三十日目


「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」


 喋る! 動く! 呪いはできない! そんな人形と一緒に暮らして、一ヶ月が経とうとしていた。しもべ怖さもあって続けてきたメイドも、段々と慣れてきて、今やもうどこに出しても恥ずかしくないと思っている。そう、私はメイド・オブ・メイド!

 ……なんて言えれば、どんなにいいことか。

 メイドと言っても、広いお屋敷の管理が第一だ。広すぎてお嬢様の望み通りにはこなせない。しかも、そのお嬢様ときたら、実際にはとくに世話の必要もないおばけ人形ときたもんだ。

 こうやって私が学校に行っている間、アニメキャラクターのフィギュアの身体を借りたエリザベスは、家でのんびりしているらしい。ちくしょう。好きなキャラのボディだからすぐ懐柔されてしまう。


 エリザベスは屋敷に昔住んでいた少女が持っていたイギリスの人形に宿った精神生命体的なもので、それからず~~~~~~~~~~~~っと、屋敷にいるらしい。私の父の曽祖父がこの家を持つようになった時も、それから時が流れて、私が屋敷に来た時に至るまで、ずっとずっと。しもべはいるけどひとりきり。

 ひとりには慣れているのだろうか。

 私には分からない。

 楽しい日々と言えなくもないけど、おばけのことは、まだよく分からない。


 * * *


 デカい洋館に一人暮らしの身に対する学友の興味は


「可憐が住んでる屋敷ってさ、出るらしいよ」

「人形のおばけ?」

「ううん。昔住んでた女主人の幽霊」

「そりゃ嘘だ」


 だって、出るのは喋る! 動く! 呪いはできない! 人形なんだから。それに、昔住んでたのは父の曽祖父。その前は知らんが。少なくとも女の子はいたっぽいけど。


「どうよ可憐、一ヶ月になるけど、何か悪いことあった?」

「侵入者もなく、平々凡々としてるよ。掃除は大変だけどさー」

「毎晩、皿が割れたりしてない?」

「アハハ、そりゃ幽霊に弁償させなきゃね」


 仮に、エリザベスがそんなことしたとしても、逆に私に弁償させるんだろうなぁ。


「そういえば、うちの爺さんが言ってたんだけどさ」一人が机の上に居座り、語りだした。降りてほしい。「あの屋敷って、マジで古いんだよね」

「父方の曽祖父が持ってた家だかんね。実際はそれより古いから、相当なもんだよ」


 管理が行き届いていたから、余裕で健在だけど。

 もっとも、おばけ駆除はサボっていたっぽい。


「古いとさ、大変じゃない? 歴史って住んでるだけで分かったりするじゃん」

「あー、あるある。色々痕跡あるよー。人が住んでて、傷ついたり、やけに使い込まれてたりするところ。確かに、そういうのに触れると、大変だなって……」


 ……一番古いと感じるのは、エリザベスだな。

 屋敷そのものが一番古いんだろうけど、その記憶の欠片はいたるところに散らばっていて。

 だけど、エリザベスはそのまま長い歴史を抱えていて。


「大変、だよなぁ」


 触れるのが、本当に大変。

 一ヶ月も経過すれば、嫌でも色々なものに触れてしまう。

 ああ、大変だよ……。


 * * *


「洗濯物はしっかり日に当てて。乾かす段階で失敗すれば元も子もなし。取り込むタイミングもその日に合わせる」

「すっかり板についたわね。可憐、メイドらしくなってきたわ」

「そりゃどーも」


 空っぽになったカゴを抱えて、私は物干しから少し離れる。僅かに吹いている風は柔らかさを洗濯物に届けていた。特に、シーツのはためきは最高だ。


「いい眺めだよね」

「可憐もそれを分かってくれるのね。嬉しいわ」


 表情は固定。だけど、声の調子でエリザベスが本当に喜んでいるというのが分かる。


「フィギュアの顔って、どうやって作るんだろうね。分かれば、作ってあげてもいいんだけどさ。顔のパーツ、色々あったほうがいいでしょ?」

「表情はとったりつけたりするものではないわ」


 ピシャリ。言い切られてしまった。

 読み取れ、ということだろう。

 一ヶ月で、だいぶできるようになったけどさぁ。我ながら自分の馴染み方に感心するよ。


「一ヶ月、かぁ。メイドも慣れちゃったなぁ」

「まだまだよ、可憐。これからもっともっとメイドにしてあげるわ」

「……じゃあ、メイドらしいことしよっか?」


 たまには、こっちの都合で振り回してやろう。

 洗濯物が乾くまで――


「お嬢様、出かけよう!」


 私はエリザベスを鷲掴みにすると、そのまま自転車まで走った。エリザベスをカゴに放り込む。鍵を外す。


「ちょっと! 乱暴に扱わないで!」

「しゅっぱーーーーつ!」


 猛然と漕ぎだし、柔らかな風が背中を押してくれるのを直に感じる。エリザベスはカゴで四苦八苦だったが、ようやく掴まるところを見つけ、安定を成した。


「速くない!?」

「チャリは速くこぐものだよ!」


 シャカシャカ。回転の気持ちのいい音。

 風も気持ちいい!


「どう? 楽しい?」

「怖い! けど中々いい眺めね! たまにはこうしてくれていいわ、可憐」


 偉そうだ。だけど、それでいい。それがエリザベスなら、それでいい。


 ――あの屋敷で一緒に住んでいれば、エリザベスが何をしていたかも簡単に分かるし、しもべたちから話のようなものも聞ける。

 その身体が、私が来ると知って、私がどういう人間か調べて、出迎えとして買ったり。

 私が何をするが良いのか、自分で色々検証してみたり。


 なんだい、なんだい、可愛らしいことしちゃって。

 そんなに嬉しかった? 誰かが来るって。

 ずっとひとりだったからって、ひとりは嫌だよな。寂しくて、つらいよな。分かる、超分かるよ。理解できないけど分かってやる。そのための方法は、もう知っている。


「お嬢様!」


 たとえ、あなたがまたひとりになるとしても。

 あなたと私で、過ごす時間に大きな差があるとしても。


「なにかしら? 可憐」


 私は、ずっとあなたのそばにいようと思う。

 無理矢理やらされたメイドだけど、あなたには、やってあげてもいいと思えたから。


 洗濯物が乾いたら、取り込む。

 今日は特別。

 帰ったら、あなた用のものを作ってあげよう。ぐっすり眠れるものを。


 あの屋敷を、ずっとずっと離れてあげずにいた、あなたのそばを離れない。

 そのためのお仕事を、しよう。


「ずっとメイドですからね! 分かったか、この人形!」

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エリザベスと新田可憐 伊達隼雄 @hayao_ito

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