11.判ったこと、判ってないらしいこと

 目が覚めて、沙夜香さんの顔がそこにあったから驚いた。


「あれ? 沙夜香さん? おはよう」

「おはようじゃないでしょっ」

「ん? 朝じゃなかった? こんばんは?」

「そういう問題じゃないの!」


 えーっと、なんで怒られてるんだ?

 半身を起こすと、透と兄貴が目をそらせて肩をすくませて、真里菜さんが笑ってる。

 ここは、病院か。


「あぁ、そうか。権造さん達を除霊したけど木の下敷きになったんだっけ」


 ぼそっとつぶやいたら、透が首を振って、あれからのことを話してくれた。


 おれは下敷きになったんじゃないらしい。木がぶち当たる直前に、消えかけていた権造さんが最後の力を振り絞っておれを放り投げた。倒木からはのがれたけど、たまたま木の下に空いている穴にホールインワンしたんだって。

 そこって権造さん達が封じられてたとこだよな。

 とっさのことだったんだろうけど、権造さん、どこに向けて投げてるんだよ。


 家は半焼して、そのまま取り壊しの方向で話が進んでいるとか。警察が来て火事の原因を調べたらしいけど、不審火で片付けられた。

 不審火って、思いっきりおれのバイクが原因じゃないか。


 ……兄貴だなっ?


 視線を送ると兄貴は口笛を吹く真似をした。また子供みたいなごまかしを。


「信司さん、ありがとうございました」

 真里菜さんが頭を下げる。

「いえいえ、これが仕事なんで」

 なんで兄貴が応えてんだよ。

「依頼人に心配かけるようじゃ、まだまだね」

 沙夜香さんの追撃。

「あそこでバイクぶつけなくてもよかったんじゃないかと」

 透まで。言われ放題だな、おれ。


「それでも、まぁ、よく頑張ったと思うぞ」

 兄貴がフォローしてくれた。

 その一言がすごく嬉しい。


「あ、そうそう。沙夜香さんにお礼を言わないと」

「何? 唐突に」

「前にお邪魔した時に急に勝負しようなんて言われて、何でいきなりって思ってたけど、おれに『足りない何か』を気づかせてくれようとしてたんだね」


 今までは、仕事に熱を入れるのは早く一人前になりたいからで、除霊するのは悪霊に困らされている人を助けるためだけだった。

 けれど、悪霊になる霊にも、いろんな事情があって、悔しさや悲しさを抱えてるんだよな。それを取り除いたり、生前の望みをかなえてあげるのも大事なことなんだって気付いたし、心からそうしたいと思った。

 ただ勝つだけじゃなくて相手を思って戦う。それを教えてくれたのが、沙夜香さんとの勝負だった。

 まくしたてるようにそう言って、落ち着くために深呼吸してから、頭を下げた。


「ありがとう。沙夜香さんのおかげでそれが判った」

 頭を下げてから、もう一度沙夜香さんを見ると、口をきゅっと結んで真っ赤になってる。

「あ、あれは、そんなふうに考えてたわけじゃなくて……」

 あれ? 照れてる? みんなの前で言われたから恥ずかしかった?


「あれは、電話にし、しっ

「でんわにし?」

「しっ、……っしゃーっ! どうでもいいでしょ。あなたは今は早く回復することだけ考えてればいいのっ!」

「そんなヘビの威嚇みたいな声あげなくても、って、いてっ! 叩かないで。回復どころじゃなくなる!」

 ひぃぃ、やっぱり女の人って難しい。


 みんな笑ってる。なんでか呆れられてるような気もするけど。


「仲がよろしいんですね。お似合いです」


 真里菜さんがおれ達を見て言う。なんだかちょっとうらやましそうな目をしてるけど真里菜さんみたいな女性なら、たとえ今いい人がいなくてもすぐに見つかるよ。


「そんなんじゃないですよ。ねぇ沙夜香さん?」

「えぇ、そうねぇ。そんなんじゃないわねぇ」

 沙夜香さんは、あれ、また目だけ笑ってない。

「なんで怒ってんの?」

「判ってないのは信司さんだけですよ。人心掌握も仕事には大事って言っておいて……」

 透がため息をついた。


 おれが言ったのは霊のことで。だから人心じゃなくて霊心? もちろん人の気持ちが判るのも大事だけど、沙夜香さんは突然怒りすぎだと思う。


「まぁ、察しが悪いのは自分に対する好意だけで、他のことに関してはむしろ察しがいいとは思うんですけど」

「だからやっかいなんじゃないの」

「ですねぇ」


 透と沙夜香さんが見つめあってため息。

 好意はきちんと受け取ってるし、返してるつもりなんだけどな。


「とにかく信司さんは、しっかりしてるようでヌケてるところ多すぎです」

「だからこそ、透くんみたいな相棒が必要だな。これからもずっと」


 透と兄貴が顔を見合わせて、うんうんってうなずいてる。

 え? それじゃ……。


「亮さんと話しあって、ぼくは高校を出たら、富川探偵事務所に正式に就職することになりました。中学を出てすぐでもよかったんですけど、いくら形ばかりの事務所だと言っても中卒探偵ばっかりじゃさすがにちょっと、って亮さんが」

「何気にひどっ」


 でも判ってる。そんな言葉の裏に、勉強はできる時にしっかりしておいた方がいい、って兄貴の計らいがあることも。


「透がずっと相棒でいてくれるのは、本当に心強いよ。これからもよろしく」

「はい。こちらこそ」


 透がそばに来たから、おれは右手を差し出した。

 がっちりと交わした握手の力強さを、おれは忘れない。




「今回は悪霊のたまり場でしたね」

「あぁ。たくさん集まってるから、気合い入れていかないと」

「御札は持ってますか?」

「当たり前だろ? ほら、透の分」


 そんなやりとりをしながらおれらは山に入って行く。

 堀部家の除霊から半年。季節はすっかり冬だ。白い息を弾ませて、木の間を縫って歩く。


 もうシンクロさせなくても、透には霊が見える道具を渡してある。

 おれの御札もパワーアップしたし、力を弱めた霊なら透でもそれを使って鎮めることができるようになった。


「あ、来ましたよ。うわ、本当にたくさんですね」

「やりがいがあるってもんだ。……おまえらみんな、こんなところでたむろしてないで、霊界で平和に――」

 ――ダマレ! オマエモミチヅレダ!

「人の話は最後まで聞けー!」


 わんさか集まってくる黒い霊体に、闘気を乗せた蹴りを叩きこむ。

 言ってもダメなら蹴ってみる!

 みんなまとめて鎮魂一蹴だ!


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鎮魂一蹴! 御剣ひかる @miturugihikaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