第8話 希望の苗木

「ちょっと待って、『希望の苗木』って俺のこと?」

 というところから会話が始まった。

「はい、ご説明申し上げます、お聞きになってください。」


 ユリの話を俺なりにまとめると、こういう事だった。

 ユリはこの近くにある村、タトリ村の巫女。

 ある日、村に手紙が届いた。国を統べる大神官からの手紙で、国中の巫女に向けて書かれたものの一通。もちろんユリあてだった。

 大神官は神から神託を受けたのだという。「大きな危機」が近づいていると。そのため、国のすべての巫女には「大きな危機」に対処するための「希望の苗木」を探す任務が与えられたのだという。


「『大きな危機』の事も、『希望の苗木』の事も、詳しい事は分かりませんでした。わたしは祈り、『希望の苗木』とは人であり、今この世界にいない人であるという啓示を受けました。それでわたしは、神聖力を高めながら、『隣の世界』からその『希望の苗木』を召喚する儀式を行っていたのです」

 ユリは目を閉じて、そう言った。

 それから目を開けて、真っ直ぐ俺の方を見た。

 瞳の色は明るい茶色。

 ぱっちりとした目が愛らしい。

 いや、ときめいている場合じゃないな。

「俺がその『希望の苗木』なのは、間違いないの?」

「はい」

「でも、俺、俺がどう『大きな危機』を解決するのか、全然心当たりがないんだけど」

「でも、神託と啓示に間違いはあり得ません。『大きな危機』が何なのかはまだ分かりませんが、あなた様がそれを解決する力になること、間違いございません。」

「なるほど」


 ある程度聞きたかったことは聞けた。

 一つ気になっているのは、この世界に来る前に確認した、「いつでも元の世界に帰れるのか」と言う点だったが、今はそれを言い出しにくいと感じたので黙っていた。


「あ、あのっ!」

 不意に大きな声を出したのは、横で話を聞いていた灰色の少女、スズメだ。

「ごめんなさい、巫女様が呼ばれたお方とは知らなかったので、失礼な態度をとってしまいました、どうか……」

「ああ、別にいいよ」

「え?」

 なんだか時代劇でしか見ないような、大げさな謝罪をするスズメに対して、俺はさくっと返事をしたのだが、スズメはなぜなのか信じられないというような目でこちらを見上げた。

「許していただけるのですか」

「うん」

「どのような条件でしょうか」

「べつに条件なんてないけど」

「え?」

 そのやり取りを見ていたユリが、クスクスと笑った。

 あ、笑うとまた可愛いな。

 不思議なデザインの、重そうなドレスを今は着ているから、硬い表情をしているとどこか精巧な人形のようにも見えるユリだが、笑うととても人間味がある。

「スズメ、この方はとても心優しい方のようです。感謝なさい。」

「は、はい、ありがとうございます!」

「う、うん」

 俺はちょっと不安を感じた。

 このぐらいの事が「とても心優しい」と見られるのはどういう事だろう。

 もしかしてすごく礼儀とかマナーとかにうるさい世界なんだろうか?


「それはいいのですが、スズメ、あなたはわたしの肌に触れましたね」

 ユリがふと硬い表情になってスズメに言った。

「……はい」

 スズメも、うつむき加減になって、硬い表情になったのが見て取れた。

「あなたがわたしの肌に触れることを、わたしは許可していませんね?」

「はい」

 俺は何か不穏な雰囲気を感じて、二人を見ていた。

「あなたも分かっているでしょうが、それは禁じられていることです。この事は……」

「村に帰ったら、正直に話します。罰は覚悟しています」

「そうですか、それなら」

「ちょっと待って―!」

 俺は思わず大声を出して遮った。

 二人がこちらを向く。

「ちょっと待って」

 改めて思念で語りかける。

「その子、スズメちゃん? は、ユリさん、あなたの体を温めるためにそうしたんだ。あなたの体は冷えていた。スズメちゃんがそうしなかったら、あなたは死んでいたかもしれない。スズメちゃんは必死で……」

「……分かっています」

 ユリがつらそうな顔をしたので、俺は少し息をのんだ。

「この心優しい子が、凍えて死にそうなわたしに何をしたのか、それは分かります。わたし個人はそのことにとても感謝しています。でも、わたしは巫女です。巫女は掟を守らなければならないのです、神が定めた掟を。そうしなければ村が不幸に見舞われます。」

 おれは返す言葉を失った。

 ユリの言葉に納得したわけではないが、今の俺には有力な反論は出来そうなになった。

 何か理不尽なものを感じた。

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猫も杓子もマジックユーザー 占林北虫 @agataga

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