ラスボス御用達!―俺のドラゴンがドナドナするまで

高速の寄せ箸

プロローグ

 目の前の存在を、俺はどうしても許せなかった。


 故郷を破壊し、民を襲い、そして……大切な人の命まで奪ったコイツを……。


『フフハハハ。よくぞここまで辿り着いた。小さき者よ』


 この世の悪を全て詰め込んだような漆黒のマントを翻し、

 声高に笑う異形の存在。


『ッ! おまえが、ガイナだな!』


『いかにも。私がこの世に終焉をもたらす者【ガイナ・テラダイト】だ』


 旅の途中で散々耳にしたその名は、俺の中に幾つもの記憶を蘇らせる。


 ― 周囲に反対されても勇者になることを応援してくれた母親……

 ― 死の間際に、俺に夢を託した武器屋のオヤジ……

 ― 俺を庇って力尽きた傭兵時代の悪友……


 そして……


 ― 気丈な幼馴染が最後に見せた、一粒の目元の輝き……


 汗ばむ両手を握り締めた俺を、あざ笑うようにソレは語り続ける。


『数多の勇者がそうであったように、オマエもここで歴史の塵となるだろう。

せめて最期に名だけは聞いてやろう』


『俺は……おまえが10年前に殺した勇者ザインの息子!「しょうぉ! ご飯よー」……だ!』


『ザイン……覚えておるぞ。あの10年前の煮え湯……。なるほど、あの憎らしい男の種粒か』


『父の仇。いや、愛を教えてくれた世界中の人々の無念。今ここで「早くしないと冷めるわよー」……す!』


『フッ。オマエごとき直接手を出すまでも無い……。出でよ! 忠実な我が僕よ!』


「なっ……!」


 突如、目の前に現れる極でかサイズのドラゴン。


 クソッ。なんて卑怯なヤツだ!

 もどかしい怒りが体中から滲み出ると、それを察した懐の毛が逆立ち始めた。


 こんな所で体力を消耗するわけにはいかない。

 ここは防御強化プロテクションを発動して長期戦を覚悟せねば!


 俺は震える怒りを抑えつつ、手にしている得物の突起をねじ込んだ。

 突如、周囲が明るくなりドラゴンが視界から消える……。


「ぁ、違う違う!」


『刮目せよ! 亡き父が残した最終奥義! ファイナル……』

「ご飯できたって言ってるでしょ!!」


「わあああ!」

 キャンキャン!


 びっくりして愛犬とコントローラを放り投げる俺。

 振り返ると、鬼の形相の母親がシャモジ片手に仁王立ちしていた。


「かあちゃん、部屋に入るときはノックしろって言ってるだろ!」

「アンタ、こんな暗い部屋でゲームばっかりして……」


 急に画面の奥から意識を引き戻された俺を構うこともなく、かあちゃんはズカズカと部屋に入ってきた。

 釘付けになっていたテレビ画面では、勇者がピカピカ光りながらMP消費のエグイ最終奥義を繰り出している。


 シャッ、シャッ


 遮光性の高いカーテンが開けられると、差し込まれた光にゲーム機と散らかり放題の部屋が晒された。

 クルリと向き直った母親は、散らかった部屋と俺を見据えると腕を組みながら口を「へ」の字に曲げた。


「就職活動もせずにアンタは毎日毎日……」

「ッ! し・て・た・だろ! この前も行ってきたじゃないかっ」

「2週間前は『この前』とは言いません。だいたいアンタ、あの時の合否はまだ聞いてないわよ! もう出てるんでしょ?」

「はいはい。ダメでした。どうせダメでしたよ!」

「はぁ……」


 あからさまに肩を落とす母親。


「……とにかく、ご飯はちゃんと食べなさ……あイタッ」


 部屋の入り口に向かいながら、ボソッと落とすように言う途中、足元の何かに蹴躓いて転んだ。


 プッ


 俺をバカにしたバチが当たったんだ!ざまあみろ!勝手に入ってくんな!


「もぉ……少しは片付けなさい!」


 立ち上がりながら、空のペットボトルを何本か拾い上げると、ドアも閉めずに母親は去っていった。


 まったく、イライラする!

 こっちは世界の存亡をかけて戦っていたというのに……。


「……ん?」


 テレビ画面が黒一色だった。


「……あれ?」


 テレビ下まで飛んでいったコントローラを拾い上げ、中央のボタンを押し込む。


「ポーズ画面……じゃないか」


 突如 光を失った世界。

 そういえば、さっきまで流れていたレトロで高揚させるBGMも聞こえていない……。

 俺の血の気が一気に引いていく。


「まさか……」


 さっき母親の転んだ辺りには電源コードが刺さって……


「……ないぃぃぃ!!」


 無惨に抜け落ちたゲーム機のコンセントは、部屋の隅に溜まった埃の上で安らかに横たわっていた。


「ああああぁぁぁ!!」

 キャンキャン!


