1.就職

俺の傍で喧しく騒ぎ立てる3人は、まるで運動会で我が子を応援する父兄の様な迫力だった。

しかし、どう見積もっても健気な勇者一行を応援している風ではない。

その視線の先は、明らかにガッツンガッツン攻撃し始めたドラゴンに向いていた……。


一頭のドラゴンが大きく息を吸い込むと、勢いよく首を振り下ろし口から炎を吐いた。

一直線に伸びていく炎は、勇者の後ろにいた一人の従者を直撃し、その身体ごと岩壁に叩きつけた。


「ぐはっ」


そのまま倒れこむ従者。駆け寄る仲間……。


……


何あれ?ワイヤーアクションでもないよ……。

一直線に溶けた地面の跡と俺の前髪を揺らす熱風が、ゲーム画面を見る感覚の俺の意識を律した。

これ……マジ?


「くっ。これは歯が立たん! せめて、一体だけでも……!」


先頭の勇者は3頭のドラゴンの猛攻を掻い潜り、手にした大剣に向かって何かを呟いた。

突如、光りを放ち始めた剣を構えると、勇者は一頭のドラゴンに斬りかかった。


「刮目せよ! 亡き父が残した最終奥義! ファイナルディナーレディ!」


おおよそ人間の域を超えた高さのジャンプで舞い上がった勇者は、閃光と共にドラゴンの喉元に渾身の一撃を入れた。


グオオオオオ


「フランボワァァアアアズ!!」


悲痛な声をあげる一頭のドラゴンと、俺の横の女性……。


「あれは深くいったな……」

「油断ですね。やはり、メスはいけませんな」


おいおい……。

本当にこの人たちはあのドラゴンの……飼い主?

ということは、勇者の敵ということで……。

ということは、さっきのどう見てもラスボスな方の仲間ということで……。


俺の背中に嫌な汗が流れる。


眼下の勇者は荒い息をしながら、手負いのドラゴンを睨みつけている。


「これ以上は危険ですっ。一度出直しましょう! 首都ギルド、メインゲート開!」


ローブ姿の従者が息も絶え絶えに叫ぶと、その足下の地面に大きな光の円が出現した。

勇者たちは残る2体に気を配りながらその輪に入ると、陽炎の様に輪郭をぼやかした。


「次は……次は必ず倒してやるからなっ! ガイナ!!」


勇者は、剣の切っ先をドラゴンたちの奥に向けながら声を張り上げると、揺らめく光の中に消えていった。


………………


「さて、行きますか……」


俺の隣りで騒いでいた3人が、吠え疲れた犬の様な顔で歩き始めた。


「え? どこに?」

「どこってオメェ。ガイナさんのとこに決まってるだろ」

「ガイナ……さん?」


固まった俺を見て、目の前の3人は『何を言ってんだコイツ?』みたいな顔をしている。

まてまてまて。

どう見てもこの3人は俺と同じ人間の様だが、あの邪悪の塊みたいなヤツの仲間でもあるらしい……。

もう絶対、ヤバイ人たちじゃん!


「そういやアナタは何ですか? 今日は見学ですか? そういえば、まだ会社名を聞いてなかったですね」


会社!?いや、俺はまだ無職だけども……じゃなくて!

これは早々に距離を置かないとマズイ。

とりあえず話を合わせて……。


「ぁ、そうそう……見学です。いやぁ、いいものが見れました。では、失礼致しますー」


上体を腰から30度前へ傾けて3秒。背中が丸くならないように気を付け、目線は相手の足元。

……文句の付けようがない、洗練された面接退室時のお辞儀を繰り出した。


「お、おう」


よし、ひるんだ!

俺は、そのまま踵を返し……


走った!


「おいっ、どこ行くんだ!?」


後ろから聞こえる声を無視し、薄暗い中 石畳を蹴り上げて駆けた。

『しかし、回り込まれてしまった』なんて事の無いように祈りながら、次々に出てくる分かれ道を、右へ左へと突き進んだ。


なんだここは!?まるで迷路みたいだ!


はぁ……はぁ……


息が上がってきた頃、明るい大きな広間に出た。

その中心には、光を放っている円が模様と共に浮かび上がっている。

これは……さっき勇者一行が消えていった時と同じ……。


「はぁ、はぁ……魔法陣?」


ゲームのダンジョン内でよく見るアレ……。

これに入れば、ここから出られるのか?

