第14回 乙女の墓
「う、うーん……」
夕姫が目をさましたときには、もう夜明けが近く、空がすっかり明るくなっていた。
「うーん……あ、あれ?」
目をこすり、きょろきょろとあたりを見回した。頭と背中がずきずき痛む。
(そう言えば、大きな鳥に襲われて……それからどうなったんだっけ?)
夕姫は起き上がった。そこは遺跡の中でも、いくらか形の残っている建物の中だった。天井はとっくにくずれていて、おいしげった木の枝の間から青空が見えているが、まわりの石の壁はまだしっかりと立っている。
となりの部屋に行ってみると、草をしいて作った寝床で、知絵がすやすやと寝ていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
夕姫がゆり起こすが、知絵は朝ねぼうなので、なかなか目がさめない。「うーん、もうちょっと……」とつぶやくだけだ。
「しょうがないな」
姉をそのままにして、夕姫は外に出ることにした。出入り口は内側から石を積み上げられてふさがれている。夜の間に知絵たちがやったのだ。人間は壁をこえて外に出られるが、ディアトリマは入ってこられない。
夕姫は壁をひょいひょいとよじのぼった。二階建ての家ほどの高さがある壁のてっぺんに立って、あたりを見回す。ジャングルの中にうもれた遺跡は、夜中は暗くてぶきみだったが、今はかなり明るくなっている。空をアーケードのようにおおっている木の枝の間から、夜明け前の空の光が、半透明のカーテンのようにさしこんでいる。それに照らされて、蚊のような小さな虫がひらひらと舞っていた。
五メートルの高さから、夕姫は「ほっ」と飛び降りた。空中でネコのように体をひねり、はだしで建物の前の道に着地する。ずっと昔は石畳におおわれたりっぱな道路だったのだろうが、今は石の間から雑草がびっしりと生え、石畳はほとんど見えなくなっている。ところどころ、太い木の根が地中に張り出しているのか、石が持ち上げられて、人の入っているふとんのように道路が盛り上がっていた。
「うわあ……」
草にうもれた道を歩きながら、夕姫は感動していた。これまでお父さんといっしょに、中南米や東南アジアやアフリカのジャングルを回り、古代遺跡をいくつも見てきた。だが、それらの多くはとっくに探検家に発見され、草や木を切りひらかけて、本来の姿に近い状態にもどされていたものだ。こんなにも手つかずの遺跡なんて、さすがに初めて見る。
たくさんあったはずの石造りの建物の中で、形がまともに残っているものはほとんどない。地中から生えてきた若い木が、何百年もたつうちにすっかり太く大きくなって、石の壁をくずし、建物をすっかりこわしてしまっているのだ。残った壁もツタにおおわれ、まるでジャングルの一部のようだ。ここでは人工の町とジャングルが溶けあって、自然の風景の一部のようになっているのだ。
あと何十年もすれば、この遺跡はすっかりジャングルに飲みこまれ、消えてなくなってしまうだろう。その前に発見できたのは幸運だったのかもしれない。
遺跡の奥には、木が少しまばらになって、小さな広場のようになっている場所があった。ちょうどムララが、手に小さな魚をぶらさげて、こっちに歩いてくるところだった。夕姫に気がつくと、彼は笑って手を振った。
「ユウキ、ボナベ、ヴォリバムラ?」
「あれー、ムララ、なんでここにいんの?」
「ファビロブキュ? ビヴァビボロ、パビラ?」
「ああ、わざわざぼくらを追いかけてきたの?」
ムララはそれには答えずに、手にした魚をとくいげにかかげてみせた。
「ロセ、バタネティ!」
「あっ、魚とったんだ。このあたりに川があるの?」
「バッヴィピ・ビウニハ・バスムザ」
ムララは後ろを指さし、それから腕を振って、泳ぐまねをしてみせた。夕姫は「えー、どこどこ?」と、元気よく駆けだしていった。
目を覚ましたとき、となりの部屋に夕姫がいないので、知絵は不安になった。まさか寝ているあいだにディアトリマに襲われたのでは? いや、そんなことはあるまい。それなら物音ぐらい聞こえただろう。それに、夜中はムララが見張りをしてくれていたはず。