 2週間……2週間、まともに食事もせずに駆け回ったあの世界が……。

 もう少しで……もう少しでラスボスを倒し、皆の無念を晴らせたというのに……。

 俺は世界を失った消失感に頭の中が真っ白になった。


 クゥーン


 そんな俺の傍で、心配そうにつぶらな瞳で見上げてくる一匹のチワワ。


「……ああ、ヒロ。おまえだけだよ。俺を理解してくれるのは……」


 力なくその頭を撫でると、尻尾が遠慮がちに左右になびいた。



 高校を卒業して半年。

 就職希望だった俺は在学中に内定を取れず、卒業後も慣れないスーツ姿で何十社も駆け回った。


 ― 昔から動物が好きで、動物に携わる仕事に就きたいと……etc

 ― 介護職は将来性があり、時代のニーズに応えられると……etc

 ― 飲食業に興味があり、たくさんの人の笑顔がみられる職場が魅力だと……etc


 行く先々で変わる自分の志望動機に、本当にやりたいことは何か……も、すっかり忘れてしまった。


 ふと、ベッドの脇で雑に開けられた薄い茶封筒と紙切れに目をやる。


『……誠に残念ながら今回は不採用となりました。龍野たつの生悟しょうご様のより一層のご活躍をお祈りいたします。』


 見慣れた定型文の一文字一文字が、俺の自尊心をえぐっていく。

 何がお祈りだ……。こんなありきたりな文を貼り付けておいて、実際に心の底から祈ってるヤツなんていないだろ!


『……オマエには何の価値もないし、何の期待もしていない』


 そんな副音声をかき消す様に、昼も夜も無くRPG《ロ-ルプレイングゲーム》にのめり込んだ。

 ゲーム内の物語に集中すれば、全てを忘れられた。


 グゥゥ


 そう、空腹さえも……。


「クソッ……。腹減った……」


 部屋にあったお菓子とジュースだけでは、ここらが限界だったか……。

 フラフラと部屋を出て階段を下ると、世界の終焉(かあちゃん)が息を潜める台所へと向かった。


「フフッ。素直に来たわね」


 何が可笑しいか分からないが、嘲笑するその顔はダンジョン最深部の魔物を彷彿とさせた。

 俺は戸棚から小皿を取ると、まだテーブルの上で蒸気を上げているキツネ色の屍(から揚げ)を箸で摘みあげ、大皿から移していく。


 ボテッ……コロコロ

「ぁ」


 箸が滑って、大きなから揚げがテーブルの下に転がった。


「ちょっと! 行儀悪いわねぇ。ここで座って食べなさい。ホント昔から不器用なんだから……」


 テーブルの下を這いながら、逃げるから揚げと格闘する俺。


 大きなお世話だ。

 それにこんな魔物の前で一緒に飯なんか食えるかっ。

 部屋に持ち帰って、ヒロとゆっくり食べた方が何倍もいい。


 キャンキャン!


 ……と、ヒロも下りて来てたか。行くぞっ。ここはMP《せいしん》消費ひろうが激しすぎる!

 から揚げを箸で突き刺すと念入りに息を吹きかけ、敏速に台所ダンジョンから撤退した。


「コラッ。サラダも食べなさい!」


 後ろから魔物の音吐が聞こえたが、無視無視!

 一段飛ばしで階段を駆け上がる。

 と、足の裏で柔らかなものを踏み、体勢を崩した。


 キャイン!

「うおっ……!?」


 同じく階段を駆け上がっていたヒロが、足元で悲痛な声を上げた。


「ぁ、ごめ! って、うおおお……!」


 重心が後ろに傾く。

 ダメだ。落ちる!


 ― 空を蹴る足


 ― 舞い上がるから揚げ


 ― 階段下に転がる愛犬


 景色をスローモーションで見ながら思った。


(ヒロを下敷きにしてはいけない!)


 咄嗟に回避しようと体を捻る。

 階段のカドが容赦なく顔面に迫ると、俺は堅く目を閉じた……。


 ……


 …………


 ………………


 あれ?何も感じない?

 かなりのダメージを予想していたが、感覚が無いのが逆に怖い……。


 身体は……動かない……。


 恐る恐る目を開けてみる……。


 眼前には階段のカドが、最後に見たのと同じ距離で映った。


(え?)


 目を動かすと、放り投げたはずのから揚げが空中にピタッと静止しているのが見えた。


(どうなってんだ?)


 …………


「いやあ、これはダメな角度じゃないですか?」

「うむ。際どいがアウトだな」


 音も無い静寂の空間を打ち破ったのは、聞き慣れない声の会話だった。


「しかし、最期は愛犬を庇って……これはポイント高めじゃないですか?」

「うむ。そこは加点対象だ」


 なんのことだ?

 というか誰だ?


「おっと、この少年 次元の狭間で反応してますよ?」

「ふむ。珍しいな。思考速度が極限を超えたか」


 俺のことか?おい、俺はどうなってる!?


 微動だにしない体に不安を感じ、心の中で叫んでみた。


「まぁ、混乱しなさんな。『どうなっているか』よりも『どうなるか』が大切ですよ」

「うむ。端的に言うなら『もうすぐ死ぬ』ところだ」


 え?『死ぬ』?


