七日目
そいつは私の机の上に腰かけ、唐突に話しかけてきた。
「メイド服着た新田可憐に似た人を見かけた」
「ああ、それ私の妹の従姉の母の姉の母の娘の旦那の嫁の子」
流石にドキリとしたが、うまくごまかすことに成功した。
「なんであんたメイド服なんか着てんのさ」
「バイトでも始めたの?」
「どんなん? マジもん?」
ごまかせてなかった。早速続々と集まってくる。学生はみんな暇か忙しいか。しかし、刺激に飢えているのは誰もが同じだ。
「今の家にあったから着てるだけ」
「恥ずかしくないの?」
「半分かな。あれ着ると楽しいっちゃ楽しいよ」
少なくとも、以前に比べて家事は楽しくなった。似合わないという難点さえ無視できれば、私のメイド生活はとても充実している。
「一人暮らしだから自炊だよね。やっぱりメイド服着てるの? ご主人様とかいんの?」
「服は着てる。住んでるのは私だけ」
人間は、だけど。
だから、作っても、食べるのは私だけなんだよね。
* * *
「可憐、今日は腕によりをかけてちょうだい」
掃除が終わり、お茶を飲んでいると、エリザベスが唐突に言った。
「食べないくせに何を言ってるのさ」
「人形だもの。食べるなんて無理よ。だけど、力の入った料理が見たいわ」
エリザベスと暮らし始めて一週間。彼女はこういうわがままをよく言う。時には全くの無意味であっても。
彼女が認めた通り、アニメキャラクターのフィギュアであるエリザベスは表情を変えることができないだけではなく、何かを摂取することもできない。人間に必要な栄養源は彼女には必要ない。何かが存在すること自体が自然界に作用して、そこからエネルギーを貰えるらしい。不死身かよ。
そんなわけで、食事については基本的に私が食べるだけだ。作るのも私一人分。
なのに、エリザベスはそこにもあれやこれや言ってくる。
見たいだけなら、別に私が作る必要もないと思うんだけどなぁ。ネットで見れるじゃん。
「本気になって作るのは、あなたにとっても良いことだと思うわ」
「そりゃあ、美味しく作ろうと思えば、それはいいことだと思うし、実際に美味しくなれば嬉しいよ」
「だから、腕によりをかけて」
ソーサーに立って、胸を張り、人形お嬢様は命じた。
……何を企んでいるんだろう。
「かしこまりました。お嬢様」
お茶を片付け、私はキッチンに向かった。
昔ながらのガスコンロよりも存在感を放っているのは、窯だ。大きい。色々焼けそうだ。初めて見た時は面白くて触りまくり、エリザベスに厳重注意された。危なっかしいから使うなとまで言われてしまった。がっくし。いつかこれで焼きたいなぁ。
「さて、何を作りましょうね」
冷蔵庫と相談する。この一週間で少しずつ消費していったため、選択肢は限られていた。
「シチュー、かな」
「いいですね、シチュー」
私の肩に飛び乗ったお嬢様をテーブルの上まで持っていき、上から睨んだ。
「お嬢様、ここはジッとしていてもらえますか? これから危ないお料理の時間ですので。包丁とか火とか、超危ない」
「可憐、おいしいシチューをお願いしますね」
「だから、エリザベスは食えないでしょ? 私だけじゃん」
「それでもです。ちゃんと作らないとしもべをけしかけ――」
「分かりました! 作りますって!」
くっそー……しもべが苦手でなければ、こんな奴の要求など!
「ったく」
ぶつくさ文句を言いながら、私は材料をザッと並べ、調理に入った。シチューは昔から作っているから、迷うことがなくていい。
だけど、それだけに腕によりをかけてと言われれば悩んでしまう。本能的に、手順に何かを差し込んだりするのはマズイと分かるし。
「お嬢様、何かシチューに注文はありますか?」
「私の一番欲しいものがそれよ!」
「分かんねーよ」
「メイドでしょう? 分からなきゃダメじゃない」
「メイドは超能力者じゃないっつーの!」
「越えなさいよ、超能力者ぐらい! メイドでしょう?」
「どんな理屈だよ!」
結論。完全私用でいいや。
調理開始!
時は経ち、調理完了間際! ふぅ、強敵だったぜ。
ぐつぐつとなる鍋は、この屋敷に似合ったどこかシックな代物だが、それだけに味まで良い影響を受けそうな気がする。
それにしも、だ――
エリザベスを見れば、ジッと鍋を見ている。こちらをいじったりとか、そういうこともしそうにない。おかしいな。何か仕掛けてくるかと思ったんだけど。ちょっと聞いてみようかと思ったけど、それはやめた。そこから何かやられるかもしれない。触らぬ神に祟りなしって言うからね。
……シチューがもうすぐ出来上がるなぁ。いい匂い。
おいしいよね、間違いなく。
だけど、なんだろうなぁ。エリザベスは何を求めているんだろう? 腕によりをかけてって、さ。
……これ以上、かけられる手間と言えば、あれぐらいだよなぁ。
私は、鍋の上に手をかざし、童話の魔法使いが水晶玉にそうするようにうねうねと動かした。
「何をしてらっしゃるの?」
「魔法。こうするとシチューが美味しくなるんだよ。必要なのは、食べてくれる人への思いやりってね」
「自分で食べるんじゃない」
「そうだけど、お嬢様もご所望だったでしょ? 腕によりをかけた料理。」
出来上がった料理は、我ながら中々の代物だった。うむ。見た目も悪くない。白くておいしそう。
テーブルに持っていき、食事モードに入る。
エリザベスは、再びソーサーに立ってこちらを見ている。お話がしたいのだろうか?
「お嬢様、いただきます」
「おあがりなさい、可憐」
素直だ。調子狂うなぁ。
それにしても、食べてはいないけれど、目の前に誰かがいるというのは、どこか緊張があるかもしれないけれど、とても落ち着く気がする。
エリザベスは、ずっと一人だったから、誰かを前にすることなんてほとんどなかったのだろうなぁ。
「フフ……おいしそうね、可憐」
――ああ、だからか。
だから、腕によりをかけろと。
「お嬢様」
「なぁに?」
「このシチューはお嬢様を思って作ったものです。誰かを思うことは、その人に向かって料理を作るということです。あなたへのシチューは、とてもおいしいです」
うへぇ。我ながら恥ずかしいことを言っている。だけど、これが模範解答だと思う。
さぁ、どうだ、エリザベス!
「あんまりしゃべったり、こっちを向いたりするより、食べることに専念なさい。冷めてしまうわ」
「あ、はい」
通用しなかった、かなぁ。ああ、シチューが本当においしい。
久しぶりの傑作に、食べる手が止まらなかった。
だから、それが見えたのは偶然だ。
人形お嬢様は、固定表情ながら、どこか幸せそうに私を見ていた。
――結局、お前にいいことがあるんじゃん。
人が美味しく食べているところが、楽しい、か。
「お嬢様」
「なぁに?」
「お嬢様もいつか食べれるといいね」
「……別に。ここであなたががっつくのを見ている方がふくれるわ」
「このヤロウ」
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