EX Episode 1 カフスランの収穫祭

1

 イケノスの逮捕から1か月程が過ぎ、季節は秋に移っていた。

 毎年10月中旬に、カフスランでは収穫祭が行われる。収穫祭期間中は公民すべての機関が休みとなり、公国全体を上げてお祭りに参加する習わしとなっている。

 カトリシアはこの収穫祭の季節が一年の中で一番好きだった。

―――今年の収穫祭はどんな感じになるのかしら!

 軍務省内にある自分の執務室で背伸びをしながら、カトリシアはだんだん近づいてくる収穫祭を楽しみにしていた。

 今、カトリシアはマラカノクローン事件の報告書作成に追われていた。そのため、作戦参謀という役職の響きからは程遠い仕事を日々行っていた。

「カトリシア少佐」

 ノックの音とともに、ドアの向こうから、事務係の女性の声が聞こえた。

「はい」

「公爵邸から、カトリシア少佐宛てのお手紙をお預かりしておりますので、お届けに参りました。」

 ドアを開け、彼女から手紙を受け取った。

「ありがとう、ご苦労様です。」

 頭を下げ、階下へと向かう彼女を見送り、カトリシアはドアを閉めながら手紙を開封した。

 送り主はパルカンだった。ただし、公的に公爵が用いる透かしの紋章が入った紙ではないため、友人としてカトリシアにあてた手紙だとわかった。

≪親愛なる友人カトリシア

 季節は秋になり、収穫祭の時期が近づいてまいりました。

 今回の収穫祭を、余は騎士団メンバー5人と楽しみたいと思っています。是非、当日公爵邸で収穫祭を楽しみませんか?

 ついでに、公爵という立場を忘れて街中で収穫祭を楽しみたいので、知恵を貸してください。

 それでは

                                             カフスラン=パルカン≫

―――相変わらず、パルカンらしい手紙ね。さっぱり塩味って感じだわ。

 パルカンがプライベートの用事でカトリシアたちに送る手紙は、味も素っ気もない、シンプルすぎるほどシンプルな文面だった。

―――・・・って、ちょっとまって。最後の一文・・・『公爵の立場を忘れて、収穫祭を楽しみたいので知恵を貸してください』って、どういうこと?

 いまいちパルカンからのお願い事が理解できなかったカトリシア。

―――まあ、いいや。明後日の“定例会”で聞けばいいや。

 定例会とは、一か月の間に数回行われるメンバー揃ってのご飯会のことである。今度の定例会は、公爵邸で開かれる晩さん会の前に行われる。

―――まず、報告書を整理しないとね。事件の規模が大きかっただけに、後始末が大変だわ。

 机には事務書類が山積みになっていた。これを片付けなければならないのかと思うと、気が遠くなりそうだった。

 報告書には、あの事件の後、クローンがどうなったとか、イケノスが何を証言したとか、マラカノの被害状況の程度などが書かれていた。


「ただいま~」

 カトリシアは自宅に戻っていた。

「おかえりなさい。お勤めご苦労様。」

 母親のパトリシアが温かく娘を出迎える。

「ねえ、今年の収穫祭はカトリシアはどうするつもりなの?」

「私はパルカンを含めた騎士団メンバーで参加するつもりよ。」

「あら、そうなの?」

「何か問題でもあるかしら?」

「いいえ、そうではないけど、あなたがお友達と収穫祭に参加するなんて珍しいじゃない。」

「そう?私はフロリアとよく参加していたと思うけど・・・。」

「あれ、そうだったかも。」

「お母様は私がよく一人で遊びに行っているからそう思っているだけよ。収穫祭の時はお友達と行くわ。」

「ならいいんだけど。きちんとお友達と交流することも覚えてね。」

「わかっているわ。」

 母親は一人っ子のカトリシアが、人付き合いを苦手にして孤独にならないかが心配でしょうがなかったのだ。

「おう、カトリシア。おかえりなさい。」

 父親のプロシュテットが自室から出てきた。

「只今帰りました、お父様。」

「例の事件の後処理が大変か?」

「ええ、事件の内容が内容だけに。」

「そうか。結局生き残っていたクローンはどうなったのだ?」

「国家転覆罪で全員処刑したそうです。マラカノ暫定政府からの強い圧力で裁判所が政府からの要請通りの形で解決させたようです。ある意味、合法的にクローンを抹殺した感じです。」