「そう言えばさっき、夕姫に起こされたような……」
知絵は頭を振った。彼女は天才だが、起きてからしばらくは頭の回転がにぶい。なかなかエンジンがかからない体質なのだ。
さいわい、石の壁はツタにおおわれていて、手がかりも足がかりも多い。運動神経のにぶい知絵でも、ハシゴをのぼる要領で、どうにかよじのぼることができた。
てっぺんまで上ると、遠くから夕姫とムララの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「何やってるのかしら……?」
知絵は苦労して石の壁を下り、声のする方に歩き出した。風はなく、ディアトリマたちが現われる気配はない。夜行性なのかもしれない。
道がしばらく続いていたが、広場のような場所をすぎたところで、いきなりとぎれた。その先には、ぽっかりと大きな穴があいていた。直径は二〇メートルほど。深い縦穴になっていて、底には透明な水がプールのようにたまっている。そこで夕姫とムララが水遊びをしていた。
ふたりとも裸だった。
知絵の頭は、かあっと熱くなった。夕姫はまるで気にしている様子がない。幼いころからこうした原始の暮らしになれていて、男の子の前ですっぱだかになるなんて平気な女の子なのだ。それは知絵もわかっている。でも、夕姫とムララが楽しそうに泳いでいるのが許せなかった。自分は泳げないのだから、なおさら仲間はずれにされた気がする。
(何であなたがムララと仲良くしてるのよ!?)知絵の心に怒りがわいてきた。(あなたには
そんな自分の感情に気がつき、知絵はさらに熱くなった。
(やだ、わたし、夕姫に嫉妬してる!?)
夕姫にやきもちを焼くということは、言うまでもなく……。
(ああ、だめだ! わたし、完全にムララに恋しちゃってるじゃない!)
知絵は混乱し、頭をかかえた。これまで同じ世代の少年になんかまったく興味がなかったのに、自分とはまったく正反対の、原始的で言葉も満足通じない男の子をいきなり好きになってしまうなんて、いったいどういうことなのか。百年暗号を五分で解けるほどの知絵の頭脳でも、自分の心は理解できない。
冷静さを取り戻そうと、知絵はあたりを観察した。
「これ、セノーテだわ……」
知絵はつぶやいた。調査に来る前、予習のために読んでおいたマヤ文明についての本に書いてあった。マヤ文明の栄えた地域には、こうした縦穴がいくつもあると。
六千五百万年前、巨大な小惑星が地球に衝突して、大きなクレーターができた。このあたりはそのクレーターのふちの部分なのだ。そこには石灰石ができ、それが地下水で溶けて、長い長い鍾乳洞ができた。そうした鍾乳洞は地下を網の目のように走っている。その天井が崩れると、こうした縦穴、セノーテができるのだ。
よく見ると、このセノーテは自然のままではなかった。壁にそって岩がきざまれ、階段が作られていて、水面まで歩いて降りていけるようになっている。あの遺跡を作った人たちが、ここを利用していたのだろうか。
そのとたん、知絵の頭にひらめいたことがあった。
「夕姫!」
知絵はさけんだ。夕姫は泳ぎながら顔を上げる。
「あっ、起きたんだ、お姉ちゃん。おはよう」
「のんきに言ってる場合じゃない! ここよ! ここなのよ!」
「ここって?」
「セノーテよ。古代マヤの人たちは、地下に神の国があると信じていて、セノーテを神聖なものとあがめていたの。時には、けがれない乙女をセノーテに投げこんで、神のいけにえにしたと言われてるのよ!」
夕姫もようやく気がついた。
「つまり、ここが……?」
「そうよ、〈百年暗号〉にあった〈乙女の墓〉なのよ!」
「じゃあ、この下に、いけにえにされた乙女が沈んでるってこと?」
「ええ。確かめてみて――ああ、ライトを持っていきなさい」
知絵は石の階段を下りて水面に近づくと、念のために持ってきていたP光線銃を夕姫に渡した。これは武器としてだけではなく、懐中電灯としても使えるのだ。
「じゃあ、行ってくる!」
夕姫は「はあっ」と大きく吸うと、水にもぐった。ムララも何か大事なことだとピンときたらしく、夕姫を追ってもぐった。
