第4話「違うようで似ている世界」
きっとムギと一緒なら、大丈夫だ。若葉はそう信じることができた。
「じゃぁ、わたし、行くねっ・・和斗の夢の中」
「えぇっ」
ムギはまた大きく頷く。
「ちょっとムギ、やめなよっ・・ヒトを夢の中に連れて行くなんて、そんなことしてもっ」
「行きましょう、若葉さん」
ムギはその白い手を若葉に差し出す。
「うんっ」
そして若葉は、その手を思いっきり握り返した。
それと同時に、景色は大きく歪み、そこに何があるのか分からなくなってくる。
・・・少しずつ歪みがおさまってきたかと思うと、見覚えのある景色が広がった。
真っ白な空間に大きな鎖が絡み合う・・夢の待合室、だ。
・・・その鎖の上に、ムギが立っている姿が見える。
ムギは目の前に連なる鎖の一つをもぎ取ると、その場にしゃがみ込みその鎖にかぶりついた。
「ちょっと待ってね。キオクの処理をしないと夢は創れないの」
「・・・うん」
ムギは鎖に次々とかぶりつき、口をもぐもぐさせる。
・・・何だか、とても美味しそうだ。
ムギは鎖を食べ終えたのとほぼ同時に、真っ白な空間は少しずつ溶けだしていく。
「!・・」
その代わりに現れた景色は、西洋風の街並み。
きれいな青空に、レンガ造りの建物。カラフルな花が植えられ、行きかう人々も多く、とても活気がある。
「ここどこ?」
若葉は思わず、そう叫んだ。
「夢の中よ!」
ムギは笑顔でそう返す。
若葉は苦笑して「だよねー」と呟きながら、辺りを見渡す。
正直、夢の中という実感はなかなかできない。
(でも、夢の中なんだよね、うん)
隣に立っているムギは、若葉に微笑みかけると、
「和斗さんに関係する何かが、この街にあるはずよ。探してみて」
「・・分かった」
若葉は頷くと、ゆっくりと足を踏み出した。
やはり、ここでは自分の存在は周りに認識されていないらしく・・・そう言う面では、ありがたい。
大きな石像の裏側や、いろいろなお店の中、気の裏側など、若葉は散策してみる。
「うーん・・」
(和斗に関することって一体・・・)
その時、視界の先にある店のドアがカランコロンと開き、中から2人の青年がでてきた。
「!あ・・」
一人は、アクムにつかれた姿と同じ服を着た和斗、もう一人は・・・
(圭っ・・・)
一年前に亡くなった、圭だった。
圭も和斗と似た、ファンタジーの世界に馴染むような格好(まるで剣士みたいだ)をしている。
2人は楽しそうに話しながら、街中を歩いていった。
「・・・圭!和斗!」
若葉は思わずそう叫ぶと、二人のもとへ駆け寄るが、二人はこちらを見向きもしない。
「ねぇ、圭・・和斗!」
「若葉さん」
ムギが後方から若葉の肩を掴み、その動きをさえぎった。
「大丈夫。分かってるから・・」
若葉は力強くそう返して、二人の後ろ姿に視線を投げつつ再び歩き続ける。
「・・・」
(取りあえず、ついてってみよう・・)
そう思い、二人の後をついていくと、彼らは街を外れ、森の方へ歩みを進めていく。
和斗の持っている地図らしきものを見ながら、進んでいるので2人はどうやら何かを探しているようだ。
「・・・」
若葉はあることに気付く。
(っていうかこの世界って・・昔、3人でよくやってたゲームにそっくりだ・・)
和斗や圭の服も、自分たちがすきだったキャラクターそのもの。
そうこうしているうちに、辺りは茜色にだんだんと染まってくる。
2人の姿を見失わないよう、若葉はより2人に近付く。
とその時
「うあぁぁ!!」
「!」
圭の叫び声が響いた。
若葉はその光景を見て、はっとする。
崖になっていることに気付かなかったらしい圭が、そこから体ごと落ちそうになっていた。
それを和斗が腕一本で、支えている。
「ムギ!・・助けに行かないとっ」
若葉がとっさにそう叫び、駆け出そうとすると、ムギは真剣みのある表情で
「若葉さん、そんなことしても意味ないわ。だって・・」
「っ・・意味なくなんかない!わたしなら、和斗のために何かできるって言ったじゃん!」
若葉は無我夢中で駆け出すと、和斗が支えている圭の腕に手を添えた。
しかし、それは空を掴む。
「っ──・・」
確かにそこにあるのに、圭の手に触れることもできないし、和斗の助けをすることもできない。
「っ・・何でっ・・」
「カズト、もういいから離せ!」
「い、いやだ・・!!」
和斗と圭の手は小刻みに震えており、今にも離れてしまいそうだ。
その時・・圭の手が、和斗の手から滑り落ちる。
「!!」
圭の姿は、崖の底へ見えなくなってしまった。
「っ──・・圭!・・・う・・ぅ」
和斗はうずくまり、大きく体を震わせる。
