俺達の冒険はまだまだこれからだ(遠い目)的な第16話
「A級冒険者手形、地図と方位磁石、寝袋…冷え込み対策のコンパクト巻き毛布。着替え一式、は三セットをローテーションするとして……」
ゲオル強襲から三日。
ようやく動ける様になったロマンは、シングとサーガと共に、自室で荷造りをしていた。
ロマンがほいほいと荷物を詰め込むのは、ゴウトから借りた革製のショルダーバッグ。
一見すると、大して高そうでも無い小ぶりなバッグだが、実は『魔法道具』と言われるそこそこ高価な品らしい。
「本当にグングン入るな……」
「あぶ」
「まぁ、そういう物だし」
異元圧縮なんちゃらと言うごちゃついた名前のアイテムらしいのだが…要するにエセ四次元ポケットだ。
まぁ、積載量限界は割と早いらしいが、それでも成牛二頭は入るとの事。
一週間程度で目的地に着くらしい今回の旅に置いては、充分な積載量だろう。
と言う訳で、ガンガン旅に必要な物を詰め込んでいると……
「…………」
「何よ? アタシの下着に何か文句がある訳? 可愛くないこれ。シルビアからもらった中じゃ一番お気に入りなんだけど」
「いや……つくづく俺はお前とフラグを立てられる気がしないなと」
「フラッグ? 旗がどうかしたの?」
この世界に自分を異性として…恋愛対象として見てくれる女性はいないのだろうか。転移してから知り合った女性陣の顔を思い浮かべると、ロマンは溜息しか出ない。
思い返せば、同居する妙齢の異性が三人もいるのに、一筋の光明すら見えない一ヶ月だった。
……悲しくなるだけの思考はさっさと切り捨てるのが賢明だろう。
気を取り直して、ロマンは荷造り&確認作業に戻る。
「えー……サーガの着替えと、土に還る素材のオムツ。ウェットティッシュにベビーショルダー…極限折りたたみ式ベビーベッド兼用ベビーカー、サーガお気に入りのぬいぐるみ……」
「だべし!」
「へいへい、お気に入りの毛布ね……」
資金に関しては、国からの援助金を多少利用させていただくとして……こんなモノだろう。
「んじゃ、最後にもう一回確認しとくか」
「まだ確認すんの? 姑並のネチネチ具合ね」
「だぼん、うぃー」
「うっせ」
ロマンだっていい加減に学習した。
この世界はどこでどう不測の事態が発生するかわかったモンじゃない。
備え切れるかは別として、備えられるだけ備えるのが得策だろう。
春の陽気が暖かく世界を包み、心地よい風が草木を揺らす。
旅立ちの日として、これ以上に丁度良い気候は無いだろう。
「少しの間、寂しくなるな」
ついに冒険に出るという時。
ロマン達を見送るため、ゴウト一家がゼオラ込みで顔を揃えていた。
「まぁ、向こうの方が住み心地が良い様だったら、そのまま向こうの世話になるといい」
「いや、それは無いと思うけど……」
緩やかな時が流れる牧場と危険地域内の屋敷。
百聞は一見にしかずとか言うが、流石にこれは聞いただけでどっちが住みやすいかはわかるだろう。
「では、シングさん、サーガちゃん、一応ロマンさん。お気を付けて」
「うむ」
「あう!」
「おい、一応って……まぁ、ありがとよ」
「おい小娘! 俺っちには何も無しか!」
「雑魚モンスターとの戦闘中にでもへし折れてください」
「んだとー!?」
この三日間の内に、コクトウとセレナは大分素晴らしい仲になった様である。
「頑張ってねー……これ、嗅いでると興ふ…癒されるお香。シングちゃんにあげる」
「? よくわかんないけど、有り難くいただいとくわ」
「いや、やめといた方が……」
「せっかくの餞別よ? 受け取らないのは恥ずべき行為だわ」
「そうですかい……」
どこでどう使う気なのやら……
「めぇー」
「おお、ゼオラ。何か久々に見た気がする」
どうやら、ゼオラもロマン達の旅の安全を祈ってくれている様だ。