「カトリシアも怖い言い方をするな。ま、確かに“合法的に抹殺”と言えるだろうけどね。」

「ええ、確かに彼らはイケノスと共謀して国家転覆をはかったといえるでしょう。ですけど、実行部隊であるクローン人間は処刑されて、それらを操っていたイケノスは未だ裁判が始まっていません。どう考えても、正当なやり方で解決しているとはいいがたいと思いますが。」

「そうかもしれんが、これまでクローン人間を作ったことはおろか、そのクローン人間が我々の管理の手を離れて暴走したこともない。それに対して私たちがどう対処しなければならないのかも未知の世界だ。仕方がないといえば仕方がないだろう。」

「そうかもしれませんね。」

「もう~、家に帰ってまで仕事の話をしないでちょうだい。私が作ったご飯がおいしくなくなっちゃうでしょ!」

 そういって父娘の会話を遮ったのは、フリメラだった。彼女は今、エレン家の家政婦として働いている。フリメラは、自分をかくまい、さらに今回の事件を解決してくれたプロシュテットとカトリシアに大きな恩を感じ、エレン家で家事を行うことでその恩に報いたいと申し出た。彼女の新しい生きがいとなればと、プロシュテットは彼女の申し出を快く受け入れたのだ。

「すまないな。さ、ご飯だご飯だ。」

 こうして、今日のエレン家の夕ご飯が始まったのだった。


2

「ねえカトリシア?」

「何フロリア、そんな気持ち悪い笑顔を浮かべながら私に何が聞きたいのかしら?」

 翌日、訓練状況報告のために軍務省にやってきたフロリアと共にカトリシアは省内の食堂で昼食を取っていた。

「もう、棘のある言い方するんだから!」

「フロリアがそんな表情をしながら私に何かいいことをしてくれたことなんて今までにあったかしら?」

「あるわよ。1つくらいは。」

「そうだったっけ?」

「ねえねえ、それより、カトリシアは収穫祭でさ、どんなタイプの王子様探すの?」

「は?」

「だから、待ち人のタイプ!」

「待ち人?私、誰か待たせてたかしら?」

「カトリシアからの愛を待っている人はたっくさんいるよ!だって、カフスランの美人条件兼ね備えている、公爵直属騎士団長よ!カトリシアが付き合ってください、っていえば全員が快諾するよ!」

「・・・はい?」

 この美少女エリート軍人には、こういうたぐいの話題はこれっきし通じない。フロリアが諦めてストレートに尋ねる。

「だーかーらー!カトリシアの好きな男性のタイプ!!」

「私が誰かを好きになると思う?」

「もう~。カトリシアってほんとそういうことに興味ないのね。」

「だって、労力の無駄じゃないかしら?私はこれでも貴族の身分。貴族に生まれし女は、お父様からいわれた通りの結婚をするのよ。仮に誰かを好きになったって、それがお父様からの旦那様じゃなければ結婚は許されないのよ。無駄じゃない。」

 フロリアは、プロシュテットにそんなことをするつもりがないことはよく知っていた。いつしか、カトリシアの家に遊びに行ったとき、そう話していたのを覚えている。

―――カトリシアには自由な恋愛をさせてやりたいんだ。貴族に生まれたからって、恋愛の自由も許されないなんてことはあり得ない。だが、カトリシアはまったくそのけがない。せっかくパトリシアから美人の要素を受け継いだのに、だ。フロリア君、なんとかカトリシアに自由な恋愛をさせてあげてはくれぬか?

