第七話 守られる側じゃない、新しい視点
現場に到着した防衛班は民衆を避難させ、一定の区域に防衛戦を張り巡らせた。
そこから轟くのは怒号と銃声。
隊員たちが上空に向けた機関銃の銃口から数々の弾幕が火を噴く。
だが空を縦横無尽に飛び交う怪物には直撃せず、運良く掠めたとしても外殻によってダメージはかき消されてしまう。
敵はコウモリのような特異生命体―――通称、バット型だ。
バット型の特徴は腕の翼で飛行すること。飛んで逃げられてしまうことも少なくない。
「
「よし、叩き落としてやれ!」
隊員の一人が音波玉と呼ばれる手榴弾のピンを引き抜き、それをバット型目掛けて空高く放り投げた。
「耳を塞げ!」
全員が反射的に両耳を手で覆った瞬間、破裂した音波玉は高周波の超音波を発生させた。
それは一般的なコウモリと同じく
それでも立ち上がったバット型は、酔っ払いのようにおぼつかない足取りでふらふらとしている。
「今だ、攻撃を集中させろ!」
バット型に向けられた銃口から一斉に解き放たれる無数の弾丸。
防衛班はあくまで民間人の避難と特異生命体の足止めを目的としているため、ライド部隊に配給されている装備ほどの火力はない。だが、数で攻めればそれなりのダメージを蓄積させることが出来る。
火花を散らし、土煙を巻き上げ、瞬く弾幕の閃光の中にバット型の姿は埋もれる。
「やめ!」
その一声で全員が攻撃の手を止めた。
猛攻が途絶え、土煙が晴れると、ぐったりと脱力した様子のバット型の姿が露わになっていく。
固唾を呑んで敵の様子を窺う隊員たちの間に、より強い緊張が走った。
それは悪寒とも呼べるものだった。
ゆらりと頭を上げたバット型が雄叫びを上げたのだ。
「くっ!」
トレーラーの窓ガラスを粉々に叩き割り、聴く者の鼓膜をつんざくけたたましい超音波が轟き、隊員たちは耳を塞いで怯む。
その隙に目にも留まらぬスピードで跳び出したバット型は、隊員の一人に飛び掛かった。
「ひぃっ……!」
撃ち込まれてくる弾丸もすべて弾き、その隊員を捕まえるバット型。バット型に捻られた彼の右腕はゴギャッと歪な音を上げた
大きく開いた顎から露出された牙が鋭く煌めき、隊員の首筋を舐め回すように睨みつける。
それはまさに、バット型が“食事”を始めようとする合図だった。
他の隊員がバット型を彼から引き剥がそうとするが、銃もナイフも彼が盾になってしまい攻撃できない。
するとその時だ。
どこからともなくこの場へ急速に接近するバイクのエンジン音と共に一際大きな発砲音が響くと、解き放たれた弾丸がバット型を的確に撃ち抜いた。
それによってバット型が怯んだ隙に拘束から抜け出し、死にもの狂いといった様子で仲間の許へと駆けて行く隊員を他の防衛班が救助した。
彼と入れ替わりにバット型の眼前へ躍り出たバイクから一人の女性が降りる。
彼女は右手の白銀のハンドガンを持ちながら、頭に装着していたヘルメットを外した。
「大変お待たせしました。ここからは私が引き受けます。皆さんは」
長い髪を風に靡かせながらバット型を睨みつけた彼女は、左腕のブレスレッドを口元に近づけると、力強く叫ぶ。
「ライドオン、デルタ!」
『承認。ライドウェア、構築開始』
ライド部隊四番、ライドデルタ。
「萩野さんは負傷者の救護に当たってください。……できますよね?」
「は、はい! 頑張ります!」
その一部始終を見届けていたバイクの後部座席の少女、
それを見送ったライドデルタは右腕を軽く振って装着の心地を確かめると、バット型に向き直って構えを取る。
「ライドデルタ、これより戦闘態勢に移ります」
その言葉を合図に、ライドデルタの両目が緑の輝きを放った。
◆ ◆ ◆
「おい、応急箱持って来い! あと水と添え木になるものを!」
バット型から命からがらで逃れた隊員を救助し、後方に待機させたトレーラーへと撤退をした一部の防衛班たちは隊長の指示に従って慌ただしく走り回る。
