第15回 円盤母船出現
それより少し前──
「うわー、もうだめだあ!」
夜明けの近いジャングル。オニオンは木の枝にしがみつき、泣きそうな声を出していた。ディアトリマたちはひと晩じゅう、木をとりかこんで、こつこつと根気強く幹を削り続けていたのだ。太かった幹もすでに大きくえぐれ、今にも折れそうになっている。木が倒れたら、ディアトリマたちはいっせいに襲いかかってくるにちがいない。
「おい、うるせえぞ、オニオン」ピクルスが冷静に注意した。「おとなしくしてろ」
「だ……だって」
「だって、じゃない。おまえみたいな太ったやつがあばれたら、それこそ木が折れるかもしれないじゃないか」
「じゃあ、どうしろって言うのさ?」
「おとなしく待つんだよ。助けが来るのを」
「助けが来る前に木が倒れたら?」
「おとなしく死ぬ」
「うわー、やっぱりいやだあ!」
「あー、うるさい! じっとしてなよ!」
トマトはオニオンをどなりつけると、こんどはステラさんをにらみつけた。
「あんたはさっきから何やってんだよ?」
ステラさんはやけに熱心に、手帳に何か書きこんでいる。
「これか? これまでのいきさつと、今のこの状況を、記録しておこうと思って」
「そんなの、何の役に立つのさ?」
「立つさ! いつかあたしらの死体がだれかに発見されたら、この手帳を読めば何が起きたかわかるじゃないか」
「それで?」
「『有史前の怪鳥に襲われて死んだ美人冒険家』として有名になれる」
「自分で美人って言うな! つーか、死んでから有名になったってしょうがないだろ!」
「だまれ! あたしは生きてるあいだはぜんぜんチャンスにめぐまれなかったんだ! せめて死んでから名前を残したい!」
「はっ! あたしらには縁のない夢だねえ」トマトはせせら笑った。「あたしら悪人にゃ、名声なんて関係ない。まして死んだあとの名声なんてな」
「じゃあ、何が目的だ?」
「決まってる。でっかい悪事をはたらいて大もうけすることさ」
「死んだら終わりだがな」
「死ぬか! こんなところで! うたしらは金をかせぎまくって、リアルでハッピーで充実した人生を楽しむんだ!」
そんなことを言い合っていたとき、急に空が暗くなった。はっとして上を見ると、木のこずえの上に、円盤形のUFOが三機、浮かんでいるではないか。
「うわーい、やっと来てくれた!」
「おーい! おーい!」
手をふるトマトたち。そのひょうしに、木がぐらぐらとゆれた。
「バカ、ゆらすな! さわぐな!」
ステラさんが木の幹にしがみついてさけぶ。
円盤は高度を下げてきた。しかし、ジャングルには円盤が降りられるような場所がない。だから木の上にホバリングすることしかできなかった。その代わり、底にあるハッチが開き、三つの黒い人影が降りてきた。
前は宇宙人の人形だったが、今回は人間だ。黒い戦闘服を着てマスクをかぶった男たちで、手にはマシンガンを持っている。宙に浮いているように見えるが、実はとても細いワイヤーでつるされているのだ。
三メートルぐらいの高さまで降りてくると、男たちは地上のディアトリマたちに向かって、ババババと撃ちはじめた。数羽のディアトリマが倒れる。
さすがに勝ち目のなさそうな相手だとわかったのだろう、残ったディアトリマたちはさっと逃げ出して、またジャングルの緑に幽霊のように溶けこんでしまった。
「やったー、助かった!」
抱き合ってよろび合う、トマト、ピクルス、オニオンの三人。
「だから揺らすなって……うわー!」
彼らがはしゃいだひょうしに、ついに木はぽっきりと折れ、倒れてしまった。
「わあ!」
トマトたちは地面に投げ出された。ステラさんはというと、うまくジャンプして着地した。
彼女はすぐに考えをめぐらせた。このままでは悪人たちに捕まってしまう。ここは逃げるしかない。ジャングルの中でひとりで行動したら、ディアトリマに襲われる危険はあるが、それぐらいは覚悟のうえだ。知絵と夕姫のことも気になる。
地面に落ちていた自分のライフルをすかさずひろい上げると、ステラさんはディアトリマを追ってジャングルの奥に走り出した。「おい!」とトマトが呼び止めるが、聞く耳を持たない。その姿はたちまち見えなくなった。
「あー、いてててて……」
腰をおさえてうめいているオニオン。
「だいじょうぶか?」
声をかけたのは、円盤から降りてきた黒服の戦闘員のひとりだ。
「え、ええ、なんとか……ありがとうございます」