 これを言われたのはカトリシアと友人になってすぐのことだった。そんなことを娘の友人に頼む父親っていうのもどうなのだろうか、と言われた時には思ったが、カトリシアと付き合っていくうちに、父親がそうやって必死になるのもわかるくらい、カトリシアにはその意思が微塵もなかった。こんな子が世の中いるんだなと驚いたくらいだ。

「ほんとにカトリシアにはそういう感情がないのね。」

「そんな感情は、陸軍の訓練地においてきたわ。」

「訓練地においてきたって、訓練地にいったのって確かかなり昔よね?」

「ええ、フロリアと知り合う前よ。」

「あのさ、カトリシアに聞きたいんだけどさ」

「何かしら?」

「カトリシアってさ、本当に女子なの?」

「あら、失礼ね。お風呂に何回も一緒に入っているでしょ?私の体の構造は、どうみても女子でしょ?」

―――よく知ってる。こんなに恋愛に興味がないくせに、スタイルはいいのよね。胸も私よりあるし!世の中絶対不平等!

「ええ、知ってる!」

「何を怒ってるの?」

「怒ってるんじゃないの!嫉妬してるの!」

「私の何に対して?」

「言わない!」

―――何を怒ってるのかしら?

 まさかフロリアが自分のスタイルに嫉妬しているなんてまったく気が付かないカトリシアはフロリアが拗ねてしまった理由が全くわからなかった。

「ところでさフロリア、マラカノの件なんだけどさ・・・。」

 真面目な話題を切り出すカトリシアに、フロリアは待ったをかけた。

「あのさ、明後日から収穫祭よ。明日から軍務省はお休みでしょ?お祭り前に仕事の話はやめようよ~。」

「明日から休みだからこそ、今仕事しなければでしょ?」

「カトリシアは真面目なんだから。今日まじめに仕事している職員なんていると思う?」

 収穫祭期間になると、公国全体がお祭りムードになる。今日はそのお祭りに備えて、仕事をセーブするのが公国民にとっては常識だった。実際、軍務省の職員も午前中に仕事を切り上げ、退省した者もいるし、上司もそれを認めている。

「みんながそうしてないからって、自分もそうしていいわけじゃないわ。確かに明後日からは収穫祭よ。でも今日は関係ない。今日はお仕事をする日でしょ。仕事をする日はしっかり仕事しないと。」

「固いな~」

「だいたい、そうやって職員が早々にいなくなっちゃうから、私の仕事が進まなくて困ってるのよ。書類提出手続きをしようと思ったら、事務課の職員はほとんどいなくて、できなかったんだから!」

―――よりによって今日しなくたって・・・。

 苦笑するフロリア。しかし、カトリシアはカンカンのようだ。職員がいないせいで自分の仕事が進まないイライラをフロリアにぶつける。

「国連に提出するための書類を仕上げたっていうのに、提出手続きはできないし、活動報告だって仕上げたのに提出できないし、フランクとのレアアース取引に関する事項を渉外課に尋ねようと思ったら職員はいないし・・・いったいどうなってるのよ!」

 国連提出書類や活動報告書の提出期限は一か月先。普通の人なら事件終結後から書き始めてその両方が現段階で提出できる状態にあるなんてことはありえない。カトリシアの仕事の早さに感激するとともに、真面目すぎるカトリシアが心配になる。

「それはカトリシアの仕事が早すぎるの。提出はまだ先なんだし、いいじゃない。」

「そういう油断が、大きなミスを招くのよ。まだ先だからって高をくくっちゃだめよ。」

「そうだけど・・・。まあ、いいじゃない。」

「よくない!」

 そう言いながら、昼食のクロワッサンをガブガブと食べるカトリシア。

―――カトリシアって、こんな真面目すぎる人生を歩んで、つまんないな~とか思ったことないのかな?

 生真面目な親友を見ながら、フロリアはそう思ったのだった。


 今日の退省時間は17時だった。カトリシアは17時までにできる最大限の仕事をし、17時になると仕事を切り上げた。

―――終わったー!明日から収穫祭休日!