「っ何やってんだオレはっ・・オレのせいだ・・」
その光景を見て、いつの間にか若葉の目からも涙が零れ落ちる。
やはりここは和斗の夢の中・・・いや、心の中の世界なのだと思った。
だって、あの時の和斗と全く同じだ。
圭が亡くなった直後の和斗。
その時和斗は、圭が交通事故にあったのを自分のせいにしていた。
忘れ物を学校まで取りに行かせた自分が悪い、と。
自分が余計なことを言わなければ、圭は死なずに済んだと。
「オレのせいだっ・・オレのせいで圭はっ・・」
「和斗のせいじゃないよ!」
うずくまり、泣きわめく和斗に若葉はそう叫ぶように言った。
あの時は、怖くて言えなかった言葉が、今はすんなりと言えることに若葉は驚いた。
自分はとても臆病ものなのだ。和斗の心と本当に向き合おうとしていなかった。
「っ・・・」
和斗の背中に手を置こうとしても、それは空を切ってしまう。
きっとこの声も和斗にとどいていない。
これでは同じだ。現実世界と。
「違うわ!若葉さん!」
「!!」
その声にはっとしてみると、ムギがどこか嬉しそうに微笑んで立っている姿が目に入った。
そしてムギは、指を空に向かって弾く。
「!・・」
すると、若葉の全身が淡い光に包まれた。
それはすぐに弾けて消えると、若葉の服は全く別のものに変化する。
裾がふわりと広がった桃色のドレスに、腰まで届く水色の髪。
昔、よく3人でやっていたゲームのキャラクターそのものだ。
若葉は理解できた。
今自分はこの世界の住人になれたのだ。
──・・・若葉は、思いっきり和斗を抱きしめた。
「和斗のせいじゃないし、誰のせいでもない・・・だからもう、苦しまないでよっ・・」
「・・・─若葉」
「・・・」
「──・・・」
和斗の手が若葉の肩に触れる・・が、その手は若葉のことを勢いよく引き離した。
「!!」
「そんなこと、無理に決まってるだろ!?
オレはっ・・・お前たちのように笑っていられない!」
和斗は、立ち上がると、杖をまっすぐ若葉に向ける。
「でていけよ!オレの世界から!」
「──・・・やだ」
若葉は和斗の杖の先端を両手でつかむ。
すると、掴んだ部分が急激に冷え、そこから見る見るうちに氷が広がっていく。
氷は、和斗の杖全体を包み込みそれを砕き割った。
「仕方ないじゃん!!生きてるんだから!」
「!─・・・」
「わたしだって、あんな悲しいことがあったのに、笑ってるなんて残酷だと思うっ・・ほんと、サイテーだと思う・・でも、仕方ないじゃん・・
生きていれば、笑わなくちゃいけないし、泣かなくちゃいけないし・・苦しまなくちゃいけない・・それはわたしも和斗も同じでしょ?」
「・・・──」
「苦しくても、笑わなくちゃいけないときってたくさんある・・・それが今なんだよ、きっと・・・」
すると、周囲の景色がだんだんと変化していく。
若葉は和斗と共に、いつもの教室にいた。
窓は茜色に染まり、遠くからは運動部の掛け声や合唱部の歌声が微かに聞こえてくる。
服装も・・元通りの制服になっている。
現実に戻ってきたのだ。
「若葉・・・圭のこと、忘れたわけじゃなかったんだな・・?」
和斗は、ポツリとそう言葉を零した。
「・・・当たり前じゃん。それからも忘れるつもりなんてないし」
「あぁ、分かってる。若葉が圭のこと忘れてないことも、なんとなくは分かってた」
「は?」
和斗は制服の胸ポケットから、定期入れを取り出すと、そこに裏返しにしてある写真を取り出した。そして、表に返す。
それは入学式の時に、3人、校門で撮ってもらった写真。
真新しい制服と、幸せそうな微笑み。
「若葉、一緒に圭の墓参り行かないか・・?」
和斗は震える声で、そう言った。
「!・・・」
その言葉は、和斗の口から初めて聞いたものだった。
・・そして、それは若葉の口からも発したことのない言葉だった。
言いたくても、ずっと言えなかった。
「うん、行こう・・」
若葉も必死になってそう返す。
(あぁ・・そうか・・)
自分は、圭の死と向き合うことを恐れていた。
それは、圭の死と真正面から向き合って、苦しんでいる和斗を恐れることに繋がった。
だから、和斗の本当の心が分からなかった。
和斗は、小さく微笑み、頷いた。
若葉もそれに微笑みを返す。
──・・・なんだかとても、安心できた。
「無事、アクムは終わったみたいね!」
ムギは教室の横にある木の枝に腰掛け、二人の様子を眺めていた。
「って言うかあの二人、現実世界に戻ってきたこと気付いてるの?」
隣に座るヨルは、「どうせ気付いてないでしょ」と付け加え、ため息をつく。
「別にどっちでもいいと思うわ!2人が幸せならば」
「・・・えぇ~」
