第3話「アクムの囁き」
*
そして、人間界では・・・
あんな変な夢をみた後だったが、若葉はいつものように学校へ向かっていた。
5月の青空と、朝の新鮮な空気だけは、いつもと変わりなく心地よい。
(確かに、あのサイトを利用して変な夢みたわけだけどっ・・)
「やっぱり、ただの夢なんだよねー」
そう考えるのが、普通だと思った。
そのサイトもただの偽物で、誰かのお遊び。
──だったら、和斗のこともそうあってほしい。
彼が変な姿になって、変なマホウを使ったのもきっと・・自分の勘違い。
現実の出来事じゃない。
「・・・」
(今日も和斗の家によってこう・・)
昨日は一人で登校してきたが、今日もそうとは限らないわけだし。
幼馴染として、今の和斗のことを放っておくことはしたくなかった。
*
和斗は、自室のベッドに横になり、薄暗い天井を眺めていた。
朝が来てもう起きる時刻だということは知っていたが、思うように体は動いてくれない。
(今日も朝がきたな・・)
当たり前かもしれないが、決してそうとは言い切れないと和斗は思う。
だって、当たり前なことなんて現実には存在しない。
当たり前は、自分が勝手にそう思っているだけで成り立っているんだ。
その証拠に当たり前だと思っていた圭(けい)の存在は、自分の世界から消えた。
そして今は、いないことが当たり前になってしまっている。
和斗はそう思えてしまう自分が、嫌いだし、許せなかった。
その時、玄関のチャイムが鳴る。
(若葉か・・)
今、家には和斗一人なので、でれる人は自分しかいない。というか、若葉は和斗の迎えにきてくれたのだから、もちろん自分が行くべきなのだが・・・。
「はぁ・・・」
(行きたくない・・)
圭を含めた自分たち3人は、幼馴染という奴で昔から仲がよかった。
圭が亡くなったこと、若葉はどう思っているのだろう。
少なくとも自分からみたら、1年たった今ではそのことをまるで忘れてしまっているように見える。
(あんなに仲良かったのに・・・若葉にとって圭は、そんなもんだったのか?)
何で普通に学校に行って笑っていられるんだ?
何でこの世界がまだ好きでいられるんだ?
分からない。
それとも、自分が変なのだろうか。
圭の死は、世界を大きく狂わせた。
大切な人が消えても笑っていなくちゃいけない世界、なんて、当たり前が保障されない世界なんて・・・
(消えてしまえばいい・・)
そんな感情さえ、こみ上げてくる。
・・・玄関のチャイム音がひっきりなしに鳴り、うるさくなってきた。
このまま放置するのも、ストレスなので和斗はしぶしぶベッドから立ち上がる。
その時、誰かに後方から腕を掴まれた。
『あんたの感情は別に間違っちゃいねーよ』
「!」
ビクリとして振り返ると、そこには・・誰もいなかった。
「っ──・・・またか!一体、何なんだよ・・」
少し前からこういうことが、たまにあった。
頭に響く知らない声に、誰かがそばにいる気配。
『この世界が狂ってるって気付いたのは、あんたぐらいだよ。ほんとバカだよなぁ他の奴らは』
「っ・・・うるさい!オレに話しかけるなっ」
和斗はそう叫んで自室を飛び出す。
『なぁ、和斗。こんな世界、壊しちまわないかー?今のあんたになら、出来る』
「うるさい!うるさいっ・・!」
耳をふさいでも、その声は和斗の頭の中に入り込んでくる。
それを無視して、和斗は階段を駆け下りた。
その時、大きく足を滑らせるが・・・彼の体は空中で一回転し、見事に一階の床に足をついた。
「──・・・」
若葉は和斗の家の玄関の前で、軽くため息をついた。
(でないなー)
チャイムを鳴らしてから、10分ぐらいはたつと思うが和斗は姿を現してくれない。
若葉はスマートホンで、現在の時刻を確認する。
AM08:05
「!・・そろそろ行かないと」
さすがに家に勝手にあがるのは気が引けるので、今日のところは和斗のことは諦めて学校に向かおう。遅刻はしたくないし。
そう思ってこの場から離れようとした時、突然、玄関の戸が開いた。
「!和斗、おはよう」
「・・・」
そこには無表情の和斗が立っている。
制服を着ているし、学校に行くつもりはあるようなので、若葉はほっとする。
「行こうっ早くしないと遅れちゃうよ」
若葉はそう言って、踵を返そうとするが
「・・・行くってどこに?」
和斗の言葉に、思わず動きをとめた。
「何言ってるの?学校に決まってるじゃん!」
半ば叫ぶように、若葉はそう言った。
「学校か・・・オレには関係ない場所だな」
「は・・?関係なくないし!早く行こうよ!」
「・・・」
それでも和斗は、表情を崩さずその場に立ち尽くしている。
若葉はそんな和斗が、少し怖かった。
いつもと同じように見えなくもないが・・・どこか違う。
きっとそれは・・・目、だ。
(和斗の目ってこんなに鋭かったっけ・・?)