 騎士団メンバーが集まるのは実に2週間ぶりだった。みんなが何をしていたのか、ずっと気になっていたカトリシアにとって、皆に会えることはとても楽しみなことだった。

 帰ろうと立ち上がった時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「はい?」

 ドアを開けると、そこには父親のプロシュテットが立っていた。

「お疲れ様、カトリシア。まだ退省していなかったのだな?てっきり帰ったのかと思っていたが・・・。」

「今日の勤務時間は17時まででしょ。ほかの職員とかは早々に帰ったみたいだけど、私はそんなことは致しませんわ。そういうお父様だって。」

「ははは。やっぱり親子なのかな。家まで送ってやるよ。」

「ありがとうございます!いましたく整えますね。」

 そういってエレン親子は仲良く退省した。

 自宅までの車の中で、プロシュテットはカトリシアに収穫祭はどうするつもりなのかを尋ねた。

「騎士団メンバーと一緒に参加するつもりよ。パルカンも一緒。」

「公爵と一緒に参加か。カトリシアも随分とすごい立場になったな。」

「お父様がすごい立場にさせたんじゃなくて?」

「父さんがしたわけじゃないさ。軍務省の上層部がカトリシアなら務まると思ってそうしたんだ。」

「私、公爵直属騎士団の団長として、務まっていると思いますか?」

「父さんは務まっていると思うよ。だけど、それを評価するのは公国民だ。父さんじゃない。公国民からの評価が得られなければ、意味はないんだ。」

「ええ、そうですわね。」

 大きなプレッシャーに耐えて、娘は頑張っていると思っていた。素直にほめてあげたいが、負っている責任も重い。その責任の重さを忘れさせないために、プロシュテットはあえて厳しい言葉を娘にかけた。


3

 翌日。収穫祭前日。

 今日は公爵邸にて開かれる晩さん会に出席する予定だった。

 カトリシアは、騎士団メンバーと顔見知りの軍務省幹部しか来ないとはいえ、公爵邸で開かれる晩さん会なので、陸軍軍人であるカトリシアにとっての正装である軍服で行こうと考えていた。

 ところが、朝起きてみると・・・

「ちょっと、なにこれ!!」

「カトリシア用に用意したドレスよ。今日、公爵邸の晩さん会でしょ?女の子なんだから、それらしい服装をしないとダメでしょ?」

「まって、お母様。公爵邸の晩さん会よ。しかも、私にとっての正装は軍服だわ。こんな服装を着て行けるわけないでしょ!?」

「でも、参加するのは騎士団メンバーと軍務省の幹部さんが参加されるのでしょ?少しでもかわいい服装でお婿さん候補でも捕まえてきたらどう?」

「合コンじゃないのよ!そんな男あさりみたいなこと、私がするわけないでしょ!!」

 カトリシアは突然母親が用意したドレスを着ることを頑なに拒んだ。

―――こんな格好をしていったら、私はみんなになんて言われるのかしら・・・。

 カトリシアはこれまで、ドレスといったいわゆる“典型的なお嬢様”みたいな服を着たことがなかった。どちらかというと、男性らしい服装が多かった。

「とにかく、私は軍服で行きます。こんな服は着れないわ。」

 そういって自室のクローゼットを開けたとたん、カトリシアは絶望に暮れた。

―――軍服が・・・ない!

 公爵への公的謁見などに使う正式な軍服が入っているはずのクローゼットに、それが入っていなかったのだ。

「ああ、その軍服なら、今クリーニングに出しているわよ。」

「そんな・・・。」

 カトリシアには、母親が用意したドレスを着る以外の選択肢がなかった。


「似合っているじゃないか。」

 父親のプロシュテットが、自分の娘が女の子らしい服装をしているのを見て、称賛の声を上げる。

「やめてください、お父様。」

「さ、カトリシア。車は手配してありますから、そのまま公爵邸へ行ってらっしゃい。ほら、恥ずかしがらないで!」

 そういってフリメラはカトリシアを玄関先へ付けたハイヤーへと誘導する。

―――もう、なんでこんな格好をしなければならないのよ!!