「あ、あの、わたしにも何か手伝わせてください!」
その喧騒にも怖気づかずに協力を申し出た実夏を横目で見た隊長は、隊員の持ってきた応急箱を受け取ると手を止めずに答えた。
「応急手当の心得は?」
「が、学校で習ったことなら大体は頭に入っています」
「それなら骨折の処置だ。固定が完了するまでこいつの折れた腕を押さえていてくれ」
「は、はい! えっと、少し我慢していてください!」
腕の骨折の応急処置は高校の保健の授業で習った。
患部を氷嚢で冷やしつつ、心臓より上にあげる。
そのために実夏は隊員の腕を恐る恐る掴んだ。
だが、抉れた腕の、痙攣を起こしている真っ赤な肉を目の当たりにした実夏の背筋はゾッと凍り付く。
「ひっ……!」
「こらえろ!」
つい悲鳴を上げてしまった実夏だが、隊長の叱責を受けて必死に恐怖心を押さえて応急処置の手順を追った。
「血を見るのは初めてか?」
実夏は隊員の腕を支えながら何度も頷く。
「そうか、それならいい経験になったな。……よし、これで終わりだ。お前も良く諦めなかったな、今は休め」
固定を終え、隊員を激励した隊長は他の仲間に二、三の指示を出すと、ライドデルタの援護をしている部隊への合流に向かうべくトレーラーから降りた。
「あ、あの!」
それを見た実夏も慌ててトレーラーを降りると、隊長の背に呼びかけた。
「わ、わたしがもたもたしていたせいで到着が遅くなってしまい、それであの人も大けがをしてしまって……ごめんなさい!」
深く頭を下げる少女を一瞥した隊長は、ふっとため息をついた。
「お前がライドデルタの許で勉強を始めた萩野実夏だな」
「は、はい……」
「本部から話は聞いている。とりあえず、こっちに来い」
それに従って隊長の隣に立つと、ライドデルタとバット型の戦いの様子が一望できた。
その傍らではまだ余力のある防衛班の面々がライドデルタの援護に当たっている。
「まず、謝罪を求められてもいないのに謝るな」
「え……?」
「俺たち防衛班は自分が傷ついてでも民間人に被害が及ばないようにするのが仕事だ、命を賭す覚悟は最初から出来ている。だから焦る必要はない」
「で、でも、それで本当に命を落としたら……間に合えば助けられたかもしれないのに……」
「そうだな。それはとても悲しくツラいことだ。だがその時は、お互いに運がなかったと思うしかないさ」
「そんな簡単に……」
「俺たちは特異生命体による被害を未然に抑えることはできない。誰かが犠牲になった上でようやく出動する風邪薬だ。ツラいことかもしれないが、すべての命を救うことなんてできない。だが、それでも俺たちのような存在がひとりでも多くの命を救えるのなら、傷ついてでも、這ってでも、戦うしかないだろう」
もしかしたら自分はまだ知ったつもりだったのかもしれない。
彼らの覚悟は、生半可なモノではなかったのだ。
特異生命体と戦うライド部隊や防衛部隊、もちろんRIDE本部の隊員たちも。
文字通り、命懸けの覚悟で戦っている。
そう理解すると何故か、目の前で繰り広げられているライドデルタとバット型の戦いもこれまでとは違って見えた。
憧れのヒーローの戦いを間近で見られるという興奮ではなく。
一つ間違えれば大切な人が消えてしまうという恐怖。
今回の自分は被害者として守られる側ではなく、戦う側としてこの戦いを見届けているのだ。
◆ ◆ ◆
音波玉の効果はまだ継続しているのか、飛ぶ気配はない。
だが、その効果が切れるのも時間の問題だろう。
ならば早々に蹴りを付けたいところだ。
バット型を防衛班から遠く引き離したライドデルタは、トライブレイバーの刃をその肉体に斬りつけた。
バット型の外殻は現在確認されている異端生命体の中で一番脆い。
そのため、攻撃に間隔が開いてしまう射撃よりも、近接戦闘で打ち込む方が効率的だ。
