予期せぬ希望が舞い込む第15話
いつの間にか、見慣れたリビングのソファーでロマンは転がっていた。
彼よりも先に気が付いたらしいシングが、彼とサーガを家まで運んでくれたのだと、セレナは目を覚ましたロマンに簡単に説明した。。
現在、シングはサーガを風呂に入れているそうだ。
「………………いやぁ……にいても、まさかこうなるとは……」
まさか、コクトウの能力全開の反動で、全身の筋肉が肉離れするとは、少々予想外だった。
ソファーに転がるロマンは、未だ身じろぎ一つできないでいる。
いや、まぁ動こうと思えば動けるのだが、痛い。絶対動きたくない。
腹の中にも違和感がある。多分臓器系にも多大な負荷がかかったのだろう。意識失う直前に大量吐血していたのはそのためと思われる。
確かに、あの時コクトウは「動けなくなる」としか言っていなかった。
まさか、その場で血を吐いてぶっ倒れると言う意味だったとは……
「災難でしたね」
シングから色々聞いたであろうセレナの感想は、それだけだった。
「……お前、本当に俺に優しくないよな」
「読書しながらとは言え、経過を看ていてやったと言うのに。失礼千万ですね」
そう言いながら、セレナはぱらりとページをめくる。
「しかし、ロマンさん如きがどうやってあのゲオル・J・ギウスを撃退したんですか」
「それは……って、撃退?」
ロマンはゲオルと一緒にブッ倒れたはずだ。
撃退、ではなくて相打ちだろう。
「シングさんが起きた時には、ゲオルの姿は無く、あなたがブッ倒れていて、その上でサーガちゃんがうたた寝していたと聞きましたが」
「ゲオルが、いなかった……?」
そんな馬鹿な。
ゲオルがロマン達より先に目を覚ましていたのだとしたら、何故サーガが無事なんだ。
ゲオルの目的は、サーガの始末では無かったのか。
「一体何がどうなって……あ、そうだ。コクトウ、何か知らねぇか?」
向こうの壁に立てかけられていた漆黒の魔剣に、問いかけてみる。
「悪ぃな。俺っちもお前と一緒に気絶してたから、何もわからん」
「……剣のくせに気絶すんのかよ……」
「剣のくせにたぁ何だ! あんま舐めてっと寝首掻くぞクソガキ!」
「悪かったよ……」
些細な事でキレやがって……剣だからキレやすいとか、そういうネタか? などと非常にどうでもいい事を考えていると、
「あぶし!」
「あ、目が覚めたのね」
風呂上りらしく髪に水気を纏ったシングとサーガがリビングへとやってきた。
「丁度良かった。サーガ、お前、俺がブッ倒れた後に何があったか知らねぇか?」
「あい? あいあう、だぼん」
「……はぁ?」
「どうしたんですか? 私は赤ちゃん語はまだ理解できないので通訳お願いします」
「サーガ様が言うには、ロマンが倒れた後、ゲオルは何故か何もせずに帰ってしまった、ってさ」
何があったかは判明したが、意味がわからない。
「何がしたかったんだよ、あのおっさん……」
いや、まぁ退いてくれてとても有り難いが、色々腑に落ちない。
「だう」
「また戦いに来るって言ってたのか……ふーん……って、はぁ!?」
「ほ、本当ですかサーガ様!?」
「あう」
「マジで何がしたいんだあのおっさん……!?」
また襲いに来るくらいなら何故退いたんだ。
拡張のダメージが強烈でも、歩いて帰る体力があったなら俺らを殺すくらい出来たはずだ。
本当に訳がわからない。行動基準が独特過ぎる。
「アレか? 今流行りのサイコパスって奴なのか? ……つぅか待てよ……ヤバイな……」
一体「また」とは何時の事になるのか。
明日とかに来られたら、ロマンは絶対に負ける。同じ手は二度も通じないだろう。
更に言うと、例え一年後だとしてもヤバイ事には変わりない。
時間さえあればゲオルを越える力が付く、という確証がまず無いのだ。
ゴウト流の剣術を磨き、シルビアから魔法を学んでも、ロマンにはロマンの限界点と言う物がある。
そして、いくら何でもあの化物を越えられるとは、ロマン自身思えない。
何せ、ゲオルは今回、まともな武器を使う事も無く、尚且余力を残しつつロマンを圧倒したのだ。
「おいおい……」
ロマンが頭を抱えようとした、その時だった。
「あー、いい汗かいた」
牧舎から戻って来たゴウトの声。
その姿がロマンの視界にも入る。
「お、ロマン、起きたか。今回は随分災難だったみたいだな」
「まぁ……って言うかセレナと言い、リアクション軽くね? 結構大事件じゃねぇのこれ」
ロマンは、魔王を討った男に襲われたんだ。
それはかなり大事じゃないのか?