 公爵邸へは、お昼過ぎに着いた。

 晩さん会までは時間があったが、その時間を使って騎士団メンバーだけでお茶をする約束をしていたのだ。

「おうカトリシア。なかなか気合が入った服装ではないか。」

 パルカンが直々にカトリシアを出迎えた。

「やめてパルカン。私すごく恥ずかしいのだから。」

「ははは。これでわが騎士団の男性陣も悩殺されるな!」

「茶化さないで!!」

 いじればいじるほどかわいらしい反応を示すカトリシアを若干楽しそうにもてあそぶパルカン。パルカンは騎士団メンバーが待つ応接室へカトリシアを誘導した

「ささ、カトリシア嬢がご到着されましたぞ~」

 そういってパルカンが恥ずかしがっているカトリシアをメンバーの前へ押し出した。

「ああー!すごいじゃん!!」

 フロリアが感嘆の声を上げる。男性陣は、その美しさにため息が出る。

「似合ってるよ、カトリシア!なんで今までこういう恰好しなかったのよ~」

「うるさい!!」

 顔を真っ赤にして恥ずかしがるカトリシア。

「ほら、カリウスもなんか言ってやんなさいよ!」

 反応に困るカリウス。

 カトリシアが来ていたのは、薄ピンク色のドレスだった。普段のカトリシアは暗い色の服を好んで着るため、こんな明るい色を着ているカトリシアは珍しかった。

「なんでその色にしたの?」

「私が好んでこんなの着るわけないでしょ!お母様に無理やり着させられたのよ!」

 フロリアはきっとカトリシアのお母様はせっかくの公爵邸での晩さん会だからとっておきのドレスを着させてあげたいと思ったのだろうと思った。

 しかし、ここまで赤面したカトリシアは珍しい。メンバーが全員でカトリシアをいじる。

「普段もそうやって女の子らしくしてりゃいいのに。そのほうがモテるぞ。」

「違いますよ、カトリシア嬢はそうじゃないところが魅力なんですから。」

「2人ともうるさい!」

 こんな他愛のない会話をするのはいつぶりだろうか。とっても久々な気がする。そんな会話ができるような状況になったことにカトリシアはうれしく思った。

 ここ最近、歴史上なかった騒動が起きていて、騎士団メンバーに会っても事件の話ばっかりで、気が休まらなかった。平和な日々が過ごせていることに感謝するカトリシアだった。

「さ、メンバーもそろったことだし、メンバーだけの昼食会をしようじゃないか。」

 そのパルカンの発言を合図に、応接室に次々と料理が運ばれてきた。

「おお、うまそうじゃないか!」

 カリウスが感嘆の声を上げる。

「公爵邸で収穫祭を迎えるなんて、一年前には考えてもいませんでしたね。」

 感慨深そうにバスティーニが言う。

「そうだね。まさか公爵直属の騎士団に所属するなんて思ってもいなかったしね。」

 そういいながら、フロリアはすでに料理に手を出している。

「フロリア、顔見知りしかいないからって、下品な食べ方しないでよ」

「もう、カトリシアは私のお母さんじゃないんだから!いわれなくてもしないわよ!」

 そういいながら、フォークに刺した牛肉のステーキを直接口に運ぶ。

「ほら!ちゃんと取り皿使って!食べるときは手を添えるの!!」

「あーごめんごめん」

「ほら、言わんこっちゃない!公爵直属の騎士団は貴族階級扱いなのよ。晩さん会では絶対しないでね。」

 そういいながら、カトリシアは上品に料理を口に運ぶ。

「女子は大変だな~。飯食うのにいろいろ気を使わなきゃならないなんて。」

「男性だって食べ方あるのよ。」

 生まれながらにして貴族階級のカトリシアにとっては当たり前のことが、ほかのメンバーにおいては当たり前じゃないのだ。いや、彼らも貴族階級の家柄なのだが、カトリシアの母親が作法に厳しい人だから、カトリシアがそうなったというのが正しいのだろうか。

