エピローグ『バチ当たりヒキニートの行く末』

 気がつくと白い天井が見えた。


 カーテンで仕切られた殺風景な白い部屋。


 体には心電図を取るためなのか、よくわからん配線がペタペタと貼られ、腕には点滴の針が刺さっている。


 呼吸器みたいなのは無さそうだ。


 体を動かそうとしたが、ギチギチと鈍い痛みが走って思うように動かない。


 気合を入れて上半身を起こす。


「おにいちゃん?」


 声の方をみると、妹がいた。


 ああ、俺は元の世界に返ってきたんだな。


「おにいちゃん? おにいちゃん! うわあああ!! おにいちゃあああん……!!」


 俺の顔を見た妹が物凄い勢いで泣き始めた


「おにいちゃあん……ごめんなさあああい!! うわあああん!!」


 なんなだよ、起き抜けに……。


 あ、そういやこいつ、俺を呪ったことを後悔してるとかなんとか、お稲荷さんが言ってたなぁ。


 バカなやつ。


 悪いのは俺なのに。


「おにいっちゃんっ……ごっ……ごめ……なさ……。あた、し……おに……ちゃ……いなく、な…ちゃえ……て……あああああん!!」


 しゃくりあげてまともに話せてねぇじゃん。


 まあいいたいこと分かるけどさ。


 とりあえず妹の頭をなでてやる。


「ごめんな、なさけない兄貴で……」


「ううう……ううう……!!」


 もう言葉もひねり出せないようで、妹は黙って首を振るばかりだった。


 こうやって妹の頭撫でるのなんて、何年ぶりだろうなぁ。


「おお、勝介! 気がついたか!?」


「勝介、大丈夫なのね!?」


 病室を離れていた父と母がカーテンの仕切りを開けて入ってきた。


「うん、大丈夫。心配かけてごめん」


 妹をなだめつつ、母に看護師さんを呼んできてもらう。


 かるく処置をしてもらい、その日は病院に泊まることになった。


 俺が目覚めたのは、倒れた翌日の夕方ぐらいらしい。


 看護師さんが心電図の配線外したり点滴外したりしてくれて、腹が減ったんで食事を持ってきてもらった。


 その間俺と両親は妹をなだめてた。


 重湯みたいな飯食ったらなんか眠くなってきて、そのまま寝てしまった。


 本当は家族で色々話したほうがいいんだろうけど、それは後回しにさせてもらおう。


 

 翌朝改めて診察を受けた俺は、異常なしってことでめでたく退院となった。


 妹は結局泣き疲れて眠った後、翌朝慌てて仕事に出かけていった。


「おにいちゃん、今夜ゆっくり話そうね」


「ああ」


 なんだかこうやって言葉を交わすのも久しぶりだ。


「本当にいいのか? 無理しなくていいんだぞ?」


「うん。ちょっとリハビリがてら歩きたいから」


「そう……、じゃあこれ、持っておきなさい」


 母親が一万円札を持たせてくれた。


 なんだろう、今までだったらこれが当たり前だったのに、今は受け取るのが恥ずかしい。


 無一文で外を歩くってのも不安だし、ここはありがたく受け取っておくけど。


「あとで返すよ」


 この時の両親の驚いた顔ったらなかったな。


 「もう一日入院んした方がいいじゃないか?」って心配されたわ。


 ホント、情けねぇなぁ……。




 両親には先に帰ってもらい、俺は病院の売店で菓子パンとコーヒー牛乳を買って、売店近くの休憩所みたいたところで食べた。


 ジャンクなカロリーが体にしみるぜ……。


 いざ帰ろうとしたら、雨が振り始めた。


 さて、どうしたものかと思っていたら、看護師のおばちゃんに声をかけられる。


「忘れ物の傘がたまってしょうがないのよー。持っていきなさい」


「あ……えっと……」


 さっき売店で傘売ってたけど、いいのかね?