ムギは足をぶらぶらさせながら、ニッコリと笑う。
ヨルは不服そうにしながら、
「ほんと人間って面倒な生き物だよねー?ムギ。
こんな生きにくい現実でしか生活できないのも哀れで仕方ないというか・・・
今回の件も2人が人間だから、こーも面倒な事態に発展したわけで・・」
「そうね」
「それでも人間になりたいの?ムギ」
ヨルはムギの顏を覗き込む。
「いくら人間のことを知っても、そんなこと・・・」
「やってみなくちゃ、分からないわ!それに楽しみでしょう?次はどんなヒトがわたしのサイトを利用してくれるか」
ムギはすっと立ち上がると、力強くそう返した。
そして、首にかけてあるスマートホンを手に取り、利用者からのメールがきていないかチェックしようとする。
とその時、ムギの足元に黒く光る星のようなものが勢いよく突き刺さった。
ムギがはっとして見上げると、そこには、アクム、がいた。
真っ黒な髪と服をまとう彼は、先ほど飛ばしたらしい黒星を手の周りでもてあそんでいる。そして、ムギを見下ろし、口元をつり上げた。
「もうすぐで、仲間を増やせるところだったのになァーったく」
「アクムさん、お願いだから、こんなことするのはもう止めてほしいの!」
ムギの言葉に、アクムは鼻で笑う。
「ふん、嫌だねぇ」
そして、手の周りの星をムギに向かって放った。
すると、ヨルはムギの前に素早く移動し手に持つ鎌で星を弾き返す。
「アクム!!これ以上、僕たちの邪魔、しないでくれない?」
「・・うーん、そうだなぁ」
アクムはわざと考えるような仕草をすると、フワリとムギの目の前に降りてくる。
「ムギがオレのこと好きになってくれたら、諦めてあげてもいいよぉ。お前、なかなか可愛いし」
そして顏を、ムギの顏に近付ける。
ムギはそんなアクムをじっと見て
「分かったわ。でもわたし、あなたのいいところ知らないの・・教えてくれたら、好きになれる可能性があるかもしれ・・」
「ちょっと、ムギ!そんなことあるわけないでしょ!?ほら、早くそいつから離れて!!」
ヨルは即座にアクムから、ムギを引き離す。
アクムはその様子を見て「ははっ」と笑った。
「保護者つきのお嬢様には、なかなか近付けないかー。
まぁいいやぁーまたくるよ!」
アクムはにこやかにそう言うと、姿をかき消してしまった。
「二度と来るなー!!」
ヨルはそう叫ぶと、すぐにムギの方へ振り向く。
「ムギ、大丈夫だった?」
「ヨル、ありがとう、たまには頼りになるのね」
「当たり前でしょ?・・・え、たまにはって」
・・・ムギはにっこりと笑った。
*
圭のお墓参りが済んだ若葉と和斗は、駅まで続く田舎道を2人で歩いていた。
2人の間に会話はなく、辺りもとても静かだ。
物思いにふけっていると、和斗が口を開く。
「夢って不思議だよな・・」
思わず、ドキリとした。
「うん、そうだよね!」
若葉はとっさに、そう返す。
「オレ、ずっと同じアクムばかりみててさ、正直つらかった」
「──・・・」
「今思えば、あのアクム、普通じゃないよなー・・
起きてからも、ずっと目が覚めない感じがしたし・・」
和斗は困ったように笑いながら、そう言葉を並べる。
若葉も笑顔で
「そう、だったんだ!」
「・・・若葉が助けにきてくれたんだろう?お蔭で目が覚めたよ、ありがとう」
「──・・・・ううん」
和斗がどこまで本当のことを知っているのか、分からない。
もしかしたら、全て知っているのかもしれない・・・けれど、どちらでもよかった。
「仕方ないよなー・・・生きてるんだし」
和斗はそう言いつつ、空を見る。
夕焼け色を映したその瞳には、うっすらと涙がたまっていた。
「・・・」
若葉もつられて空を見る。
いつも帰り道とは違う、涙で滲んだ空がそこに見えた。
圭は今、どこにいるのだろう。
いつかは会える、のだろうか。
目の当たりにした現実は、とても悲しくて残酷だ。
でも、それを受け入れることができたと同時に、新しい何かが始まったと若葉は感じていた。
それは、悲しみだったり優しさだったり勇気だったり。分からないけれど、確かに自分たちは一歩一歩前へ進んでいる。いや、進んでいくしかできなんだ。
(圭・・・)
わたしは、あなたのことをちゃんと覚えている。きっと、10年後も20年後も・・・最期の時が来るその日まで、忘れることはないだろう。
だから、その日まで、あなたと共にすごした穏やかな時間は、心の奥にそっと大切に大切に・・・しまっておくね。
end
夢使いとアクム 夕菜 @0sora
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