「まあまあそうここでは固くなるな。カトリシアも大目に見て。」

 きりきりしているカトリシアをパルカンがなだめる。

「甘いわよ。こういうところですらできないのなら、晩さん会でも絶対できないわ。」

「そなたは厳しいなあ。」

 

「ねえカトリシア、明日はどうするの?」

 食事を済ませ、メンバーはお茶を飲んでいた。男性陣はトランプゲームに興じていた。

「みんなと一緒に屋台回ろうかな~って思ってたわ。フロリアは誰かにあったりする予定があるの?」

「ううん。カトリシアは何かやろうとか思ってたのかな~って思って。」

「私、明日はあんまり素顔をさらさないほうがいいかしら?」

「どういうこと?」

「この前の公爵会見の時、私思いっきりテレビに映っちゃったじゃない?なんかいろいろ言われるかな~って思って。」

「それってメディアの取材とか。」

「そう。まだあまり詳細を明らかにしていないじゃない。いろいろ聞かれるのやだな、と思ってね。私が気にしすぎかしら?」

「たしかに、テレビの人ってしつこく聞いてくるからね。そういうのにあたったら嫌だね。」

「どうしよう・・・着替える時間あるかしら?」

「パルカンに服借りれば?」

「私たちが来ているようなものをパルカンが持っていると思ってるの?」

「あ・・・そっか。」

 公爵直属の騎士団のメンバーの顔は今や、公国民はみな知っている。これだけ華々しく活躍をすれば、自然とメディアへの露出も増えるため、顔が割れてしまう。軍務省から自宅に戻る時ですら、カトリシアは周りを必要以上に気にしながら歩いているのだ。

「なんでテレビの人ってあんな失礼な聞き方してくるのかね?」

「彼らにとってはそれは正義感に基づいた行動なんじゃないかしら。あらゆる情報を手に入れ、それを自分たちが伝えやすい形に改変して伝えて、人々の関心を引くっていう正義感。そうすることで真実がわかるって思ってるのよ。何か哲学があってやっていることじゃない。すべての価値基準はいかに注目を集められるかってことしかないのよ。だから、強引な形で私たちに聞いてくる。そういう生き物なのよ、彼らは。」

 カトリシアはマスコミが嫌いだった。礼儀も知らず、自分たちのところに突撃取材してくる彼らが嫌いだった。

「ま、何かあれば蹴りでも入れればいいんじゃない?」

 半分冗談のようにフロリアが言う。

「そんな勇気、残念ながら私にはないわ。」


 時間は18時になり、晩さん会の時間となった。

「これはこれは、カトリシア少佐。ずいぶんとおきれいな姿で。」

 軍務省の上官がカトリシアのところへ挨拶に来る。少佐で作戦参謀という立場にいるカトリシアへ頭の上がらない軍務省関係者は多い。現在の軍務大臣マリド=パレンシュタインが中佐で大臣に選出された事実を踏まえれば、その一つ下の少佐がどういう立場になるのかは、お分かりであろう。

 カトリシアの元へ挨拶に来るのは、各師団長の面々だった。師団長にとって、作戦参謀は頭の上がらない存在だった。

「うちの師団に来たときは、どうぞよろしくお願いいたします。」

 そんな光景を見ながら、カリウスたちはカトリシアのすごさを感じていた。

「すげーな、軍務省の中でもけっこうなお偉いさんがカトリシアに頭下げてるよ。」

「カトリシア嬢の少佐という立場や作戦参謀という肩書があるから、というのもあるんでしょうけど、恐らくはその後ろに控えている父親であるエレン=プロシュテット氏を意識したものではないでしょうか。カトリシア嬢からプロシュテット氏へ悪いうわさが流れると、自分たちの軍務省における立場が危うくなりますからね。」