「遠慮しないで、ホラ!」


「う……あ……」


「じゃ、気をつけてね!!」


 結局お礼も言えなかったわ。


 向こうじゃ皇帝相手に砕けた敬語で喋ってたってのにさ。



 病院の入口を出た後、周りにだれもいないのを確認して、傘を何度か開閉する。


 ちょっとホコリが溜まってたんだよね。


 問題なさそうなんで、そのまま傘をさして歩き始めた。


 引きこもり時代は、雨が降ってたら絶対に外へなんて出なかったよな。


 久々に雨の中を歩いているけど、悪くないな。


 ……いや、よくよく考えたらまだあの日から2日しかたってないから、引きこもり時代真っ最中か。



 スーパーで、一応一番高い薄揚げを買い、雨がやんだので傘を閉じて剣術の真似事をして中学生に笑われつつ、俺はある場所を目指す。


 そう、お稲荷さんの祠だ。


 向こうの世界での出来事が夢だったのか現実だったのか、不安になりながらも雨の上がった道を歩いた。


 ほどなくお稲荷さんの祠が見えた。


 祠の前には、1人の女性がしゃがんでお稲荷さんに手を合わせていた。


「デルフィ!!」


 俺の声に気づいたその女性は、立ち上がって俺の方を向き、ニッコリと笑って手を振ってくれた。


 ……夢じゃなかった!!




----------

【報酬】

配偶者:デルフィーヌ・ヤマオカ

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「デルフィ、よく来てくれた!!」


「当たり前でしょ。私はあなたの、その……妻、なんだから」


 デルフィはこちらの世界でよくありがちな女性物のスーツを来ていた。


 スレンダーなスタイルだから、すげー似合ってんな。


「いてっ!」


 なぜか軽くシバかれた。


「なに? 急に」


「いえ、なんとなく」


 うーん、スレンダーは褒め言葉だと思うんだけど……。


 でも相変わらずの対応に思わず笑みが溢れる。


「先にお供え物しとくよ」


 ふと祠の方を見ればデルフィが供えた、プラスチックトレイ入りの薄揚げがあった。


 うむむ、これは豆腐屋のお揚げさんだな。


 それを少しずらし、スーパーの袋からビニール袋入りの薄揚げを供える。


 たぶん値段的には変わらないか、むしろ俺のやつの方が高いのだが、どう見てもデルフィが供えたやつのほうが美味そうだ。

 

 まあ、お稲荷さんがスーパーのでもいいって言ってたからいいよな。


 薄揚げを置いた俺は、軽くしゃがんで手を合わせた。


 立ち上がってデルフィに向き直る。


「えっと、これからどうするの?」


「その前に、大事な話がある」


 さっきから、心臓がバクバクいってて、息をするのもしんどい。


 正直このまま、自然な流れでデルフィと過ごしてもいいんじゃないか、と思わなくもない。


 でも、決めていたことだ。


「な、なによ」


 大きく息を吐き、デルフィを見据える。


「結婚してください」


「……はぁ!? ちょ、いきなり……っていうか、いまさら何いってんの?」


 まぁ、そうなるわな。


「前の世界じゃ、俺たちなんとなく付き合い始めて、切羽詰まってわけがわからない内に結婚しただろ? でもこっちじゃまだ籍も入れてないはずだからさ。だったらそこはキッチリしておこうと思って」


「そ、そう……」


「あー、えっと、だな。向こうの世界じゃそこそこ出来る男だったけど、俺はこっちの世界じゃなんの取り柄もないヒキニートだから」


「……うん」


「もしかすると、いやたぶん、俺はまともに生活も出来ない……かもしれない。いや、俺なりに頑張るつもりではいるけど、デルフィの足を引っ張ってばかりかもしれない」


「……うん」


「こっちの世界に呼んでおいてこんなこと言うのも無責任かもしれないけど、俺なんかとは一緒にいない方が、デルフィにとってはいいのかもしれない」


「…………」


「でも、それでも俺はデルフィと一緒に生きたい。だから、結婚してください」


「……はい、喜んで」


 その返事を聞いて、危うく腰が抜けそうになるのを必死で耐えた。


「……よかったぁ。断られたどうしようかと」


「断るんなら最初から来ないわよ、バカね」


「そうかもしんないけどさぁ。こっちの俺はホントにダメダメなんだって」


「ふん。だったら私が支えてあげるわよ」


「そっか、それは心強いかも。まあヒキニートからヒモニートにクラスチェンジしないよう頑張るよ」


「そうね。でも、どうしてここで……?」


 聞けばデルフィはこちらの世界の常識を習得した状態で送られているらしい。


 なので、なんとなくプロポーズはもう少し雰囲気のいい場所で、って思ったんだろうな。

 

