実験

遊真蘭戸

実験

さぁこれから実験を始めよう。


何度も繰り返してきた。

何度も失敗した。


数多くの失敗を重ねて僕は一つの結論にいたった。

この実験は他の物で代用するよりも自分自身で検証しなくてはいけないと言うことに。


「これから行う実験は[空を飛ぶことは出来るのか?]です。それを実証するための実験記録です」


物を高いところから落とせば地球の引力によって落下する。ごくごく当たり前のこと

しかし危機的状況に陥った人間はとんでもない力を発揮すると言う報告もあります。


「沢山の臨床実験を行いましたが失敗続きこのままではいずれ実験に息詰まるのは目に見えています。なのでそうなる前に僕自身をサンプルとしつ使うことを決めました」


「この実験が見事に成功すればこの記録映像は世紀の大発見であり人間の一つの可能性の扉を開けることでしょう」


それでは実験スタート。












「自殺…ですかね」


「だろうな…」


「身元は?」


「近くの高校に通っていた一年生で入学してまもなく不登校になっていたようです」

「学校側ではそれなりの対処をしていたようで…」


報告していた若い刑事が歯切れの悪そうな顔で調べたメモを観ていた。


「何だ、何か言いづらいことでもあるのか?」


「それが、近所の聞き込みで分かったんですが、この子家族がいないんです。それも五年も前から」


五年間も一人で暮らしていれば近所や市の人間が手を貸してくれていたはず。

だか少年はそれら全てを断り一人で暮らしていたそうだ。「それで近隣住民の情報なんですが…」その情報によると高校入学する半年ぐらい前からおかしな行動が目立つようになったらしい。


「おかしい?」


初めのうちは自宅二階の窓から物を投げ捨てていただけだったそうだかそれから犬や猫と言った動物をロープで縛り上げて投げ捨てていたそうだ。野良犬や猫、人に飼われている動物も被害に合うようになっていった。


そんな事が頻繁に起こる様になって流石に見かねた市の人間が注意しに自宅を数回訪問したが少年と会うことは一度もできなかったそうだ。


そんな鼬ごっこのようなことが繰り返されているうちに少年が失踪した、保護者替わりの保護司から一月も連絡がとれないと、家に電話をしても繋がらず、携帯電話は持っていないから居場所が解らず警察に捜索願いが出された。


だが三日とたたず少年はすぐ見つかった。どこで何をしていたか聞いても答えようとせず、ぶつぶつと独り言を言うばかりで話にならなかったそうだ。


日をおうごとにその行動はエスカレートしていき、なおかつ家にいない時間もどんどん増えていった。


が、ある日を境に失踪も奇行もパッタりなくなり、少年の住んでいる家の庭には今まで殺めた動物達の墓が作られていたそうだ。

奇行はなくなったが結局学校に行くとこはなく部屋からも出る事はなかった。


「それで大人達の感心が薄くなったとたんこれか」


「ですね」


自殺以外での処理の仕方がない。事件性は皆無、事故の可能性も無し、鑑識の必要も捜査の必要もなし。


これ以上どうすることもできない。

まさに解決しようのない事件性のない事件。



「すいません。いまちょっと時間ありますか?」


あの少年が自殺してから1週間がたった。

警察のそれも人の生き死に長く関わっていると忘れたくても忘れられないことの方が増えていくものだ。


「少年の持ち物のビデオカメラのデータの復元が出来たんですが…何が記録されてたか確認されますか。」


「そうか、あとで鑑識の方に顔出しに行くと伝えといてくれないか」


「わかりました」


正直な話、あの少年が何を考えていてそんな行動をとるに至ったのか。

何が少年をそこまで追い込んだのかを勝手な使命感で誰かがしっかりと知っておかなければいけない。

あれ以来ずっとその事を考えていた。


復元された映像データはDVDに写されていたので自分のデスクのパソコンを使うことにした。

これを再生する、それはあの少年の死の瞬間が映し出されているはず。

人の死ぬ瞬間…それを見て、私は何を想うことだろう。


…………………………再生……………………


さ………じっけ………か………こんかいは…


破損が激しかったのか、最初の方の音声や映像は酷く途切れている。

わかるのは実験記録の映像だと言うことと

そして延々と「失敗だ、失敗だ」と呟かれている映像が続いているばかり。


次々と少年の手から離れ失われていく動物の命、そして呟かれる『失敗』の言葉。


この映像は延々に続くのでは、そんな錯覚に襲われ、気がおかしくなりそうになる。


悪意なく次々と命が失われていく、積み重なり折り重なっていく死骸。


『ごめんね……』



確かに聞こえた、少年の謝罪の言葉。

しかしいったい何に対しての謝罪なのか

自分が手にかけた動物達に対して。

それとも別の何かに対してなのか。


そして映像の内容は実験記録から失踪中に撮ったであろう映像に。


『誰かがみる訳ではない。何年後かにこの記録を見直すであろう自分に残すメッセージだ』

『僕は自分の実験のためたくさんの命を犠牲にした。たくさん、たくさん…』


これは懺悔か、贖罪なのか。何年後かに…

自分では見ることはない映像。


『罪の意識がない訳じゃない。命を奪うことに躊躇いがない訳じゃない』


矛盾している懺悔。

感情を表に出さないと言われていた少年の言葉とは思えない。


また映像に乱れが出始め音声は途切れ途切れ、そして画面は完全に砂嵐状態に。


少年の最後の瞬間が映し出されることはない、私は少し安堵の気持ちになっていた時

微かに聴こえる声。


砂嵐に混じって微かに再生される少年の声。





「さあ、これから実験を始めよう」

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