第33話 目指すは南。

 佐瀬・利里と別れた俺は、東へ飛行して予想通りものの数分で町に到着した。しかし俺が編み出した空を飛ぶこの技だが、着地が案外難しい。簡単に言うと、意図的な減速が出来ない。

 自分の前方で魔力球を破裂させてしまうと、確かに減速はするものの、それによって体勢が激しく崩れてしまうため、それはもう酷い着地になってしまうのだ。だから着地の際は減速しようとはせずに、とにかく魔力球の生成を止めて地面を滑って止まるのが一番安全な着地方法なのである。


 ……うん、何だこの蛇足な説明は。


 取り敢えずそんな感じで町にやって来た俺は、まず最初に食事処へ向かった。正直言って、地図を探すのなんぞは後回しで、とにかくそのときは飯が食べたかった。俺にとって二年ぶりの食事は想像を絶する満足感を俺にもたらした。 

 きっと料理が特別美味かったとかそういうのではないと思う。が、とにかく嚥下えんげしたものが食道を通って胃に落ちて行く感覚は格別だった。生きててよかったと心の底から思ったものだ。きっと絶食修行を終えた後のお坊さんも、あんな感じだったんだろう。いや知らんけど。


 きっと、たらふく食べて店から出てきた時の俺は、相当幸せいっぱいなヤバい顔をしてたんじゃなかろうか。どれぐらいヤバいかっていうと、ヤバすぎて思わず《矢》を買っちゃうぐらい。ヤバい! ……テンション高ぇな俺。

 とまぁそんなこんなで、俺は今、道具屋に地図を買いに来ているところだ。結構大きめの店なので地図も色々あるに違いない。


「すいません、地図ってどこに置いてありますかね?」


 カウンターの向こう側に座っていた店主の太めなおじさんに声をかけると、鼻下の巻きひげを指で触りながら店主が重そうな腰を上げた。


「ええと、ここら辺の道でしたらば、わたくしが教えて差し上げますが……」

「あーいえ。そういうんじゃなくて、もっと大きい奴が欲しいんです。国全体の地図……みたいな」

「ああ、なるほど。それでしたら奥の棚にございますよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 短いやり取りを交わしてから、言われた通り店奥の商品棚の前へ行くと確かに幾つか地図が置いてあった。取り敢えずそれを全種類手に取ってレジへ向かう。店主が、料金の計算をしつつ尋ねてきた。


「どこへ向かわれるんです?」

「アトラールです」


 そのとき唐突に店主の視線が、まるで獲物を見つけた猛禽のように鋭いものに変化した。すっと目を細めて何かを探りを入れるように質問する。


「お客さん……アトラール人なんで?」

「え……いや……」

「それは良かった。もしアトラール人ならお客さんを通報しなければならないところでしたよ。ところでお客さん、今アトラールは帝国との戦争状態にあるのはご存知で?」

「戦争……」


 おいおい、俺がいない間に何があったんだっつーの。前々から両国が敵対関係にあったってのは、本かなんかで読んだから知ってたけど……。


「まぁあまり心配することも無いでしょう。ここからだと馬車でも三週間はかかる距離ですし、その頃にはきっと戦争も終わって、アトラールも帝国の一部になっていますよ」

「……しかし以前、アトラールとノーザリアの軍事力はほとんど拮抗していると聞きましたが……」

「単純な兵力で言えばそうかもしれませんが、帝国には《奥の手》もあるそうですし、万が一にも負けることはあり得ないでしょうね」


 お、おお……凄い自信だな……。まぁ勝てる確信が無かったらわざわざ侵略戦争を仕掛けたりなんてしないんだろうけど。

 それにしても戦争か……。

 普通に考えて、窓の使徒である朝妃も駆り出されている可能性は極めて高い。しかし俺でさえ人間に剣を向ける事に抵抗があるのに、あいつが人を殺せるはずがない。戦場で無抵抗とか、的もいいとこだ。


 ――早く帰らないと。


 こうなったら睡眠時間すら惜しい。景色を眺めながらゆったり帰ろうかとも思っていたが、やめだな。

 俺は買ったばかりの地図をカウンターの上に広げた。

 国境までは大体2000キロ。アトラール王都までは更に500キロあると考えて、俺のスピードなら一日あれば行ける。もちろん寝ずに飛び続けられればの話だが。いくら膨大な魔力があれど、一時間もつかどうかといったところだろう。


「すみません、魔力薬って置いてますか?」

「ええ、勿論ございますよ。いくらお持ち致しましょうか?」


 尋ねられた俺はウィンドを開いて素早く操作すると、金貨が大量に入った巾着袋をドンッとカウンターに置いてみせた。


「あるだけ全部、お願いします」

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俺たちの異世界生活は『強さ』の追求とともに。 たびびと @tabibito

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