すると、和斗はやんわりと微笑む。
「そんなことより、若葉、どっか遊びに行こう」
「は?」
和斗は、若葉の手を強く取ると駆け出した。
「ちょっとっ・・和斗!離してよ!」
若葉がそう叫んでも、和斗はまるできいている様子なく、若葉の手を引いたまま走り続けている。
その足取りは、普段の彼とはまったく違う。まるで、スポーツ選手みたいだ。
それに、違うのはそれだけじゃない。
──・・・あの真面目な和斗が、学校をさぼって遊びに行こう、だなんて・・・おかしい。考えられない。
信号で立ち止まったすきに、若葉は和斗の手を振り払った。
「今日の和斗・・・ってか、この前の朝から何か変だよ?一体、どうしたの!?」
和斗は、一瞬、驚いたようだが、すぐに真顔になると、
「──・・・おかしいのは、お前たちだろ?
若葉は気付かないのかよ?世界の違和感に」
「──・・・」
そう言われて、一瞬、圭の姿が頭の隅にチラつく。
けれど・・・無視した。
「っ・・分からないよ!」
「そうか・・・残念だな」
・・・すると、和斗の体に淡い光が帯び始める。
それは和斗の全身を包み込むと、すぐにぱっと弾けて彼の体から離れた。
そこに現れたのは、この前の朝、若葉がみた和斗の姿だ。
金色の髪に、白い肌、サイダー色の瞳。
それに、夜色のマントを羽織っている。
「!─・・」
若葉はその光景に、息をのむ。
・・・やっぱり、夢じゃなかった。これは、現実だ。
「なら、若葉もこっち側にくればいい。
そうしたら、気付けるはずだから」
和斗はそう言うのと同時に、若葉の腕の掴み強く引きよせる。
「!ちょっと・・なにする・・」
「すぐ終わるから」
すると、和斗は若葉の両方のこめかみに掌を押し当てた。
「!!・・」
一瞬、視界が揺らめいたかと思うと、若葉の感情でない、何かが頭の中に流れ込んでくる。
「っ──・・」
暗くて、身動きがとれなくて・・・一人ぼっち。
深い深い闇の中に、沈んでいくような感情。
思わず、泣きそうになる。
その時、和斗と若葉の間を、何かが勢いよく通過した。
「!」
和斗は素早く若葉から離れ、それをギリギリで避ける。
若葉がはっとすると、すぐ横に立つ青年の姿が目に留まった。
紺色の髪に、黒のジャケットとズボン。それに、背の高い大きな白い鎌まで持っている。
─・・・明らかに、普通の人ではない、若葉はそう思った。
「ヨル、惜しかったわ!もう一回よ!」
「!」
どこかできいた声がしたかと思うと、鎌を持った青年─ヨルの後方に姿を現したのは、ムギだった。
「うそ・・」
そう、夢の中で会った夢使いのムギ、間違いなく彼女だ。
改めてムギの姿を確認すると、腰まで届く真っ白な髪と金の瞳はこの世界では明らかに浮いている。
「ムギに言われなくても分かってるよ!」
ヨルはそう叫ぶようにして言うと、再び鎌を和斗むかって振り上げた。
「!」
若葉はそれにはっとする。
あんな大きな鎌で切られたら、和斗の体はひとたまりもない。
「ちょっと待って・・」
若葉がそう言ったのとほぼ同時に、和斗は手に現した杖でヨルの鎌を受け止めた。
若葉が和斗の素早すぎる動きに目を疑っていると、ムギがヨルの後方から叫んだ。
「大丈夫よ、若葉さん!スイマの鎌は、ヒトを眠らせるだけだから!」
「!?・・・スイマって・・このヒトのこと・・!?」
次から次へと起こる事態に、頭がついていかなかった。
「えぇ、もちろんそうよ!ヨルって呼んであげて」
「──・・」
若葉は和斗と対戦中のスイマ・・・ヨルを一瞥する。
すると、目があった。
「ムギが勝手なこと言ってるけど、僕は人間と関わりあうつもりはないからね!?」
