第2話「夢の待合室」
若葉は操作していたスマホを枕元に置くと、ベッドにもぐりこんだ。
完全に信用したわけではないが、やはり和斗のことを相談できる場所がほしかった。
だから・・・少しの望みにかけてみよう、そう思った。
(早速、今日の夜って指定したけど・・・)
若葉はベッドの中で、目を閉じる。
本当に会えるのだろうか。夢使いムギ、に。
♪~♪~
聞きなれたメロディがきこえる。
メールの着信音だ。
・・・誰からだろう。
いつの間にか手に持っているスマートホンを操作して、メールを開く。
そこに書かれてある文字は・・
☆・・─・・☆・・─・・☆・・─・・☆
サイトのご利用ありがとうございます!
今からそちらに伺うので、しばらくお待ちください
夢使いムギ
☆・・─・・☆・・─・・☆・・─・・☆
「!・・・」
気付くと若葉は、全く知らない場所に立っていた。
上も下も分からないような真っ白の空間。
その空間には、大きな鎖がいたるところに絡みついている。
「えぇ?ここって・・」
明らかに、現実味がない空間だ。
「っ・・・もしかして、ここって」
(夢の・・・)
「あなたが三ツ森若葉さん?」
「!」
その声に振り返ると、高校生ぐらいの女の子が、連なる鎖の上に立っている姿が目に入った。
彼女は、そこから若葉の目の前にフワリと降りてくると、微笑む。
真っ白の長い髪に、シンプルな紺色のワンピース。
瞳の色は・・・人間味のない金色だ。
「サイトを使ってくれてありがとう、若葉さん。とっても嬉しかったわ!
慣れない人間の道具を使ってサイトを作るのは、なかなか大変だったから、苦労したかいがあったってことね」
彼女は満足そうに笑みを浮かべる。
その首には、金色の鎖でスマートホンがぶら下がっているのが分かった。
「は・・・?」
明らかに普通、ではないこの状況・・・。
──・・・そうか、あのサイトは本当だった。
信じがたいこの状況だが、和斗のことがあった後だったので、自然と受け入れてしまう自分がいた。
「じゃ、あなたって夢使いのムギで、ここは夢の中ってこと?」
「っ・・・そうよ!」
ムギはとても嬉しそうにそう言って、若葉の手を握ってくる。
その肌は異様に白く、彼女はやはり人間ではないと実感した。
「あ・・でも、正確には、ここは夢の中じゃなくて、夢が始まる前の場所・・あたしたちは、”待合室”って呼んでるわ」
「そう・・なんだ」
「えぇっ」
ムギは、若葉から手を離すと
「若葉さん、早速だけどあなたの悩み、きかせてくれないかしら?
この夢使いムギが、ちゃちゃっと解決してしまうから!」
「・・・」
本当に大丈夫か?そう思ったが、ここで黙っていてもどうにもならない。
この人間ではないらしいムギのことを信じてみよう。
「幼馴染の子が・・突然、変な姿になって・・・しかも、マホウまで使ってきてさ!
えーっと、分かる?現実ではマホウを使えるヒトなんて、絶対いないわけで・・・」
若葉は、必死にそう言葉を並べていく。
信じてもらえるだろうか・・・いくらムギがヒトじゃなくても、それが心配だった。
ムギは少しだけ難しい顏をして、顎に指をあてた。
「少しだけ、心当たりがあるわ」
「え・・」
「・・・その子”アクム”につかれているかもしれないわね。アクムにつかれると、人間らしさを失ったり、無意識に現実を壊そうしたりとするらしいから」
「!?─・・・何それ」
現実味のない内容に、若葉は唖然とする。
するとムギは、空間に絡みついている鎖のうちの一つに手をかけた。
「アクムに取りつかれて騒ぎを起こした人間は、割といるのよ?