「カトリシアのお父さん、軍務省じゃすごい立場の強い人だもんね。」

「ええ、彼に逆らえるものはおそらくいないでしょう。」

「なんか、きたねえ大人の世界、って感じだな。」

「そこへ、公爵と交流があるとなると、カトリシア嬢はそういった大人たちにちやほやされるでしょうね。」

「でも、カトリシアの性格考えると、そんなことで何かするようには到底思えないけどな。」

「私にはわかるわ。今のカトリシアには感情が一つもないことが。ほら、あの目元の死んだ顔。」

「あ~。」

 カトリシアのぶっきらぼうな表情には、感情が一切のっていなかった。この半年間濃い時間を共に過ごしてきた騎士団メンバーには、それがすぐに分かった。

「カトリシア参りは、終わりそうか?」

 パルカンがカリウスたちに声をかける。

「カトリシアのためにも終わらせてあげてくれ。」

「ははは。そういう言い方もできるか。」

「あ、カトリシアがこっち来るわ!」

 カトリシアがメンバーのところへやってきた。

「やっと終わったわ~。もう何なのかしら!みんな私にいい顔しようとして!何もないわよ、私にいいことしたって!」

「お前、顔死んでたもんな。」

「嫌になるわよ。思ってもいないお世辞を私にたらたら言ってきて!」

「お父様も偉大な方ですからね。」

「ええ、わかってるわよ。彼らの狙いはお父様だってことくらいは。だから余計に腹が立つのよ!」

「大人ってヤだな~」

「カリウス、私にワイン持ってきて!」

「へいへい。」

 カリウスがテーブルにワインを取りに行く。

「そろそろパルカン、あいさつした方がいいんじゃない?」

「そうだな。余の仕事をやらなければ。皆も楽しんでくれ。」

 そういってパルカンは壇上に上がった。

「ほい、カトリシア。ワイン持ってきたぜ。」

「ありがとう。助かるわ。」

 パルカンが挨拶を始める。

「本日はこのめでたい祭日の前日に、こうして盛大な晩餐会を開け、またこうして多くの方々の出席を頂き、感謝する。」

 パルカンが堅い挨拶を続ける中、カトリシアは不審な動きをする人物を見つけた。

―――妙ね、公爵が挨拶をしているっていうのに、壇上を見ないでずっと後ろばかりを気にしているわ。いったい何者?

 その人物はずっと晩餐会が開かれている会場の奥の方を見つめていた。

「ねえ、カリウス」

「何だよ、今度は。」

 振り向いてカトリシアの顔を見た瞬間、カリウスは他愛のない会話ではないことを察した。

「今、銃は持ってる?」

「当たり前だ。」

「あの、右後方にいる人物、怪しくない?」

 カリウスが食事をするふりをして、スプーン越しにその人物を見る。

「ああ、怪しいな。1人だけ、むいている方向が違うぞ。やつの目線の先には、監視カメラがある。もしかしたら、そのカメラを狙っているかもしれねえな。」

「何のため?」

「それはわからねえ。ただ、監視カメラを撃ち抜けば、警備室にこの部屋の様子は一時的に映らなくなる。この部屋の監視カメラはあの一台だけだ。その一瞬はやつのやりたい放題だ。狙いが何かはわからねえが、極めて危険な状態になるな。」

「いざとなれば、対処しましょう。」

 そんな会話をしている間に、その人物がジャケットの胸ポケットに手を入れようとした。

「カトリシア」

「ええ。私はいつでも大丈夫よ」

「頼む」

 カリウスは腰のホルダーの中にある拳銃に手を添える。

「それでは、これで私の挨拶を終える。皆、各々晩さん会を楽しんでくれ。」


 パルカンの挨拶の終了が、新しい事件の始まりとなった。

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カフスラン公国戦記「聖霊ベルテシャツァルの黙示録」 柊木まもる @Mamoru_Hiragi

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