第4話 死の予感

 そのあと同人誌の販売に駆り出されたのだが、驚いたことが一つある。

 それは会場が人間と幽霊でごった返していたことだ。

「霊はにぎやかな所が好きなのよ」

 アカネさんはこともなげにそう言ったが霊感初心者の僕にはハードルが高すぎた。

 病院と違ってたしかに生きている人間との区別がつきにくいのだ。アカネさんのいったとおりだった。

「あまりジロジロ見ると寄って来るわよ」

 それだけは御免だった。

 しかし人にぶつかったと思ったら通り抜けてしまうことが多々あり、そのたび気分が悪くなっていった。


 吐き気に似た圧迫感が体の中に蓄積していく。とにかく胃のあたりが消化不良でもおこしたように苦しかった。

 信じられないだろうが今にも心臓が止まりそうだった。

 心臓が何かにつかまれている感じだ。

 もし倒れたらヒトミさんが人工呼吸してくれるだろうかなどとおめでたい考えがちらりとよぎったりした。


「まだ憑いているみたい。ちゃんと櫛を捨ててきた?」

「ちゃんと元の場所に返してきましたよ」

 食事タイム、僕を留守番にアカネさんとヒトミさんはスペースを離れた。

 心配そうに振り返るヒトミさんにカラ元気でこたえてみせた。

 でも我慢もそこまでだった。

 しだいに意識が朦朧としだした。


 ふと違和感を感じてズボンのポケットを生地の上からなぞると捨てたはずの櫛の感触があった。

 ぎょっとしてポケットに手を突っ込むがそこにはなにもなかった。

 だがあらためて上から触ると確かに櫛の形、手ごたえがした。

 絶望だ、もう捨てることもできない。


 奴らは体の中に巣食っていると確信した。

 今もなお周囲の霊を吸収合体して悪性腫瘍のように大きくなっているのだ。


 心臓がめちゃくちゃなリズムで暴れだした。「不整脈?」そんな言葉がうかんだ。息苦しくなり視界が暗くなっていくのがわかった。


 力なくテーブルに突っ伏してしまい、あっけない死に方に諦めモードに入りかけたところで光がさした。


 目をつむっていても光が近づいてくるのがわかった。

「神社が歩いてきた」

 明らかに人なのにそれが第一印象だった。

 清らかな浄化の光とでもいうのだろうか、みるみる体の中に溜まった汚物ような奴らがすーっと消えていくのがわかった。

 かわりにおだやかで暖かなもので満たされていく感覚に僕は泣きそうになった。


「あの…」

 遠慮がちな声がかけられた。

 復活した僕が顔をあげると光に包まれた少女がたおやかに微笑んでいた。

 僕と同じような年齢だろうか。

 その方のご友人がアカネさんの本を買ってくれた。


 立ち去る後ろ姿はすぐに人混みに消え、僕はポケットを確認した。もう櫛の感触はきれいさっぱり消えていた。


 その後ずいぶんたってから彼女の姿を見たのはテレビでの結婚式の映像でだった。

 純白のウエディングドレスをまとい昔と変わらないおだやかな笑みをうかべていた。

「あークラリス姫だ」

 アカネさんはクラリス姫の衣裳をモチーフにしていることをすぐに見抜いた。


 いまだにアカネさんは同人作家をやっていてあのミステリーハウスも健在だ。

 それからもたびたび遭遇した怪奇現象についてはいずれ別の機会に紹介したいと思う。



終わり

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昔々の心霊話 伊勢志摩 @ionesco

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