けれど、大きく騒がれる前に処理されてしまうから、その事実を知らない人間がほとんどみたいっ」
ムギはそう言いつつ、鎖をもぎり取り、顏の大きさぐらいするそれにかぶりつく。そして、まるでクッキーを食べるように口をもぐもぐさせた。
ムギの思わぬ行為に、若葉は唖然とする。
「若葉さん、どうかしたの?」
かたまっている若葉を見て、ムギは首をかしげる。
「だって!鎖、食べてるしっ・・」
「そんなに驚くことかしら?
あなたたちが毎日、食事をとることと同じことをしているだけよ」
ムギは再び鎖にかぶりつく。
「へぇー・・・その鎖が、ごはんなんだ」
「そう、このキオクの鎖、があたしたちのごはんなの。
ヒトのキオクを常に増え続けているから、いつだって食べ放題よ!」
ムギは鎖を食べ続け、彼女の手にあった鎖はあっと言う間になくなってしまう。
「キオクって・・ここ、わたしの夢の中なわけだし・・もしかして、わたしのキオクなの?食べたの!」
若葉は一瞬、焦る。
大切なキオクを食べられてしまったら・・・困るどころの話ではない。
「え、そうよ?」
「・・・」
「ふふっ大丈夫よ。大切なキオクは食べないから。
食べるのは、いらないキオクだけ。
そうね、若葉さん、生まれてから今までのこと全て覚えて、いるわけじゃないでしょう?」
「確かに・・」
「あー美味しかった!あ、見て!今、キオクが夢に変わるわ」
「!」
ムギは大きく周囲を見渡す。
若葉もつられて見渡すと、真っ白な空間の所々に穴があいており、それはゆっくりと溶けて行っているようだった。そして、その代わりに現れたのは若葉のよく知る光景。
教室の中だ。
今、若葉とムギは、生徒であふれている教室の中に立っていた。
不自然なぐらいに、いつもの教室だ。
若葉はドギマギしながらも、
「ここ、うちのクラス!!でも、夢の中なんだよね?」
「・・・すごい!本当に同じ服を着た人間がたくさんいるわ!
ここが、学校という場所ね、本でみたとおりだわ!」
「え・・・」
ムギは若葉のことはお構いなしに、とても興奮した様子で、教室内を歩き回る。
生徒たちの顏を覗き込んだり、机の上のものを勝手にいじったり・・・なんだかとても楽しそうだ。
「・・・はぁー」
声をかける気も失せてしまったので、若葉は教室内を見渡してみた。
・・・本当にいつもの教室と変わりない風景だ。
(でも、夢の中・・なんだよね)
「──・・?」
少しだけ、違和感があるような気もする・・・が、それが何なのか若葉には分からなかった。
「あ・・」
(和斗、夢の中でも本読んでる・・・)
若葉は窓際の一番後ろの席に座る和斗に近付いた。
それでも和斗は、本を読むことに集中してこちらを見ることもしない。
(って言うか・・わたしやムギの存在って、ここでは認識されないのかな)
多分、そうだろう。
その証拠に、容姿が変わっていて目立つ行動をしているムギを、クラスのみんなは気にもしていない。
「!・・」
あることに気付いてしまって、若葉はゾクリとした。
和斗が集中して読んでいる本・・・そこに、全く文字がかかれていないのだ。
「若葉さん」
「!え、何?」
ムギがいつの間にか、若葉の隣に立っていたことに再びビクリとする。
「この子がアクムにつかれた子ね?」
「・・・うん」
「お名前はなんていうの?」
「和斗・・」
するとムギは、いつの間にか手に持っているメモ用紙のようなものにペンを走らせた。
「カズトさん・・・ね!分かったわ」
次に若葉は、首にかかっているスマホを持ち、和斗のことを写真に撮る。
「何やってるの?」
「カズトさんの名前と顏を覚えないと、彼の夢の中へ行けないから」
ムギは撮れた写真を満足げに眺めながらそう言った。
(・・・夢の中って写メれるんだ)
若葉はそんなことを思いながら、
「今度は和斗の夢の中に行くんだね?」