龍野生悟たつのしょうご19歳、無職。彼女無し。

 好きな食べ物:から揚げ。趣味:テレビゲーム、愛犬のブラッシング。

 特技:動物に好かれやすい。座右の銘:山椒は小粒でもピリリと辛し」


「ふむ。なんと不憫な……。何か思い残すことは無いか?」 


 いやいやいや。待って待って。

 ダメだって、死ぬって……ムリだって。

 これから大手企業に就職して、親や旧友を見返してやるんだから。

 美人のお嫁さん貰って、一姫二太郎。休日はゲーム三昧で……そう、クリアできなかったゲームもまだ残ってるし……。


「そうか。あの様な世界観が所望か。……よかろう。おい、準備だ」

「承知しました」


 突然目の前が暗くなる。


「おまえの生物への愛は、自身を助ける力となろう。ゆめゆめ忘れるな」


 眠りに向かうように意識が遠のき、会話の音がかすれていった。

 ああ、死って遠いようで近くにあるものなんだな……。

 唐突すぎて、もう……。

 俺の意識は、コンセントの抜けたテレビ画面のようにプッツリと途絶えた。


 ………………


 …………


 ……


 気づけば、俺は薄暗い場所にいた。


「生きているのか……」


 寝起きの様な頭で、辺りを見回す。

 上も下もゴツゴツした岩に覆われた洞窟のようなところだ……。

 身体は……動く。

 俺は立ち上がると手探りで一歩一歩、確かめるように歩いた。


「かあちゃーん!」


 返ってくる声は無く、天井から落ちた水滴の岩を穿つ音だけが、妙に響いてきた。

 いや、どう見ても俺ん家……じゃないよな……。


 しばらく進むと薄っすらと明かりが見えた。

 自然と明るい方へ足が向く。


「すみませーん!誰かいませんかー!」


 前方の薄明かりの中で、何かの影が動くのが見えた。

 注意深く見ると、それは確かに人影だった。


「よかった……。すみませーん、どなたか……」


「バカヤロー!大きな声を出すな!」

「ちょっと、マカベアさん。貴方の声の方が響いてましてよ……」

「二人ともお静かに。始まりますぞ。これ、そこのアンタも早く来なさい」


 びびった……。いきなり怒鳴られるとは思ってなかった……。

 恐る恐る近づくと、一人に手招きされた。

 そこには声の主であろう3人が、岩の上に身を乗り出して下を眺めている。

 見慣れない作業着の様な格好で、一人は女性の様に見える。


「アンタ、どこの業者で?」

「え?」

「ずいぶんとお若いですね。この後継者不足の時代に頼もし……お、お出ましですぞ」


 食い入るように3人が見つめる岩の下は、軽い絶壁だった。

 俺たちのいる場所は、学校の体育館の2階からステージを見下ろす様に小高い。

 促されるままに眼下に目をやる。


 そこには、黒くて禍々しいナニカと対峙する一グループの人たちが見えた。

 ん?この構図、どこかで……。


「フフハハハ。よくぞここまで辿り着いた。小さき者よ」


 この世の悪を全て詰め込んだような漆黒のマントを翻し、声高に笑う異形の存在。


「ッ! おまえが、ガイナだな!」


「いかにも。私がこの世に終焉をもたらす者【ガイナ・テラダイト】だ」


 俺の口はポッカリと開いた。


「数多の勇者がそうであったように、オマエもここで歴史の塵となるだろう。

せめて最期に名だけは聞いてやろう」


 これは……俺のやってたゲームと同じ!?

 え、実写版の撮影?


「父の仇。いや、愛を教えてくれた世界中の人々の無念。今ここでオマエを倒す!」


「フッ。オマエごとき直接手を出すまでも無い……。出でよ! 忠実な我が僕よ!」


「なっ……!」


 突如、勇者一行の前に現れる極でかサイズのドラゴン。


 ……が、3体!?


 これは何だ?

 裏面の設定か?

 勇者?たちも、『聞いてないよーっ』て顔してるし……。


 目を瞬かせる俺の横で、息を殺していた3人が突如立ち上がった。


「よし! いけっ。ギガンティックファイヤー!」

「瞬殺しておしまい! フランボワーズ!」

「焦るな、ゲンジョー! 尻尾を使え!」


 えー!?


「あの……あなた達は一体?」


 思わず聞いてしまった……。


「あん? 俺たちは見ての通り、あのドラゴンの育ての親よ! ま、うちのが一番強ぇけどな!」

「聞き捨てなりませんわねっ。うちの子が一番に決まってますわ!」

「フッ。笑わせないでいただきたい。我が社のドラゴンに勝るものなどいるはずも無い」

「んだとぉ!」

「なんですって!」


 3人は眼下のバトルにも負けない気迫を、互いにぶつけ始めた……。


「ドラゴンの……育ての親?」


 この時の俺はまだ、知る由もなかった。

 参観日さながらのこの親たちが、真のモンスターペアレントだということを……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る