見渡せば、広間には入ってきた入り口以外に道が無い。


「入るしか……はぁ、はぁ……ないか……」


俺は、意を決して光る円の中に入った。

光が渦巻き体を包み込んでいく。

その眩しさに思わず目を瞑った。

………………


目を開けると、そこはまだ薄暗い場所だった。

しかし、明らかにさっきまでの広場ではない。


キーキーッ


なぜって、部屋中にネズミらしき生物が走り回っているからだ……。

足元で光っていた魔法陣も無くなっている。

俺は怪しく光るネズミの眼を見て呟いた。


「レギオンラット……」


RPG後半に出てくる、集団のネズミの魔物に似ている気がする……。

あいつらは一匹倒しても次から次に沸いて出てくるので、一気に全滅しないとキリが無かったような……。

実際、目の前のこいつらもウヨウヨと床を走っている。


キュイーーー!


突然、ひと際かん高い鳴き声が耳に飛び込んできた。

驚いて声のする方を振り返ると、そこには『ネズミの塊』があった。


キュイーーー!


……違う。

よく見ると、たくさんのネズミが何かに群がっているようだ。

鳴き声はその中心辺りから聞こえてくる。


(き、気持ち悪い……)


部屋中のネズミたちが、獲物に群がるアリの様に一箇所に移動している。


キュイーイ!


『ネズミの塊』が震える。

するとその中から、長い首と綺麗な紅い眼が覗いた。

それは一瞬だったが俺と目が合い、また埋もれていった。


「うっ……」


なぜか胸が締め付けられた。


いや……

あの鳴き声。

あの眼差し。

……分かる。助けを求めている時の動物の目だ!


しかし、この数のネズミ……俺にはどうしようもない。

そして俺の予想が正しければ、こいつらは普通のネズミより強暴だ……。

可哀相だが、自然はいつだって残酷だ……。許してくれ……。


俺はネズミの動きを警戒しながら、部屋の片隅にある出口に向かって足を忍ばせた。

途中で一匹踏んで噛み付かれそうになったが、何とか出口付近まで辿り着く。


危ない危ない。

命あってなんぼだよ……。

ん?俺、一度死んでるんだっけか?


安心して部屋を去ろうとした、その時


キュィイイイ!!


痛みを堪える様な悲痛な鳴き声が、俺の足を止めさせ、心をえぐった。


「いや、ダメだって……」


― 鼓動が速まる


キュィイイイ!!


「ムリに決まってんじゃん……」


― 足が震える


キュィイイイ!!


「放っておくしか……」


キュ、キュィィィ……


「ッ!!」


俺の足はいつの間にか駆け出していた。

消え入りそうな声のする、

塊の中心に向かって。


怖いとは思わなかった。

ただ、なぜか『助けなければ』という一心で、群がるネズミを掴みあげた。

張り付いたネズミが歯を光らせながら、捻り上げた腕に噛み付いてくる。


「イッテ! クッソ……」


こんな痛みを、さっきからコイツは受け続けてるんだ。

そう思うと、ただただ焦燥感に駆られ、痛みは麻痺した。

子犬ほどもあろうかというネズミ共を、傷だらけになる手で一心不乱に掴みあげては投げ飛ばす。


しだいに数が減り、中の生き物の顔が出てきた。

その澄んだ紅い眼は憔悴していたが、俺を視界に捉えて生気を少し取り戻した様に見えた。


キュィ……


「もう少しだ! もうちょっと頑張れ!」


俺は足元のネズミを蹴り上げると、強引に中の生き物の首根っこ?を掴んで引き寄せた。

手に爬虫類を触るような、ひんやりとした鱗の感触が伝わる。

動いた拍子に背中から転げ落ちたネズミの下から、小さな白い翼が見えた。


これは……


ネズミを振るい落としながら、俺の腰くらいの丈の生き物が姿を現わした。

紅い眼の下から突き出た鼻と口は、浅い呼吸を繰り返している。


これは……竜?小柄だが……子どもか?


ドドドッ


突然の地鳴りに顔を上げると、放り投げたネズミたちが数を増やして部屋の端から向かってきているのが目に飛び込んできた。

考える暇も無く、俺は仔竜を掴んだまま部屋の出口へ向かって走る。

仔竜も満身創痍の身体を奮い起こして、引っ張られながらも自分の足で地面を駆けた。


「「「キーキーキー!」」」


ネズミの大群は地響きを立てながら執拗に追って来る。


「うわあぁぁ、ムリムリムリ!」


俺たちは力の限り走った。

右も左も、上も下もなく転がるように石畳を駆け抜けた。

足が次第に重たくなり、掴んでいる仔竜も失速してきた。


(もう足が上がらない……)


そう思った矢先。

ふと、道の先に灯りがこぼれている部屋が見え、祈るような思いでそこに飛び込んだ。


ドン!

