○十二月二十三日 午後九時十七分 クリスマスイブ前日

 吐いた息が、白くなる。それもやがて、宙に消えていく。

 クリスマスイブを前にして、僕は一人、ダッフルコートと長めのマフラーに顔をうずませながら、寒さをどうにかしのごうとしていた。

「よっ、敏。お待たせ」

 そんな僕の背中に向かって、声が投げかけられた。

 振り向くと、そこにはレザーのトレンチコートを着込んだメイの姿があった。

 今日はメイのバンドの練習日ということで、迎えに来ていたのだ。

「遅いよ、メイ。九時には終わるって言ってたじゃないか」

「細かいこと気にすんなよ。ほれ、行こうぜ」

 待ち人を置いて先に進むメイに追いつき、僕はメイと腕を絡める。するとメイの頬に、寒さ以外の要因で赤みが差した。

「……やっぱり恥ずかしいぜ、こういうの」

「女の方でも満足させろって言ったのはそっちでしょ?」

 そう言いながら、僕は自分のマフラーをメイにも巻いてやる。

 むず痒そうにしながら、メイは何か思いついたのか、僕に疑問の視線を投げかけた。

「そういえばさ、敏。お前、何でハルと別れたんだ?」

「ん? 気になるの?」

「そりゃあ、お前、そうに決まってんだろ」

 僕とメイの復縁が決まったあの晩、ハルは密かに僕との復縁を望んでいたことを打ち明けた。アヤさんにつれない態度を取っていたのは、僕と同じ性同一性障害者ということで、自分よりも僕の理解者的立場にいるアヤさんが羨ましかったからだとか。

 とはいえ、僕はメイと付き合っている。ハルとの復縁は、ならなかった。

「ハルと別れたきっかけかぁ」

「な、なんだ? 言いづらい話なのか?」

 こちらを伺うように、メイが僕を見上げてくる。僕はメイに笑いかけながら、笑みを徐々に苦笑いへと変えていった。

「そのぉ、ハルからさ。えーっと、する時に、僕にも女装をするように言われてね」

「コスプレしてヤろうって話か?」

「……メイはまたストレートに言うね。まぁ、そんな感じかな」

 僕の答えを聞いたメイは、でも、と小さく小首を傾げた。

「お前、『女』なら女装しても良かったんじゃないか?」

「いや、一度やってみたんだけど、男のこの体には、色々と無理があって……」

 ポロシャツが似合う男には、ゴスロリは似合いませんでした。

 きっと女の体で生まれたとしても、似合う服似合わない服はあったのだろう。背が高ければ背が高いなりの悩みがあり、胸が大きければ胸が大きいなりの悩みを、自分も抱えていたはずだ。

「そんなわけで、まぁ、それから気まずくなって、自然消滅と。別れた時は多少疎遠になった時期もあったけど、今では良き相談相手って感じかなぁ。そっちはどうなの? アキ、一時期相当荒れてたでしょ?」

「すごかったよなぁ。合鍵使って遠慮無く部屋入ってくるし」

「……その合鍵を渡したのは、メイだからね」

 ジト目で睨むと、メイは速攻で顔を背けた。

「でも、亜希のやつ、最近ハルと連絡取り合ってるらしいぞ」

「あ、それ僕も聞いた。案外上手く行くかもね」

「あいつとヘルマの店主が付き合ってるみたいにか?」

「……いい加減、アヤさんのこと名前で呼んであげなよ。寂しがってたよ?」

「イ・ヤ・だ! お前と同じっていうだけでもムカつくのに!」

「……メイが僕の部屋にだけ女を連れ込んでいたのは、僕に構って欲しかった裏返しだ、ってからかわれたからじゃなくて?」

「うるせぇ!」

 そう言いながらも、僕らの足は、自然とヘルマに向かっていた。

 本当に、人生何が起こるかわからない。

 あれからトッシーはチエさんと付き合うようになったし、ヤスはキヨさんとまだ続いている。

 ふと見上げると、空から舞うように、雪が降ってきた。明日は、ホワイトクリスマスになりそうだ。

 

 僕は、私は、誰かと付き合うという、形だけ整えようとした。明確な線引をして、正負を付けたがった。でも、不確かな人間が無数に入り混じった世界には、その考え方は似合わない。そもそも『普通』ですらない僕が引いた線は、『普通』の線ではないから、あまり役に立たなかっただろう。

 自分に必要だったのは、降りゆく雪のような、触れれば溶けてしまう曖昧なものを、そのまま受け入れる柔軟性だったような気がする。気がするだけで、それも確かなものではないのかもしれないけれど。

 それでも僕は、日々を積み重ねていくことを決めたのだ。

 誰なら好きになってもいいんですか? という、その問に即答出来るために。

 僕はその答えと一緒に、喫茶店ヘルマのベルを鳴らした。

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誰なら好きになってもいいんですか? メグリくくる @megurikukuru

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