ヨルは半ば、若葉を睨むようにしてそう言った。
どうやら最初から自分は、嫌われているらしい。やはり、あまりいい気はしなかった。
すると、和斗の杖がヨルの鎌を弾き返す。
「わあっ・・!!」
「夢使いとスイマだな?邪魔するなよ!」
和斗はそう言うと、杖の先端をヨルにまっすぐ向け、そう叫んだ。
「大丈夫よ、和斗さん。手遅れになる前に、私たちがあなたのアクムをはらってあげるわ!」
「ちょっとムギ!少しは応戦してよ!?」
「危ないから離れてましょう、若葉さん!」
「えぇ!まさかのシカト?あんまりだよ!」
ヨルの叫びは気にする様子なく、ムギは若葉の手を取り、二人から距離をとった。
和斗は杖から光の筋をだし、ヨルはそれを鎌で上手い具合に弾いている。
「・・・」
「大丈夫よ、ヨルはああ見えてけっこう強いから」
若葉が不安そうにしているのに気付いたのか、ムギは微笑みながら若葉の顏を覗き込んでくる。
「いや・・・わたしが不安なのは、そのことじゃなくて」
・・・和斗にこめかみをおさえられた時に流れてきた、暗くて深い感情。
きっとあれは・・・いや、絶対に、あれは和斗の心、だ。それは、自分が今まで感じたことのないような、心、だった。
昔から一緒にいる和斗が・・・自分の全くしらないものを背負っていたことを初めて知った。
「わたしのせいなのかな・・・和斗がアクムにつかれたの」
若葉が思わずそう言葉をこぼすと、ムギは
「あなたがそう思うのなら、もしかしたらそうかもしれないわ」
「・・・」
「アクムはヒトの弱い心を狙うから・・そのような心が和斗さんにあると、若葉さんは思ったのよね」
「─・・うん」
するとムギはその金色の瞳で、若葉のことを食い入るように見る。
その瞳は今までになく、真剣だった。
「ねぇ、若葉さん。どんなに親しい相手でも、完全に心を理解することはできないわ。
だから、知っていると自惚れないで。ちゃんと知ろうとしてあげて。そうしないと大変なことになってしまうから」
「──っ・・だって」
ムギの言葉に言い返したくなったが、何も言えなかった。
だってその通りだ。
ヒトではないムギに言われてしまったことが、悔しくて、今まで和斗のために何もできなかった自分が嫌で、泣きそうになる。
「ムギはヒトのことをムダに知ろうとしているからね!少なくとも君たちよりは!」
ヨルは二人の会話を聞いていたらしく、そう言うとその鎌で和斗の体を大きく切り裂いた。
それと同時に、和斗の足元はふらつき・・彼は、地面に崩れるようにして倒れた。
「和斗っ・・」
若葉が和斗の方へ駆け寄ると、鎌で切られた部分から、光の粒がキラキラとあふれ出していることが分かった。
しゃがみ込んで和斗の様子をよくよく伺ってみると、彼からは微かな寝息がきこえてくる。
「よかった・・やっぱり、寝てるだけなんだね」
若葉は、ほっと胸をなでおろす。
「だから、言ったじゃない~。
あ、ヨル、ありがとう。ほんと、助かったわ」
ムギも若葉の隣に駆け寄ると、隣に立つヨルに満面の笑顔を向ける。
「はいはい」
ヨルの返事は、そっけなかったが、その表情は少しだけ嬉しそうだった。
若葉は、すっかり姿が変わってしまった和斗を見下ろしながら、思わずにはいられなかった。
(もう・・怖いなんて、言ってられない)
「ねぇ、ムギ。わたしが和斗の夢の中に行けば・・和斗、もとに戻るんだよね?」
恐る恐るそう訊いてみた。
ムギはそれに大きく頷く。
「えぇ、その可能性は大きいわ!」
ムギの瞳は、キラキラと輝き嬉しそうだった。
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