下へ、下へ。まっすぐにもぐってゆく夕姫とムララ。セノーテはものすごく深く、水はびっくりするほど透き通っていて、青い光が底のほうまでとどいている。かなり深くまでもぐっても明るくて、ライトの必要がないぐらいだ。
八メートルほどもぐると、底が見えてきた。真っ白で、一面の砂のようだ。くちた木がところどころに沈んでいて、水草がそれにからまってゆれている。水の中にある砂漠、といった感じだ。
それに手でふれてみて、夕姫はおどろいた。砂のように見えたのに、腕が何の抵抗もなしに沈みこんだのだ。手を振ると、白い雲のようなものがわき上がった。
夕姫はすぐに気づいた。ついこの前、学校で「比重」について習ったばかりだった。水に砂糖や塩を溶かすと、ふつうの水より比重の大きい水ができる。二種類の水を同じビンにそうっと入れると、軽い水が上に、重い水が下にたまる。
自然界でも同じで、きれいな水より不純物をふくんでいる泥水のほうか比重が大きい。このセノーテは川とちがって水が流れないので、きれいな水がセノーテの上のほうにたまり、灰色の泥水が底のほうにたまったのだ。
夕姫はきれいな水と泥水のさかい目で、腕をばたばたと振り、水をかき回した。泥水が雲のようにわき上がって、きれいな水がにごってゆく。でも、泥水の下にあった層も見えてきた。
(あれは?)
夕姫は泥から顔を出している丸っこいものに気がついた。ただの石ころではなさそうだ。近づいて、泥を掘ってみる。ムララも手伝った。
もぐっていったムララと夕姫がなかなか上がってこないので、知絵ははらはらした。もぐってから三分ぐらいたつ。夕姫がかんたんにおぼれたりしないのはわかっているが、それでも心配だ。もしや、水の底で何かあったのだろうか……?
やがて、夕姫が水面に顔を出し、「ぷはあっ!」といきおいよく水を吹いた。続いてムララも浮かんでくる。知絵はほっとした。
「あったよー、お姉ちゃん!」
夕姫は階段のところまで泳いでゆくと、水辺で待っていた知絵に、水の底で見つけたものを、とくいげにつきつけた。知絵は「ひっ」と叫んで尻もちをつく。
夕姫が手にしていたのは人間の頭蓋骨――つまりドクロだった。
ふつうの女の子なら、恐怖にふるえるか、気味悪がってさわろうともしなかっただろう。でも、夕姫はにこにこ顔だ。お父さんといっしょに世界各地で遺跡の発掘や調査をしてきて、古いドクロなんて見なれている。だから平気でドクロをつかむこともできるのだ。
知絵はおそるおそるドクロに顔を近づけ、気味の悪さをこらえながら観察した。
「女性の頭蓋骨ね」医学にもくわしい知絵は、すぐにドクロの特徴を見抜いた。「それに、かなり若い。たぶん、わたしたちと同じぐらいの女の子……」
そのあいだに、また水中にもぐっていたムララが、ふたたび浮かび上がってきた。
「ジョサ! ロムパムノ!」
右手に持った白っぽい棒を、うれしそうに知絵に見せた。よく見ると、その棒は腕の骨で、金色のブレスレットがからみついていた。
知絵はそれを手に取って観察した。ブレスレットは汚れてはいるが、たしかに
「こんなのがたくさんあったの?」
「うん、ちょっと探しただけですぐに見つかったからね」と夕姫。「たぶん、何十、何百って沈んでるんじゃないかな」
知絵はぞっとなった。ここでは何百年も昔、若い娘を水に沈めて殺す儀式が、長いこと行なわれていたのだ。昔の人は、神様にいけにえをささげることで、神様のごきげんをとれると信じていたのだ。美しい娘をプレゼントして、神様がよろこんでくだされば、地震や洪水などの天災は起きないし、作物も豊作になるだろうと。
もちろん、そんなのは迷信だ。いけにえをささげようとささげまいと、地震も嵐も洪水もいつかは起きる。作物は豊作の年もあれば不作の年もある。でも、昔の人たちはそんなことはわからなかった。災害が起きたり、作物が不作だったりすると、「きっといけにえが少なかったせいだ」と考えて、ますますいけにえを増やしたのだ。
たぶん、毎年毎年、何人もの女の子がここで殺されたのだろう。そんなことが百年も続いたとすれば、このセノーテの底には何百人分もの骨が沈んでいるはずだ。
