第5話 黒い炎


「よそ学校の部員なのに、ずいぶんとご執心じゃない」

 輝美は悟道の後ろから声をかけた。


「釜谷コーチ自身も国体選手候補でいそがしいうえ、あいつらには先輩がいないからな。なんだかもったいなくてよ……」


「どうして悟道くん自身が教えないの」


「対等の立場で戦いたいからさ」


「ふふっ」

 瞳には好もしい男性を見るきらめきがあった。


「おかしいか?」

「ええ、とっても」

 追い抜きざま悟道の頬に素早いキスをした。


「あの子たちが強くなって、後輩にうらまれるかもよぉ!」


(後輩の代だろうか)

 すでに心蔵たちから得体の知れない脅威を感じている悟道だった。




「あ~っ!」

 合宿所では嘆きの三重奏だ。

「心蔵ーっ!見たか、いまの……」

 丹治は泣いて心蔵の肩を揺すった。

 その心蔵は吹雪のイメージの中、凍りついていた。

「凍死してます」

 報告する野分の足元に心蔵が崩れ落ちた。


~~~~~


 暗闇に塗り込められた体育館。


「心蔵、本当にやるのか?」

 丹治の呼びかけがうつろにこだました。


「もちろんだ」

 ユニフォーム姿の心蔵が更衣室から現れた。


「こんなに真っ暗じやまるで剣が見えないだろ」

「闇稽古だ。おれが通っていた剣道場は実戦的でよくやったもんだ」

「でもケガをしたら……」

「マスクと二重のプロテクターが守ってくれる」

 心細げな野分を叱咤した。


「どのみち細くて素早い剣の動きは目玉じゃ追いきれない」

 心蔵の剣がヒュッと風を切った。

「剣道でもケンカでも腕から肩で動きがわかる。あとは間合いをつかむこと」

「お、おう」

「それにお前ら、輝美さんをたぶらかした悟道が憎くないのか」

「こいつにだけは恨まれないよう、気をつけようぜ」

 丹治はそっと野分にささやいた。



 まさしく闇に戦いの火花が散った。


「やっ!」

「はっ!」

 短い気合とともに剣がぶつかりあう。


 鈍い音がして心蔵が転がった。

「心蔵、大丈夫か」

「まだまだっ」

 剣をつかんで叫んだ。

 丹治と野分は交代するが、心蔵だけは休むことなく戦っていた。


~~~~~


「これから合同合宿の仕上げに、全員で総当たりのラウンドファイトをおこなう」

 河合の野太い声だ。


 広い体育館に平行に向かい合って並ぶ先輩後輩、男女、さらにコーチ陣。


「これを待っていたんだ!」

 右腕のギブスを外す心蔵。すでにヒビだらけでボロボロだ。


「悟道は60人目ぐらいか。こっちは女子の列で体力を温存してから当たれるが、悟道はコーチたちとやりあった後。これは勝機だ!」

 心蔵の腹でどす黒い炎が燃えさかっていた。


「2分間戦って、30秒の休憩だ!」

「70人ちかくいるってことは……」

 河合の宣言に絆創膏だらけの丹治が計算した。

「しえっ、3時間ぶっつづけか!」


「エト・ヴ・プレイ?」

 河合が大声を張りあげた。


「ウ、ウィ!」

 野分は緊張にかたくなって応じた。


「アレイッ!」

 壁時計は9時をさしていた。


ガッシャーンという、衝突事故のような大音響が体育館を揺るがし、剣と意地がぶつかり合った。


気合がほとばしり、汗が飛び散る。


 稲妻のように選手たちが交錯した。


「アルト!」

 2分過ぎると剣闘は終わりを告げられ対戦相手が一人ずれる。端までたどり着くと前の列に移ってそれまで隣にいた選手とやりあい、また一人ずつずれていく。


 永遠に続くかとおもわれる剣のカーニバルだ。


「くそっ、何人目だ。悟道はまだか」

 心蔵の剣が閃く。



「終わるころには干物になってるぞ」

 丹治は鉢巻きをしめて目に流れ込む汗をせき止めた。



 壁時計は11時半をさしていた。


野分は苦しげな呼吸で、脚もガクガクと震えていた。意識は朦朧状態だ。

(この構え……海正の野分だったか。さてどれだけのものか、見せてもらうおう)

 相手は悟道だった。


「てやっ!」

「それでは届かん」

野分のアタックを軽くはじく。

「だーっ!」

 突きの低い姿勢のまま、後脚を引きつけ、さらに突き出す。

「連続っ!?」

「だだだだだだっ!」

 地を這う突きから突きへの連続技。

「追いついてみろ!」


「だらーっ!」

 前脚で踏み切る捨て身の飛び込み突きだ。

「くうっ!」

 いなしてカウンターをくらわした。


野分はそのまま倒れたきり痙攣していた。

「熱けいれんだっ!食塩水を飲ませて涼しいところへ!」

 悟道は叫んだ。


(惜しかったな。いい攻撃だったぞ)

 悟道は剣を握ってわずか一週間の野分に敬意を表した。



 首をもたげ新たな犠牲者を確認する丹治。

 丹治は濡れタオルを額に当て、木陰で倒れていた。



 野分は宮崎教諭と河合の肩を借りていた。

「遅かったじゃないか」

 丹治は自嘲気味だ。

「先に来てるかと思ったのに……」

「悟道さんと当たるまではと頑張ったから……」

「こっちは基礎体力さえまだできてないんだ。心蔵に合わせてどうする」

 目をつむる丹治の口許から苦笑がこぼれた。

(くそ、一年生の女子だって頑張っているのに……)




「こら心蔵!手抜きしようたって、そうはいかないわよ」

 輝美が激しく攻めたてる。


「つ、強えぇ!」

 心蔵は舌を巻いていた。


 やっとくい止め鍔ぜり合いとなる。


「接近戦よ。さあどうする?」

 微笑んで体をすりよせる輝美。


間合いをとろうと跳びさがる心蔵に、体を密着したまま同じ速度でついていく輝美。


「甘い!」

 輝美は体をひねってわずかだが間合いをつくり、心蔵の胸を軽く突いた。

「あっ!」


「アルト!三十秒休憩」

 野分を運んだ河合に代わって釜谷が腕時計を見て叫ぶ。


「つぎは悟道くんよ。がんばってね」

 ウインクして鍔で投げキスする輝美。

「密着プレイで元気百倍だよ!」

 心蔵は左手で輝美と握手をかわした。




 予想に反して疲れも見せない悟道が立ちはだかる。

 闘志に燃えあがる心蔵が構えた。

「エト・ヴ・プレイ?」

「ウイ」

 悟道が問いかけ心蔵は力強く返した。


『アレイ』の号令とともに、心蔵の剣尖が真夏の熱気を切り裂いた。  


     終わり

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エト・ヴ・プレ? 伊勢志摩 @ionesco

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