第7話 『逃走』

 爆発の中心に、アルフォンスは立っていた。館のあちらこちらから火が吹き炎が燃え広がるのも時間の問題。


「ちょっと派手にやり過ぎたな」


 アルフォンスは自分の頭を掻き苦笑い。力の加減が上手く出来ない事が昔からの悩みだ。まあ仕方ないこれでもアルフォンスは蟻を潰すくらいの気持ちでやっているのだ。これ以上どう加減すればいいのだろうか。


「貴様、何者だ!?」


 一階のロビーで剣を構えていた警備兵が、アルフォンスの存在に気づく。


「侵入者発見――場所は一階の客間だ! 至急援護を」


 兵士はすぐさま通信用の魔石を取り出し仲間に連絡を入れる。


 アルフォンスもその間に指を鳴らし、新たな魔導書を出現させる。

 兵士の増援が来る前に目の前の兵士だけは倒しておく。


「ウォーターバレッド」


 得意の水属性魔法を使い、燃え盛る炎を消しながら目の前の兵士を撃ち抜く。アルフォンスの指から発射された高密度の水の弾丸が兵士の鎧を打ち砕く。


 なす術もなく兵士が倒れる。その時、部屋中の扉が開いた。何十人という兵士がアルフォンスを討ち取らんと剣を握りしめ、闘志を剥き出しにしている。兵士達はアルフォンスを取り囲む。


 そんな兵士たちの動きを見て、アルフォンスは人差し指を立てた。


「こちらの作戦も壊されてしまい非常に残念なんだが、逃げるか伏せるかした方が良い――死ぬぞ」

「ああん? どう考えても死にそうなのはてめえの方じゃねえか、この人数差じゃお前は勝てない。てめえが弱いからだ!」


 兵士の一人がアルフォンスに対して叫んだ。周りの兵士もその言葉を聞き嗤う嗤う。その場は嘲笑に支配される。


「そういう考えだから三流止まりなんだって日頃から言ってんだろカス共」


 客間が爆煙に包まれる。衝撃波がアルフォンスのローブを激しく揺らす。場に居合わせた兵士たちは爆発の風圧で吹っ飛び、勢い良く壁にぶち当たる。大半の者が意識を失った。


「アルフォンス一人に集団でかかって強くなった気でいるんじゃねえよ。てめえ自身は弱いままだろうが」


 爆心地に立つ青年は、朱色の頭を掻きながら気だるそうに倒れる兵士たちを眺めた。その剣は未だ腰に下げられており、抜かれていない。彼はアルフォンスに向き直り、緋色の瞳を釣り上げた。


「おいアルフォンス。てめえ逃げやがったな、もう逃さねえぞ」


 部屋からは黒煙が昇り、館が燃え尽きるのも時間の問題だ。アルフォンスの力なら得意の水属性魔法を使って一瞬で消火する事も出来るがブリュッセルはそれを許さないだろう。


「嬉しい言葉だか、あいにく僕にそんな趣味はないんでな。君の気持ちには応えられない」

「ほざけ。この館を燃やし尽くすのは俺としてはやりたくねえ。だから、速攻でかたをつけてやる」


 アルフォンス渾身のギャグを無視。思えばブリュッセルは昔からそういう男だった。一人の女を愛し続けていたのだ。


「本気の君と戦いたかった。その剣を抜かないで僕に勝てると思っているのかい?」

「もちろんだ」


 再び、今度こそ本当に――かつての英雄同士がぶつかる。


 ――――――――――


「私の館をに勝手に入って来るなんて……下劣な家畜ですねッ」


 クリフの眼前で、豊かな腹を揺らしカムアセは瞳を血走らせて怒鳴り散らしていた。


 クリフの心臓は今にも破裂しそうなくらいに脈を打っていた。呼吸は荒く、胸から聞こえる激しい鼓動はクリフを焦らせるには十分だ。それでも、クリフは震え、竦む足に拳を叩き込む。


「うるせえ! 俺は家族や兄貴を取り返しに来たんだよ。ここでてめえなんかに殺されるかよ。お前を倒して魔水晶は俺が貰う。その奥の部屋にあんのは分かってんだよ!」


 その琥珀の瞳は静かに燃えていた。


「だったら尚更この部屋に入らせておくわけにはいきませんねッ」


 カムアセは懐から一冊の魔導書を取り出す。黒を更に黒で染めたかのような――漆黒の書。


「これがあれば私は無敵ですッ」


 その魔導書からはどす黒く禍々しいオーラが解き放たれていて、近づく者全てを狂気に飲み込んでしまう様な、そんな悪辣さが感じ取れた。


「ケタケタケタケタ。私に仇なす者は皆死ねッ! 死ぬのですッ」


 カムアセは目をひん剥き、天井を仰いで狂笑する。その常軌を逸しているおぞましい姿は見る者全てにまともではないという印象を与えるだろう。


 ゾクゾクとクリフの背筋に悪寒が走る。それでも、引くわけには行かない。わざわざ魔水晶の場所を大声で叫んだんだ。このままカムアセの気を引ければ、ステルス効果で見えないルーシィとノルンが魔水晶を見つけ出してくれる。