「えぇ、アクムをはらうにはその方法が一番だから」
ムギは微笑む。
「・・・」
すると、ムギは口元から笑みを消し真剣な様子で若葉を見た。
「若葉さん、あなたも一緒にこない?」
「!」
「夢はヒトの心を映す鏡・・・
和斗さんのことをよく知っているあなたなら、きっと大きな助けになってくれると思うの。
危険がないとは言い切れないから、強制はできないけど」
「──・・・」
思わぬムギの発言に、若葉は固まる。
正直、ヒトではないムギにできないことなんてないと思っていた。
というか、いくら和斗のことをよく知っている自分が彼の夢の中へ行ったとしても・・出来ることはあるのだろうか。
あくまで自分は、普通の人間なのに。
「若葉さん、和斗さんのアクムをはらいたい?」
「・・・当たり前じゃん。だから、サイトにメールしたんだし」
若葉は思わず力強くそう返す。
ムギは微笑んだ。
「そう、ならっ・・・」
「でも、わたしには無理だよっ・・わたしは普通の人間なんだし、行ったとしても何もできることないしっ・・・」
ムギは口元から笑みを消すと
「どうしてそう決めつけるの?行ってみなくちゃ、分からないわ」
「いや、それぐらいのこと行かなくても分かるから。
・・・ムギはそういうことに慣れてるんでしょ?だから、わたしなんか行かなくても大丈夫だよっ・・逆に行ったら足手まといになっちゃいそうだし」
「・・・」
ムギは若葉の発言がとても不服そうだった。
金の瞳をすっと細め、若葉を見る。
「・・・分からないわ」
「・・え?」
「あなたは本当に和斗さんのことを救いたいと思っているの?」
その時、若葉の視界がすっと薄らぎ・・教室内の雑音も遠くなる。
「!・・」
若葉は目を覚ました。
見慣れた自室の天井が見える。
ここは普段と変わらない、ベッドの中だった。
(夢か・・・いや、でも・・──)
若葉は枕元においてあるスマホに手を伸ばした。
そこに映し出されているのは、ムギのサイト。
(ただの夢じゃないんだよね・・?)
若葉はゆっくりと体を起こした。
普段と変わらない、平穏な朝。
だからこそ、ただの夢ではないと信じることが完全にはできなかった。
*
ここは人間界とは、また別の世界。
白で統一された部屋にいるムギは、二人掛けぐらいのソファに腰掛け、「うーん」と唸った。
「う~ん・・・分からないわ」
すると、ムギの目の前に、ムギのワンピースと同じ色のジャケットとズボンを身に着けた青年─ヨルが姿を現した。
「さっきから、うんうん唸ってるけど、一体どうしたんだい?」
ムギはそれに顏を上げると
「あ、ヨル・・あたし、よく分からなくなっちゃったの」
ヨルは少々面倒くさそうに、ため息をつく。
「一体何が?」
「若葉さんに和斗さんを助けるために夢の中へ行こうと誘ったら、断られてしまったのよ・・一体、どうして・・」
「はぁ!?人間を誘ったの?夢の中に一緒に行こうって?」
ヨルは突然、声を上げ、目を見開く。
ムギはそれに「えぇそうよ」と返した。
ヨルはいつも以上の大きなため息をつくと、
「何で君はいつもそうなのかなぁ・・っていうか、放っておけばいいんだよ!
アクムにつかれた人間の処理なんて、僕らの仕事じゃないでしょ」
「うーん・・でも、折角、あたしのサイトを利用してくれたのだし」
「そんなの気まぐれだよ、気まぐれ!」
「・・・」
ムギはヨルの言葉に納得できなかった。
だからもう少し・・探りを入れてみよう、そう決めた。
ムギは首にかけたままにしてあるスマートホンを操作すると、若葉の夢の中で撮った画像を確認する。
「ムギ、そろそろ次の仕事の時間だから、行くよ?」
ヨルはムギに背を向け、そそくさと部屋を後にする。
ムギもスマートホンから手を離すと、慌ててヨルの後に続いた。
*
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