トマトは感謝する。戦闘員はそれには答えず、ヘルメットについたマイクに話しかける。
「こちらAチーム。三人を発見、確保しました。けがはないようです。もうひとり、女がいましたが、逃亡しました」
数百キロはなれた場所にいる戦闘員からの報告を、秘密組織アンタレスのコマンダー・ブラックは、基地の司令室で聞いていた。三人の戦闘員のヘルメットにはカメラもついていて、彼らが見ている風景が、司令室のモニターに映しだされている。
モニターのひとつには、血を流して地面に倒れているディアトリマが映っていた。
「その大きな鳥は何だ?」
『わかりません』戦闘員が気味悪そうに言う。『こんな変な生きものは見たことがありません』
「さては宇宙生物か? あるいは宇宙人の遺跡から洩れた放射能で巨大化したか……まあいい。わたしの音声をつなげ」
『了解』
『おまえたち、無事か』
戦闘員の胸につけていたスピーカーから、コマンダー・ブラックの声が流れ出した。トマトはほっとした。
「おかげさまで助かりました」
『ワニに襲われてたんじゃないのか? それとも、あの話はウソか?』
「いえいえ、そんなことは」トマトはあわてて否定した。「あの鳥はワニと同じぐらい危険なやつだったんです。あなたに助けを求めるしかなくて……」
『まあいい。鳥のことなんか後だ。それよりも、宇宙人の遺跡を発見したというのは本当か?』
「あ、ええ、まあ……」
トマトたちは顔を見合わせて苦笑いをした。遺跡なんかまだ見つけてはいないのに、助けてほしくてウソの連絡をしただけなのだ。本当のことを言ったら、どんなにひどくどやしつけられることか。
ここは適当にごまかすしかない。
「この谷をぬけたところ──ここよりもう少し北の地点です」トマトはてきとうなことを言った。「そこに遺跡があります」
『正確な座標は?』
「えーと……」
トマトが返答にこまっていると、戦闘員が「そう言えば」と、会話にわりこんできた。
「ここに来る途中、この少し北の岩山の近くを通ったときに、円盤のニュートラリーノ推進装置に変調が発生したんです。」
『変調だと?』
「はい。一時的に調子が悪くなったんです。それも三機が同時に」
『原因は?』
「わかりません。岩山から離れたら元にもどったので、とりあえず任務を優先して、こちらに向かいました」
「そう、それです!」トマトはその話に飛びついた。「その岩山! それが宇宙人の遺跡なんです!」
基地にいるブラックは、トマトの話を怪しんでいた。しかし、ふしぎな生物がいたのは確かだし、円盤のニュートラリーノ推進装置に変調が起きたという報告も気になる。
「ノバ博士を呼び出せ」
彼は部下に命じた。ノバ博士というのはアンタレスの科学者で、空飛ぶ円盤の開発者だ。当然、ニュートラリーノ推進にもくわしい。
「ふわああー」
まもなく、真っ赤なパジャマ姿で白髪の老人が、あくびをしながらのろのろと司令室に入ってきた。朝早い時刻にたたき起こされて、機嫌が悪そうだ。
「もう、眠い眠い……何かあったのかね、コマンダー?」
「ああ、すごく重大なことだ」
コマンダー・ブラックは、部下やトマトから受けた報告を、ノバ博士に伝えた。博士は眠そうにしていたが、三機の円盤の調子が急におかしくなったと聞いて、急に目をかがやかせた。
「三機のニュートラリーノ推進装置が同時に変調! それは確かかね?」
「原因はわかるか?」
「地磁気とかではないのはたしかだな。装置を狂わせるほどの強力な磁気なら、飛行機などの計器にも影響が出るはずで、おそらく二〇世紀のうちに発見されていただろうから」
「じゃあ何だ?」
「ふむ。考えられるのは装置の干渉だな」
「干渉?」
「ニュートラリーノ推進装置は音も電波も放射線も出さん。しかし、ニュートラリーノ・アブソーバ・システムの発するN次元デモス波だけはべつだ。それは普通の観測装置ではキャッチできないが、ほかのニュートラリーノ推進装置が近づいた場合には、影響を与える」
「つまり、どういうことだ?」
「その岩山の下にはニュートラリーノ推進装置があって、それが稼働しているということだよ──それも、ものすごく大きなやつが」
ブラックはようやくその意味を理解した。ニュートラリーノ推進装置はつい最近の発明だ。これまでパラサ国の上を飛んだことは一度もない。装置に異常を発生させるような何かがジャングルの中にあったとしても、これまで発見されなかったのはふしぎではない。
