空中にいるクラナスに向かって、口を開く。

 ブレスの体勢だ。


 避けられない。


 ルミリアの背中を、ぞわっと悪寒が駆け抜けた。


 灼熱のブレスが、クラナスに向かって放たれた。

 焔が、クラナスの身体を燃やし尽くす。


 そう思った次の瞬間、クラナスの前面に銀色の光が発生した。

 クラナスが左手に持っているのは、古い大盾タワーシールド

 ドラゴンに向けられた大盾タワーシールドが光を発して。


 ブレスを完全に防いでいた。


「あれはイージスガード!聖騎士パラディンの技!」


 ルミリアは思わずその場に立ち尽くした。


 ジャスティンが使っているのを見たことがある。

 全ての攻撃を防ぐ、究極の防御スキル、イージスガード。

 それを使えるのは、王国の聖騎士パラディンだけだ。


 地面に降り立つと、クラナスはドラゴンの方に詰め寄った。

 ひるんだその頭部を、大盾タワーシールドで激しく強打する。


「シールドバッシュ!」


 そのまま、大剣で一撃。

 ぐらり、とドラゴンの巨体が揺れた。

 初めて、クラナスの攻撃が明確にドラゴンにダメージを与えた。


「クラナス、あなた」


 ドラゴンの鉤爪を、クラナスは大盾タワーシールドで防ぐ。

 そこから、流れるように大盾タワーシールドで一撃。

 更に、剣で一撃。

 攻撃と防御が一体となった、力強く、それでいてどこか優美な剣技。



「あなた、聖騎士パラディンだったの?」



 クラナスの剣技は、ジャスティンのものと寸分たがわず同じだった。

 それは、王国の聖騎士パラディンだけが扱うもの。

 そうなのだとすれば。


 間違いない。クラナスは、王国の聖騎士パラディンだ。



 アーシュがルミリアのところに戻ってきた。

 横に並んで、クラナスの戦いを共に見守る。


 大盾タワーシールドを得て、クラナスの戦い方はガラリと変化していた。

 より洗練されて、無駄の無い動き。

 ドラゴン相手でも、全く引けを取っていない。


 しかし。


「ドラゴン、あんまり弱ってないよ?」


 アーシュの言うとおりだった。

 クラナスの攻撃は、明らかにドラゴンに対してダメージを与えている。

 そのはずなのに、ドラゴンの方は少しも弱った素振りを見せなかった。


 今はまだ良いかもしれないが。

 もしこのままの状態が続けば、クラナスのスタミナ切れが問題になってくる。


 ルミリアははっとした。


「そうか、普通の武器じゃ、ドラゴンには傷が付けられないんだ」


 以前文献で読んだことがあった。

 ドラゴンを傷付けることができるのは、魔力で強化された武器だけであると。


 クラナスの持っている大剣は、確かに業物ではあるが。

 魔力を持っているわけではない。ただの剣だ。


 そういうことなら手段はある。


 ルミリアは胸元のペンダントを握りしめると。


 高々と、頭上に掲げた。


「クラナス!」


 これは本来、ジャスティンと連携するために覚えておいた、とっておきの呪文だ。

 二人の愛、それを証明する必殺技専用の呪文。


「剣を!」


 ルミリアの言葉に、クラナスは素早く反応した。




 大盾タワーシールドを手にしたときから、クラナスの中では何かが目覚めていた。


 懐かしい感じ。

 暖かくて、少し、くすぐったい。


 胸の奥にずっとしまい込んでいた、淡い光。


「クラナス」


 最初、それはルミリアの声だと思っていた。

 クラナスのことを呼ぶ、女の声。


 だが、ルミリアとは、少しだけ違う。


 勝気な所は同じ。

 強い芯があるところも同じ。


 それでいて、その声には、もっと違う何かが含まれている。


 この盾は、何を守るためのものだったのだろう。

 この剣は、何を打ち砕くために振るったのだろう。


 長い金髪が揺れて。

 尖った耳が覗いて。


 クラナスの名前を呼ぶ。


 そして、剣を掲げろと叫ぶ。


 大切な。


 彼女が。




魔力付与エンチャントウェポン!」


 ルミリアの呪文が完成し、ペンダントのセイバークォーツが光を放った。

 光を浴びたクラナスの大剣が、青白い輝きを帯びる。

 魔力の輝きだ。


 それを見たドラゴンが、咆哮を上げて飛びずさった。

 自分を傷付ける物を理解する知能は持っているのだろう。

