エピローグ
エピローグ
同じ終業式の日――
中学校では、何事もなかったように最後の全校集会が行われた。弓村真花がいなくなっても、世界は何が変わるわけでもない。日常は続き、空からは同じ雪が降ってくる。
学校は午前中で終わり、フユは玄関に向かって廊下を歩いていた。もしも真花が生きていれば、フユは彼女と二人でそこを歩いていたかもしれない。
廊下の先に、二つの人影があった。小嶋渚と芦川陽奈子の二人である。
フユは二人の前で、立ちどまった。
「……謝っておこうと思って」
渚はどこか拗ねたような、困ったような顔つきで言った。さすがにばつが悪いのだろう。
「昨日は叩いたりして、悪かった」
そうして、勢いよく頭を下げる。
「気にしてないから、大丈夫よ」
フユはけれど、首を振った。本当に、気にはしていない。
「……急に真花が死んだなんて聞かされたから、この子も混乱しちゃってたんだと思う」
その横から、陽奈子が弁護した。
「あの時も言ったけど、悪気があったわけじゃないの」
「――てか、あんたも謝るのが筋でしょ?」
一人だけ妙に冷静な陽奈子に、渚は唇をとがらせた。
「殴ったのは渚であって、私じゃない」と、陽奈子は肩をすくめる。
「いや、あんたも同罪……というか、殴ったんじゃなくて叩いたんだし」
「どっちも同じでしょ」
「グーで殴るのとパーで叩くのは、五十歩と一万歩くらい違う」
フユはそんな二人に、くすりと笑った。
「いいわよ、本当に。私の言いかたも悪かったんだから」
二人はきょとんとしたように、そんなフユのことを見る。
「どうかした?」
フユは首を傾げた。
「いや、何かちょっと意外というか」
「少し変わった、志条さん?」
二人に言われて、フユは口を閉じて考えてみる。「そうね、そうかもしれない――」
用件はそれだけだったらしく、二人はそのまま行ってしまおうとした。けれどその時、ふと気づいたように渚が言っている。
「そうだ、また今度いっしょに部活やろうよ」
「…………」
「そのほうが、真花も喜ぶと思うしさ」
死んだ人間は何かを喜んだりはしない――
「ええ、そうね。そうかもしれない」
それから渚は、置き土産でもするように最後に言った。
「その髪留め、よく似あってるよ」
――玄関を出て、フユは帰りの道を歩いていく。
空からは、昨夜と同じ雪が降り続いていた。道路や建物、信号機の上、木の枝に雪が積もっていく。歩くたびに、靴の下で雪の壊れる音がした。
いつもと同じ道を、いつもと同じように一人で歩いていく。
けれど――
不意に、フユは何かが悲しくなった。胸を押しつぶされるような痛みがあって、呼吸が苦しくなる。どうしてだか、涙があふれた。
それは、誰かの死を感じたから――
大切な誰かの死を、感じたから――
その時、彼女の中にある魔法の、そのつながりが断たれた。永遠に暗い、孤独の場所へと。弓村真花が消えていった、その場所へと。
フユは子供みたいに泣きながら、歩き続ける。
けれどもう、フユが月の裏側に戻ることはない。これは失ったものじゃなくて、もらったものだから――
家までの道のりを、フユはただ泣きながら歩いていく。
不完全世界と魔法使いたち④ ~フユと孤独の魔法使い~ 安路 海途 @alones
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