昔の人のおろかさを笑うのはかんたんだ。でも、現代人だって、いけにえこそささげなくなったけど、神社でおさいせんをあげたり、お守りを買ったりするし、ビルを建てる前には地鎮祭という儀式をやって、土地の神様の怒りをしずめている。昔の人と考え方はそんなに変わってはいないのだ。
「ここが〈乙女の墓〉だとすると、残るのは〈かげろう〉ね」知絵は考えこんだ。「それも水の中にあるのかも」
「ボク、探してくる!」
夕姫とムララはまた水にもぐった。
それから二十分ほど、ふたりは水にもぐったり顔を出したりを、何回もくり返した。底の泥水をかき回して、何かないか調べているのだ。上がってくるたびに、頭蓋骨や腕や足の骨、宝石のついたネックレスや冠やブレスレットを見つけては、知絵の足もとに積み上げてゆく。
「この下には、こんなものしかないみたいだなあ」
十何回目かにもぐったあと、夕姫は息を切らして言った。
「〈かげろう〉なんて、どこにもないよ」
「だとすると、怪しいのはあそこね」
知絵はさっきから、この階段の向かいがわ、セノーテの水面近くに見える横穴が気になっていた。幅は五メートル、水面から天井までの高さは一メートルぐらいしかない。
「セノーテは鍾乳洞でつながってる。あの横穴の向こうに、べつのセノーテがあるのかも」
「そう言えば、このセノーテ、魚がいるんだよね」
「魚? ということは、地下の洞窟で川とつながってるのね」
「じゃあ、穴の先に宇宙人の遺跡がある?」
「ええ。スキューバダイビング用の機材があれば、もぐって調べられるんだけど」
念のため、スキューバダイビングに使うウェットスーツや酸素ボンベも用意していたのだが、ディアトリマに襲われたせいで、ほとんどの荷物をなくしてしまっていた。今の知絵たちにあるのは、P光線銃と携帯電話ぐらいだ。
「じゃあ、どうするの?」
「ゆうべのうちに、パパにはケータイで連絡してある。〈ヨワルテポストリの谷〉を抜けて、マヤの遺跡を見つけたって。すぐに応援の人と機材をよこすって言ってたわ。だから、ここから先は、おとなたちにまかせましょ」
「でも、ちょっと待って。横穴の向こうに宇宙人の遺跡があるとしたら、あの暗号を書いた白石昭彦も、あの穴を通っていったわけでしょ?」
「たぶんね」
「でも、白石さんはたぶん、酸素ボンベなんか持ってなかったと思う」
「ええ、まあ……」
「じゃあ、そんなもんなしでも行けるってことだよ。でしょ?」
「そうだけど、そんな危険をおかす必要なんてないでしょ? パパが来るのを待てば……」
「がまんできない。ボク、確認してくる!」
「ああ、ちょっと待って!」
止めたって聞くような夕姫ではない。どんどん横穴に向かって泳いでゆく。穴の手前で振り返り、姉に向かって手を振ると、水中に姿を消した。
「ムララ!」知絵はおろおろしていた。「夕姫についていって! むちゃなことさせないように! 何かあったら、無理にでもつれもどして!」
もろちんムララには知絵の日本語はわからない。でも、知絵が妹のことを心配しているのはわかった。笑顔で、「ナラティヴォレ!」というと、夕姫を追って横穴の方へ泳いでいった。
夕姫はライトを手に、横穴の中を奥へ奥へと泳いでいった。
セノーテは鍾乳洞の天井がくずれてできたものだ。つまり、この洞窟はまだくずれていない鍾乳洞なのだ。天井からは鍾乳石がつららのようにいっぱい垂れ下がり、下からは「
素もぐりの名人は、一回の息つぎで五分以上ももぐっていられるという。それほど長くではないが、夕姫も三分か四分ぐらいなら息が続く。ときおり洞窟の天井まで浮き上がって、そこの空気で息をつぎ、また泳ぎ続ける。ムララもその後にぴったりついてきている。
暗い洞窟の中を何百メートル進んだだろうか、さすがに夕姫も不安になってきた。泳ぎすぎて疲れてもきている。ライトの電池がいつまでもつかも心配だ。こんな洞窟の奥で電池が切れたら、もどれなくなる危険がある。
(お姉ちゃん、心配してるかもしれないなあ……)
そろそろ引き返そうか、と思いはじめたとき、夕姫は気づいた。。
ライトの照らす先で、天井が高くなり、反対に底が浅くなってきている。鍾乳洞が上に向かってカーブしているのだ。
(ひょっとして出口?)