「おぶっっ」


突然、目の前に現れた壁を俺は避けきれなかった。

仰向けに倒れたまま壁を睨み付けると、壁はゆっくりと動いた。


壁の根元には爪があった。

そして見上げれば翼があり、てっぺんにワニの様な顔……。

一目見て分かった。


「ドラゴン……」


それは俺たちに気づき、視線を下げた。

とりわけその視線は、傷ついてもはや動けそうにない仔竜に注がれている。

と、その巨体の向こうから声が聞こえた。


「どうした? ギガンティックファイヤー」


見たことあるオッサンが、ドラゴンの影からひょっこり顔を覗かせた。


「あ、オメエはさっきの……。って、えらいボロボロじゃねえか。しかも隣りのソイツは……」

「すみませんっ……助けてください! ネズミが……ネズミが!」

「んん?」


男の視線が俺を通り越す。

振り返ると、部屋の入り口からこちらを睨んでいる無数の光る目があった。


「おいおい、掃除屋にちょっかい出したのか? 太ぇヤツだな……。ちょっと待ってろよ。

すみません、ダンナー! ちょいと手を貸してもらえませんかー」


野太い声に呼ばれて姿を現した『ダンナ』は、漆黒のマントを翻してやってきた。

近づくたびに周りの空気が重たくなり、自然と俺の手足は震えた。


コイツは見たことがある……。

画面越しと……さっき崖の上から……

『魔物』と呼ぶにふさわしい異形の顔。


「ガイナ・テラダイト!?」


禍々しいオーラを放ちながら、それは俺たちと部屋の入口にゆっくり目をやった。


「持ち場に戻れ」

「「「キー!」」」


体の芯に響く声と共にガイナが手をかざすと、ネズミたちは一目散に闇の中に消えていった。

そして、そのままガイナは視線をこちらに向けると、ゆっくりと近づいてきた。


助かって……ないよな、これ。


ガイナは目の前まで近づくと、俺を見下ろした。


「勇者の残党か……どうやってこの裏口から侵入した?」

「ぇ!? ゆう……しゃ、ではないです……」

「戯言を……。ラットが反応しておるのが何よりの証拠。塵に還るがよい」


ガイナの手が俺に向かって伸びる。


ギャー!確かに画面越しでは、俺は勇ましい勇者でしたけど!

今はどうよ!?

武器一つ持っていないし、あまつさえ装備はジャージだよジャージ!

それもネズミの通常攻撃で穴が開くような!

分かるだろう!?

話し合って解決できる問題だ!


俺が慌てて言葉を出そうとした瞬間、黒いものが目の前に飛び出した。


ギュイイイ!


体をふらつかせながら地面を踏みしめるそれは、一匹の仔竜だった。

傷ついた小さな翼を震わせながら、生命力を全てぶつけるような鳴き声をあげる。


「おまえ……」


ギュイイイ!


「ほう……白竜の子どもか……。しかも紅眼……」


仔竜に視線を移したガイナは、興味深そうにその顔を覗き込む。

その眼に怪しげな光が灯った。


ギュイイイ!!


突然、仔竜は大きく伸びをして、口から黒い塊を吐き出した。

こぶし大のそれは、ヘロヘロとガイナの脇をかすめ、その漆黒のマントに当たった。


ジュッ

水が蒸発するような音がして、マントに円形の穴が開く。


「!?」

「なんと! 黒炎だと!? ……しかも我が闇の外套を焦がすとは……」


すげー!……じゃなくて!

あああ……完全に怒らせた……。

ボスにダメージを与えたら強力な反撃……これ即ち真理なり……。

どうすればここから打開できる?

逃げようにも、走りまくって棒みたいになった足は立ち上がるのも無理そうだ。


どうする……

どうする……

どうする!?