「『
「うす!」
当然だ。
ロマンの最大の目標は、元の世界に帰る事。
言わばこの旅は、その前の寄り道に近い。そんな所で死んでたまるか。
「……んじゃ、シング、サーガ、行くか。『魔剣豪デヴォラの屋敷』」
「だぼん!」
「ええ。サーガ様の身の安全のために!」
「っしゃあ! 俺っちも興奮してきたぜ!」
さぁ、行こう。
魔王の息子を守るための力を付ける。
そんな不思議な目的を掲げる、小さな冒険に。
「いってきます!」
こうして、ロマンの最初の冒険が始まった。
安っぽい内装のラーメン屋で、世界最強の男ゲオルは醤油ラーメンを啜っていた。
「……で、魔王の息子さんは、始末した訳?」
「保留した」
「ふぅん」
女店主もカウンターの奥で自作ラーメンを啜り始めた。
「……本人の伸び代は悪くない。更にあの『魔剣』……『デヴォラ』の元へ行けば、化ける余地はいくらでもある」
「嬉しそうね」
「まぁな……だが、そう喜んでばかり、という訳にもいくまい」
新たな親に魔王の息子を守るだけの力があるか。
それはあくまで、『最低限』のラインでしかない。
これからもゲオルは彼らの行動に目を配り、もし道を踏み外すと確信した時には―――
「へも、ひんひへひふんへほ?」
「……咀嚼しながら喋るな」
「……ぷっは……でも、信じてみるんでしょ?」
「ああ。信じてみたいと、俺は思っている」
「…………」
「……何だ、俺の顔に何か付いているか?」
「いんや、良い笑顔する様になったなぁ、と思って。うんうん。今のあんたなら結婚してあげてもいいわよ」
「……ふん、こちらから願い下げだ」
「とか言っちゃって~。悪い気はしてないんでしょ?」
「自意識過剰だ」
「そう言う台詞はぁ、ちゃーんと目を見て言ってくれないと説得力ないぞ~。ほーれこっち向いてみって」
「……とにかくだ。これからは定期的にお前の占いを頼る事になる。構わないな」
やや視線のやり所に困った様な感じで、ゲオルは話題を変える。
「三〇過ぎのおっさんの癖に、初心よねぇ……」
「何か言ったか」
「ううん。なーんにも。了解了解。私としてはガッポガッポ儲かって嬉しい限りよ」
女店主はそういうと、一気にラーメンを完食。
「さて、じゃあシメに飲みますか!」
そう言って、女店主はカウンターに何種類かの瓶を並べていく。
「それは……」
「ジン系のカクテル用に仕入れてやったのよ。感謝しなさい」
俺のためにわざわざ仕入れてくれた、と言う事か、とゲオルは笑う。
最近、ゲオルはつくづく思う事がある。
親にこそ恵まれなかった俺だが、良き出会いに恵まれた…と。
この女店主、チームの皆。冒険者となるための道を示してくれた者や、力の振るい方を教えてくれた師匠。
あの魔王や少年の様な『子を想う親』に出会えた事も、素晴らしく思える。
日に日に自分の人生が鮮やかに、そして鮮明に、色付いていくのを感じる。
冷たい路地裏から見えていた灰色の景色など、もうどこにも無い。
「俺は幸せ者だな」
「何を今更。私と出会ったって時点で薔薇色人生決定でしょうに」
「……ふん」
差し出されたカクテルを受け取りながら、ゲオルは考える。
もし、魔王が受けた予言の通り、あの赤ん坊が『世界を救う英雄』になったのなら、本を書いてみよう。
今まで出してきた、淡々とした冒険記録とは違う。
とある父親の想いが間違いでは無かったと、その想いのバトンは正しく受け渡されたのだと、世に知らしめるための物語を。
もしそうなった時の書き出しは、もう決めてある。
―――『その英雄には、素晴らしい父親が二人いた』―――
異世界イクメン 須方三城 @sugata3460
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