夕姫は泳ぎを速めた。足が洞窟の底にぶつかった。そこから先は立ち上がって、上り坂になった洞窟を歩いて進んだ。ムララも立ち上がり、夕姫を追いかけてくる。やがて二人とも水の外に出た。洞窟はさらに何十メートルも上まで続いていた。
やがて、大きな空洞に出た。
「うわっ……」
空洞の入口で、夕姫は立ち止まった。追ってきたムララがその背中にぶつかる。
二人はぽかんとして、空洞の中を見つめた。東京駅がまるごと入ってしまいそうな、とてつもなく巨大な洞窟だった。壁の一部に割れ目があって、そこから外の光が差しこんでいる。大洞窟の天井は大きな天然のドーム、下は地底の湖になっている。
そして、湖の中にあったのは──
「いいいいい……」
夕姫の顔に笑顔が広がっていった。
「いやったー!」
興奮してばんざいをすると、ムララに抱きついた。
「やったー、やったー! とうとう見つけちゃったあー!」
ムララは湖を見下ろし、茫然となって、「パムザ!? パムパムザ・バセ!?」と口走っている。
「あれが〈かげろう〉だよ! 宇宙人の遺跡なんだ!」
ムララには通じないとわかっていても、夕姫は大声でしゃべり続けた。
「すごいよ! 大発見だ!──そうだ、お姉ちゃんに教えなきゃ!」
セノーテの水辺でじりじりしながら待っていた知絵は、ようやく夕姫とムララが水面に顔を出したので、ほっとした。二人とも、自分にとっては大事な人だ。何かあったらどうしようかと、気が気ではなかった。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
泳ぎながら、夕姫は興奮してさけんでいた。
「何よもう! 心配させないで」
「そんなことどうでもいいんだよ!」
夕姫はようやく、知絵の足元まで泳ぎついた。長いこと泳いできたので、すっかり疲れきっている。
「ちょっと夕姫! あなた……」
「見つけたよ、お姉ちゃん! 〈かげろう〉を! 宇宙人の遺跡を!」
「ええ?」
「いや、遺跡じゃないな。宇宙人の科学の力が、まだはたらいてるんだよ!」
どういうことなのか、知絵が問いただそうとしたとき、ぶうーんという飛行機の爆音が遠くから聞こえてきた。
「あれは……」
「パパよ、きっと」と知絵。「さっき、こっちに向かってるって、電話があったから」
知絵は次郎さんのケータイに電話をかけた。
「もしもし、パパ?」
『知絵ーっ! 夕姫ーっ! 無事かー!?』
電話が通じたとたん、ケータイから次郎さんの声が聞こえてきた。
「そんなに大声出さなくても聞こえるわよ」知絵は笑った。「二人とも元気です。こっちの現在位置はわかりますか?」
『うむ。そのケータイのGPS情報はきっちりとらえてるぞ。もうじきおまえらの上を通過するはずだ』
「セノーテが目印よ」
『セノーテ? よし、わかった』
「父さん! 宇宙人の宝のありか、見つけたよ!」夕姫が水面から上半身を乗り出し、知絵のケータイに向かってどなった。「ものすごいんだよ! あんなもん見たことない! 早く見に来て!」
『何ィ!? わかった、すぐ行く! 待っとれ!』
「うん! 待ってる!」
夕姫は水中からざばっと出てきて、知絵の横に立った。続いてムララも上がってくる。二人とも全身から水をしたたらせている。
「早く、お姉ちゃん! 迎えに行こう!」
しかし、知絵はすぐには立ち上がろうとしない。顔を真っ赤にして、肩をぶるぶるふるわせていた。
「あなたたち!」知絵はどなった。「二人とも、服を着なさい!」
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