「ダンナ! すんません! 実はこれはウチの社員です!」


焦る俺の目の前に、さっきまで黙っていた筋骨隆々のオッサンが、声を上ずらしながら割って入ってきた。


「む? なんだと?」

「いやぁ、自分一人で飛び込み営業したいって言って聞かねぇもんで……

こら。誰が勝手に裏口から入っていいって言ったんだ! ええ?」


オッサンは俺の胸ぐらを掴むと、グイっと顔を近づけた。


「死にたく無けりゃ、話を合わせな……」

「!?」


耳元で囁いたオッサンのもう片方の手は、怒気を放つ仔竜の口をガッチリと抑えている。

その鼻から黒い煙が苦しそうに漏れる。


「そうか……。マカベア社の商品であったか……。今日の赤竜より質が良さそうではないか?」

「なっ!? ……いやこれは、とっておきでしてね……。もう少し成長したらお目見えする予定だったんですよ……。それを勝手に持ち出して、こんなボロボロにしちまいやがって……おい。ガイナさんに謝れ!」


グヘッ


俺は乱暴に突き放され、ガイナの目の前に無様に転がった。

何か分からんが、とにかく流れに乗るしかない!


「も、申し訳ございませんでした!」


俺は生まれて初めて本気の土下座を繰り出した。

命がかかった一世一代の土下座だ。


「ふむ……。勇者でないのならばよい。以後気をつけよ」

「はひっ」


俺は俯いたまま声高に二つ返事をした。


ほっ……

ガイナさんは話の分かる人らしい……。

いや、人じゃないか?

さっきの勇者も、戦うより話し合ったほうが良かったんじゃ?


キュィ……

「お、おい?」


なんてことを考えていると、後方で仔竜を掴んでいたオッサンが慌てた声をあげた。

見れば、口を塞いでいた手を離された黒竜が力無くその場にへたり込むところだった。


「っと、ダンナ。すみません、私は今日はこの辺で……」


オッサンは倒れた仔竜を慌てて抱き上げると、今にも閉じられそうな仔竜の目蓋を開ける。

その宝石の様な紅い目は、光を失いそうになりながら浅い呼吸に合わせて上下する。


「ふむ……マカベア氏よ。その黒竜、我が元へ納める気はないか? 金額は通常の10倍を支払おう」

「じゅ! 10倍ですか……。いや、しかし……」


マカベアと呼ばれるオッサンは、抱き上げた仔竜と俺を交互に見て難しい顔をした。


「コイツを納めるのは厳しいかもしれません……」

「なにゆえ?」

「そ、それは……ちょっとコイツは特殊でして……」

「歯切れの悪い物言いは好まんぞ。分かっておる、これだけの逸材……そう手放したくないのであろう」

「いや……そういうわけじゃ……」

「ふむ……。では、通常の30倍でどうだ。無論、断っても良いが……その場合、今後の取引は見直しが必要になるやもしれんぞ」

「ぅ……。わ……かりました」


オッサンは苦虫を噛み潰したような顔で、首を縦に振る。


え?

この仔竜は売られて行くというのだろうか?

チクリと胸の奥が痛む。

なんだろう……。

この、拾ってきた仔犬に、里親が見つかった時のような喪失感は……。


「待ってくれ! ……いや、待って……ください」

「む?」「あん?」


二人の視線が刺さる。


「えと……そのコイツは……俺が面倒を見たい……と……」

「ふむ。なるほど、連れてきたのもお前であったな……。

よかろう、お前に育成を命ずる。このガイナにふさわしい逸品に育て上げよ!

よいな。マカベア氏?」

「えぇえ? あ、いや……コイツは……」


急な話の展開にオッサンは言葉を詰まらせた。


「分かっておるな? 今日のあの二社の様な駄竜は許さんぞ」

「……ええ、ええ。それは……分かっております」


んん?

俺が育成する?

何だか話が思ってたのと違う方向にいってるぞ……。


「フハハハッ。では、納品を楽しみにしておるぞ」

「……はい」

「ちょっ……ま!」


声高に笑うと、ガイナは姿を薄めて消えていった……。


「まって……って……」


俺の声は、誰もいない石畳に虚しく響いた。


「はぁ……また無茶な注文を……」


残されたオッサンが大きな溜息を吐く。

崖の上で騒いでいた時の様な覇気はなく、心底疲れた顔だ。


「おい、立てるか? 帰るぞ」

「ぇ、帰る? ……どこに?」

「会社だ。お前には従業員として働いてもらうからな」


男の抱く仔竜の眼が僅かに開く。

目が合うと、ソイツは少し笑ったように見えた。


「は……ははっ……」


乾いた笑いが引きつった口元からこぼれた。


『決まる時は意外とあっけないもんだぜ』


昔、友人が何気なく言った言葉が脳裏に浮かんだ。


そうか……。


かあちゃん……俺、


就職したよ……。

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ラスボス御用達!―俺のドラゴンがドナドナするまで 高速の寄せ箸 @white-rice

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