ブラックは確信した。パラサのジャングルには、人類が発明するよりもずっと前に、ニュートラリーノ推進装置を実用化した者がいるのだ。
「よし!」
彼は立ち上がり、部下たちに命じた。
「大型母艦〈シルバーエンド〉始動! パラサ国に向かうぞ!」
「おーい!」
「おーいおーい!」
知絵と夕姫は、ジャングルの上を低空で旋回している小型飛行機に手をふっている。
ムララはぽかんして飛行機を見つめていた。彼は生まれてから一度も飛行機を見たことがない。ただ、おとなたちがごくたまに目撃する“銀色の鳥”のうわさをきいたことがあるていどだ。その鳥は翼をはばたかせず、ぶぅーんという音を立てて空を横切ってゆくという。ムララは、そんなものはおとなたちのウソか、普通の鳥を見まちがえたのだろうと思っていた。
ムララにとって飛行機とは、まさに未確認飛行物体──UFOのようなものだった。
「でも、どうやって着陸する気かな?」知絵は心配していた。「飛行機が着陸できるスペースなんてないのに」
「そのへんはきっと考えてるよ」夕姫は楽天的だった。「父さんは考えもなしに行動する人じゃないもの……ほら、あれ!」
夕姫がたのしそうにさけんだ。飛行機から小さな白いものが飛び出し、ぱっと広がったのだ。それもふたつ。
「スカイダイビング!?」知絵は悲鳴をあげた。「この前、足の骨折ったばかりなのに!?」
「父さんはそれぐらい平気だよ。足を折ったことなんか何回もあるし。けがなんかすぐ治る人だから」
「信じられない……」
パラシュートはゆっくりと降りてくる。ひとつは白い服を着た人間がぶら下がっていた。次郎さんだ。もうひとつのパラシュートは、大きな白い包みのようだ。
ふたつのパラシュートは、知絵たちのいる場所に、まっすぐ近づいてくる。風の影響などを自動的に調節し、あらかじめ決められた場所に着陸するようになっている、いわばロボット・パラシュートなのだ。
白い探検服を着た次郎さんは、すたっと着地した。そのすぐうしろに、白い大きな包みが着地する。
「父さん!」
夕姫がうれしそうに駆け寄っていって、次郎さんに抱きついた。知絵も後から近づいてゆく。
「おお、夕姫! 知絵! 元気そうだな!」
「父さんこそ! 足、もういいの?」
「もちろん」
次郎さんはぴょんぴょんとスキップしてみせた。左右の足の外側にそって、腰からブーツまで、ロボットの腕みたいな白いプラスチックの棒がくっついている。
「ドラゴンケープ・コーポレーション製のロボット・ギプスだ。人間の足の動きを増幅する、一種のパワード・スーツだな。これで足にかかる負担をへらせる。歩くのにも走るのにも、もちろんスカイダイビングにも、まったく支障はない」
「そうなんだ」
無事に次郎さんを送りとどけたことを確認すると、飛行機はもう一度、大きく旋回して、帰っていった。次郎さんは手をふって見送った。
「しかし、なんだね、ふたりともそのかっこうは……それに、そっちの男の子は?」
「ムララよ。電話で話したでしょ?」
知絵は振り返った。ムララはおびえたようすでこちらをにらみつけ、ナイフをかまえている。無理もない。彼にしてみれば、空から降りてきた次郎さんは、宇宙人のように怪しい存在なのだから。
「ああ、心配しなくていいのよ」知絵はムララに呼びかけた。「この人はわたしたちのパパ──えーと、ブヴィサポ・ボヴォム」
「ポヴォム?」ムララはうたがわしげだった。「トポ・ジェムパ・ボッタムハ?」
知絵は笑った。「トザ。ロッヴィリヴェ・バビタヴゥチ」
ムララはナイフを下ろし、おそるおそる近づいてきた。
「いやあ、はじまして! ムララだっけ? 元気そうな少年だねえ!」
ムララに握手に、親しく話しかける次郎さん。このごつい体格のおとなを、ムララはまだ信用できないらしく、あやしげに見つめている。
「ムララ、ボヴォムジャ・ベベジヴォ・ワフェ」
知絵に言われて、ようやくムララは警戒を解いた。
「お姉ちゃん、いつのまにか、ずいぶん言葉、話せるようになったね」
夕姫は感心していた。知絵ははにかんだ。
「そりゃまあ、夜のあいだにずいぶん話したから……」
すると、そこに──
「おーい」
ジャングルの奥から声がした。
「あっ、ステラさん!」
ライフルを手にしたステラさんが、こっちに駆けてくる。知絵たちの近くまで来て立ち止まる。