ロマンは未だにこの世界の感覚はハッキリ掴めちゃいないが、ゲオルは例えるならオリンピック代表並に国民的な知名度のある有名人だろう。朝の報道番組でインタビューを受けていたし。
武道系の金メダリストが高校生に鉄パイプ持って襲いかかった……と考えたら、とんでもない大事件のはずだ。
二週間はどの局のニュースもその事件を取り上げるレベルだと思う。
「世間的に言えば、大事件って事は無いだろうな。ゲオルにはサーガを襲う理由がある」
「…………!」
確かに、言われてみればそうだ。
ゲオルには立場上、サーガを襲う理由がある。二度もサーガを見逃した、と言う事実の方が異常なのだ。
そして、サーガを守ろうとした以上、ロマン達を止むなく排除する理由もバッチリ、と言う事だ。
ロマンは全く悪い事してるつもりは無いのだが、この世界の一般的感性だと、ゲオルに正当性があると判断されても仕方が無い。
「今回の件は『予想はできていた最悪の事態』が起こってしまったという感じだが……だからと言って慌てふためいて嘆いても仕方無いだろう」
「……だからって普段通り過ぎやしませんかね……?」
「まぁ、ゲオルに対して今後どうしていくかは、後でゆっくり話合う必要が……ん?」
ゴウトが何かに気付き、玄関の方へと向かう。
そして、戻って来たゴウトの手には、今まさに郵便受けから回収したらしいの手紙が一通。
「プチバン速達なんて珍しいな」
「プチバン?」
「プチワイバーン速達郵便。プチワイバーンってちっさいドラゴンの類がいて、郵便屋さんが速達用に飼ってるんです」
伝書鳩みたいなモノだろう。
「……ロマン宛、だな」
「俺宛……?」
「ああ」
そう言って、ゴウトはその手紙を、動けないロマンの代わりに彼の傍にいたセレナへと渡した。
「俺宛の手紙って……んな馬鹿な」
ロマンに手紙を寄越すような知り合いが、この世界にいるはずがない。
「まぁ、ロマンを名指してる訳じゃないんだが……」
「はぁ? どういう……」
「確かに、これはロマンさん宛でしょう。『少年へ』って書いてあります」
確かに、それはロマンを指しているだろう。
この家で「少年」と形容されるのは、彼くらいしかいない。
「代わりに開封しますが、構いませんか?」
「あ、おう、頼む」
動けないロマンに代わり、セレナが封筒を封じていた蝋を剥がし、中から便箋を取り出した。
「送り主の名はありませんね……丁寧な字……とは言い難いですが、まぁまぁ整った字です。それなりに年齢を感じます」
「で、内容は?」
「…………ふむふむ…………そうですね。要約すると、『魔剣の扱いに長けた者がいる。そこで修行を積め。紹介状は送ってある』との事です」
「はぁ?」
意味がわからない。
「場所は『
「何? その魔剣の扱いに長けた者ってまさか、『
「えーと……色々訳がわかんないんだけど」
何故、その手紙の主はロマンが
「とにかく、悪い話じゃないぞ、ロマン。むしろ渡りに船じゃないか」
「そんなにすげぇんすか? その魔剣豪って……」
「すごいなんてモンじゃない。まぁ噂でしか聞いた事は無いが……魔剣の力を最大に引き出す術はもちろん、常軌を逸した『魔剣奥義』なんてモンも知っていると言う話だ」
「魔剣の力を最大限に……」
確かに、悪い話では無い。