「うおおお! カエン!」

「魔導書――『終焉の書』第一項 『黒棺』」


 火球がカムアセへと向かって迸る。しかし、それが直撃するよりも前に黒い棺桶がカムアセの前に現れた。そして、その蓋がクリフの背後に出現する。


「なっ!!」

「ケタケタケタケタッ!! 死ねッ死ねッ!! 挟まれて焼け死ぬのですッ!!!」


 物凄いスピードで、クリフに蓋はぶつかる。身動きの取れぬまま、クリフはカエンの入った棺桶へと向かって突き進む。待っているのは灼熱地獄だ。クリフが死を覚悟したその時――奥の扉が開くのが見えた。自分の死と引き換えに、ノルンとルーシィが魔水晶を――兄さんを救出してくれたのだ。


「誰ですッ!?」


 カムアセが背後の扉の異変に気が付いた。邪魔をさせる訳にはいかない。

 クリフが最後の力を振り絞って魔法を放とうとした――その刹那。


「ウィンドラン」


 一陣の風が、クリフを包んだ。否――救われた。黒棺は完全に閉じ、中から轟々と燃え盛る火炎の音が聞こえる。クリフは何者かにお姫様抱っこされ、一命を取り留めた。


「グヘヘへこのきんに……おっと、クリフ大丈夫? 今ルーシィが魔水晶を確保してるから」


 薄っすらと、モザイクが剥がれ落ちる様にその少女の姿が明らかになる。お下げ髪で、口元によだれを少し垂らした変態少女――ノルンだ。


「よせよノルン降ろせ!」


 顔を赤らめたクリフはノルンの腕から解放される。その表情を見たノルンはまたもやニヤニヤと笑い何度も頷く。


 ノルンは開いた奥の扉を見る。


「まあ魔水晶も手に入るから、ルーシィを回収して逃げよう。アルフォンスさんも待ってる」

「私のことは無視ですかッ」


 彼らの前に立ちはだかるのはカムアセだ。目は充血していて、完全に血走っている。


「大丈夫。あの魔導書さえ奪えばこの成金野郎はゴミ屑だ」


 クリフはカムアセを見据えながら、されど怯むことなく言ってのけた。


「流石クリフ、そこにシビれる! あこがれるゥ!」


 隣のノルンも楽しそうだ。カムアセをコケに出来て相当嬉しいのだろう。あれだけ惨めな思いをしてきたのだ。今やり返さないでいつやり返す。


「おのれッ」

「あいつには二つの魔法を同時にさばく技量なんてない。同時にやりましょう」


 二人が呪文を唱えようとした――その時。


 激しい爆発音と共に、隣の部屋が爆発した。立ち上る黒煙と砂埃の中、二つの影が物凄いスピードで動くのが見える。

 アルフォンスとブリュッセルの二人だ。彼らが戦っていた。


 ブリュッセルは戦いの最中、奥の扉が開かれているのに気が付いた。そして、戦いを中断する。すぐさま扉の前に立ちはだかる。


「おっとここから先へは行かせねえぞ。てめえもなアルフォンス。行きな! カムアセ、俺にここまでさせたんだ。遅れるなよ」


 カムアセを顎で動かし、扉の中へ入れさせた。

 隣で深刻そうな顔をしたのはノルンだ。


「ヤバい! あの部屋からは裏門へ続く道に繋がってるの! ルーシィがバレたら、捕まる!」

「なんだと!?」


 恐らく、ルーシィは魔水晶を運び出すのに不自然にならない様ステルスを解除している。部屋にある鎧を着て小柄な兵士に成りすます予定だったからだ。


 中からカムアセの怒号が聞こえた。


「こうなったらこいつも迷宮ダンジョンに連れて行きますよッエサにします」

「勝手にしろ!」


 ルーシィは既に気絶させられ、カムアセに連れて行かれた。


「後は俺が時間を稼ぐ。てめえはさっさと行け! 俺からこれ以上奪われたらもう、どうしようもないんだ」


 本気を出せない剣王が、その剣を使わず三度魔法で大魔導士に挑む。


 剣王の思い。大魔導士の思い。そこにどれだけの差が有るのか分からない。計り知れない。ただ、剣王は何かを失い。アルフォンスは何かを求めている。


「だったら、だったら昔の様に僕に頼れよ。協力したじゃないか……」

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失われた魔導書 バンプ @mikan30

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