「ああ、知絵ちゃん、夕姫ちゃん、無事だったんだ。良かった」ステラさんは息を切らせていた。「それに次郎さんと……何でムララまで?」
「それはいろいろあって」と知絵。「ステラさんこそ、無事で良かったです」
「ああ、飛行機が飛んでるのを見て、もしやと思って駆けつけてきたんだ──いや、思い出話をしてる時間はないな。急がないと」
「え?」
「プエルト・リコに現われた三機のUFO、あれがここに来てるんだ。トマトのやつが電話で呼んだ」
知絵たちは、さっと緊張した。
五人はセノーテの横で会議を開いた。言葉が通じないムララには、ステラさんと知絵が通訳する。
まず、知絵とムララが、ジャングルの中で出会ったスフィンクスについて、ほかの三人に説明した。次に夕姫とムララが、洞窟の奥で目にした光景を説明する。
「ほんとに?」知絵は信じられなかった。「ほんとにそんなものがあったの?」
「お姉ちゃんたちにウソついてどうすんのさ!」夕姫はむくれた。「あれはたしかに〈かげろう〉だったよ。まちがいない」
「ごめんなさい。でも、あまりにもとっぴょうしもない話だったから……」
「ボクとしては、むしろ、お姉ちゃんの見た金色のスフィンクスの方がウソっぽいんだけど?」
「あなたにウソついてどうすんの!」
「トザフェ。ジョムナピ・ボッヴァムザ!」
「ほら、ムララもほんとだって言ってる」
「うーむ、いよいよ謎の核心に近づいたようだな」次郎さんは腕を組んで考えこんでいる。「あの暗号どおりなら、夕姫たちの見た〈かげろう〉を抜ければ、その先にスフィンクスがいるわけか」
「スフィンクスだから、絶対、なぞなぞをかけてくるね」と夕姫。「それに答えたらクリヤーなんだよ、きっと」
「しかし、なんでマヤ文明なのに、ギリシャ神話のスフィンクスが出てくるんだ?」ステラさんは悩んでいた。「理屈に合わないだろ」
「たぶん白石昭彦の考えです」と知絵。
「白石の?」
「はい。〈百年暗号〉を作ったのは彼です。だったら、スフィンクスも白石が用意したものと考えるべきじゃないでしょうか? 宇宙人の技術を使って」
「宇宙人の技術……」
「ええ。あのスフィンクスはとてもしなやかに動いてました。本物の動物みたいに。でも、あんな生きものが自然の進化で生まれるわけがないんです」
「つまりロボット……」
「はい。科学の進歩した宇宙人なら、動物のようにしなやかに動けるロボットも作れるでしょうから。宇宙人の遺跡を守るために、スフィンクスの形のロボットを作ったんだと思います」
「とにかく、その〈かげろう〉をぬけて、スフィンクスと対面するしかないんだろうな」と次郎さん。「ちょうどいい。念のため、折り畳み式のゴムボートを持ってきてる。それで夕姫たちの見つけた地中の川を進もう。あの連中が追いかけてくる前に」
「さんせーい!」
そのとき、急にムララが立ち上がり、東の空を指さして「バセ、パムザ!」とさけんだ。みんなはそっちを見た。
ジャングルの上に大きな真っ黒いものが浮かんでいた。円筒形をしていて、両端が丸みを帯びている。音もなくゆっくりと南の方にいどうしてゆく。遠くなので大きさはよくわからないが、少なくとも百メートル以上はありそうだ。
「飛行船……?」
ステラさんがつぶやいた。そう、そのシルエットは昔のツェッペリンとか呼ばれる飛行船のようだった。
「空飛ぶ円盤の母船だ!」夕姫がはしゃぐ。
「何でそんなことがわかるの?」と知絵。
「円盤の母船は葉巻型なんだよ! 昔からそう決まってるんだ!」
「だれが決めたのよ、そんなの」
「ふうむ、たしかに、ただの飛行船ではないな」双眼鏡で観察しながら、次郎さんが言う。「飛行船なら布でできているが、あれは全体が金属でできているようだ。潜水艦みたいだな。しかし、あんな大きなものならレーダーに映るんじゃあ……?」
「電波を吸収するパネルで全体をおおってるんだと思う」と知絵。
「ステルス機か。あの円盤を飛ばしていた連中の仲間かな?」
「たぶん」
「ぐすぐずしてはおれんな。ここが見つかるのも時間の問題だ」
次郎さんはみんな方を振り返った。
「急いでゴムボートの準備をするぞ。あいつらより先に〈かげろう〉の場所までたどりつかないと!」
〔地球最強姉妹キャンディ〕宇宙人の宝を探せ! 山本弘 @hirorin015
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