ロマンにはロマンの限界点がある。そしてそれはおそらく、あの化物染みたゲオルに対抗するには心許ないレベルだろう。
例えロマンがLV九九になろうと、ゲオルには敵わない可能性が高い。
でも、もし
「いや、でも送り主が不明ってのが不安だな……しかもA級ダンジョンって……」
ロマンは過去、A級ダンジョンをクリアした事があるにはあるのだが……ダンジョンを『制覇した』、訳では無い。
マラソンで言えば、ロマンはあの時ゴールの一〇メートル前からスタートした。それなのに完走者扱いされているのだ。
「送り主の件は確かに不安要素だが、ダンジョンに関しては問題無いと思うぞ」
「え?」
「『
「……何か、さらっとシングと俺をセット扱いしてね?」
「そりゃそうだろ? サーガはお前から離れんだろうし、サーガからシングは離れん」
つまり、ロマンがこの手紙の案内に乗るとすれば、自動的にシングとサーガも同伴すると。
「だう!」
上等じゃねぇか! とサーガはやる気満々だ。
シングは「サーガ様が仰っしゃるならばどこまでも!」といつもの調子。
「俺やシルビアとの特訓じゃ、強くなるには時間がかかる。ゲオルがそれを待っててくれる保証は無い。この手紙の話に乗るのが、今のお前に取って最善だと俺は思うぞ」
「……ああ……」
ゲオルと言う脅威にどう対処するか、これからそれを話し合おうとしていた所に舞い込んだ、一通の手紙。
差出人は不明だが、それはロマンが飛躍的に強くなれる可能性を示してくれている。
多少の不安要素にビビってこのチャンスを見逃して良いはずが無い。
それに、忘れてはいけない事実もある。
今の所望み薄だが、ロマンは元の世界に帰るのが最大の目標だ。
もし帰ってしまったら、サーガを守る戦力が減る事になる訳だ。
ロマンがこの世界にいる内に、サーガの危機を減らせるのなら減らしておきたい。
そのためにも、ゲオルに「もうサーガに関わるのは御免だ」と思わせる程、痛い目を見せる必要がある。
「魔剣豪デヴォラ……か」
名前から漂うボス臭が半端では無いが、今の所、ロマンが手っ取り早く強くなれる一番の希望だ。
「面白そうじゃねぇか、クソガキ」
静観を決め込んでいたコクトウが楽しそうに言う。
「決まりだな、ロマン。今はゆっくり体を休めろ。冒険に必要になるものは、俺が揃えておく」
「おう……ありがとうございます」
「あだぶ」
「ああ。いいって事よ」
こうして、ロマンはついにこの牧場を後にする事が決定した。
シングとサーガと共に、『魔剣豪デヴォラ』の屋敷を目指し、割と近場らしいがダンジョンへと冒険に出るのだ。
結局、魔法はロクに使えないまま旅に出る、というのは一抹の不安が残るが……ゲオルがいつ来るかわからない現状、贅沢は言ってられない。
ロマンは深く息を吸い、瞼を閉じた。
ゴウトに言われた通り、今は体を休めよう。
自分が元の世界に帰っても大丈夫な様に、サーガの敵を取り除く。
そのためにも、一刻も早くまともに動ける様になって、冒険に……
「んち!」
「……お前、マジか」
……とにかく。
今後、ロマンの当面の目標は『魔剣豪デヴォラの元で修行を積み、ゲオルを倒してサーガの身の安全を確保する』事だ。
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