『コアの位置は左胸部。でも体積自体はとても小さいからよく狙って』
オペレーターの
それに対して、バット型は両腕の翼で薙ぎ払ってくる。
「くっ……!」
それによって攻撃を中断されたライドデルタは素早く距離を取った。
彼女が怯んでいるところへ、バット型は飛び掛かろうとする。
だが、後方で待機していた数人の防衛班の拳銃が次々に火を噴き、バット型の動きを止めた。
さらに体勢を立て直したライドデルタがバット型の胴体を蹴り飛ばす。
戦況はこちらが優位だ。
このまま一気に終わらせるべく、刃を研ぎ澄ませたライドデルタが踏み出した時、バット型の目が突如として真っ赤に染まった。
「音波攻撃に備えてください!」
その変化を見逃さなかったライドデルタの指示に反射的に従い、防衛班は耳を塞ぐ。
瞬間、大きく開かれたバット型の口から高周波の超音波とそれによって引き起こされた衝撃波が解き放たれた。
「がぁ……ッ!」
ライドデルタは防音装置の甲斐あって超音波による脳への直接的影響を免れたが、空気を激しく震動させる程の衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。
音波玉の効果が切れたことで、相手が再び超音波を使用できる状態に戻ったのだ。
それはつまり、
「防衛班は音波玉の準備を! それと本部、ブラストナックルの発動許可をお願いします!」
『了解。ライドデルタ、ブラストナックル発動承認』
『確認。機構解放』
ライドデルタの右腕の機構が解放され、無尽蔵のエネルギーがバチバチと点滅する。
その隙を見計らったバット型は両腕を大きく広げて空中に飛び立った。
「音波玉、投擲!」
そこへ向けて放り投げられた音波玉がさく裂。高周波の音波がバット型の感覚を狂わせると、その動きを鈍らせた。
「ワイヤー射出!」
そしてライドデルタの左腕から射出されたワイヤーフックが変幻自在の軌道を描いてバット型の胴体を絡め取った。
ワイヤーを掴み、捕縛したバット型を素早く引き寄せる。
バット型はもがくが、特殊素材で作られたワイヤーを逃れることはできない。
「ブラストナックル!」
あっという間に眼前まで引き寄せたバット型の胴体を、エネルギーを集中させた右の拳が貫く。
圧縮されたエネルギーの塊が一点に解き放たれ、バット型の上半身がぐしゃりと体液を撒き散らしながら四散した。
コアによる制御を失った下半身は空気に触れて乾燥していき、落下するとそのまま地の中へと還っていった。
「対象の撃破を完了しました。防衛班の皆さんも、お疲れ様です」
装着を解除した四葉はふっとため息をつき、確認するように周囲を見渡した。
すると、ある一点でその視線が止まる。
その視線の先では、一人の男性が木の後ろからこちらの様子を伺っていたのだ。
「お、お疲れ様です!」
戦闘が終わったことを見計らい、実夏は四葉の許へと駆け寄っていく。
四葉がその声に振り返った間に、その男はいなくなっていた。
「……どうかしましたか、晴崎さん?」
「……いえ、なんでもありません。ちょっと待っていてください」
すると四葉は冷静にスマホを取り出し、華澄に繋げた。
『お疲れ様、四葉ちゃん。どうかした?』
暢気な彼女の声に対して四葉は息をひとつ呑み、答えた。
「……“彼”が、いました。奴に喰われた、“彼”が」
そう告げる四葉の表情が、実夏にはいつにも増して険しく見えた。
彼女の言う“彼”とは何か―――。
疑問を抱かずにはいられなかったが、それを聞いても四葉は何も答えない。
所詮、自分は事情に踏み込むことのできない素人に過ぎないと思い知らされたような気がした。
Only my HERO!! 藤咲悠多 @zakira753
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