 大きく後方に下がって。


 激しくブレスを吐き出した。


 クラナスの大盾タワーシールドが銀色に光る。

 イージスガード。

 絶対の防御をかざしたまま、クラナスは突進した。

 ブレスの中を、ドラゴン目がけて全力で疾走する。


 そしてそのまま、ドラゴンの口の中に大盾タワーシールドを押し込んだ。

 シールドバッシュ。

 強烈な一撃に、ドラゴンが思わずる。

 無防備な首元が見えたところで。


 クラナスは、大剣を大きく横に薙ぎ払った。


 魔力の付与された大剣は、ドラゴンのうろこに弾かれること無く。

 まるで、バターでも切り分けるかのごとく。


 たやすく、ドラゴンの首を切り落とした。


 首の無いドラゴンの身体は、クラナスに向かって一歩前に踏み出して。


 大きな音を立てて崩れ落ちた。




「クラナース!」


 歓声を上げて、ルミリアとアーシュはクラナスに駆け寄った。

 二人の方を見ると、クラナスはにっこりと笑みを浮かべた。


「クラナス、大丈夫?怪我はない?」


 ルミリアが心配そうに声をかけてくる。

 その言葉が、クラナスの心に染み込んできた。


 思わず手が出て。


 クラナスは、ルミリアの頭の上に掌を載せていた。



「クラナス?」



 不思議そうに、ルミリアが見上げてくる。


(そうか。四百年か)


 言われてみれば面影がある。目元も、髪の色も。


 忘れていた様々なことが、クラナスの全身を駆け巡って行った。

 彼女の微笑みを思い出す。

 最後はどうしたのだろうか。

 守ることはできたのだろうか。


「大丈夫?何か思い出したの?」


 ルミリアはクラナスの手を取って、強く握ってきた。

 そのぬくもりが、クラナスにはとても心地良かった。


「ああ、どうやら色々と思い出してきたみたいだ」


 忘れてしまっていたこと。

 忘れてはいけなかったこと。


 大賢者ルビーに託したこと。


 首をかしげるルミリアの表情が、本当に懐かしい。


「ルミリア、キミの母親の名前って、もしかして・・・」



「おーい、そこに誰かいるのかぁ!」



 突然、ダークゾーンの向こうから声がした。

 ルミリアがぴくん、と反応した。


 この声。間違いない。ああ、もう久し振り。なんて素晴らしい奇跡。


「はい、ルミリアです!ルミリアはここにいます!」


 大声で返事をして、ルミリアはきょろきょろと辺りを見回した。


「ルミリアか!ジャスティンだ。よく無事でいてくれた」


 ボルモロスの迷宮探査団の団長、聖騎士パラディンのジャスティンだった。

 強制転移テレポーターの罠ではぐれたルミリアを探して。

 ジャスティンは、ダンジョンをここまで降りて来てくれたのだ。


 喜びと感動で、ルミリアは思わず涙を流した。


「クラナス、救助が来たよ!助かったんだ」


 その顔を見て。


「ああ、そうだな」


 クラナスは、余計なことは言わないでおこうと。

 出しかけた言葉を、そっと胸の中にしまい込んだ。


 ルミリアは宮廷魔術師として、立派にやっている。

 今はまだ、見守っていれば良い。


 ルミリアが、クラナスの手を取った。

 驚いてルミリアを見下ろすと、そこにはまぶしい笑顔があった。


「さあ、行きましょう。クラナスのことを、みんなに紹介しないと」


 そうだ。

 失った時間はあまりにも大きいが。


 これから、取り戻していける。


 四百年分、ゆっくりと甘えさせてやれば良い。




「あー、このドラゴン宝箱持ってる!」


 二人の背後で、アーシュが嬉しそうな声を上げた。


 嫌な予感がした。

 ルミリアの顔が、さぁっと青くなる。

 クラナスの方を見ると、同じように強張った表情を浮かべていた。


 どうして今、このときまで大人しくしていたのに。


 ドラゴンの財宝。

 確かに魅力的だ。何が入っているか気になるだろう。

 アーシュの家族全員が、豊かに暮らせるぐらいの財宝が入っていてもおかしくはない。


 すっかり忘れていた。

 このハーフリングは、存在自体が罠なんだ。


「アーシュ、それダメ、ゼッタイ!」


 ルミリアは慌てて振り返ったが。



 *おおっと* テレポーター!

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