 たしかに、道端の小さい祠の前じゃあ格好はつかないか。


 指輪だって用意してないし。


 でも俺たちの縁を結んでくれたのはお稲荷さんだからさ。


 ここしかないと、俺は思ったんだよね。


《ふふん、しょうがない奴じゃの。ワシが見届人になってやるわい》


 なんか、お稲荷さんの声が聞こえたような気がした。


「そういえば、こっちじゃお供え物は直接届かないんだったわね」


 向こうじゃお供え物自体を御神体が貰ってくれるんだけど、こっちはあくまで気持ちだけ受け取ってくれる感じなんだよな。


「そうだね。だから傷む前に持って帰らないと……って、あれ?」


 さっきまであったはずの二枚の薄揚げが、綺麗サッパリなくなっていた。


 結婚見届けの報酬ってことかな。



**********



 日が傾き始めた雨上がりの道をデルフィを二人歩いている。


「そういやさ、戸籍とかどうなってんの?」


「その辺は上手いことしてくれたみたいよ。住むところと当面の生活費も用意してくれたみたい」


「うわ、俺のときより全然厚待遇じゃん! 俺なんてあのダッセェ麻の服とペラッペラの靴だけだぜ?」


「バチ当たりなことした報いでしょ。あと、仕事も決まってるみたい。来週頭から研修があるとかなんとか」


「え、マジで? なんの仕事よ」


「えっと、ハケンで事務でなんとかかんとか……。詳しいことは研修受ければ分かるみたいね」


「ってことは、パソコンも使えるわけ?」


「使えるみたいね。それにホラ」


 デルフィはスーツの懐からスマホを取り出した。


「これも普通に使えるし」


「すげーな……」


 これがお稲荷さんの言ってた最適化って奴か。


「あ! じゃあ種族は?」


「ふふ……」


 デルフィが嬉しそうに髪をかきあげると、現れたのは普通の形の耳だった。



「今日はこれからどうするの?」


「夜までには帰って、家族会議。あ、デルフィも来る? っていうか来てよ、紹介したいから」


「えっと、そうね、いいわよ、もちろん。望むところよ。……じゃあもう家に帰る?」


「うーん、そうだなぁ。まだ時間あるし……、デルフィんち行ってもいい?」


「い、いいわよ、別に」


「っていうか、どんな家?」


「まだ実際に入ったことはないけど、住所と間取りは何となく頭に入ってるわよ。たしか、賃貸マンションで2LDKとかなんとか……。半年先までの家賃は払い済み、だったからしらね。ここからそんなに遠くないわよ」


「へええ……。もしかしてだけど、一緒に住めたり、する?」


「……私は、最初からそのつもりなんだけど」


「そっか……」


 こりゃ油断してるとヒモニート一直線だな。


 まぁその辺のことも含めて家族とちゃんと話そう。


「週明け、ハロワ行くわ」


「ハロワ……? ああ、ギルドみたいなところね」


「は? ギルド?」


「だってそうでしょう。能力に合わせて仕事紹介してくれるんだから、似たようなものじゃないの?」


「そっか、ギルドねぇ」


 なんだろ、ハロワって考えると心が折れそうになるけど、ギルドって考えるとなんかいけそうな気がする。


「なんだろな、やっぱ向こうの世界であったことは、無駄じゃないのかな」


「当たり前でしょう? ショウスケは世界を救ったのよ?」


「うん。でも、そのことはもう無かったことになって、誰も覚えてないんだよな……」


「私が覚えてるわよ」


 デルフィが立ち止まり、俺の目をまっすぐ見つめてくる。


「私が覚えてる。だから、ショウスケは大丈夫」


「そっか……うん、そうだな。大丈夫だよな」



 なんの取り柄もない、ただのヒキニートに戻ってしまったけど、俺にはデルフィがいる。


 それに、俺のことを心配してくれる家族もいる。





 だから、俺はもう大丈夫だ。

 




死に戻りと成長チートで異世界救済 ~バチ当たりヒキニートの異世界冒険譚~


-終-

 

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死に戻りと成長チートで異世界救済 ~バチ当たりヒキニートの異世界冒険譚~ 平尾正和/ほーち @hilao

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